雨嫌いな私が雨を好きになるまで

麻木香豆

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第十話

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 タクシーで支店に戻る。タクシーの運転手さんはこの場所は知ってるだろう。この時間もきっとここで働く女の人たちを運ぶこともあるだろう。私をジロジロ見て……ってそういえば服!
 私、すっかり忘れてた。洗濯してくれて……あぁ。また取りに行かなくてはいけないじゃない。あぁ。もう。

 私はタクシーから降りて事務室よりひとつ上の階に降りた。下ではきっと多くの女性たちがネットを通じて多くの男の人たちを悦ばせているのだろう。私も早く気持ちだけでも上げて……頑張らないと。頑張った分だけ私たちの生活は潤うのだから。

 スマホを見ると藍里からのメール。
『おやすみ』
 普段の態度はそうではないがメールはそっけないのが彼女なのだ。前聞いたら普段喋るんだからメールでは長文だなんて照れくさいと。

 そういうものなんだろうか。

 私はもう疲れてそのままベッドに横たわり、寝た。

 雨はまだ降り続ける。


 ……つづはら、しぐれ


 つづはら……はともかく。しぐれ……漢字は『時雨』なのかな。


 雨がつく……。


 こんこん

 ドアの音。

「おはよう、橘さん」
 女性スタッフの声。ってもう朝? 気づいたら朝になっていたか。私はヨロヨロしながらドアを開けた。

「……事務長から聞きましたよ。大変でしたね」
 何をどう聞いたか知らないけど。余計なことを言われてたらどうしよう。

「今日はどうしますか、休まれた方がいいですよ」
「……でも休むと」
「無理してもベストなパフォーマンスはできません。お客さまである男性たちにも失礼です。それに今無理をして仕事をしたとしても後にボロは出ます。休んでください」
 彼女の口調はキツくなった。

 神奈川にいる頃は無理でも頑張れたら出てくださいね、稼げる時期にたくさん無理して稼いで! って。そういう方針だった。彼女みたいに無理をするな、休めとは……無理。

「生活かかってるのよっ……私……」
「だったら尚更……休んでください! 今壊れたら、どうするんですか。病院にも行ってるんでしょ? もう無理をしないでください。これは私の権限です」
 と言っても彼女は私よりも年下である。まだ20代後半くらいの。指輪はしてない。

「私もシングルマザーで20歳の頃からやってました。1人で子供を育てています。体を壊したらもう終わりなんです」
 ……この子も経験者。でも今はここの事務長。若いのに……。

「私はここの方針を変えたくて裏方に回りました。キャストとして働いている頃よりかは給料減ったけど……環境を変えるために数人のキャストで本部に乗り込んでここを乗っ取って改革してます」
 乗っ取った……。

「他の支部もキャストの人たちが今改革を進めています。あの神奈川の事務長も多分降格されますねって、もう今は休んでいてください!!!!」
 と私は彼女に押されてベッドに横にされた。

「……わかりました」
 すると彼女は私の手を握った。

「ここに移転していただけたら……私たちがさくらさんを徹底的にサポートします。約束します」

 ってそんなこと誰にでもいうでしょ。

「専属のアシスタントをつけます。一人一人のキャストさんを大事に、覚悟を持ってこの道に入った女性たちを守りたい……私は守ってほしかった。その一心です」

 その手はとても温かく強いものだった。

 私はそれに甘んじて三日もゴロゴロ過ごさせてもらった。ご飯も注文したものを届けてもらって……こんなにゆっくりしたのはいつ以来だろう。
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