雨嫌いな私が雨を好きになるまで

麻木香豆

文字の大きさ
上 下
8 / 17

第七話

しおりを挟む
「ここは何回か来ててね。一見さんはダメだから。ラッキーだぞ」
「ありがとうございます」
 一見さんお断りの店に入るなんてもちろん初めてである。
 藍里には本当にすまない。

 おもてなしも普通の食堂やファーストフードも違う。カウンター席で大将と何人かの板前さんがいる。

 席から使っているところが見えるのか。こんないいところだったらもう少しいい服を着て行けばよかった。
 事務長も知ってるのならそう言って欲しかった。

「ビールは飲む?」
 ……本当はお酒は控えるようにって病院でも言われたけど私は少しなら、と頷いた。事務長とご飯をするのは初めてで今まで何回も誘われたけどのらりくらりかわしていた。

 おじさんとか言いつつも50過ぎの男だが、身だしなみはしっかりしてて清潔感はある。だが見た目は良くても口はセクハラのオンパレード。でもセクハラ発言以外は気分を下げない、むしろ上げるようなことを言っている。
 セクハラワードは嫌いだが常に可愛いな、セクシーだなとか肯定感は彼に会ってからは増したと思う。

 1人の板前さんがやってきた。他の板前からしたら若い方である。まぁ私の相手する客層に多い大体20代に近い30代、であろう。
 ああ、一般人を風俗を利用する男と比較するのはアレだけど。

 器を添える手が綺麗だ。爪もしっかり整えている。

「雨、すごいですよね……」
 私は彼の手元をずっと見ていたから声をかけられてびっくりした。

「あ。はい……そうですね」
「今週いっぱいは降るそうで」
「……そうみたいですね」
「お好きではないですか? 雨」
 初めて会うのになんて確信をつくのだろうか。手元から彼の目に目線がいく。二重でクリッとした目。
 優しそうな瞳。

「そうなのよ、この子は雨が嫌いでね。せっかく神奈川から愛知に旅行で一週間泊まりなのに残念だよ」
 旅行ではない。事務長はなんでそんなことを。
「関東からお越しですか。お疲れでしょう」
「ありがとうございます」
「ごゆっくりお召し上がりください」

 と板前の彼は去っていった。
「どうだ、あの男」
「……どうって。どうもしないです」
 正直なところ、生身のあの年代の男性を目の前にすると慣れていないのか緊張していたらしく私の手汗はひどかった。
 5年も何人かの若い男と画面越しに相手をしていたのに生身の男は……ああ、2人ほど……彼氏はいたけど年上。しかももう2番目の男とは2年前のことだ。

「あの彼も君と喋ってると頬が赤くなっていた。それに一見である君の方しか見ていなかった。それほど魅力的な女性なんだよ。自信持ちなさい」
 ふと持ち場に戻った板前を見ると確かに頬が赤い、いや気のせいだろう。
「そんなことないです」
「神奈川では若いキャストが増えたけどお客さんたちも若い子だけじゃなくて君みたいな熟した美しい女性を求めている人も少なからずいるんだよ」
「……少ないですけどね」
「体も綺麗だし声も色っぽい。パフォーマンスも素人さが抜けてなくてなおさら」
 こんな素敵な料亭で声の音量は抑えても話すような内容じゃない。

 それに私のパフォーマンスや身体は画面で事務長は見ているから知っているのだ。恥ずかしい、と言ったらキリがないが。

 出された刺身を口に運び、次々と運ばれる料理を口に入れる。見た目も味も美味しい。ビールに合う、これがそうなのか。

 気づいたら二杯目を例の板前に注いでもらっていた。
 顔は恥ずかしくて見れない。化粧もそこまで直さなかったし。

 にしても本当に雨がひどい。

 その時だった。
「おい、ちょっとさぁー」
 隣の隣の席から男の声が聞こえた。

 大きくはないが威圧があり、ネチネチと文句を連ねてる。

 私は心拍数が増した。

 ずっと続くその声に私の体は震えた。

 そして外の雨の音。


 別の客が誤って勢いよく開けてしまったドアの音の大きさ。


「……ああああああっ!!!」
「橘さん?! ちょっと!」
 私は訳がわからず外に出た。雨が降る中。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

山蛭様といっしょ。

ちづ
キャラ文芸
ダーク和風ファンタジー異類婚姻譚です。 和風吸血鬼(ヒル)と虐げられた村娘の話。短編ですので、もしよかったら。 不気味な恋を目指しております。 気持ちは少女漫画ですが、 残酷描写、ヒル等の虫の描写がありますので、苦手な方又は15歳未満の方はご注意ください。 表紙はかんたん表紙メーカーさんで作らせて頂きました。https://sscard.monokakitools.net/covermaker.html

少年、その愛 〜愛する男に斬られるのもまた甘美か?〜

西浦夕緋
キャラ文芸
【和風BL】15歳の少年篤弘はある日、夏朗と名乗る17歳の少年と出会う。 彼は篤弘の初恋の少女が入信を望み続けた宗教団体・李凰国(りおうこく)の男だった。 亡くなった少女の想いを受け継ぎ篤弘は李凰国に入信するが、そこは想像を絶する世界である。 罪人の公開処刑、抗争する新興宗教団体に属する少女の殺害、 そして十数年前に親元から拉致され李凰国に迎え入れられた少年少女達の運命。 「愛する男に斬られるのもまた甘美か?」 李凰国に正義は存在しない。それでも彼は李凰国を愛した。 「おまえの愛の中に散りゆくことができるのを嬉しく思う。」 李凰国に生きる少年少女達の魂、信念、孤独、そして愛を描く。

遥か

カリフォルニアデスロールの野良兎
キャラ文芸
鶴木援(ツルギタスケ)は、疲労状態で仕事から帰宅する。何も無い日常にトラウマを抱えた過去、何も起きなかったであろう未来を抱えたまま、何故か誤って監獄街に迷い込む。 生きることを問いかける薄暗いロー・ファンタジー。 表紙 @kafui_k_h

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜

菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。 まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。 なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに! この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。

百合系サキュバス達に一目惚れされた

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

CODE:HEXA

青出 風太
キャラ文芸
舞台は近未来の日本。 AI技術の発展によってAIを搭載したロボットの社会進出が進む中、発展の陰に隠された事故は多くの孤児を生んでいた。 孤児である主人公の吹雪六花はAIの暴走を阻止する組織の一員として暗躍する。 ※「小説家になろう」「カクヨム」の方にも投稿しています。 ※毎週金曜日の投稿を予定しています。変更の可能性があります。

処理中です...