31 / 59
第六章 父の面影
第三十一話
しおりを挟む
二人きりをいいことに、なのか時雨と藍里は寄り添う。
「なんかホッとする」
「僕も」
「こうやってブランケットにくるまってなかったけどさ」
「くるまってもらわないと」
あのとき時雨が藍里に泣きついた以上に顔の距離は近い。
不思議と藍里はドキドキしない。反対に時雨がいつも以上にニヤニヤして顔を赤らめている。でも目を逸らさずに話す。
あくまでも時雨はブランケットに包んだ藍里を両手で抱き抱えるだけ。赤ん坊を抱くような感じで。藍里は体に寄り添う。
「ねえ、手は出しちゃダメなの?」
「手、かぁ……片手だけ」
藍里は右手だけ出した。そして時雨の手を握る。弱く握ったり離したり、また握ったり。動きを変えるたびに時雨は声を上げて笑う。
「どうしたの」
「ううん、なんでもない。楽しい? 手を触って」
「うん。硬い手だね」
「そうかなぁ。わかんないや」
と藍里は指の一本一本を触る。
藍里も次第に鼓動が高まる。すると藍里は時雨の手を自分の顔に近づけて匂った。
流石に時雨もびっくりして引っ込める。
「こらこら。なに匂うの……恥ずかしいよ」
「……パパはね柔らかくて、こんなに手汗なんてかかないし、あとタバコの匂いもした」
「今はタバコ吸わないからさ。お父さんはタバコ吸っていたんだね」
「うん、ママは嫌がったけど台所のコンロの近くとかベランダで吸ってて。その姿カッコよかったの」
藍里が片手を出したまま時雨に寄り添おうとしたら時雨は藍里をソファに横にさせ、立ち上がった。
「そ、そうだ……コンビニでお菓子買ってくるね。……あ、何か欲しいのあるかな」
「なにを急に。お菓子なんていらないよ。宮部くんからもらったばかりだし」
「あ、そうだよねぇ。でも書いたいものがあるから」
少し慌てた様子の時雨。カバンを持って部屋を出ていった。
藍里はブランケットから出てソファーに座った。
「……わたし、なにやってんだか。時雨くんはお父さんじゃないよ」
ふとスマートフォンを見る。先ほどテレビで気になったことを検索した。
あまり藍里はスマホを見ることはしないタイプである。
その検索結果は
『橘綾人娘役オーディション』
の画面である。渋い顔をした宣材写真。オーディションの条件は東海地区の高校生から大学生まで。芸能事務所所属でも可。東濃弁を話せる人は尚更良い。自薦他薦問わず。他薦の場合紹介者には賞金あり。
「そんなんだったら自薦でも誰かに頼んで他薦してもらって賞金もらうわよ……」
藍里はふと子供の頃、さくらと綾人のやりとりを思い出した。
二人はとても険悪そうだった。
「……生活費が足りんだと? お前がちゃんと家計簿しっかりつけてないからだろ。それとも無駄に何か買ってたりへそくりとかでもしてるのかよ」
とネチネチと声を荒げないでさくらに言う姿は子供ながらに怖かった。いつも抱きしめてくれる綾人の優しさはなかった。
「ごめんなさい。でも無駄遣いもしてないしへそくりもなにも……」
さくらの声は震えている。藍里の手を握っていたがとても強く、痛かったが痛いと言えない。
「だったら仕事をして……」
「もっと家のこともちゃんとしてから仕事をしたいとか言えよ。仕事があるから家事できませんとかありえんし、てか藍里はどうするの、それに社会経験がへっぽこな芸能マネージャーって言う経歴、ドコも採用してくれないんじゃないの?」
綾人は笑った。さくらはなにも言い返せない。
「まぁ採用してくれるのは風俗くらいか」
「藍里の、子供の前でそんなこと言わないでっ」
さくらが声を荒げると藍里はビクッとした。
「こらこら、声を荒げると怖いよね。藍里。それにママが仕事いっちゃったら悲しいよね、寂しいよね」
そう言いながら綾人は藍里に抱きついた。藍里は縦に頷くことしかできなかった。さくらの顔を見ると次第に目から涙が垂れ、藍里をじっとみてる。
「俺が一生懸命働いてるんだから、まさか満足できないって言うのか?」
「……そういうわけじゃないの……ごめんなさい」
さくらは後ろを向き、綾人たちに見えないように涙を拭いた。
さくらはそれを見ていた。
抱きつく綾人からは香水とタバコの匂い。温かい体温。
ふとなぜそのことを思い出したんだろう。と藍里はソファーに再び横になる。
「時雨くん、早く帰ってきて」
「なんかホッとする」
「僕も」
「こうやってブランケットにくるまってなかったけどさ」
「くるまってもらわないと」
あのとき時雨が藍里に泣きついた以上に顔の距離は近い。
不思議と藍里はドキドキしない。反対に時雨がいつも以上にニヤニヤして顔を赤らめている。でも目を逸らさずに話す。
あくまでも時雨はブランケットに包んだ藍里を両手で抱き抱えるだけ。赤ん坊を抱くような感じで。藍里は体に寄り添う。
「ねえ、手は出しちゃダメなの?」
「手、かぁ……片手だけ」
藍里は右手だけ出した。そして時雨の手を握る。弱く握ったり離したり、また握ったり。動きを変えるたびに時雨は声を上げて笑う。
「どうしたの」
「ううん、なんでもない。楽しい? 手を触って」
「うん。硬い手だね」
「そうかなぁ。わかんないや」
と藍里は指の一本一本を触る。
藍里も次第に鼓動が高まる。すると藍里は時雨の手を自分の顔に近づけて匂った。
流石に時雨もびっくりして引っ込める。
「こらこら。なに匂うの……恥ずかしいよ」
「……パパはね柔らかくて、こんなに手汗なんてかかないし、あとタバコの匂いもした」
「今はタバコ吸わないからさ。お父さんはタバコ吸っていたんだね」
「うん、ママは嫌がったけど台所のコンロの近くとかベランダで吸ってて。その姿カッコよかったの」
藍里が片手を出したまま時雨に寄り添おうとしたら時雨は藍里をソファに横にさせ、立ち上がった。
「そ、そうだ……コンビニでお菓子買ってくるね。……あ、何か欲しいのあるかな」
「なにを急に。お菓子なんていらないよ。宮部くんからもらったばかりだし」
「あ、そうだよねぇ。でも書いたいものがあるから」
少し慌てた様子の時雨。カバンを持って部屋を出ていった。
藍里はブランケットから出てソファーに座った。
「……わたし、なにやってんだか。時雨くんはお父さんじゃないよ」
ふとスマートフォンを見る。先ほどテレビで気になったことを検索した。
あまり藍里はスマホを見ることはしないタイプである。
その検索結果は
『橘綾人娘役オーディション』
の画面である。渋い顔をした宣材写真。オーディションの条件は東海地区の高校生から大学生まで。芸能事務所所属でも可。東濃弁を話せる人は尚更良い。自薦他薦問わず。他薦の場合紹介者には賞金あり。
「そんなんだったら自薦でも誰かに頼んで他薦してもらって賞金もらうわよ……」
藍里はふと子供の頃、さくらと綾人のやりとりを思い出した。
二人はとても険悪そうだった。
「……生活費が足りんだと? お前がちゃんと家計簿しっかりつけてないからだろ。それとも無駄に何か買ってたりへそくりとかでもしてるのかよ」
とネチネチと声を荒げないでさくらに言う姿は子供ながらに怖かった。いつも抱きしめてくれる綾人の優しさはなかった。
「ごめんなさい。でも無駄遣いもしてないしへそくりもなにも……」
さくらの声は震えている。藍里の手を握っていたがとても強く、痛かったが痛いと言えない。
「だったら仕事をして……」
「もっと家のこともちゃんとしてから仕事をしたいとか言えよ。仕事があるから家事できませんとかありえんし、てか藍里はどうするの、それに社会経験がへっぽこな芸能マネージャーって言う経歴、ドコも採用してくれないんじゃないの?」
綾人は笑った。さくらはなにも言い返せない。
「まぁ採用してくれるのは風俗くらいか」
「藍里の、子供の前でそんなこと言わないでっ」
さくらが声を荒げると藍里はビクッとした。
「こらこら、声を荒げると怖いよね。藍里。それにママが仕事いっちゃったら悲しいよね、寂しいよね」
そう言いながら綾人は藍里に抱きついた。藍里は縦に頷くことしかできなかった。さくらの顔を見ると次第に目から涙が垂れ、藍里をじっとみてる。
「俺が一生懸命働いてるんだから、まさか満足できないって言うのか?」
「……そういうわけじゃないの……ごめんなさい」
さくらは後ろを向き、綾人たちに見えないように涙を拭いた。
さくらはそれを見ていた。
抱きつく綾人からは香水とタバコの匂い。温かい体温。
ふとなぜそのことを思い出したんだろう。と藍里はソファーに再び横になる。
「時雨くん、早く帰ってきて」
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
ちょっと訳ありご当地アイドルな私とさらに訳あり過ぎなアイドルヲタな俺の話
麻木香豆
恋愛
引きこもりなトクさんはとある日、地方アイドルを好きになる。
そしてそんなアイドルも少し訳ありだけど彼女の夢のために努力している!
そんな二人が交互に繰り広げるラブコメ。
以前公開していた作品を改題しました
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ハッピークリスマス !
設樂理沙
青春
中学生の頃からずっと一緒だったよね。大切に思っていた人との楽しい日々が
この先もずっと続いていけぱいいのに……。
―――――――――――――――――――――――
|松村絢《まつむらあや》 ---大企業勤務 25歳
|堂本海(どうもとかい) ---商社勤務 25歳 (留年してしまい就職は一年遅れ)
中学の同級生
|渡部佳代子《わたなべかよこ》----絢と海との共通の友達 25歳
|石橋祐二《いしばしゆうじ》---絢の会社での先輩 30歳
|大隈可南子《おおくまかなこ》----海の同期 24歳 海LOVE?
――― 2024.12.1 再々公開 ――――
💍 イラストはOBAKERON様 有償画像
罰ゲームから始まる恋
アマチュア作家
ライト文芸
ある日俺は放課後の教室に呼び出された。そこで瑠璃に告白されカップルになる。
しかしその告白には秘密があって罰ゲームだったのだ。
それ知った俺は別れようとするも今までの思い出が頭を駆け巡るように浮かび、俺は瑠璃を好きになってしまたことに気づく
そして俺は罰ゲームの期間内に惚れさせると決意する
罰ゲームで告られた男が罰ゲームで告白した女子を惚れさせるまでのラブコメディである。
ドリーム大賞12位になりました。
皆さんのおかげですありがとうございます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる