シノノメナギの恋わずらい

麻木香豆

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シノノメナギのご挨拶

最終話

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 2021年1月。

 年も開け、正月も過ぎて仕事始め。さて、今年もがんばりますかっ、て悠長なことは言ってられない。
 図書館ではお正月本みくじも好評。でもその後はすぐにバレンタインの装飾企画を練らなくてはならないし、その前には受験、節分、終わればお雛様、卒業、入学など行事は山積み。
 子供図書館ならでは行事を大切さを子供たちに伝えるために必死なのだ。

 実のところ昨年のクリスマス企画のツリーの片付けは半分も終わらず倉庫に押し込めている。

 そして産休を取っていた社員がなんと四月から復帰するとのこと。わかりやすいように引き継ぎの準備を今からする。

 何故今からするかって?

 なんと大阪の方で児童書を担当する司書の募集を常田くんが見つけてくれたのだ。そしてとんとん拍子に今度の四月から働けることに。
 住む家もこれから探さなきゃだし、やることがいっぱいなのよ。ツリーは最悪誰かやるでしょ。

 常田くんと一緒に過ごせる……と思いつつもわたしの心中は穏やかではないのだ。

「東雲さん、来週のこの日とこの日を代わっていただけたら……」
 同僚のかなえ。30歳で独身だが、年上の彼氏がおり、大抵シフト変更のお願いは彼氏との都合のためなのだ。
「んー、いいよ。記入しておいてね」
「ありがとうございますー」
 とても嬉しそうに微笑んでいる。デートだろうが毎回仕事の帰りに迎えにきてもらってるくせに。

「あ。ついでといっちゃーなんですけどぉ、かなえさんーこっちとこっち変われる?」
「えっとぉ……うーん、は、はーい」
 ともう一人の同僚の詠美さんが割り込んでくる。

 詠美さんは26歳で一番若い子だけど落ち着いてて老けて見える。
 が、彼女も恋愛をしていて……なんと不倫である。
 話は色々聞いていたものの、昼ドラよりもドロドロしていて彼女のハマりっぷりにこっちは勝手に楽しんでいる。

 ああ、独身だからまだ恋愛を楽しめるのね。羨ましい。わたしはふと左手の薬指を見る。指輪。ダメダメ、うつつぬかしちゃ。

「そういえば仙台先生からまた電話あったんですけど……」
 ……わたしが子供図書館に移転したことをいいことに定期的に来ては学校で使う本だからとわたしに本を選ばせて借りていくっていうことをしている仙台さん。
 本当にしつこい、けどもそれもいいかと付き合ってはあげている。いい加減別の人に当たったら、と思う。
 ってまた電話か。
「かなえさん、今度あなたに仙台先生の件を任せたいから代わりに電話しておいて」
「は、はい……」
 まぁ特にここを辞めることは伝えなくてもいいか。正直なところ仙台さんに出しては塩対応しつつもイケメンな彼と会えるドキドキは楽しんでたりもするのよね。またいつかどこかでキスをされるんじゃないかって言う妄想も膨らむし。
 きっとわたしが辞めるって知ったら引き止めに来そうだしぃ、もう嫌だーっ。

「あ、あのすいません……」
「は、はい!」
 しまった、カウンターにいる時は妄想スイッチを切らなくてはいけないのに。ついマスクをしてるから油断してしまったわたしがいけない。

 ふと見るとスラっとしてて……カジュアル系ファッションの彼。登録を見ると27歳。家族登録なし、独身の可能性あり。
 少し前から子供図書館だけどもやってくる。平日休みのようね。いつも借りる本はインテリアの本やライトノベル。この図書館は他の図書館とは違った蔵書が多いため大人も利用することもあるのだ。

 夏くらいから彼は来ていて、たびたび気にはしていた。そして彼を見るたびに指輪のある左手を隠してこっそり指輪を外す。
「東雲さん、予約していた本の連絡ありがとうございます……取りに来ました」
 彼はわたしと目を合わせると顔を真っ赤にしながら辿々しく話をする。他の司書とはちがってわたしの時はこうである。かなえと詠美さんからもあの人はわたしに気があるのよ、と噂をしていた。

「あ、はい……持ってきますね」
 と本を用意して渡して貸し出し業務をする。そしてその本を受けとった彼はわたしに一枚の紙を渡してきた。

「で、では」
 と去っていく。わたしは休憩時間にこっそりその紙を見た。

『今日は勇気を持ってメアドを渡します。
 今の時期アレですが、オープンカーあるので密にならないデートをしませんか?』

 ……!

 ほら、やっぱり。しかもデートまでも誘われてしまった!どうしよう。
 相変わらずモテ期は止まらない。実はこういうことは今に始まったものでもない。今の時期だからかグイグイくるものはなかったけど。
 にしてもメアドもらって返さないのもアレだしなぁ。うーむ。


「東雲さん、さっきなにか貰ってたのを見ましたよー」
 詠美さんが後ろからやってきた。

「な、なんでもないわよー」

 わたしだってもっと恋愛楽しみたいもん! 法律上結婚してないんだし、常田くんのところに行く前にもう一回キュン! ってしたいんだもーん。


 わたしの妄想はまだまだ続くのだ。



 終わり
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みんなの感想(2件)

crazy’s7@体調不良不定期更新中

*21話 完結
【全体の見どころ】
主人公は妄想はするものの、現実の恋に踏み出すことはなかなかできない。それは心と体の不一致の部分に対して、乗り越えなければならないものがあるからだと感じた。心が異性であっても、身体が同性となる場合は、どんなに互いに惹かれ合ったとしても、簡単には進めないものだ。同性愛者と、自認の性別が身体と違う人の恋愛観はそもそも違うものだと思う。
同性愛者というのはあくまでも同性に対して恋愛感情を抱く前提なので、自分を同性として認識し恋愛に発展していくもの。なので、出会いが少ないとしても初めから相手から見て、同性であるという部分においてはハードルは低い。しかし自認と体の性別が不一致の場合は、トランス女性ならば女性として愛されたいという前提がある。もし普段から女性に見られているとしたならば、異性愛者と恋愛関係に発展する可能性はあるのだ。互いに無性愛者(性愛を持たない)ならば精神恋愛を続けられるかもしれないが、この物語の主人公のように性愛を持つ場合は、カミングアウトしなければならない局面はやって来る。この物語ではそういう複雑な部分や問題なども描かれており、性の不一致でどんな悩みを抱えるのか、考えさせられる。
あなたもお手に取られてみてはいかがでしょうか?
そのままの自分を受け入れられることが、どれだけ愛されていることなのか改めて考えさせられる物語です。おススメです。

備考*16話まで拝読

解除
crazy’s7@体調不良不定期更新中

★どんなことをテーマにした作品なのか?
主人公の妄想をテーマにした作品

【妄想とは?】
妄想の意味
とらわれの心によって、真実でないものを真実であると、誤って意識すること。 また、そのような迷った考え。 邪念。(web調べ)
恐らく、この物語での妄想は空想にふけるという意味合いだと思われる。
空想とは?
現実にはあり得ない事、現実とは何ら関係のない事を、頭の中だけであれこれと思いめぐらすこと。

【どんな物語なのか?】
図書館司書として市の図書館に10年務める、トランス女性が主人公。本が好きで、新刊をいち早く手に取りたい彼女にとって、図書館で仕事するのは夢だったようである。トランスジェンダーである彼女は、身体は男ではあるが見た目や心は女性。そして恋愛対象は男性。周りの友人は結婚や子育てをしているようだが、主人公は35になるが恋人はいない。しかし職場の環境は良いらしく、多様性が理解されているようだ。
そんな彼女は図書館に来る人々に”もし、自分の恋人だったなら”と妄想を抱く。この物語は、そんな彼女の日常の物語である。

【好きな所や印象に残ったところなど】
・主人公の妄想は、まず相手がどんな人物なのか推理するところから始まっていく。何故図書館にやって来るのか? など。なので、どんな人物なのか分かりやすい。(想像しやすい)
・初めの頃はモノローグで主人公がどんな妄想をし何を考えているのか分かるところから入っていくが、段々と他の人との交流からも人となりが分かっていく。
・正論な毒舌が効いている。接客業などでもあるが、顔はニコニコ心で毒舌というのはよくある。この物語の主人公にもそういう面での人間らしさというものを感じた。
・利用者の借りた本から、人生を垣間見ることができる。
・主人公がとても乙女である。
・進展はゆっくりだが、心と体の不一致による乗り越えなければならない部分に関しても描かれている。

続く

解除

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