シノノメナギの恋わずらい

麻木香豆

文字の大きさ
上 下
61 / 79
シノノメナギのご挨拶

第3話 常田家

しおりを挟む
 大阪駅手前で目が覚めてわたしは慌てて常田くんを起こしてバタバタしつつもなんとか降りた。
「ほんま焦ったわー」
「わたしも……」
 やっぱり大事な日の前日の夜は大人しく寝るのに限るわ。

「改札に兄ちゃんが迎えにきてくれてるから」
 慶一郎さん……密かにまた逢えるの嬉しかったり。常田くんよりもすらっとしててシュッとしてて……。腕も長くて少しヤンチャそうな悪い男な匂いがする。

「なんかさっきより元気になった?」
「べ、別に。早く行こう」



 改札にはベージュのロングコートに黒スーツで立っている慶一郎さん……ああああああ、かっこいい。
 わたしたちを見つけるとものすごくいい笑顔。
「あけましておめでとう」
「あけましておめでとうございます」
 そいや常田くんに言ってなかったなぁ……バタバタしてて。

「はい、梛行くよ」
「すいません……」
「なんのすいません、や」
 常田くんが笑ってる。またうかれちゃった、わたし。




 慶一郎さんのかっこいいスポーツカーに乗せられ、わたしは常田くんの実家へ。
「あそこが浩二の入院する病院。大きいやろ。んでなー……」
 慶一郎さんが運転しながら教えてくれた。緊張もしてたし、常田くんは地元に戻ってリラックスしてポエーっとしてるし、わたしは外の景色を見ても全く分からない場所だし……。
 それを察したのか慶一郎が話し始めてくれた。

「あ、あそこの図書館が梛が勤めるところや」
「……図書館?」
「図書館というよりも公民館と一体型やからな」
 ……かなりコンパクト、と文句言ってもしょうがない。35歳、他所から来た中年を雇ってくれるというのだから。
 少し進むと大きな建物が見えてきた。
「あれが僕が入りたい図書館や」
「一度落ちたけどな」
「兄ちゃん! るっさいわ、あほ」
 ……いいな、府内でも一番大きいところだってネットで調べたら出てきた。
 常田くんにとっては働きやすい環境だとわかっている。目が見えなくなっても働ける。

 ……わたしもできればそこに働きたい。児童図書や絵本コーナーもとてもきれい。まだ改築したばかりらしい。

 でもそこでの採用はなかった。

「そろそろ着くで」
 大通りから離れ、細い道へ。住宅街に入っていく。

 そして一軒の一戸建ての家の前に着いた。
「着いた……変わらないなあー」
 常田くんの口元が緩んだ。5年ぶりの実家。帰れなくない距離なのに帰らなかった彼だけど、とても穏やかな顔をしている。
 いいな、常田くんには帰る場所もあるし出迎えてくれる家族もいる。うらやましいな。

 玄関から常田くんのお父様が出てきた。年始の挨拶。持ってきたお菓子を渡す。お母様が好きなお菓子だと常田くんは言ってた。
「浩二……おかえり。梛さんも遠くからわざわざありがとう」
 とてもにこやかに迎えてくれた。お父様といい、慶一郎さんといい……年始からイケメン祭り。もちろん常田くんもだけどさ。

「まずはコタツで暖まって、昼前には参拝に行きましょう」
 と玄関からすぐの居間に通される。

「梛、ここ座りや」
 と常田くんがフカフカの座布団を出してくれた。なんかとばあちゃんと住んでいた頃の家に似ている。
 みかんも出てきたし、おかしにコーヒー。なんかブワッと昔のことを思い出してなんかこみ上げてくる。
 こんなところで感極まっちゃダメね。緊張してるし。
「梛、冷えたか? ほら、足をしっかり入れて。正座せんでもええ」
 つい人の家だから正座しちゃうよね。

 そういえばさっきからお父様に、慶一郎さん、常田くんがお茶やらお菓子やら荷物運びやらテキパキしてるけど、お母様がいない。妹さんは今日は来れないと聞いてたものの……。

「おかんはどこ行った? 梛来たのに」
「母さんは今、着物を用意してるんだが……そろそろ来るんじゃないか?」
 あ、そういえば着物を着るんだった。……お母様はどんな人だろう。わたしに似てるとか言ってたけど?

 バタバタっと廊下から足音。
「あらーごめんなさいねぇ」
 と女の人の声……そしてふすまが開いた。そこにいたのは紺色の着物を着たショートカットの小柄な女性。

「梛さん、浩二、あけましておめでとう」
 ……この人が常田くんのお母様……。とても優しく微笑んでいる。

 わたしに似てるとか言ってたけど、そうでもない。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

処理中です...