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発展
第三十六話 進展
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二人は着替えて理事室に向かうと中には瀧本がいた。ソファーにドスン、と座っていた。
「よっす」
「……瀧本さん。まさか飲みに誘ってくれたんですか?」
「あほ、酒飲むといろんなことがうやむやになるだろ」
「……えっ、まさか」
瀧本は頷いた。
「轢き逃げの件で進展があった」
「まさか轢いた犯人が自首したんですか?! ……くそー、俺がとっ捕まえたかった」
シバは落胆し、湊音は恩師の大島を轢いた犯人が……と動揺している。
そして瀧本は、んんんっと口を捻らせている。
「それにしてもこんなこと……ここで言わなくても」
「別にいい。もう後少ししたら夕方のニュースで全国に流れる」
「……大島先生の轢き逃げは当時地域のニュース止まりじゃなかったのか?」
その辺りは知っていたシバ。
「それがな、轢き逃げ犯が違う案件で逮捕された」
「え……」
「この辺りで数ヶ月前、若い女の子が何人か暴行れた事件があってね。その時に使用していた薬物を横流しにしていたのがその轢き逃げ犯だったのよ」
とジュリ。
「なんてことだ……薬物って麻薬とかそんなやつか? 薬物常習犯?!」
瀧本は首を横に振った。
「睡眠薬とアフターピルだ」
「……なんてことを! 大島先生轢いた犯人は麻薬の取引ではないのか。医学生とか?」
また首を横に振る瀧本。
「産婦人科医だ」
「……」
「近くのまぁそこそこ有名な産院の40代の医院長でな。皮肉にも偶然だが大島先生と奥様がその病院で不妊治療を受けていた」
「……警察が轢き逃げのことで捜査を打ちやめにしたのはその産婦人科医との癒着があったとか?」
「そうではない」
するとジュリがまたしても口籠る瀧本の代わりに発言する。
「……主犯格の若者がうちの学校の元在校生、中途退学なんだけどその子の親が警察官官僚でねぇ。大島先生、湊音先生も受け持ったことがある子よ」
湊音はすぐ見当がついたようだ。
「鶴橋ですか……一年の夏休み明けに来なくなって。入学当時は素行の良い生徒だったが他校の不良に目をつけられてから一気にぐれてしまった。あの不良グループ、あっという間に大きくなって我が校の生徒たちもかなり迷惑してた……」
「よく覚えてたわね。あ、シバもこないだ見たよね? 日中からうろついてた不良」
シバは思い出した。たしかにいた、と。しかもシバを警官では無いかと恐れていた。ただの悪さをしでかした訳ではなかったのであった。
「まぁ、警察官僚の息子と珍しい苗字でわかりやすかったと思うけど。にしても……鶴橋たち不良グループと産婦人科医の男の接点は?」
と湊音が言う。シバは次々と出てくる新事実に目を丸くする。
「どうやら轢き逃げしたところをあの裏路地をよく利用する不良たちに見られたようでな……不良たちが黙ってやるから薬を横流しにしろって脅されてたらしい」
「うわぁ、えぐっ。その横流しした薬のせいで女の子たちは……」
ジュリが拳をぎゅっと握った。
「許さない、最低。女の子たちの辛さは一生身体、心に残る。産婦人科医も轢き逃げもして犯行を手伝い……最低……!!!」
しかしこのニュースが全国のニュースで流れるかと思いきや、違うニュースがいくつも流れた。
「ひどい、酷すぎる……」
シバは寮でジュリとテレビを見ていた。ずっと泣いているジュリ。シバは肩を抱いてやることしかできなかった。
シバは今までそんな事例を見ていたのはザラでは無い。警察官僚、その家族だからとかとある議員だからとか圧力はいくつかあった。
自分では何もできない。上司の瀧本でさえも。悔しかった。シバは警察時代にとても嫌なことだった。
「……三葉からメール来てた」
「なんて?」
「協力してくれてありがとうって」
「特に俺は何もしてない……あー、刑事だったらがっつり捜査しまくってたのに。んで、犯人と不良たちボコボコにしてしまいたかったなー」
シバはエアーでパンチをしてみせた。すこしでもジュリの気持ちを上げさせたかったようだ。
するとジュリはすこし笑った。
「三葉も同じようなこと書いてた。犯人をヒールで蹴ってやりたいって」
「おうおう、蹴ってもいい相手だ」
「元刑事お墨付き……まぁ冗談よ。蹴っても殺してもどうにもならない」
「まぁそうだがな」
それもだ。被害者や被害者遺族の無念は被疑者を殴っても殺してもどうにもならないということも。
「それと……鶴橋くんを私たち教師たちがなんとかできてたらすこしは状況は変わってたのかなとか思ったりもしたのよ。鶴橋くんの親たちは放任だったし。父親の方は家を顧みず、母親の方は不倫。当時の担任も色々手取り足取りしてくれて親とも面談をしたけどあんな親だから無理だった。思いに思い悩んで精神的に病んでしまってね……鶴橋くんは辞めてしまった」
ジュリは責任を感じているようだ。
「いや先生たちが何かしてやれたかどうかわからんぞ。あとは本人次第ってのもあったろうし。いくら外の大人たちが何かをやってやっても家に帰っても自分の居場所がなかったり、心の埋め合わせできなくなったら意味がない」
「シバ……」
「俺も今まで沢山の非行少年少女と出会ったが自分がいくら尽くしても変わらなかったことも多かった。良い方向に行ったのは本当に少ない」
ふと自分の過去に関わった少年少女たちのことを思い浮かべる。前の畳屋の青年はいい例として、再犯を重ねたもの、自死したもの、ホームレスになったもの……情を持つな、何度も瀧本に言われたものだと……。
「そうよね、キリがないわね……ほんと」
「……」
2人は寄り添って眠った。
シバは湊音からの着信には気づかなかった。
「よっす」
「……瀧本さん。まさか飲みに誘ってくれたんですか?」
「あほ、酒飲むといろんなことがうやむやになるだろ」
「……えっ、まさか」
瀧本は頷いた。
「轢き逃げの件で進展があった」
「まさか轢いた犯人が自首したんですか?! ……くそー、俺がとっ捕まえたかった」
シバは落胆し、湊音は恩師の大島を轢いた犯人が……と動揺している。
そして瀧本は、んんんっと口を捻らせている。
「それにしてもこんなこと……ここで言わなくても」
「別にいい。もう後少ししたら夕方のニュースで全国に流れる」
「……大島先生の轢き逃げは当時地域のニュース止まりじゃなかったのか?」
その辺りは知っていたシバ。
「それがな、轢き逃げ犯が違う案件で逮捕された」
「え……」
「この辺りで数ヶ月前、若い女の子が何人か暴行れた事件があってね。その時に使用していた薬物を横流しにしていたのがその轢き逃げ犯だったのよ」
とジュリ。
「なんてことだ……薬物って麻薬とかそんなやつか? 薬物常習犯?!」
瀧本は首を横に振った。
「睡眠薬とアフターピルだ」
「……なんてことを! 大島先生轢いた犯人は麻薬の取引ではないのか。医学生とか?」
また首を横に振る瀧本。
「産婦人科医だ」
「……」
「近くのまぁそこそこ有名な産院の40代の医院長でな。皮肉にも偶然だが大島先生と奥様がその病院で不妊治療を受けていた」
「……警察が轢き逃げのことで捜査を打ちやめにしたのはその産婦人科医との癒着があったとか?」
「そうではない」
するとジュリがまたしても口籠る瀧本の代わりに発言する。
「……主犯格の若者がうちの学校の元在校生、中途退学なんだけどその子の親が警察官官僚でねぇ。大島先生、湊音先生も受け持ったことがある子よ」
湊音はすぐ見当がついたようだ。
「鶴橋ですか……一年の夏休み明けに来なくなって。入学当時は素行の良い生徒だったが他校の不良に目をつけられてから一気にぐれてしまった。あの不良グループ、あっという間に大きくなって我が校の生徒たちもかなり迷惑してた……」
「よく覚えてたわね。あ、シバもこないだ見たよね? 日中からうろついてた不良」
シバは思い出した。たしかにいた、と。しかもシバを警官では無いかと恐れていた。ただの悪さをしでかした訳ではなかったのであった。
「まぁ、警察官僚の息子と珍しい苗字でわかりやすかったと思うけど。にしても……鶴橋たち不良グループと産婦人科医の男の接点は?」
と湊音が言う。シバは次々と出てくる新事実に目を丸くする。
「どうやら轢き逃げしたところをあの裏路地をよく利用する不良たちに見られたようでな……不良たちが黙ってやるから薬を横流しにしろって脅されてたらしい」
「うわぁ、えぐっ。その横流しした薬のせいで女の子たちは……」
ジュリが拳をぎゅっと握った。
「許さない、最低。女の子たちの辛さは一生身体、心に残る。産婦人科医も轢き逃げもして犯行を手伝い……最低……!!!」
しかしこのニュースが全国のニュースで流れるかと思いきや、違うニュースがいくつも流れた。
「ひどい、酷すぎる……」
シバは寮でジュリとテレビを見ていた。ずっと泣いているジュリ。シバは肩を抱いてやることしかできなかった。
シバは今までそんな事例を見ていたのはザラでは無い。警察官僚、その家族だからとかとある議員だからとか圧力はいくつかあった。
自分では何もできない。上司の瀧本でさえも。悔しかった。シバは警察時代にとても嫌なことだった。
「……三葉からメール来てた」
「なんて?」
「協力してくれてありがとうって」
「特に俺は何もしてない……あー、刑事だったらがっつり捜査しまくってたのに。んで、犯人と不良たちボコボコにしてしまいたかったなー」
シバはエアーでパンチをしてみせた。すこしでもジュリの気持ちを上げさせたかったようだ。
するとジュリはすこし笑った。
「三葉も同じようなこと書いてた。犯人をヒールで蹴ってやりたいって」
「おうおう、蹴ってもいい相手だ」
「元刑事お墨付き……まぁ冗談よ。蹴っても殺してもどうにもならない」
「まぁそうだがな」
それもだ。被害者や被害者遺族の無念は被疑者を殴っても殺してもどうにもならないということも。
「それと……鶴橋くんを私たち教師たちがなんとかできてたらすこしは状況は変わってたのかなとか思ったりもしたのよ。鶴橋くんの親たちは放任だったし。父親の方は家を顧みず、母親の方は不倫。当時の担任も色々手取り足取りしてくれて親とも面談をしたけどあんな親だから無理だった。思いに思い悩んで精神的に病んでしまってね……鶴橋くんは辞めてしまった」
ジュリは責任を感じているようだ。
「いや先生たちが何かしてやれたかどうかわからんぞ。あとは本人次第ってのもあったろうし。いくら外の大人たちが何かをやってやっても家に帰っても自分の居場所がなかったり、心の埋め合わせできなくなったら意味がない」
「シバ……」
「俺も今まで沢山の非行少年少女と出会ったが自分がいくら尽くしても変わらなかったことも多かった。良い方向に行ったのは本当に少ない」
ふと自分の過去に関わった少年少女たちのことを思い浮かべる。前の畳屋の青年はいい例として、再犯を重ねたもの、自死したもの、ホームレスになったもの……情を持つな、何度も瀧本に言われたものだと……。
「そうよね、キリがないわね……ほんと」
「……」
2人は寄り添って眠った。
シバは湊音からの着信には気づかなかった。
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