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第十章 新たな道
第五十五話
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順番に入っていく。控室とは違った空気の張り詰めた空間。藍里より先に入った一般の女の子や保護者たちがびっくりした声を出している。
きっと綾人がいたからであろう。
藍里よりも時雨の方が緊張しているのか挙動不審になっている。
藍里も中に入ると目の前に5人席に横に並んで座っている。
中年男性、女性二人、そして……
一人だけ明らかに違うオーラを藍里は感じた。
橘綾人がいた。
5年ぶりに見た綾人。その時よりもすっきりとした顔立ち、きれいに整えられた髪の毛、鍛え抜かれた体型、シャキッとした皺のないブランド服。目元はサングラスではっきり見えない。
だがサングラス越しに藍里は目が合ったのがわかった。そして目が合った後に綾人はびっくりした顔をして藍里のエントリーシートを手元から探したようだ。
そしてそれを見てもう一度藍里を見た。
「綾人さん、綾人さん……」
隣の中年男性に声をかけられて綾人は我に返った。
「は、はい。すいませんね……みなさんがとても魅力的でね」
相変わらず適当なことを言って取り繕う癖は直ってないなぁと藍里は思った。
「オーディションきてくださってありがとうございます。僕の娘役としてオーディション来てくださってありがとうございます。それでは右側の方から自己紹介をお願い致します。演技は全員の自己紹介終わってからになります」
藍里は最後から二人目になった。次々と自己紹介をしていく。事務所所属の人は最初の一名のみであとは一般からのエントリーであるようだ。
後ろに座る時雨も自分がオーディションを受けるかのような感覚で緊張している。
藍里も緊張しているが昔とは違った緊張感がある。自分の父親が5年ぶりに目の前にいるのだから当たり前である。
自己紹介と言いながらも、審査員の5人たちは質問を投げかけている。それを知らず戸惑って頓珍漢な答えをしてしまう人もいた。それを見た他の参加者がオロオロしだす。藍里もである。
他にも色々頭の中を駆け巡る。個人情報が彼の元にあるはずだ。それを見て家に来たりしないだろうか。
このオーディションのことはさくらには知らせてないし、もし綾人がさくらを見つけ出して来てしまったら……せっかく平和だった日常、壊してしまうのでは。と藍里は思った。そう思うと手も震えてきた。
息を整え、気持ちを落ち着かせるものの、さくらが恐怖に震えて怯えている顔が思い浮かぶ。それに自分も空気を察して苦しい気持ちだったことを思い出す。
「では、次の……百田さん。百田、藍里さん」
綾人が藍里の名前を呼んだ。
「……はい……」
藍里は立った。直立不動、綾人のことをじっと見る。
「自己紹介を、どうぞ」
綾人の横の女性が言う。藍里は目線を綾人から変えた。
「愛知県〇〇市から来ました。百田藍里です。生まれは岐阜県〇〇市……」
と言った時、綾人と目が合うがまた目を逸らしてもう一度話し出す。
「生まれは岐阜県〇〇市、実は生まれてすぐ△△テレビアカデミーの子役部門に入り小学5年生までレッスン生として活動していました」
エントリーシートには書いていないことに審査員はざわつく。その中で事実を知っている綾人は冷静に見つめる。
「昔子役をやっていたと、うちの事務所で」
藍里は思い出した。綾人の隣に座っていたのは藍里が事務所所属時にいた事務員の女性でさくらとも認識がある。藍里は名前は覚えていなかったが少し思い出した。
しかし当時は子役の数が多く、彼女は把握できていないのだろう。
「……はい、そちらには書いていませんでしたがいつかはわかるだろうと」
審査員はさらにざわつく。
「でも今は所属されてなくてのエントリーなのですね。この推薦者の方はあなたが子役であることは知ってらっしゃるの?」
「いいえ、転校してきたばかりで知りません。彼女には感謝しております。彼女がこのオーディションに推薦してくれなかったらここにはいません。先ほども会いました」
綾人はジッと藍里を見る。
「転校を2回されたとのことですがご家庭で色々合ったのでしょうか」
かなり突っ込んだことを聞いてくるもんだと後ろで見ていた時雨はやきもきする。
「はい……。岐阜から離れて神奈川に行きました。母と私二人で数年暮らした後、夏に愛知に、東海地方に戻ってきて。少し落ち着いたところです。ああ、岐阜じゃないけど何だか落ち着く……て思えました。幼馴染が偶然同じ高校のクラスが一緒で……」
藍里はなかなか話がまとまらない。
「なるほどね。後ろの方は……彼氏さん?」
時雨はハッとする。綾人が時雨を見る。とても眼光が鋭い。テレビで刑事役をやっていた彼の迫力そのものである。藍里は首を横に振る。
「母の恋人です」
はっきり言った。綾人は表情を変えなかった。時雨ら顔を真っ赤にして俯く。
「わたしたちに美味しいご飯を作ってくれて働く母のために家事もしてくれて……次第に私も手伝うようになって、母もここ最近は……」
「もういいですよ」
綾人が遮った。そして微笑みながら
「ここはあなたのアピールする場だ。残念ながらもう持ち時間はない、その辺りも自分で臨機応変に切り替えて自分の話に持ち込むのも技術の一つですよ」
と言った。
そういえば綾人は自分にいう時はきつく言わず回りくどく優しく話してきたことを藍里は思い出した。
こうして久しぶりのオーディション、自己紹介は不本意な結果で終わってしまったが次は演技である。
きっと綾人がいたからであろう。
藍里よりも時雨の方が緊張しているのか挙動不審になっている。
藍里も中に入ると目の前に5人席に横に並んで座っている。
中年男性、女性二人、そして……
一人だけ明らかに違うオーラを藍里は感じた。
橘綾人がいた。
5年ぶりに見た綾人。その時よりもすっきりとした顔立ち、きれいに整えられた髪の毛、鍛え抜かれた体型、シャキッとした皺のないブランド服。目元はサングラスではっきり見えない。
だがサングラス越しに藍里は目が合ったのがわかった。そして目が合った後に綾人はびっくりした顔をして藍里のエントリーシートを手元から探したようだ。
そしてそれを見てもう一度藍里を見た。
「綾人さん、綾人さん……」
隣の中年男性に声をかけられて綾人は我に返った。
「は、はい。すいませんね……みなさんがとても魅力的でね」
相変わらず適当なことを言って取り繕う癖は直ってないなぁと藍里は思った。
「オーディションきてくださってありがとうございます。僕の娘役としてオーディション来てくださってありがとうございます。それでは右側の方から自己紹介をお願い致します。演技は全員の自己紹介終わってからになります」
藍里は最後から二人目になった。次々と自己紹介をしていく。事務所所属の人は最初の一名のみであとは一般からのエントリーであるようだ。
後ろに座る時雨も自分がオーディションを受けるかのような感覚で緊張している。
藍里も緊張しているが昔とは違った緊張感がある。自分の父親が5年ぶりに目の前にいるのだから当たり前である。
自己紹介と言いながらも、審査員の5人たちは質問を投げかけている。それを知らず戸惑って頓珍漢な答えをしてしまう人もいた。それを見た他の参加者がオロオロしだす。藍里もである。
他にも色々頭の中を駆け巡る。個人情報が彼の元にあるはずだ。それを見て家に来たりしないだろうか。
このオーディションのことはさくらには知らせてないし、もし綾人がさくらを見つけ出して来てしまったら……せっかく平和だった日常、壊してしまうのでは。と藍里は思った。そう思うと手も震えてきた。
息を整え、気持ちを落ち着かせるものの、さくらが恐怖に震えて怯えている顔が思い浮かぶ。それに自分も空気を察して苦しい気持ちだったことを思い出す。
「では、次の……百田さん。百田、藍里さん」
綾人が藍里の名前を呼んだ。
「……はい……」
藍里は立った。直立不動、綾人のことをじっと見る。
「自己紹介を、どうぞ」
綾人の横の女性が言う。藍里は目線を綾人から変えた。
「愛知県〇〇市から来ました。百田藍里です。生まれは岐阜県〇〇市……」
と言った時、綾人と目が合うがまた目を逸らしてもう一度話し出す。
「生まれは岐阜県〇〇市、実は生まれてすぐ△△テレビアカデミーの子役部門に入り小学5年生までレッスン生として活動していました」
エントリーシートには書いていないことに審査員はざわつく。その中で事実を知っている綾人は冷静に見つめる。
「昔子役をやっていたと、うちの事務所で」
藍里は思い出した。綾人の隣に座っていたのは藍里が事務所所属時にいた事務員の女性でさくらとも認識がある。藍里は名前は覚えていなかったが少し思い出した。
しかし当時は子役の数が多く、彼女は把握できていないのだろう。
「……はい、そちらには書いていませんでしたがいつかはわかるだろうと」
審査員はさらにざわつく。
「でも今は所属されてなくてのエントリーなのですね。この推薦者の方はあなたが子役であることは知ってらっしゃるの?」
「いいえ、転校してきたばかりで知りません。彼女には感謝しております。彼女がこのオーディションに推薦してくれなかったらここにはいません。先ほども会いました」
綾人はジッと藍里を見る。
「転校を2回されたとのことですがご家庭で色々合ったのでしょうか」
かなり突っ込んだことを聞いてくるもんだと後ろで見ていた時雨はやきもきする。
「はい……。岐阜から離れて神奈川に行きました。母と私二人で数年暮らした後、夏に愛知に、東海地方に戻ってきて。少し落ち着いたところです。ああ、岐阜じゃないけど何だか落ち着く……て思えました。幼馴染が偶然同じ高校のクラスが一緒で……」
藍里はなかなか話がまとまらない。
「なるほどね。後ろの方は……彼氏さん?」
時雨はハッとする。綾人が時雨を見る。とても眼光が鋭い。テレビで刑事役をやっていた彼の迫力そのものである。藍里は首を横に振る。
「母の恋人です」
はっきり言った。綾人は表情を変えなかった。時雨ら顔を真っ赤にして俯く。
「わたしたちに美味しいご飯を作ってくれて働く母のために家事もしてくれて……次第に私も手伝うようになって、母もここ最近は……」
「もういいですよ」
綾人が遮った。そして微笑みながら
「ここはあなたのアピールする場だ。残念ながらもう持ち時間はない、その辺りも自分で臨機応変に切り替えて自分の話に持ち込むのも技術の一つですよ」
と言った。
そういえば綾人は自分にいう時はきつく言わず回りくどく優しく話してきたことを藍里は思い出した。
こうして久しぶりのオーディション、自己紹介は不本意な結果で終わってしまったが次は演技である。
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