シノノメナギの恋わずらい

麻木香豆

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シノノメナギの師走

第8話 次郎さんとのデート

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 わたしは今、ボー然としている。昨晩常田くんと喧嘩してその腹いせに次郎さんからもらった名刺のメルアドにメールをして明日会いたいですとメールして、すぐ返事きて。

 朝起きたら常田くんはもういなくて、わたしは黒のセクシーなキャミワンピ、甘めの少し丈の短いワンピにロングコートを着て、ボブウィッグの上にベレー帽を被り、黒のタイツにショートブーツという格好で外に出た。
 彼氏いるのに喧嘩したからといって連絡先をもらった他の男に会いに行く、酷いゲスな女も悪くはないなと。もじもじする次郎にグイグイ引っ張るわたし、色々お店を回って疲れたーといってラブホテルに連れ込んでムフフなこともいいな、でもこういうことは彼は初めてかしら? とかなんだかんだ妄想していたのに、それが一瞬で崩れた。

「東雲さん……どうかされましたか?」
「あ、え、えええっと……大丈夫です。次郎さんもよかったら先にメニューを選んでください」
 ここは喫茶店。まだモーニングの時間帯である。飲み物を頼めばトーストと豆が付いてくる。

 飲み物を一つ選ぶだけで悩む次郎の格好はいつもとは違う、ガーリーな格好であった。
 駅前で待ち合わせしても一向に現れないからおかしいと思ったら、十分前から何かわたしを見つめる誰かがいる……次郎さんだったのだ。

 その格好を何も聞けず喫茶店まで来てしまったのだが……。
「じゃあ、ウインナーコーヒーにしようかな」
 とメニューを渡された。その表情はいつもと違い、メイク効果もあってか可愛らしい微笑みだった。
「じゃあ……わたしはココアで」

 注文も終えて私たちは向き合う。次郎さんはフフフって笑い出した。
 な、なんであなたはその格好をしているの?! あなたもわたしと同じなんですかっ。

「びっくりしたでしよ? 実は僕も女装家でしてね。と言ってもこうして外に出てするのは全く初めて。家の中で楽しんでいるんだ」 
 ……女装家……いや、わたしは女装家じゃないから一緒にして欲しくないけど、次郎さんがまさかの女装家だとは。

「実は前からわかってたの。あなたが男って」
 えっ……そんなにわかってしまうものなの?! まさか、手?! つい手を見てしまった。

「そう、手でわかったの。手は隠せないわよねー」
 なんかこれ、誰かに言われた……仙台さんのお姉さん! そんなにわかるものなの?! わたしは手を引っ込めた。
「だから一度一緒にお茶してみたいと思って」
 そ、それでわたしを誘ったのか。でも前イベントでチェスしてた時はいつもの次郎さんだったし。

「実は今日初めて女装して家を出たんだ」 
 の割にはクオリティ高いし。化粧も素人じゃない、ウイッグも綺麗、服もちゃんとサイズが合っている。

「家の中でずっと女装をしていて……。私な性格がたたって本当に孤独でした。女装は楽しい、でも外に女装して出るのは恥ずかしくて。梛さんとだったら大丈夫かなと、女装歴20年にして初めてのチャレンジ」
「はぁ……」
 としか声が出ない。だから私のこれは女装じゃなく……周りからしたら女装だけども。

「今はウイッグのようだけど髪の毛切られたのはなぜ? それまでは地毛だったでしょ?」
「いや色々合って切りました。……最初は後悔したけどウイッグにした方が色んな髪型できるし。あ、図書館の時は前と同じくらいのボブにしています」
 次郎さんはわたしをジロジロみている。次郎なだけに。……。

 わたしは早とちりというか、彼の借りていた本といい、彼のソワソワ感といい、それを見て妄想が暴走して彼がわたしのことに好意を持ってるだなんて浮かれてしまっていたのだ。ああ、よくやらかすパターン。

「あの、誰か好きな人でもいるんですか?」
 あの本たちを借りた理由を知りたい……恋の指南書なんて相当買いに悩んだ時しか借りないなず。

「……あー、ああいう本ばかり借りてるとそう思われてしまいますよね?」
「すいません、個人情報ですね……」
 次郎さんは首を横に振った。

「幼なじみの女性で」
 ……わたしじゃないか。もう、わたしの妄想が酷すぎたわ。やっぱり同性愛者というものは少ない。

「でも女装が趣味だなんてバレたら振られてしまいそう」
 別に悪くはないと思うけど。女装したからといって何か悪いことに利用するわけではないんだし。

「もしその人と付き合えることになったらこうやって堂々と女装ができなくなるかもしれない。だから今日が最初で最後の女装でのお出かけになるかな」
 次郎さん、どこまで弱気なんだろう。わたしはガシッと彼の手を握った。
「なに弱気なことを言っているのよ! そんなこと言ってたらいつまで経っても好きな人に近づけません、て……あまり恋愛経験ないわたしが言うのもあれだけど。それに女装は悪くはないっ」
 すると、次郎さんが笑った。

「そうだね、なんかあなたに勇気をもらえた。なんだかいい友達になれそう」
「へ?」
 わたしは目が丸くなった。

「……女装友達として、これからもよろしくお願いします」
「あ、は……はい……」
 と手を出された。女装友達ぃ……。わたしはその彼の手を握った。

 そして喫茶店を出る。ああ、妄想の中ではこのあとはドキドキしながら外を出てぬらりくらりしてラブホパターンだったのに横にいるのは女装をした次郎さん。というか彼はもともと背が高いのにさらにヒールを履いているからかなり目立つ。でもとてもおしゃれだし化粧も上手。少し見上げる。
「外で女装できなかったのはね、この体格のせいなんだ。ヒール含めると180超えてしまう……」
「モデルさんみたいです。わたしなんて170もないから」
「ありがとう、梛木さんもとても可愛らしい……」
 微笑んだ次郎さんの顔はとてもいい顔。いつものおどおどとした次郎さんではなかった。……でもこれから図書館で会う時にどんな顔して合えばいいんだろ。

 するとスマホに着信が入った。次郎さんにすいませんと言ってわたしは出た。常田くんから。病院だったわよね。……て、なにや電話してくるなんて。

「もしもし」
『……梛ぃ、どこにいるの』
「外で出かけてるけど」
 なんか元気のない声ね。……喧嘩したからもうあまり心配したくないけど気になってしまう。

『……病院前の喫茶店まで来て』
 ……電話先の常田くんは泣いているようだった。
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