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シノノメナギの師走

第12話 嫌いな場所

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 今日はわたしは仕事。早番。常田くんは午前中お休みを取って大阪から来るお父様と一緒に病院に行く。どうやらひとまわり上のお兄様も来るそうで……。確か妹さんもいたような?
 せっかくここまで来るのならご飯を一緒に、と思ったけど親戚の家に行くとか。常田くんも。
 だったらわたしもーなんて図々しいことできないか。

「梛、企画計画表書けた?」
 夏姐さんだ……ここ最近は機嫌が良い。頬が赤く染まってる。わたしはあのバーで懐かしい姐さんと仙台さんをみてから気が気でない。別に二人が付き合ってくれたらそれはそれでいいけどさ……なんだろう、悔しいっていうのかな。
 わたしはハッと現実に戻って書いておいた計画書を出した。まだ年こしてないのに来年の半ばまでの大まかな計画をねらなくてはいけない。
 聞いてもいいんだけど、なんか聞くのもね。てか仕事中だし。
「なによ、なに見てるのよ梛」
「いえ、なんでもないです」
「そう? ずっと私を見てる」
 ……やはり聞くなら今かな? 夏姐さんはわたしをじっと見た。

「梛、こっちきて」
 事務所裏の階段。閉架図書にもつながってる。表に出ている本は開架、表に在庫数の関係で置けない本が眠ってるのは地下の閉架図書である。独特な匂いがする。
 入る際にはセキュリティの関係で!ドアの前のプレートを変えなくてはいけない。見てみるとそのままなので誰もいない。
 だからいまここにはわたしと姐さんだけ。

「いま仕事中だから手短く済ませるわ。お昼に話してもよかったけど常田くんは昼からでしょ」
「は、はい……」
 わたしはこの場所が苦手でもある。今は辞めたけど夏姐さんよりも先輩の女性上司がいてここで度々説教されたこともあった。
 独特な匂いと温度、そしてつんざくようなヒステリックな金切り声。夏姐さんもその上司に怒られたからここは嫌な場所、でも仕事で入らなくてはいけないから、と。
 わたしも入るたびに思い出す。

「……仙台さんとご飯に行ったわ」
 カラカラと換気扇の回る音。わたしはごくりと生唾を飲んだ。知ってるよ、わたしは。だけどそのあと二人で店を出てどこに行ったの? 会話聞こえなかったし(薫子とサアヤの声がデカすぎて)。

「久しぶりよ、男と二人きりでご飯なんて」
 わたしも男だけど、ちゃんとその辺はしっかりわかってくれている夏姐さん。

「分け隔てなく話してくれて、頭良くて、そして面白い」
「……そうなんですね。どちらから誘ったんですか」
「あちらから」
 ……仙台さんから? 

「最初はお断りしたけど一度お話ししたいって……浮かれちゃった。10歳も下の男に」
 だから機嫌もいいわけだ。美男美女、お似合い。年齢なんて関係ないよ。でも仙台さんの軽さにはちょっとがっかりだけどね。

「ほんと、浮かれたわたしもバカ」
「え?」
「だって話はほとんど梛のことばかり……」
 夏姐さんは笑ってるけど少しずつその笑顔も歪む。

「だったら梛誘えばよかったじゃないって言いたかったけどまたお話聞かせてくださいっていうから……言えなかった。未練たらたらなのよ、あの男っ」
 仙台さん、まだ諦めてなかったの? 夏姐さんはだんだん怒りの表情に。

「……私はまた仙台さんに会う。絶対振り向かせてやるんだから」
 夏姐さん……狙った獲物は逃さない、さすが。て、わたしは夏姐さんのライバルになるってこと?

「別にあなたのことは憎むことはしない。言わないと自分の気持ちがおさまらなかったから。とりあえず隠し事はもうない。話しただけでそのあとホテルとか行ったりキスしたりしてないから、おしまい」
 と夏姐さんは適当に近くの本をわたしに持たせて扉を開け、わたしだけ先に外に出された。

 防音でもあるから扉の向こうでしばらく出てこない夏姐さんがなにをしているかわからない。やはりあの場所は嫌いだ。

「東雲さん、夏目さんは?」
 パートの子が来た。奥から館長が顔を覗かせている。

「あ、今閉架図書の作業してて」
「館長が夏目さんに話があるって」
 わたしはドアを見た。ゆっくりドアが開くと夏姐さんは何事もなかったように出てきた。目の端が赤かったけど。

「あ、どーしたの? あれ、館長……」
「夏目さん、お昼から常田くんが来るだろ、そのことでお話しなんだが」
「は、はい……」
 夏姐さんはわたしを見ずに館長と事務所から出て行った。
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