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第五章
第十七話
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歩いてすぐのアパートらしい。市境でわたしの今住んでいるところとは違う市になるのか。まだ段ボールがいくつかある。
そうか、ここが柳さんとこれから住む場所なのかな。車で少ししたらうちのバーに着く。
ベビーベッドがまだ組み立てなかったりベビー服屋の袋がいくつかある。ああ、このすらっとしている芹香さんの体の中に赤ちゃんがいるんだ。
でも指輪はしてない。
「柳さん……て、わたしも柳になるからおかしいよね。彼は今仕事だから。そこ座って。まだ片付いていないけどね」
そうか、柳芹香……になるんだ。
わたしと同じ佐原だったのに。
女と女は結婚できない。籍を入れられない。もしわたしがひょんな拍子で男の人と結婚してしまって苗字変わるまでわたしは芹香さんと同じ苗字を名乗れる。
それが嬉しかったのだ。
でも郁弥にいちゃんと離婚した芹香さんはすぐ苗字を旧姓の田上に戻した。そのままでもよかったのに。
バンドの時は芹香だけだったけど音楽に関する論文は旧姓で書いていたからというのは手紙で知ってたし、送り主のところも田上だった。
ああ、同じ苗字になった時は飛び跳ねるくらい嬉しかったのよ。芹香さんと同じ苗字なのよ。って言いふらしたかった。
でも言えなくて秘めて妄想の中では芹香さんと結婚した気分になっていた。
子供ができなかったのも私たち女同士だから……そんな妄想まで描いていた。
「成美ちゃん、大人っぽくなったわね」
ふと笑う芹香さん。そんなことないよ、とわたしは首を横に振るしかできなかった。
ああ、思えばあの頃浮かれていたわたしを振り返ると恥ずかしい。
「幸太くんもそのまんま大きくなった感じ」
「よく言われます」
「手も大きくなって。手もマメだらけなのは変わらないね」
「柳さんにはちゃんと毎日練習するようにって言われて」
「すごいじゃん」
たしかに幸太の手。いつも教えてもらう時につい見てしまうけど……見慣れてて。
でも改めて見るとそうよね。
わたしもそれくらい練習すれば極められるのになぁ。わたしは趣味程度でいいやってなったから今苦労してる。
「幸太くんはミュージシャン目指してるの?」
「はい……そのつもりで音大目指してます」
わぁ言い切ったなぁ。でもそれは昔からだったもんね。
わたしはもう親と同じ楽器調整の仕事かしら。全国、全世界飛び回るの。
いろんなアーティストの演奏を聞いて感じて……。
「わたしも負けないようにしなきゃ。夢を追い続けること」
「芹香さんは? 海外どうでしたか」
芹香さんは微笑んだ。
「本当世界は広い、いろんなことを学んで体験してきたわ……一旦結婚して子供産むけど一年後には柳さんとまた海外に行く予定よ、ここは仮住まい。実家でもよかったけど互いの兄弟夫婦も住んでるからね」
……そんな……また行ってしまうの?
「柳さんも一時帰国で子供産まれたらすぐ行ってしまうのよ」
そんなの聞いてないよ……。幸太くんも師匠が離れてしまうことに悲しんでるようだ。
「わたしもあっちに戻って日本の音楽の素晴らしさを伝えていくわ」
あっちに戻るだなんて。戻るのはここだけなの。
震える手にそっと幸太が手を覆ってくれた。こっちを見ずに。
「……それも昔から芹香さんが言ってたことだね。すごいよ。でもまさかそれを海外でとは思わなかった」
「そうね。日本を飛び出て……すごく範囲広がってさ。英語勉強や日本語教師の仕事通じて欲張っちゃった。海外に勉強に行ったおかげ……」
……。わたしは声が出なかった。一緒の家に住んでいる頃は音楽教師で……プライベートはバーディズで多くの人に歌の素晴らしさを伝えたい、それで私も一緒に着いて行って音楽の旅も楽しいよねって。
それだったらずっと芹香さんといられる。
だったのに。って、幸太はいつまでもわたしの手を……芹香さんには見えない、はず。
「……まさか結婚式やるだなんて思わなくて。しかもよりによって郁弥……前の夫のところでなんて」
そうよ、最低よ……。
「柳さん、普段おとなしいでしょ。こういう形でみんなに自分の負の感情をこのような形で発散しちゃったね……」
「確かに普通なら……海斗さんとかだとすぐぐちぐち言ったり大貴さんは喧嘩になるけど柳さんは穏やかだった。我慢してたのかな」
「まぁ他にもお世話になった人たちがどうしてもあの店でというのもあったけど……断ればよかったのに断れないのが本当柳さんなのよ。ごめんね、こんな大人たちのごちゃごちゃとしたことに高校生の2人を巻き込んじゃって……とくに成美ちゃん……」
ほんと……
「ほんとそうよ……」
ふと『しかも余興でわたしボーカルまで命じられて』だと余興することも言いそうになった。聞いてる感じ余興があることは知らなさそうだし。
幸太は強く手を握った。わたしの目から涙が流れた。
「私ね、知ってたの。成美ちゃんがわたしのことを好きだってこと……」
……!!
そうか、ここが柳さんとこれから住む場所なのかな。車で少ししたらうちのバーに着く。
ベビーベッドがまだ組み立てなかったりベビー服屋の袋がいくつかある。ああ、このすらっとしている芹香さんの体の中に赤ちゃんがいるんだ。
でも指輪はしてない。
「柳さん……て、わたしも柳になるからおかしいよね。彼は今仕事だから。そこ座って。まだ片付いていないけどね」
そうか、柳芹香……になるんだ。
わたしと同じ佐原だったのに。
女と女は結婚できない。籍を入れられない。もしわたしがひょんな拍子で男の人と結婚してしまって苗字変わるまでわたしは芹香さんと同じ苗字を名乗れる。
それが嬉しかったのだ。
でも郁弥にいちゃんと離婚した芹香さんはすぐ苗字を旧姓の田上に戻した。そのままでもよかったのに。
バンドの時は芹香だけだったけど音楽に関する論文は旧姓で書いていたからというのは手紙で知ってたし、送り主のところも田上だった。
ああ、同じ苗字になった時は飛び跳ねるくらい嬉しかったのよ。芹香さんと同じ苗字なのよ。って言いふらしたかった。
でも言えなくて秘めて妄想の中では芹香さんと結婚した気分になっていた。
子供ができなかったのも私たち女同士だから……そんな妄想まで描いていた。
「成美ちゃん、大人っぽくなったわね」
ふと笑う芹香さん。そんなことないよ、とわたしは首を横に振るしかできなかった。
ああ、思えばあの頃浮かれていたわたしを振り返ると恥ずかしい。
「幸太くんもそのまんま大きくなった感じ」
「よく言われます」
「手も大きくなって。手もマメだらけなのは変わらないね」
「柳さんにはちゃんと毎日練習するようにって言われて」
「すごいじゃん」
たしかに幸太の手。いつも教えてもらう時につい見てしまうけど……見慣れてて。
でも改めて見るとそうよね。
わたしもそれくらい練習すれば極められるのになぁ。わたしは趣味程度でいいやってなったから今苦労してる。
「幸太くんはミュージシャン目指してるの?」
「はい……そのつもりで音大目指してます」
わぁ言い切ったなぁ。でもそれは昔からだったもんね。
わたしはもう親と同じ楽器調整の仕事かしら。全国、全世界飛び回るの。
いろんなアーティストの演奏を聞いて感じて……。
「わたしも負けないようにしなきゃ。夢を追い続けること」
「芹香さんは? 海外どうでしたか」
芹香さんは微笑んだ。
「本当世界は広い、いろんなことを学んで体験してきたわ……一旦結婚して子供産むけど一年後には柳さんとまた海外に行く予定よ、ここは仮住まい。実家でもよかったけど互いの兄弟夫婦も住んでるからね」
……そんな……また行ってしまうの?
「柳さんも一時帰国で子供産まれたらすぐ行ってしまうのよ」
そんなの聞いてないよ……。幸太くんも師匠が離れてしまうことに悲しんでるようだ。
「わたしもあっちに戻って日本の音楽の素晴らしさを伝えていくわ」
あっちに戻るだなんて。戻るのはここだけなの。
震える手にそっと幸太が手を覆ってくれた。こっちを見ずに。
「……それも昔から芹香さんが言ってたことだね。すごいよ。でもまさかそれを海外でとは思わなかった」
「そうね。日本を飛び出て……すごく範囲広がってさ。英語勉強や日本語教師の仕事通じて欲張っちゃった。海外に勉強に行ったおかげ……」
……。わたしは声が出なかった。一緒の家に住んでいる頃は音楽教師で……プライベートはバーディズで多くの人に歌の素晴らしさを伝えたい、それで私も一緒に着いて行って音楽の旅も楽しいよねって。
それだったらずっと芹香さんといられる。
だったのに。って、幸太はいつまでもわたしの手を……芹香さんには見えない、はず。
「……まさか結婚式やるだなんて思わなくて。しかもよりによって郁弥……前の夫のところでなんて」
そうよ、最低よ……。
「柳さん、普段おとなしいでしょ。こういう形でみんなに自分の負の感情をこのような形で発散しちゃったね……」
「確かに普通なら……海斗さんとかだとすぐぐちぐち言ったり大貴さんは喧嘩になるけど柳さんは穏やかだった。我慢してたのかな」
「まぁ他にもお世話になった人たちがどうしてもあの店でというのもあったけど……断ればよかったのに断れないのが本当柳さんなのよ。ごめんね、こんな大人たちのごちゃごちゃとしたことに高校生の2人を巻き込んじゃって……とくに成美ちゃん……」
ほんと……
「ほんとそうよ……」
ふと『しかも余興でわたしボーカルまで命じられて』だと余興することも言いそうになった。聞いてる感じ余興があることは知らなさそうだし。
幸太は強く手を握った。わたしの目から涙が流れた。
「私ね、知ってたの。成美ちゃんがわたしのことを好きだってこと……」
……!!
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