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第三章
第38話
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そう、俺は部下が悩みがあるからと飲みに行ったんだ。いつも行く居酒屋で焼き鳥とビールを一杯。三葉にはちゃんと話した。そしたらしっかり話を聞いてやりなさいと。
ビール一杯にしたのは妻も仕事をしていて当時不妊治療もしていたから断酒をしていた彼女の気持ちも考えていた。
ある程度愚痴を聞き、部下を教員寮まで送っていった帰りだったか。酒には強かったか意識ははっきりしたまま普段は車通勤だったが学校に車を置き歩いてたまには帰るかって。
明日は休みだから三葉とゆっくりして過ごすか? 飲みに行かせてくれたから何か美味しいものを奢ってやるか? いやそんなことしなくても普通通り過ごせばいいかとか考えながらも歩いていたんだ。
正直なんとなくお酒の力もあったのかムラムラしていたのもあった。だから帰ったら三葉に襲うとかそんなことも考えていたと思う。そんな時に後ろからいきなり大きな音と光が。
ただでさえ街頭以外は真っ暗だったのだがさらに目の前が真っ暗になった。それが再び光をさして見えたのは白い天井、首を動かすと無数の装置と点滴、自分の鼻に何か管。鼻だけでない。また反対側に動かすと手を握ったまま寝ていた三葉だった。
きっとずっと付き添ってて眠ってしまったんだろう。泣いたのであろう、目の周りの化粧は落ちていた。俺はなんとか動かせたその右手を握ると三葉はハッと目を覚ました。そして驚いた。
「和樹さん……和樹さぁん!!! 誰かっ、誰か!!!! 先生、看護師さんっ!!!」
そんなに泣くなよって思って話そうと思っても話せない、なんでだろう。体も起こせない。だんだん意識がはっきりして来て感覚も匂いも音も全てが一気に入ってきて何が何だかわからない。
それからは少しずつ指や手や腕や首が動いていく。手と腕が戻ったときはもうすぐにでも竹刀を握って剣道ができる、と思ったが下半身だけがなかなか動かない。順番だ、そうだきっと……と思っていた。
だがとある日、主治医から下半身が完全に麻痺しているとのことを告げられ治る見込みがないと。
絶望した。三葉とも泣いた。子供もできない、腕は動くから彼女を抱くことができるのに……。
その頃、俺をひいた犯人が捕まった。なんと俺らが不妊治療を受けていた病院の院長だった……。なんとも言えねぇ、あの病院にいくらお金を払った?
それよりもひいてすぐに医師だから助けてほしかった。専門外かもしれないが止血とかそれくらいできただろ。
怒りが抑えきれなかったが、そばにいて看病してくれた三葉は
「和樹さん落ち着いて。この上半身は動く……お話だってできてる。それでできることから始めましょう。歩けなくても子供できなくても……あなたが生きてるだけで私は幸せ……」
そう言って笑ってたが目からたくさん涙が出ていた。
半年近く俺はベッドで寝たきりだった。その間に何人かお見舞いに来てくれた。部員達もまた指導してくださいとか生徒は先生の授業また受けたいですとか。そうかそうかと横になりながら俺は聞いていた。
校長をはじめ、上司や同僚、部下……湊音や髙橋も来てくれた。湊音だけは俺の姿見て固まっていた。
「大丈夫だ、また稽古つけてやる」
と言ったら何も言わず病室から去って行ったあいつの後ろ姿は今でも覚えている。
そして俺が死んだのはリハビリをした直後だった。いつまでも三葉や看護師さんの世話にはならない。腕の力は残っているんだ。剣道を本格的にやってた頃は厳しい訓練を耐え抜いてきたんだ。やれる、俺はやれるんだって……過信していた。
手を滑らせて床にガンって落ちて真っ暗になる感覚、いきなり跳ねられて真っ暗になる時と同じだった。また光は見えるかと思った。
だが次に見えた光は葬式会場だった。
俺の。
ビール一杯にしたのは妻も仕事をしていて当時不妊治療もしていたから断酒をしていた彼女の気持ちも考えていた。
ある程度愚痴を聞き、部下を教員寮まで送っていった帰りだったか。酒には強かったか意識ははっきりしたまま普段は車通勤だったが学校に車を置き歩いてたまには帰るかって。
明日は休みだから三葉とゆっくりして過ごすか? 飲みに行かせてくれたから何か美味しいものを奢ってやるか? いやそんなことしなくても普通通り過ごせばいいかとか考えながらも歩いていたんだ。
正直なんとなくお酒の力もあったのかムラムラしていたのもあった。だから帰ったら三葉に襲うとかそんなことも考えていたと思う。そんな時に後ろからいきなり大きな音と光が。
ただでさえ街頭以外は真っ暗だったのだがさらに目の前が真っ暗になった。それが再び光をさして見えたのは白い天井、首を動かすと無数の装置と点滴、自分の鼻に何か管。鼻だけでない。また反対側に動かすと手を握ったまま寝ていた三葉だった。
きっとずっと付き添ってて眠ってしまったんだろう。泣いたのであろう、目の周りの化粧は落ちていた。俺はなんとか動かせたその右手を握ると三葉はハッと目を覚ました。そして驚いた。
「和樹さん……和樹さぁん!!! 誰かっ、誰か!!!! 先生、看護師さんっ!!!」
そんなに泣くなよって思って話そうと思っても話せない、なんでだろう。体も起こせない。だんだん意識がはっきりして来て感覚も匂いも音も全てが一気に入ってきて何が何だかわからない。
それからは少しずつ指や手や腕や首が動いていく。手と腕が戻ったときはもうすぐにでも竹刀を握って剣道ができる、と思ったが下半身だけがなかなか動かない。順番だ、そうだきっと……と思っていた。
だがとある日、主治医から下半身が完全に麻痺しているとのことを告げられ治る見込みがないと。
絶望した。三葉とも泣いた。子供もできない、腕は動くから彼女を抱くことができるのに……。
その頃、俺をひいた犯人が捕まった。なんと俺らが不妊治療を受けていた病院の院長だった……。なんとも言えねぇ、あの病院にいくらお金を払った?
それよりもひいてすぐに医師だから助けてほしかった。専門外かもしれないが止血とかそれくらいできただろ。
怒りが抑えきれなかったが、そばにいて看病してくれた三葉は
「和樹さん落ち着いて。この上半身は動く……お話だってできてる。それでできることから始めましょう。歩けなくても子供できなくても……あなたが生きてるだけで私は幸せ……」
そう言って笑ってたが目からたくさん涙が出ていた。
半年近く俺はベッドで寝たきりだった。その間に何人かお見舞いに来てくれた。部員達もまた指導してくださいとか生徒は先生の授業また受けたいですとか。そうかそうかと横になりながら俺は聞いていた。
校長をはじめ、上司や同僚、部下……湊音や髙橋も来てくれた。湊音だけは俺の姿見て固まっていた。
「大丈夫だ、また稽古つけてやる」
と言ったら何も言わず病室から去って行ったあいつの後ろ姿は今でも覚えている。
そして俺が死んだのはリハビリをした直後だった。いつまでも三葉や看護師さんの世話にはならない。腕の力は残っているんだ。剣道を本格的にやってた頃は厳しい訓練を耐え抜いてきたんだ。やれる、俺はやれるんだって……過信していた。
手を滑らせて床にガンって落ちて真っ暗になる感覚、いきなり跳ねられて真っ暗になる時と同じだった。また光は見えるかと思った。
だが次に見えた光は葬式会場だった。
俺の。
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