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第二章

第十五話

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「そんなに嫌なのか?」
 うんうんと美守は頷く。可愛く動くもんだ、この首は。てかこんな子供でさえも嫌だと言ってしまうほどなのか? どんなロクでもない男なんだ。
 うーん、美帆子の勤めている塾の社長……何度かテレビで見たことがあるが、いかにも経営者って感じもしたが普通の好青年であり、塾自体の評判も悪くないし、俺の生徒であの塾に通っているものもたくさんいた。悔しいことに。

 三葉のスマホを開く、指紋認証であいてしまうのがなんとも言えない気持ちになるが塾のホームページを開くと人気講師の中に美帆子の写真もあった。
 ネットを通じて人気講師の授業映像を全国で見られるのはすごいことだが高校教師からしたら商売上がったりだ。
 ブーブー言っている場合ではない。社長のページを開くとその男は写ってる。小橋一成《こばしいっせい》。美帆子や三葉と同じ年か。俺よりも若造。元教師で父親の経営していた個人経営の塾を全国展開に発展させた……なんてことだ。すごいじゃないか。
 垂れ目で優しそうな顔つきで写っているのだがダメなのか、美守。

「僕は嫌なの。おもちゃやお菓子あげればいいもんだって思ってる」
 こんな言葉を幼稚園児に吐かせるほどなのか。実際に小橋に会ってないからわからないものだが。
 
 ピコン

 そんなときにメールがスマホに入った。倫典だ。
『今出先です~三葉さん、何してますか』
 出先……仕事か? そうだ、倫典も呼び出すか? 俺だけではどうにもできない。
『もしよかったらおうちでお茶でもいかが?』
 と三葉のふりしてメールを打つ。なんかこれまた罪深い。

『はーい! 行きます』
 ちょろすぎる、倫典。スマホ片手にアドレス帳やメールボックスを覗いてもいいのではという気持ちにもなるがやはりそれは出来ない。俺は机の上にスマホを置いた。

「お父さんがあいつならいらない」
 俺はかけてやれる言葉が見つからない。その代わりにスケキヨが美守にすり寄って癒してあげている。猫はいいな、そばにいるだけで癒すことができるなんて。さっきよりも美守の顔がおだやかになっている。

 ピンポーン

 早いな、倫典。
「誰か来るの」
「三葉の知り合い。俺も知ってるし君のママも知ってるよ」

 インターフォンのモニターまで行き、倫典であることを確認して入り口を開けた。スーツだからやはり仕事。なんて適当な男なんだ。これまた心配要素だ。簡単に仕事をサボれる男なんだから。



「おじゃましますー」
 ドアを開けたらすぐに倫典が入ってきた。なんてずうずうしい。美守は初めて会う彼に少し警戒しているが
「あれ、このお子さん……初めまして。こんにちは」
 と倫典が愛想良く笑顔を振り撒くとスケキヨが彼のそばに懐いてるのを見てほっとしたのか
「初めまして」
 と美守も挨拶した。子供が安心できる愛嬌の良さは問題ないな。
「美帆子の息子の美守くん。ちょっと今日預かってるの」
 言葉遣いは気をつけなくてはいけない。素が出てしまう。
「そうなんだ、この子が美帆子さんのお子さん。こんにちは、美守くん」
 てかそのドーナツの袋……。
「手ぶらじゃ悪いかと思って。2人だけかと思って二つしかないけど」
 ……さっき俺が平らげてしまったドーナツ。美守の視線が鋭い。そして机の上にも同じドーナツ屋さんの箱に倫典は気づいたようだ。

「あ、もう先に食べちゃったか。それにプリンも」
「お気遣いありがとう。後で食べるわ。倫典……くんの皿とコーヒー持ってくるわ」
 俺は台所に行くと美守もなぜかついてきた。その眼差しはドーナツに。
「わかってる、これ美守くんに出すから」
 そういうとニコッと笑った。

 コーヒーとドーナツを出すと倫典は小さくいただきますと言ってドーナツを割って少しずつ食べる。小動物か、お前は。
 美守もニコニコとドーナツを食べる。
「優しいな三葉さん。僕のも半分どうぞ」
 倫典も優しいな。でも正直さっき食べ過ぎたせいもあって胃がもたれてる。だがせっかくだからもらっておこう。倫典の目線が美守に。見るとドーナツを食べながらうとうとしてるのだ。食べながら寝るのか?!
 机に頭が当たる前に倫典が美守を抱き抱え、俺は仏間に布団を出して横に寝させてやった。
「やっぱり可愛いなぁ子供」
 寝ている美守の頭を撫でる、そしてそれを微笑ましく見ている顔つき。って俺はなんでこんなにもドキドキしているんだ、おかしいんじゃないか。ここ数回、倫典と接してきていたからなのか?

「三葉さん、どうしたの」
 はっ、見惚れてしまっていたなんて言えやしない。
「な、なんでもない、わ」
 それでも倫典はこっちを見る。微笑んでる。頬を赤らめて。
「2人っきりかと思ったらこの子いたけど寝ちゃったね」
「う、うん……」
 と頷いた。その時だった。彼の顔が近づいてきた。

 !!!
 倫典!! 
 今俺じゃなくて三葉の唇に……キスを!!!! なんてことだっ!!!
「うわあ」
 咄嗟に俺は彼の体を引き離した。よかった、舌は入れられなかった。でも唇を……乗り移ってからまだ誰ともキスしてないのに!
「倫典、なにしやがる! 俺の三葉に」
 倫典は驚いた顔をする。

「俺の三葉???」
 し、しまった……つい口から……。

「三葉さんごめんなさい、急に押しかけてキスして。それに……」
 倫典、なに俺の仏壇を見ている。
「大島先生の仏壇の前で、だから今大島さんが怒ってそう聞こえたんだ、そうしよう。ごめんなさい、ほんと」
 倫典は相当焦っている。それにもう荷物持って帰ろうとしている。
「僕は大島先生の代わりにはなれない。それに他に気になっている人となんて比べもにもなれないくらいダメな弱気な男です。こんな僕じゃ幸せにできません、やっぱり!」
 そ、そんなことは……!

「そ、そんなことはない! 自信を持て……倫典!」
「へ? 三葉さん?!」
 しょうがない。ここは言うしかない。

「三葉じゃない。俺だ、大島……大島和樹だ」
「えええええええええ!!!」

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