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3年目
第五十五話 ハナ……罪悪感
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私はタクシーの中であれこれ考えてしまった。
トクさんも男の人。ファンであっても下心ある人なのか。
好きでいてくれるのは嬉しい。でも超えてはいけないよね。たく! タッキーもだし!
タクシーの運転手さんは私を見て
「あっれー、清流ガールズの?」
「あ、はい……」
名前は出てこないか。
「いつも見てるよ。おっちょこちよいの」
……それで覚えられているのか。まぁいいや。
「グラビアもやってる」
そこまでわかるなら名前覚えてよー。がっくし。
「全国区になるのは寂しいなぁー。岐阜の中にいて欲しかった」
……。
「でもみんないいこたちだし、歌もうまいし面白いから安心して岐阜から送り出せるぞ」
そう言ってくれると嬉しい……。
タクシーですぐ会場に着く。私はお金を持ってなかったんだ、そいや。
でも楽屋に戻れば財布もあるし……と思い運転手さんにその旨を伝えた。
「いやいやいいよ。本当は今日、娘とイベント行く予定だったけどさ。まさか本人を乗せるとは思わなかった。餞別としてお金はなくていいよ」
「そんな、今すぐ持ってきます!」
「いや、いいよ。おじちゃんが何とかする。頑張れよ、ハナちゃん! あ、サイン書いて。それでいいから」
えっ、名前わかってたんじゃん……。私はサインを書いて渡し、タクシーから降りた。深々と頭を下げてタクシーを見送っていたら
「いたー!! ハナ! なにやってるの! スポンサーさんとかに挨拶よ!」
悠里ちゃんが走ってきた。探してたよね、ごめん……。
◆◆◆
その日の夜、打ち上げを地元の居酒屋で行った。古い居酒屋だけど焼き鳥の匂いが立ち込めるカウンター席の隣の部屋が大部屋になっていて、そこでメンバーと大野ちゃん、スタッフさん、地域チャンネルの方、スポンサーさん、またいたタッキー。彼は罰の悪そうな顔して大野ちゃんの横に座っていた。
「みなさん、今日はお疲れ様でした! 乾杯!」
大野ちゃんの挨拶と掛け声で乾杯。悠里ちゃんも20歳すぎたのでお酒が飲める。メンバー全員お酒が飲めるようになったのだ。私はあまり普段飲まないけどね。
メンバーはスタッフさんにお酌しに行って……ゆっくり食べていればいいのに。私はレバーを串から外して一個一個食べる。
「お前はお酌にいかんのか、世渡り下手だな相変わらず」
タッキーはあのことがなかったかのように軟骨をバリバリ食べ、それをビールを流し込む。
「これ食べたら行きます……」
「それよりも、あのトクさんとどこ行ってた? まさかラブホ?」
「違います!」
つい声を荒げてしまった。タッキーは笑う。
「からかいがいのある子だな、もっとこういうのを色んな人が知ってくれたらなぁー。歌以外でも何かキャラを出さないと。残っていけないよ、あと枕できないようじゃさらに……」
「これ以上からかうなら倉庫でのこといいますよ……」
と大野ちゃんを見ながら言うと彼は口を閉じた。私もレバー食べ終わってビール瓶を持って回ることにした。なんかこういうの好きじゃないけどね。
バンドの打ち上げの時にお偉いさんにお酌しに行こうとしたら馨が
「そんなことせんでいい。君はコンパニオンじゃない。僕がするから」
と言われたっけ。大野ちゃんも由美香さんも美玲ちゃんも悠里ちゃんも愛想笑いを振りまいてスポンサーさんやスタッフさんにお酌している。
「あのスタッフさんに行ってこい、他のみんなは目に見えてお偉いさんにヘコヘコしてるけどあいつもいつか出世して偉くなるからな」
タッキーが指差す方によれたシャツを着た若い人が座っていた。なんか馨も同じこと言ってたなぁ。って世渡り下手だ、ほんと。
私はそのスタッフさんのところに行くと愛想は良くないが小さくありがと、と言ってくれた。
「ハナちゃん、変わったよね。グラビアでしか見なかったけどこれから絶対ハナちゃんの時代来るよ」
「ありがとうございます……」
すると彼は私に耳打ちしてきた。
「正直な話、美玲ちゃんも彼氏いるって聞くしさ、由美香さんも派手にやってるし、悠里ちゃんもなんか真面目すぎて面白味ないんだよ」
……私は苦笑いして彼を見る。
「だから僕はハナちゃんを一番に推すよ」
……。
「ああ、抜け駆けするなよ。俺もハナちゃん好きなんだから」
隣のスタッフさんが割り込んできて2人であーだこーだ話してる間に私は席に戻った。
……私の過去を知らない人たち……私の過去を知ってしまったら……トクさんも、ファンの人たちも、スタッフさんも……
偽ることは多少あってもこんなに偽っている私は……。
すると大野ちゃんが突然立ち上がって喋り始めた。
「実は皆さんにお話ししたいことがあります」
……? 隣にいた美玲ちゃんと顔を見合わせて首を傾げる。なんなんだろう。今までにない柔らかい顔になった。
……ん?
「私……大野郁美は、結婚しまーす!!!」
うそぉおおおおおお!!!
トクさんも男の人。ファンであっても下心ある人なのか。
好きでいてくれるのは嬉しい。でも超えてはいけないよね。たく! タッキーもだし!
タクシーの運転手さんは私を見て
「あっれー、清流ガールズの?」
「あ、はい……」
名前は出てこないか。
「いつも見てるよ。おっちょこちよいの」
……それで覚えられているのか。まぁいいや。
「グラビアもやってる」
そこまでわかるなら名前覚えてよー。がっくし。
「全国区になるのは寂しいなぁー。岐阜の中にいて欲しかった」
……。
「でもみんないいこたちだし、歌もうまいし面白いから安心して岐阜から送り出せるぞ」
そう言ってくれると嬉しい……。
タクシーですぐ会場に着く。私はお金を持ってなかったんだ、そいや。
でも楽屋に戻れば財布もあるし……と思い運転手さんにその旨を伝えた。
「いやいやいいよ。本当は今日、娘とイベント行く予定だったけどさ。まさか本人を乗せるとは思わなかった。餞別としてお金はなくていいよ」
「そんな、今すぐ持ってきます!」
「いや、いいよ。おじちゃんが何とかする。頑張れよ、ハナちゃん! あ、サイン書いて。それでいいから」
えっ、名前わかってたんじゃん……。私はサインを書いて渡し、タクシーから降りた。深々と頭を下げてタクシーを見送っていたら
「いたー!! ハナ! なにやってるの! スポンサーさんとかに挨拶よ!」
悠里ちゃんが走ってきた。探してたよね、ごめん……。
◆◆◆
その日の夜、打ち上げを地元の居酒屋で行った。古い居酒屋だけど焼き鳥の匂いが立ち込めるカウンター席の隣の部屋が大部屋になっていて、そこでメンバーと大野ちゃん、スタッフさん、地域チャンネルの方、スポンサーさん、またいたタッキー。彼は罰の悪そうな顔して大野ちゃんの横に座っていた。
「みなさん、今日はお疲れ様でした! 乾杯!」
大野ちゃんの挨拶と掛け声で乾杯。悠里ちゃんも20歳すぎたのでお酒が飲める。メンバー全員お酒が飲めるようになったのだ。私はあまり普段飲まないけどね。
メンバーはスタッフさんにお酌しに行って……ゆっくり食べていればいいのに。私はレバーを串から外して一個一個食べる。
「お前はお酌にいかんのか、世渡り下手だな相変わらず」
タッキーはあのことがなかったかのように軟骨をバリバリ食べ、それをビールを流し込む。
「これ食べたら行きます……」
「それよりも、あのトクさんとどこ行ってた? まさかラブホ?」
「違います!」
つい声を荒げてしまった。タッキーは笑う。
「からかいがいのある子だな、もっとこういうのを色んな人が知ってくれたらなぁー。歌以外でも何かキャラを出さないと。残っていけないよ、あと枕できないようじゃさらに……」
「これ以上からかうなら倉庫でのこといいますよ……」
と大野ちゃんを見ながら言うと彼は口を閉じた。私もレバー食べ終わってビール瓶を持って回ることにした。なんかこういうの好きじゃないけどね。
バンドの打ち上げの時にお偉いさんにお酌しに行こうとしたら馨が
「そんなことせんでいい。君はコンパニオンじゃない。僕がするから」
と言われたっけ。大野ちゃんも由美香さんも美玲ちゃんも悠里ちゃんも愛想笑いを振りまいてスポンサーさんやスタッフさんにお酌している。
「あのスタッフさんに行ってこい、他のみんなは目に見えてお偉いさんにヘコヘコしてるけどあいつもいつか出世して偉くなるからな」
タッキーが指差す方によれたシャツを着た若い人が座っていた。なんか馨も同じこと言ってたなぁ。って世渡り下手だ、ほんと。
私はそのスタッフさんのところに行くと愛想は良くないが小さくありがと、と言ってくれた。
「ハナちゃん、変わったよね。グラビアでしか見なかったけどこれから絶対ハナちゃんの時代来るよ」
「ありがとうございます……」
すると彼は私に耳打ちしてきた。
「正直な話、美玲ちゃんも彼氏いるって聞くしさ、由美香さんも派手にやってるし、悠里ちゃんもなんか真面目すぎて面白味ないんだよ」
……私は苦笑いして彼を見る。
「だから僕はハナちゃんを一番に推すよ」
……。
「ああ、抜け駆けするなよ。俺もハナちゃん好きなんだから」
隣のスタッフさんが割り込んできて2人であーだこーだ話してる間に私は席に戻った。
……私の過去を知らない人たち……私の過去を知ってしまったら……トクさんも、ファンの人たちも、スタッフさんも……
偽ることは多少あってもこんなに偽っている私は……。
すると大野ちゃんが突然立ち上がって喋り始めた。
「実は皆さんにお話ししたいことがあります」
……? 隣にいた美玲ちゃんと顔を見合わせて首を傾げる。なんなんだろう。今までにない柔らかい顔になった。
……ん?
「私……大野郁美は、結婚しまーす!!!」
うそぉおおおおおお!!!
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