恋の味ってどんなの?

麻木香豆

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第六章 父の面影

第三十一話

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 二人きりをいいことに、なのか時雨と藍里は寄り添う。
「なんかホッとする」
「僕も」
「こうやってブランケットにくるまってなかったけどさ」
「くるまってもらわないと」
 あのとき時雨が藍里に泣きついた以上に顔の距離は近い。
 不思議と藍里はドキドキしない。反対に時雨がいつも以上にニヤニヤして顔を赤らめている。でも目を逸らさずに話す。

 あくまでも時雨はブランケットに包んだ藍里を両手で抱き抱えるだけ。赤ん坊を抱くような感じで。藍里は体に寄り添う。

「ねえ、手は出しちゃダメなの?」
「手、かぁ……片手だけ」
 藍里は右手だけ出した。そして時雨の手を握る。弱く握ったり離したり、また握ったり。動きを変えるたびに時雨は声を上げて笑う。
「どうしたの」
「ううん、なんでもない。楽しい? 手を触って」
「うん。硬い手だね」
「そうかなぁ。わかんないや」
 と藍里は指の一本一本を触る。
 藍里も次第に鼓動が高まる。すると藍里は時雨の手を自分の顔に近づけて匂った。
 流石に時雨もびっくりして引っ込める。
「こらこら。なに匂うの……恥ずかしいよ」
「……パパはね柔らかくて、こんなに手汗なんてかかないし、あとタバコの匂いもした」
「今はタバコ吸わないからさ。お父さんはタバコ吸っていたんだね」
「うん、ママは嫌がったけど台所のコンロの近くとかベランダで吸ってて。その姿カッコよかったの」

 藍里が片手を出したまま時雨に寄り添おうとしたら時雨は藍里をソファに横にさせ、立ち上がった。

「そ、そうだ……コンビニでお菓子買ってくるね。……あ、何か欲しいのあるかな」
「なにを急に。お菓子なんていらないよ。宮部くんからもらったばかりだし」
「あ、そうだよねぇ。でも書いたいものがあるから」
 少し慌てた様子の時雨。カバンを持って部屋を出ていった。

 藍里はブランケットから出てソファーに座った。
「……わたし、なにやってんだか。時雨くんはお父さんじゃないよ」
 ふとスマートフォンを見る。先ほどテレビで気になったことを検索した。

 あまり藍里はスマホを見ることはしないタイプである。
 その検索結果は
『橘綾人娘役オーディション』
 の画面である。渋い顔をした宣材写真。オーディションの条件は東海地区の高校生から大学生まで。芸能事務所所属でも可。東濃弁を話せる人は尚更良い。自薦他薦問わず。他薦の場合紹介者には賞金あり。

「そんなんだったら自薦でも誰かに頼んで他薦してもらって賞金もらうわよ……」
 藍里はふと子供の頃、さくらと綾人のやりとりを思い出した。

 二人はとても険悪そうだった。
「……生活費が足りんだと? お前がちゃんと家計簿しっかりつけてないからだろ。それとも無駄に何か買ってたりへそくりとかでもしてるのかよ」
 とネチネチと声を荒げないでさくらに言う姿は子供ながらに怖かった。いつも抱きしめてくれる綾人の優しさはなかった。
「ごめんなさい。でも無駄遣いもしてないしへそくりもなにも……」
 さくらの声は震えている。藍里の手を握っていたがとても強く、痛かったが痛いと言えない。
「だったら仕事をして……」
「もっと家のこともちゃんとしてから仕事をしたいとか言えよ。仕事があるから家事できませんとかありえんし、てか藍里はどうするの、それに社会経験がへっぽこな芸能マネージャーって言う経歴、ドコも採用してくれないんじゃないの?」
 綾人は笑った。さくらはなにも言い返せない。

「まぁ採用してくれるのは風俗くらいか」
「藍里の、子供の前でそんなこと言わないでっ」
 さくらが声を荒げると藍里はビクッとした。
「こらこら、声を荒げると怖いよね。藍里。それにママが仕事いっちゃったら悲しいよね、寂しいよね」
 そう言いながら綾人は藍里に抱きついた。藍里は縦に頷くことしかできなかった。さくらの顔を見ると次第に目から涙が垂れ、藍里をじっとみてる。

「俺が一生懸命働いてるんだから、まさか満足できないって言うのか?」
「……そういうわけじゃないの……ごめんなさい」
 さくらは後ろを向き、綾人たちに見えないように涙を拭いた。

 さくらはそれを見ていた。
 抱きつく綾人からは香水とタバコの匂い。温かい体温。




 ふとなぜそのことを思い出したんだろう。と藍里はソファーに再び横になる。

「時雨くん、早く帰ってきて」
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