冬月シバの一夜の過ち

麻木香豆

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極上な男

第三話 初めての男

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 シバは微睡みながら思い出す。初めて異性以外のものを抱いたことを。それまでは異性、女性ばかりだったのだが、あの時の出会いがシバの性に関する世界観が変わったのだ。

 それは数年以上前、まだシバが警察にいた頃の話である。

 女遊びに関してはさておき、警察官として有能であったシバだったがとある事件で壁にぶち当たってしまったのだ。

 その事件では有名なピアニストが関係しているのではないかという情報が流れたのだが有力な情報が得られない。
 それは麻薬密輸に関しての事件であり、その数ヶ月何人もの著名な有名人が検挙されいるのにも関わらずピアニストだけは証拠不十分であった。

 全くもって手がかりが得られないときに違う事件を追っていた瀧本の紹介で訪れた駅の裏通りにあるバーであった。

 扉もわかりにくいところにはあったのだがどうみても怪しい。シバは小洒落たバーよりも大衆居酒屋の方が彼の性格柄、お似合いである。

 不慣れなバーに入るシバ。

 カランカラン

 ドアの上にベルがあるとは思わず、ついのけぞる。
「いらっしゃい」
 のけぞったシバのリアクションに微笑みながら声をかけたのは……そう。シバが忘れられない男、バーテンダーでこのバーの店主である李仁であった。

 店内は狭いのだがカウンターと二つのテーブルにはほぼ人が座っていて満員状態だったが人がいない方のカウンターは空いていた。そこには予約済みの札が。

「……どこ座れば」
「もしかして瀧本さんの?」

 髪の毛は少し長く、小顔ですらっと細身。黒シャツを着て腰にはエプロンを纏う。シバは店の周りをつい刑事の癖で客層を見渡してしまう。その後遅れてバーテンダーの方を見て頷いた。

「あぁ。お前が李仁というバーテンダーか」
「えぇ。よろしくね。あ、そこの予約席があなたの席だから。どうぞお掛けになって」

 喋り方が男とは違う、女性のような喋り方だ……見た目はイケメンの類だが見ようでは女性のような美しさもある。

「お酒一杯タダにしてあげる……お話は今のお客さんはけたら、ね」

 とシバの耳元で囁いた。ふと李仁から漂う香水の香り。甘くフローラルな香り。シバはそれだけで心を鷲掴みにされた。

 普段は行ったことのないような場所、普段では出会わないような不思議な美麗なバーテンダー。なんなんだ、この気持ちはと思いつつもしばらくの事件の疲れから解き離れたい気持ちが増してくる。

 ここ数週間、例の事件に追われているせいで一度バディの女性刑事の帆奈とカーセックスはしたもののなかなか未消化のもので、ウサバラシもできない。

 ここで酒を飲んでもいいものかと思いつつも一杯だけなら、しかもただときたものだ。

 シバは席に座りまず出された水を口に含ませて、バーの中をもう一度見渡す。バーには若い女性やアラサー超えたくらいのOLが座っている。テーブル席の方には一組の若いカップル。もう一つのテーブルには控えめな若い女性が1人酒を嗜んでいた。

 カウンターの女性たちが李仁の方を見ながら酒を飲んでいるということからシバはその女性たちは彼を目当てにやってきているのだろうというのはすぐに分かった。あのテーブルの控えめな女性もそうだろう。

 シバはとりあえずおすすめの酒を出して欲しいと頼むとバーテンダーパフォーマンスをする。それをうっとりと見つめる女性たち。やっぱりな、とシバはタバコに火をつけ笑う。

 特にその女性たちに関しては何とも思わないがもし誘ってくるのであればこのバーから出てホテルなりバーのトイレなり、路地裏なり相手にしてやってもいいかとか思っているかのように女性客たちを品定めしつつも無駄な動きもない華麗な手つき、流し目も女性だけでなく男であるシバも何故かドキッとさせられるほどであった。

 その時チラッと李仁がシバの方に目線をやる。何故見たのか、とシバは思いながらも小さく拍手する。もちろん他の女性客も同じように拍手を小さくしていた。

「ありがとう。はい、できたわ……ジンライム」
「すげぇな。生で見るのは初めてだ」
「あら、そう……ここに来れば見られるわよ。毎日のように」
「勧誘かい」
「ふふふ、常連にしたいわ。男性客少ないし……なんだかね、あなたとだったら仲良くなれそうな気もするわ」

 と李仁に微笑まれた。シバはタバコを灰皿に押し付け、一緒に出されたつまみも受け取りジンライムを口の中に流し込んだ。
 口の中に広がる……久しぶりの酒だ、とシバはフワぁーと微睡む。

「そんなに美味しかったのね……わかりやすい人」
「……久しぶりの酒だ、しかもビール以外はな」
「あらぁ。ビールがお好みだったのね……ごめんなさい」
「いや、たまにはこういうもんも飲みたいだろ。居酒屋で死ぬほど浴びてきた」
「シバさんのお腹もどっぷり?」

 と少しどっぷりした腹が服の上からでもわかったようだ。

「これはただ姿勢が悪いだけだからこうやってシャキッとしたら……」

 と姿勢を正して腹を引っ込めたシバ。

「実際見てみないとわからないわよ……あ、お会計ね。ちょっと待っててね」

 女性客が数人立て続けに会計をしてバーを去っていく。少し名残惜しそうな表情を浮かべるものもいたが李仁は誰1人分け隔てなく微笑んで帰した。罪な男だな、とシバは見ていた。

 シバはおっと、と本来の目的を思い出した。タバコを吸いながら李仁の後片付けをしていく姿を見る。これまた無駄のない動きである。

 そして最後のカップルがバーを出ると李仁は客を出したのちにドアの鍵を閉めたのだ。

「……もう閉店か」
「そうね、今日は少し早めに閉めたわ。で、今日ここに来たのは……」

 シバは頷いた。

 すると李仁がシバの上に乗って頭を掴みキスをした。軽いキスではない。舌を絡ませた濃厚なキスであった。
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