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第一章

第八話

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 俺は棚の上にある猫ゼリーにジャンプして取ろうとしてもまだ猫の動きに慣れなくて届かない。助走してジャンプすれば届いたりしないかな。

 食べたい、まだ食べたい。子供の頃もそうだった。大好きなクッキー缶。おふくろが手の届かないところにおいたからなんとしてでも取るぞ! と思ってあれやこれやらで取ったなぁ。

 やればできる、ユーキャンドゥーイット!!! 


 そう心に念じながら遠くから走って、うりやっ! とジャンプした。

 なんか思い出した。子供の頃、椅子を使ってその上で爪先立ちしてクッキー缶を取った! と思ったらそのまま椅子から落ちて頭打って病院に行った時のことを……あっ!

 ずささささっ

「なにっ?!」
 痛い。三葉が駆けつけてきた。猫ゼリー以外にも上にあったコーヒー缶や砂糖が落ちてきた。スケキヨは猫のおかげかバランスよく落ちてくれたが……無茶するんじゃなかった。

「スケキヨ、大丈夫?」
 おおう、大丈夫。三葉に優しく抱きしめられた。それだけでも幸せだ。スケキヨ越しに伝わる温もり。

 ……視線を感じる。
「猫ちゃん大丈夫かな?」
「上から物が落ちてきたみたい。あ、ごめんごめん倫典くん散らかっちゃってて」
「いえ、お邪魔します……」
 倫典が入ってきた! 実質的に妻と猫のスケキヨしかいないこのマンションの一室に男のお前が入ってくるなんて……。

「スケキヨ、だっけ? なんかすっごく僕を睨んでるような気がする」
「気のせいよ、ねぇスケキヨ」
 なに、表情まで出てしまうのか?! あ、それよりも猫ゼリー……。
 にゃあにゃあ、と乞う。そういう声しか出ない。俺がいくら話しても。

「んー? どしたどしたー。お腹空いたの? キャットフード食べてなさい……私は今からお客様へのおもてなしをしなきゃダメなの」

 そう言って三葉は餌のトレーのあるところにおろして台所に行ってしまった。
 目の前にはこんもり、くすんだ色のキャットフードたち。独特な匂い。猫ゼリーの方が百倍いい。

 俺は諦めて倫典のほうに行く。スタスタスタスタ。すると彼は仏壇の前にいた。
「大島先生……お久しぶりです。倫典です」
 仏壇の前には彼が持ってきたであろう手土産のお供物が。今はその仏壇にはいない。お前の横にいる猫に俺はいる。そんなことはわからないだろう。美守みたいに見えていないのなら。
「もう一年なんですか。早いなぁ」
 そうだな、もう一年……って仏壇に俺の遺影。そういえば昨日届いて見てなかったな。うわ、なんて写真写りが悪い遺影なんだ。カッコ悪い。他の写真はなかったのか? 

「素敵な遺影ですね。大島先生らしい勇ましい姿」
「そうかしら、いい写真なかったから剣道着着ているときのよ。普段の時より少しはキリッと見えるでしょ」
 普段の時よりって……三葉。もっとマシな写真あるはずなんだが。倫典もまじまじ見るなよ。手を合わせて目を瞑って何か心の中で唱えてるのか? ここは神社ではないぞ。

「何か願っていたの」
「い、いえ……な、なななななんでもないですよ。なんとなくこういうのって目を瞑って何か喋りたくなるというか、大島先生とはもっと話したかったです。もっと相談したかった……」
 倫典……。少し何か動揺していたが、俺ももっとお前と話がしたかった。たまに高校にきてくれて大丈夫か? て聞くと笑いながら大丈夫っすて言ってたけど、本当はそうじゃなかったんだろう。心配かけまいといつものようにヘラヘラ笑って……。今も少し笑ってる。お前はいつもそうだ。
 
 後から聞いたが会社を辞めたかったと。お前の親戚の会社だから辞めるにも辞められない、でも俺の姿見たらまだ続けなきゃって。俺が勧めたんだもんな、あの会社を。今でも続けているのだろうか。
「でもなんとかなってるって報告したかったんでよかったです」
「きっとあの人のことだろうから心配してるでしょうね」
「ですね……」
 ん? なんか2人見つめあって笑っちゃってさ。なんか除け者にされた感じだが。すると倫典が紙袋から何かを取り出したのだ。ん、猫ゼリーの箱!!!!

「猫ちゃんにもって。こういうの好きなのかなぁって」
「ありがとう、さっきも食べさせていたけどこれが好きみたいで。よかったね、スケキヨ」
 っていう前から俺は猫ゼリーの箱に飛びついていた。本能がこれを欲しがっている! あっ、三葉取り上げるな! また棚の上に持っていったのか。くそ!

「きっとさっきのもスケキヨがこのゼリー目当てで棚にジャンプして落ちたのよ。ほんと好きなものに執着するのは和樹さんそっくり」
「はははっよくペットは飼い主に似るっていうからね。って今の大島先生聞いてたら怒られちゃいますよ」
「ふふふ、だって本当のことですから」
「ですよねぇー」
 ……俺はずっとそれを聞いているぞ。ニャロメ。執着心が強いって? え? そんなつもりはないぞ。あぁ、なかったぞ。2人はリビングに行き、倫典が持ってきたであろうケーキがテーブルの上に置かれ、三葉が珈琲と紅茶を持ってきた。昨日もケーキは見た気もするが。まぁいい。俺にはケーキは無いよな。わかってる。

「三葉さん、このあとお時間ありますか」
「え、あ……うん」
「少し外でぶらっとしませんか」

 ぶらっとはなんじゃ。俺は三葉の足元で戯れる。彼女もそれに気づいて足で相手してくれている。俺がスケキヨに乗り移っていなければできない至極のプレイだ。あうぅう。

 2人はたわいもない話をしていた。話を聞いた限りでは倫典は仕事を続けて昇進したらしい。うまくいっているのかどうか分からないがまたヘラヘラしながら話してるからな。まぁいい。
 俺はお前たちが話している間、三葉の足が絡まり気持ち良い刺激になっている。すると倫典が机の下を覗き込んできた。と同時に三葉はスカートを押さえた。

「あ、そういうつもりじゃなくて……ごめんなさい。猫ちゃん……スケキヨがすごく三葉さんに懐いているなぁって」
「そうなのよ、なんだか急に懐いちゃってさ。仲が悪かったわけじゃないけどね、スケキヨ」
 ニャァー。てかスケキヨ見るついでに三葉の太ももを見ようと思ってたんじゃないのか? わかるぞ、男心は。少し顔を真っ赤にしてる倫典。デレデレ、鼻の下伸ばして。わかってる。三葉の胸元から覗く谷間もあるんだろ。人の妻に何をする。

「そろそろ行きましょ。スケキヨが邪魔してくるの」
「こら、スケキヨ。やきもち妬くなよ。何もしませんから三葉さんには」
「何かしようとしていたの? ふふふ」
「い、いえ。しないです、しようとは」
 ん、なんだこの雰囲気。三葉はスケキヨを抱き上げて倫典との間に置く。ほら、距離を置いているぞ。残念だったな。だけどなんかなんともいえぬ雰囲気がするぞ。2人は言葉でなくて笑い合う。俺はどうすればいいんだ、この間にいていいのか。いや、いなくちゃいけないだろ。

「そろそろ行きましょ、外の方がいいかも」
 そうだそうだ、このままだと倫典が三葉を襲ってしまうぞ。でも外でも……って何嫉妬しているんだよ。だから俺は執着心が強いって言われるんだよ。

「僕が車出します」
「少し待ってて、ちょっと用意するね」
 やばい、このままだと出かけてしまう。スケキヨも一緒にだなんて無理だろ。うーん、三つ葉に乗り移って……いや俺は三葉と外に出かけたい。またデートをしたい。

「スケキヨ、お留守番しててね」
 そう言って撫でてくれた三葉。なんだろうか。今までにないような色気というか。なんでそれを感じ取ってしまうのだろうか。だめだな、俺は。三葉は自分の部屋に行った。化粧でもするのだろうか。しなくてもとても美しいのにな。

 そうだ、倫典に乗り移ればいいのか。よし! 倫典はなぜか仏壇の前で立ってる。そして俺の遺影を見ている。じっと。
 さっきのヘラヘラしている顔とは違う。真剣な眼差しだ。

「大島先生、俺……三葉さんと付き合いたい。ダメか?」
 へっ……まぁーなんと無くお前の恋心はわかっちゃいたが、そんな真剣に思っていたのか。

「さっきキスをしようと思ったんだ、押し倒せるものなら押し倒せた。でもスケキヨが邪魔した」
 やっぱ下心あったんじゃねえか。ううう。あ、気づいたか。こっちを見てる。

「スケキヨ、お前……大島先生じゃないのか?」
 !!!!

「なわけないよな。はははっ」
 びっくりした。お前も見えてるかと。……そうだよ、乗り移っているさ、スケキヨに! そしてお前に乗り移るぞ!

「お待たせ、倫典くん」
 三葉の声を聞いて視界は一瞬真っ暗になった。
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