ちょっと訳ありご当地アイドルな私とさらに訳あり過ぎなアイドルヲタな俺の話

麻木香豆

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四年目

第五十六話 トクさん…俺は頑固だ

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 俺は29歳になり、20代最後の一年を迎えた。それと同時か偶然なのだが、本部の人が2人、俺の部屋……ていうか俺の職場にやってきた。

「徳山くん、私たちと契約を結んで4年目だが……もう君も29歳だから今後のこと考えて……」
 普通は本部に俺が行くものだが、あっちから行くと言われて……服装に悩んだが、とりあえず普段のスウェットでなくてビジネスカジュアルの服を揃えた。普段スーツ着ないし、用意してなかったから慌てて用意した。

 部屋も清流ガールズ、ハナちゃんのグッズだらけだったけど部屋の一室に隠した。

 在宅勤務は本当に楽だぞ。満員電車に乗らなくてもいい、車移動がないから事故リスクも減る、服も楽な格好、部屋も好きなものに囲まれての作業、音楽も流せる、電話でなくてチャットでの交流、納入ノルマさえ達成すれば時間や休みは組み立てられる、本当に楽であった。

 なんか嫌な予感しかなかった。わざわざ家に本部のスタッフがくるだなんて……。リストラか? クビか? それは困る。こんないい待遇の会社、給料……クビになったらハナを推す資金源どころか、このタワマンの家賃も払えない、生活もできない!!! うあああああっ!

「徳山くん、まだなにも話していないよ」
 はっ、しまった! また妄想が……。嫌な妄想だな。俺はふぅーっと息をつき、本部の人をじっと見る。

「あ、あまり見られても……」
「す、すいません。で、その、わたしはどうなってしまうのでしょうか」
 本部の人の横にいた青年が笑う。初めて見る顔だ。
 顔立ちは役者のようだ。爽やかな好青年、というところか。俺よりも若い、か?

 ……ああ、どうなってしまうんだ?! ドキドキ、手汗握る。

「徳山くん、本部で働いて欲しい」
「へっ?」
「本部で働いて欲しい。出勤する手間が掛かるが出勤時間も休みもいつものように希望通りにすることができる」

 ……本部?! グループをまとめる?! まとめるのは美玲ちゃんの親衛隊の総長やってたからそれを生かせるのか?ん?

「役職につくんだよ、徳山さん。君はみんなの指導役になるんです。役職にもなればさらに給料アップします。在宅にいながらのあなたの統率力、納品速度、納品の質には他の人にない能力を感じます。是非! 本部で働きましょう!」
 ダメだぞ、こんなうまい話には裏がある。今のままでも充分だ。給料アップ、役職と餌をちらつかせて……。

「失礼な話、恋人はいますか?」
「……!!」
「失礼なことを聞きました……」
「い、いいいいますっ。彼女のために……色々とお金が必要ですし、彼女との時間も大事です。今の在宅の環境が一番都合が私の中ではいいのです。彼女のおかげで仕事も捗っています。今の私がいるのも彼女のおかげです!」
 アイドルのハナのことなんだがな。
 俺の中ではハナは俺の恋人だ。活力だ、人生の活力。こないだも月一に減ったが、ライブで握手してきたんだ。

「その彼女とは結婚しないのですか?」
 それを聞きますかっ! け、けけけけけっ結婚……はできない……彼女はあくまでもアイドルだ。

「まだ、そこまでは考えては……いないです」
「まぁ、今はいろんな家族の形がありますから。結婚をせず事実婚のカップル、同性婚のカップルなど……徳山さんはそういうことも意識されてるんですかね」
「うーん、まぁそんなかんじですねっ」
 と、ドヤ顔で答えた。そういう感じで答えるのが良いか?

「我が社では事実婚でも同性婚も応援している。世間一般の男女の婚姻と同じ条件として扶養手当や家族手当、育休手当もある」
 はぁ、そんな制度あったんだ。俺には無縁だったから見てなかった。

「あ、それは今年からはじめた制度です……。やはり徳山さんはどうしてもどうしても在宅での仕事をご希望ですか?」
「はい……まだここのローンもありますし」
 と言うと、好青年は本部の人に耳打ちをする。

「そうですか。残念です。実のところ、まだ結婚していない転居のしやすい若手の人に声をかけていましたが……実に残念です。支店を東京など、関東地区にも広げる予定もありまして」
 ……この会社は岐阜から発展して名古屋、静岡、三重、と東海地区に広げていってる。なんだか清流ガールズみたいだな。

 でも俺はここからは出ないぞ。
「またお気持ちが変わったら連絡ください。これが僕の名刺です」
 なんかさっきから本部の人よりも好青年が主体として話してたけど?

 ん?

『社長 各務勘助』
 ……しゃちょう、かかむ、じんすけ。
「まだ社長の挨拶はこれからですし、次の広報誌でお知らせする予定でした。まだ徳山さんより若いですがよろしくお願いします」
「しゃしゃしゃ……社長うううーーーーぅ、はやくいってくださああいいいい! お茶、新しいお茶にしますから、お菓子もよかったら羊羹用意してましたし、ええ!」
 なぜ言わない、社長が来ることを!!! 社長と知らず俺の頑固たる意思表示をしてしまったではないかっ! 俺は慌てて台所に行こうとすると段差につまずき、バランスを取ったが間に合わず、収納庫の扉に手をかけてしまった。

 ああああ、その中には……ハナのグッズコレクションがああああああああーーー!

 ドサドサーーーーっ!

「あらぁ、大丈夫ですか? お怪我は? ……この子、ハナちゃん」
 俺は精一杯体で隠したが無駄であった。本部の人は口をアングリと開けている。あ、奥にあった美玲ちゃんグッズも……社長はそれを手に取る。
「美玲ちゃんも好きなんですか?」
「いや、当初は美玲ちゃんのファンでして。そこから清流ガールズファンになりまして、でも途中から現れたハナにどんどんはまっていきまして……」
 社長はフーンと美玲ちゃんのグッズを見る。

「美玲ちゃんになくてハナちゃんにあったものは?」
 そ、それを聞くか? うーん、うーん……。

「変なこと聞きました……僕はハナちゃん、すごく素敵な子だと思っています。でも美玲ちゃんにはまだまだかないません」
 はぁ。社長は美玲ちゃん推しだな。




 ◆◆◆

「社長、だめでしたなぁ」
「そうですね……残念でした。すごくできる方ですけど……彼は清流ガールズのおかげで仕事効率が長けていたのですね。今はいいけど彼女たちの活動がなくなったら仕事効率も下がる、まぁそういうのを見込むと……でも何かに一直線、押し通す力は期待大ではね」
 ピロロロロ
「はい……ごめんね、今仕事中。また電話かけるね、うん、愛してるよ」
「……相変わらずラブラブですね。羨ましい。社長も結婚間近では?」
「うーん、あと数年、彼女は仕事を続けたいと言うんだ。だから待っててくれと」
「そうなのですね。社長夫人になれるのに……ねぇ、カークン社長」
「カ、カークンって言わないでください!」
「冗談ですよ……はい、冗談……」
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