妻が心配で成仏できません

麻木香豆

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第三章

第28話

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 次の日の午前中。優しくスケキヨを抱き上げる三葉。そばには倫典がいる。きっと泣きじゃくる三葉をずっと慰めていたのだろう。もう2人はあっという間に距離を縮めていた。
 倫典が俺のお供物も持ってきた。
「大島先生、午後から倉田さんの寺でお経をあげてもらって……火葬してもらうんだって」

 火葬……その言葉聞いた三葉はさらに泣いた。スケキヨは何か分かってないだろうがなんかグルルルと唸った。自分の身が焼かれることがわかるのだろうか。
 倫典は俺に報告してくれるのはいいが三葉にとってはなんでそんなこと仏壇に言うのかわからんだろう。
「スケキヨの骨壷もしばらくここに置いておこうかしら。お墓できるまで」
「そうだね。倉田さんが動物霊園紹介してくれたけどやっぱ大島先生のそばに置いてあげたいよね」

 今は俺の腕の中にスケキヨの魂がいってるなんて気づかないだろう。そうだな、墓は一緒に入りたい。うちの実家の墓に入れるのも申し訳ないし新しい墓に……て、もし倫典が三葉と結婚したとして、俺とスケキヨのいる墓に三葉はまだしも倫典も入るってことか?
 別に仲悪いわけじゃないけど前の夫と今の夫の2人が入る墓とか……どうなんだろうか。なぁ、スケキヨ。

 ミャオ

 返事してくれてありがとうな。お前には関係ないだろうな。のんびり過ごせるところがいいよな。

 ピンポーン

 あ、美守だ。きっと。倫典が玄関まで行った。残された三葉、黒いワンピースを着てとても美しい。悲壮な顔をしているがその顔もなおさら……。

 ああ、抱きしめて慰めてやりたい。スケキヨの首輪はまだ仏壇にある。首輪をつけていたらスケキヨは死んでいても入ることができるのか? いや今入ったらゾンビだ。驚かれてしまう。

 玄関から声がした。美守だ。
「スケキヨ……」
 三葉の腕の中で眠るスケキヨを撫でる。きっと彼にとっては初めて目の前で死というものを体感したのだろう。霊にはあってるけども。

「昨日はずっとスケキヨの横で眠ってくれてありがとう」
 そう三葉に言われてもその時は俺が乗り移っていたから美守はわからないだろうが
「気づいたら寝ちゃってた、ぼく」
 と話を合わせてくれた。幼稚園児なのに物分かりのいい子だ。

「じゃあそろそろ行こうか」
 倫典と三葉は先に部屋を出ようとした。おっとやばい、三葉に乗り移るぞ!





 車の中では俺はスケキヨの顔を眺め、体温のない体を抱きしめるとかなり辛く感じた。
 鼓動も息も感じ取れない。でも最期に抱きしめられたし、今もこうしてそばにいられるのが嬉しい。
 俺が死んだ時はスケキヨに会えなかったから。スケキヨの魂は乗り移ったときにどこか消えてしまった。仏壇になかったのか? いや、肉体がここにあるのになぁ。どこに行った?

「いやぁ、さぁ。僕の実家も昔犬何匹か飼ってたけど死ぬって分かってからはどうしてもそばにいるのが嫌で毎回死に立ち会って無かったんだよ。大人になって昨日初めて息を引き取るところ見てなんかジーンと来ちゃったから」
 倫典は目の端が赤くなっている。

「こんなんだから絶対医者向いてないよな」
 多分な。……ん? なんか気配を感じる。


 !!!
「スケキヨ?!」
 後部座席に座る美守の膝の上にスケキヨがのっていた。俺というか三葉がスケキヨの肉体を抱いているのに美守がなぜ?!

「大島さんみえた?」
 ニコッと微笑む美守。みえた? じゃないよ。倫典はみえてないらしく、運転もしていてよくわかってない。

 生きていても死んでいてもよくわからないことが起きるもんだ。

 そして着いたのが大きな山の麓にある寺。初めて来た。天狗が住むという噂の山の麓らしい。待っていたのは前にスーツで来た倉田が袈裟を着て待っていた。髪の毛が生えてるから(ふさふさで黒黒)住職には見えないがこれはこれでアリなのかもしれない。

「おまちしておりましたよ」
 猫のように微笑む倉田。そして足元には何匹か猫がいる。休みの日だから人も何人かいる。なんかおぞましい気持ちなのはなぜか。

 美守の足元にはスケキヨ。怯えてるのか? 震えている。お前にも何かわかるのか。
「美守くん、なんでスケキヨがいるの」
 こっそり聞いてみた。
「あとで言うよ」
 続きはwebで! みたいなノリかよ。子供のくせに焦らしやがって。
「たくさん人や猫や犬がいるの大島さんにみえるかな、さすがにここだったら」
 まさか……あの猫や人たちは!!! おぞましい気持ちはこれだったのかーっ!!!

「大島先生、いやここでは三葉か。大丈夫? なんか顔真っ青」
 倫典はみえてないんだろうな。みてはいけないものがみえてしまっている、俺はそんな次元にいるのか。

 本堂に入り、小さな棺桶が置いたあった。倉田からここに入れるよう言われた。フカフカのクッションが包むように敷かれている。ここは三葉が入れるべきであろうが……。

 トントン、と美守が俺の足を叩いた。振り向くと何か話したそうだった。
俺はしゃがんで耳を貸す。

「僕に乗り移って」
「え?!」
「いいから。僕、あの首輪持っているから」
「!!!」
「あとお葬式終わったらカバンの中の僕の携帯見て」
「いいの?」
「大丈夫、僕を信じて」
……こんな小さい子に信じて! てそのうるうるな目で言われたら……。

「どうしました?」
倉田がやってきた。

よし、美守! 乗り移るぞ!




 一気に目線は下がった。
「あっ!」
 すぐ隣で三葉が膝から崩れかけた。それを倫典が受け止める。
 俺がいきなり抜けたからだろう。スケキヨを落としかけた三葉。危ない危ない。

「ここは……」
「三葉、さん、ここはスケキヨのお葬式する霊園だよ」
 と声をかけてやると三葉は理解したようで身体を起こしてスケキヨをしっかりと抱き抱えて棺桶の中に入れる。

 乗り移った人には負担がかかってしまう……美守、お前も大丈夫なのか?
 と、問いかけたところで返事はない。それは変わりがないようだな。

 棺桶は高いところにあるからスケキヨを見ることができない。

「美守くん、見えるか?」
 うわっ! いきなり視点が高くなった。後ろから倫典が持ち上げて見せてくれた。悪いな。まだ俺が三葉にいると思っているだろうが、首輪の持ち主に乗り移れる法則を知られたくないから黙っておこう。

 三葉はスケキヨの首元を触る。
「そういえば首輪はどうしたっけ」
 やばい。動物病院で外してから仏壇に置いておいたことは三葉は知ってないのか?

「仏壇に置いてきちゃったんだ、そういえば……取りに行こうかしら」
「それはしなくていいんじゃない?」
「え? なんで……」
「首輪も燃やしちゃうの?」
「和樹さんの骨も入っている遺骨ジュエリーついているから……スケキヨも一緒に燃やされるほうがいいでしょ?」
「……あれ、ちょっと何言ってるの! 大島さん!」
 やば、倫典は俺が三葉に入っている状態だと思ってるから苗字で呼んでしまった!

「なによ倫典くん、改まって苗字だなんて……」
「え? あれ?」
 どうしよ……言うか? 

「首輪の遺骨ジュエリーは大切に保管してやってください。違うものに付け替えるとか。せっかく作ったんですから……」
 倉田! ナイスだぜ! 

「そ、そうよね。また何かに付け替えようかしら」
「そうだよ、三葉。付け替えよう! 今はスケキヨを見送って……それから考えよう」

 倉田が蓋を出してきた。
「これが最後の姿です……しっかりと見ていてください」
 スケキヨ……。俺を抱き上げる倫典の手も震え、三葉も泣いている。

 ふと後ろを見るとスケキヨは自分の最後を見たくないのか遠くまで行ってしまった。
 そこには何匹かの猫たちがいる。もちろん俺以外は見えないだろう。


「それではお経をお読みします」
 倉田はお経を唱え始めた。


 なんだろうか、この聞いたことある感じ。あ、俺も葬式の時にお経を読まれたんだっけな。普段は甲高い倉田の声も少し低く力もこもっている。髪の毛はふさふさでお経だなんて違和感な感じもするが本当にお坊さんなんだと実感する。

 スケキヨ……

 このあとお前は焼かれてしまう。俺と一緒にしばらく仏壇にいるか?

 にしてもお経は長い。単調な音階、適度に鳴る木魚。

 はぁっ! お経のリズムで美守がうとうとしてるぞ。倫典に抱えられて……俺はまだ眠くないのに! み、三葉……お前に……のり、うつ……。

「はっ!!!!」
「うわあ!!!!!!」
 倉田がいきなり叫んだのに驚いて目が覚めた。心臓が止まるかと思った。なんだいきなり叫んで。

「びっくりされましたか」
「びっくりした」
 どうやら三葉も倫典もびっくりしたらしい。
「僕もちょっと眠くて今ので起きた」
 横にいた倫典がこっそり教えてくれた。よかった、眠気が飛んでよかった。なんでいきなり叫んだんだ。心臓がバクバクだった。それに今仏壇に戻っても嫌だったしな。

 お経も終わり、焼却炉にスケキヨは運ばれることになった。三葉はもう動けなくなり、近くのベンチに腰掛け、俺と倫典で最後まで付き添った。
 倫典は不思議そうに三葉を見ている。そりゃまだ俺がいるって思っててなんで座ってるのかってことだよな。

「……大島先生、やっぱりスケキヨとお別れするの悲しいのかな」
 悲しいけども最後まで俺は見送る。美守に入った状態でだが。

 ふと振り返るとスケキヨの魂が遠くから見守っている。自分が焼かれるのを見るのが嫌だとか言いながらも見守りたいんだろうな。

「それでは……よろしくお願いします」
 倉田が焼却炉の担当に引き渡す。……胸が苦しくなる。俺も死んでるのに。

「スケキヨぉぉぉぉぉぉぉ」
 大粒の涙が溢れ出た。ついでに鼻水も。


 煙突から黒い煙。そして終わった頃にはスケキヨの魂はいなくなっていた。
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