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車はアスミを避けるように横に曲がって止まった。同時にアスミは体を動かせることに気づいた。ようやく、動かせる。
「バタン」
扉を開ける音が響き、焦りに満ちた男性の声が聞こえた。
「大丈夫か?!」
「大丈夫かね?」
優しい響きのある方言が耳に届き、アスミはこの人が同じ地域の人だと直感した。それほどにはっきりとした意識が戻ってきていることに気づいた。
「あなたこそ…」
思わず声が出たことに、自分でも驚く。目の前の男性は、彼女の傷ついた顔を見て顔をしかめた。
「うわ、顔に怪我しとるやないか。病院行こか」
声の調子からして、どうやら彼は若い男性のようだ。彼は素早く携帯を取り出し、救急に電話をかけている。
「もしもし、救急お願いしたいんですけど…ええ。あ…1時間かかる? 〇〇病院、ええ、わかりました」
電話を終えると、彼はアスミの方に向き直り、優しい目で微笑んだ。「病院行くから、僕の車に乗って」
彼の腕に抱えられ、アスミは車の中に運び込まれた。あのまま誰にも見つけられずにいたら、車に轢かれるか、寒さで命を落とすかしてしまったかもしれない。そんな不安が少しずつ消えていく。
車内の明かりがつき、アスミはようやく彼の顔を確認した。武臣とも、そして前に付き合っていた男性とも全く違う、優しさがにじむ表情だった。
「頭、打ってるかもね。どうしてあそこにおったん?」
彼がシートベルトをかけてくれた。その動作ひとつひとつが、アスミの心にじんわりと染みわたる。
「荷物もないね。強盗にでもあったんか?」
彼は道の凹凸を避けるように慎重に運転している。こんな細やかな気遣いを、武臣が見せたことなど一度もなかった。
「あの、お名前聞いてもいいですか?」
「名前? なんでそんなの聞くん?」
「なんとなく…知っておきたくて」
彼は少し驚いた顔をして、鼻で笑った。
「そっか。君の名前は?」
「音羽アスミです」
「アスミ…ちゃんでええかな? 年下っぽいし」
「はい」
「高校生やったらここまで連れてきた大人は逮捕されるやろ。だから大学生ってとこやろ?」
アスミは小さな笑みをこぼした。童顔のせいで、大学の校内でも補導されたことが何度もあった。武臣に笑われたことさえ、今は少し遠い記憶のように感じられる。
「やっぱり高校生に見えますか?」
「少し迷ったけどね。もしも高校生やったら途中で警察に止められたら大変や」
アスミはまた小さく笑った。
「笑った、ようやく」
「それで、あなたは?」
「俺は兼山大佑。ダイでええよ」
「ダイさん…」
「いや、ダイでいいって」
「ダイ… どうしてあそこにいたの?」
彼の問いに答える前に、ダイはアスミを少しでも安心させようと、視界に入る道を指差した。
「ここから少し進むと見覚えがあるはず」
ダイの言葉に促されて外を見てみると、アスミも見覚えのある街の景色が目に入ってきた。
彼の横顔を見るたびに、心が穏やかになっていく。この人なら、自分の傷ついた心にも寄り添ってくれるかもしれない。そんな希望が、アスミの心にゆっくりと芽生え始める。
「君みたいな若い子をあんなところで、こんな怪我させて…」
ダイの声にはわずかな苛立ちが含まれていた。彼は、自分がどれだけ不安だったかを隠そうとしているかのように、運転に集中している。
「…病院でなんて説明するつもり?」
「……」
アスミは沈黙を守ったが、彼の温かい問いかけに、自分の胸の内を明かしたくなった。
「彼氏…です」
それを聞いた瞬間、ダイは少しの間だけ黙り込んだ。まるでアスミの言葉を噛みしめるかのように、車は減速していく。
「そうか。…まあ、何があったかは聞かんけど、あと少しやからな。川沿いの橋を渡ったらまっすぐ病院やから、景色でも見て」
車はゆっくりと加速し、アスミはぼんやりと外を眺めた。今の彼の隣なら、どんな痛みも少しずつ和らいでいく気がした。
「バタン」
扉を開ける音が響き、焦りに満ちた男性の声が聞こえた。
「大丈夫か?!」
「大丈夫かね?」
優しい響きのある方言が耳に届き、アスミはこの人が同じ地域の人だと直感した。それほどにはっきりとした意識が戻ってきていることに気づいた。
「あなたこそ…」
思わず声が出たことに、自分でも驚く。目の前の男性は、彼女の傷ついた顔を見て顔をしかめた。
「うわ、顔に怪我しとるやないか。病院行こか」
声の調子からして、どうやら彼は若い男性のようだ。彼は素早く携帯を取り出し、救急に電話をかけている。
「もしもし、救急お願いしたいんですけど…ええ。あ…1時間かかる? 〇〇病院、ええ、わかりました」
電話を終えると、彼はアスミの方に向き直り、優しい目で微笑んだ。「病院行くから、僕の車に乗って」
彼の腕に抱えられ、アスミは車の中に運び込まれた。あのまま誰にも見つけられずにいたら、車に轢かれるか、寒さで命を落とすかしてしまったかもしれない。そんな不安が少しずつ消えていく。
車内の明かりがつき、アスミはようやく彼の顔を確認した。武臣とも、そして前に付き合っていた男性とも全く違う、優しさがにじむ表情だった。
「頭、打ってるかもね。どうしてあそこにおったん?」
彼がシートベルトをかけてくれた。その動作ひとつひとつが、アスミの心にじんわりと染みわたる。
「荷物もないね。強盗にでもあったんか?」
彼は道の凹凸を避けるように慎重に運転している。こんな細やかな気遣いを、武臣が見せたことなど一度もなかった。
「あの、お名前聞いてもいいですか?」
「名前? なんでそんなの聞くん?」
「なんとなく…知っておきたくて」
彼は少し驚いた顔をして、鼻で笑った。
「そっか。君の名前は?」
「音羽アスミです」
「アスミ…ちゃんでええかな? 年下っぽいし」
「はい」
「高校生やったらここまで連れてきた大人は逮捕されるやろ。だから大学生ってとこやろ?」
アスミは小さな笑みをこぼした。童顔のせいで、大学の校内でも補導されたことが何度もあった。武臣に笑われたことさえ、今は少し遠い記憶のように感じられる。
「やっぱり高校生に見えますか?」
「少し迷ったけどね。もしも高校生やったら途中で警察に止められたら大変や」
アスミはまた小さく笑った。
「笑った、ようやく」
「それで、あなたは?」
「俺は兼山大佑。ダイでええよ」
「ダイさん…」
「いや、ダイでいいって」
「ダイ… どうしてあそこにいたの?」
彼の問いに答える前に、ダイはアスミを少しでも安心させようと、視界に入る道を指差した。
「ここから少し進むと見覚えがあるはず」
ダイの言葉に促されて外を見てみると、アスミも見覚えのある街の景色が目に入ってきた。
彼の横顔を見るたびに、心が穏やかになっていく。この人なら、自分の傷ついた心にも寄り添ってくれるかもしれない。そんな希望が、アスミの心にゆっくりと芽生え始める。
「君みたいな若い子をあんなところで、こんな怪我させて…」
ダイの声にはわずかな苛立ちが含まれていた。彼は、自分がどれだけ不安だったかを隠そうとしているかのように、運転に集中している。
「…病院でなんて説明するつもり?」
「……」
アスミは沈黙を守ったが、彼の温かい問いかけに、自分の胸の内を明かしたくなった。
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それを聞いた瞬間、ダイは少しの間だけ黙り込んだ。まるでアスミの言葉を噛みしめるかのように、車は減速していく。
「そうか。…まあ、何があったかは聞かんけど、あと少しやからな。川沿いの橋を渡ったらまっすぐ病院やから、景色でも見て」
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