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第三章

第43話

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 三葉と倫典は隣の部屋に移り、書類を書いているようだ。そういえば若菜は何か聞いているのだろうか。三葉とは連絡取れているのだろうか。俺が生きている間もあまり二人話しているようなことはなかったからな。

 しかし今はそんな場合じゃない。目の前に倉田がいる。
「大島さん、ご覧になってどうですかね」
 俺のいないところで話は進んでいたな……。
「もっと堂々とお話ください、あの幼稚園児のおちびちゃんと話すときみたく」
 そうだった。

『……何で俺をここに戻したんだ』
「あの乗り移られた方も可哀想でしょ。あ、ちゃんとお話しして学校に向かわせましたよ。『あなたは大島さんに手を合わせてから学校に向かう途中でした』と。そしてこれ……」
 俺の前に遺骨ジュエリーを置いた。

「もしこれを持っていることバレたら乗り移られる可能性もありましたがね、ようやく出せましたよ」
『倉田、なんで仏壇に戻すことができるんだ。何者なんだ、お前は』

 ……無視か? 仏具を整えてお経を読むという口述で二人きりになった倉田だが、この会話は俺の声は聞こえないだろうが倉田の声は聞こえるぞ。

 お経を唱え始めた。何だか俺の体が震える。いや、身体はないのに。

「大丈夫ですよ、わたしとあなたの会話は聞こえません。あと余計なことをするとあの世に逝かせることは簡単ですからね」
 倉田の口元の動きと聞こえてくる声は別だ。それよりも体が震える。息苦しい。ああ、この息苦しさはまるであの時のようだ。

 最期の、最期の……。もう嫌だ。あの時と同じ思いをしたくない。もう苦しくてもがいて血か何かを吐いた記憶がある。たくさんの警告音、三葉の泣き叫ぶ声、慌ただしい部屋の中。
 こんなに苦しむならもう死にたい、いや死にたくない! 三葉が横で泣いているのに死んだらダメだ! 彼女の泣いている顔を見たくないっ!!!

 て、願ったのに。

「今ではすっかりいい笑顔じゃないですか、幸せそうです。だからもうあなたは大人しく天国に行くべきなんですよ」
『だからお前はっ何者なんだ。ただの社長兼住職じゃねぇだろ』
「ただの社長で、ただの住職ですよ。あぁ、あなたもしつこい。いい加減成仏してください……」
『まだ逝きたくねぇ!!!』
「往生際が悪いですよ、あなたは!」
『お前が三葉にあのネックレスを渡したからだろ』
「あのネックレスはこんなふうになるために渡したわけではないですよ、初めての事例だ、こんなことは!!」
『それよりもそのお経をやめろ、苦しい!!』
「やめるもんか……もうお経に集中する」

 おいおいおいおいおい、話を聞け。まだやり残してる。
『三葉を抱きしめたい
 三葉を抱きたい

 ○遺影用のいい写真を見つける
 ○?墓問題
 妹に会いたい

 ○高校の様子を見に行きたい
 ○剣道部員に会いたい

 マンションのお金とかその辺を確認したい
 売れるものは全部売って金にしたい

 ○美味しいものたくさん食べたい
 ○三葉のご飯食べたい

 スケキヨの体調のこと
 三葉のこれから
 ○もう1人の男とは

 △倫典のこと

 ○美守の新しい父親のこと

 三葉に愛してるってもう一度伝えたい』
 まだまだ残ってるんだよ!!!!

 苦しい、苦しい。倉田のお経だけでこんなことになるのか。目眩がしてきた。

『和樹、和樹』
 誰だ、俺を呼んでいる声だ。

 え、なんで親父とお袋が! とうの昔に死んだのに。ばあちゃんもじいちゃんも……。
『全然こんで心配しとったでー。なんか猫ちゃんが来たけどお前が飼っていた猫かねぇ』
 スケキヨまで! ってなんだ、これは三途の川なのか。いわゆる。

『いい加減にしんさい、はよこっちに来なさい』
『苦しいだろ、こっちにくればもう苦しくない、お前もわかっているだろ』
『和樹ちゃん、おばあちゃんのそばにいてくれぇ』

 ……おやじぃ、お袋ぉ、ばあちゃん、じいちゃん……スケキヨ。

 いや、だめだ。まだ逝きたくない。まだ成仏したくない、そっちに逝くのはまだ先だ。
『お前は往生際悪いぞ、昔から』
 ウルセェ、親父も昔から口ばっかりだ。
『ほんと何やってるのよ。三葉さんも困るでしょ。にしてもなんか今まであんたが付き合っていた女の子たちの中で全然タイプ違ってとっても美人さんやないの』
 お袋は天国から俺の女性関係のぞいてたんか。確かに中学の時から色々連れ込んではいたけども……本当に過保護すぎだったもんな、お袋は。
『和樹ちゃん、あんたは熱を出しやすいからのぉ。心配で心配で……』
 ばあちゃん、じいちゃん……もうそれは子供の時の話であって、大きくなってからは熱は滅多に出なくなったんだ。まだ心配してたのか、ありがとうな。

 じゃなくって、俺はまだ逝かないからな! 往生際悪いだなんて言われても、三葉のためだとかいっても。

『はよ来い』
『はよ来なさい』
『和樹ちゃん……』
『にゃお』

 苦しい、苦しい。体が焼けるように熱い。もう俺は焼却場で燃えて骨になったのに。……骨……そうだ、墓に骨が入ってしまったらもうあのネックレスをした人が墓に来ないかぎり俺は……。

 だんだんお経の声が大きくなって耳まで痛くなってきた。もう限界だ、だめだ、だめだっ!!!!!
 倉田が大きく息を吸う。もしかしてあの大きな声を出したら……。

「やめてください!!!!」
 三葉!?
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