雨嫌いな私が雨を好きになるまで

麻木香豆

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第七話

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「ここは何回か来ててね。一見さんはダメだから。ラッキーだぞ」
「ありがとうございます」
 一見さんお断りの店に入るなんてもちろん初めてである。
 藍里には本当にすまない。

 おもてなしも普通の食堂やファーストフードも違う。カウンター席で大将と何人かの板前さんがいる。

 席から使っているところが見えるのか。こんないいところだったらもう少しいい服を着て行けばよかった。
 事務長も知ってるのならそう言って欲しかった。

「ビールは飲む?」
 ……本当はお酒は控えるようにって病院でも言われたけど私は少しなら、と頷いた。事務長とご飯をするのは初めてで今まで何回も誘われたけどのらりくらりかわしていた。

 おじさんとか言いつつも50過ぎの男だが、身だしなみはしっかりしてて清潔感はある。だが見た目は良くても口はセクハラのオンパレード。でもセクハラ発言以外は気分を下げない、むしろ上げるようなことを言っている。
 セクハラワードは嫌いだが常に可愛いな、セクシーだなとか肯定感は彼に会ってからは増したと思う。

 1人の板前さんがやってきた。他の板前からしたら若い方である。まぁ私の相手する客層に多い大体20代に近い30代、であろう。
 ああ、一般人を風俗を利用する男と比較するのはアレだけど。

 器を添える手が綺麗だ。爪もしっかり整えている。

「雨、すごいですよね……」
 私は彼の手元をずっと見ていたから声をかけられてびっくりした。

「あ。はい……そうですね」
「今週いっぱいは降るそうで」
「……そうみたいですね」
「お好きではないですか? 雨」
 初めて会うのになんて確信をつくのだろうか。手元から彼の目に目線がいく。二重でクリッとした目。
 優しそうな瞳。

「そうなのよ、この子は雨が嫌いでね。せっかく神奈川から愛知に旅行で一週間泊まりなのに残念だよ」
 旅行ではない。事務長はなんでそんなことを。
「関東からお越しですか。お疲れでしょう」
「ありがとうございます」
「ごゆっくりお召し上がりください」

 と板前の彼は去っていった。
「どうだ、あの男」
「……どうって。どうもしないです」
 正直なところ、生身のあの年代の男性を目の前にすると慣れていないのか緊張していたらしく私の手汗はひどかった。
 5年も何人かの若い男と画面越しに相手をしていたのに生身の男は……ああ、2人ほど……彼氏はいたけど年上。しかももう2番目の男とは2年前のことだ。

「あの彼も君と喋ってると頬が赤くなっていた。それに一見である君の方しか見ていなかった。それほど魅力的な女性なんだよ。自信持ちなさい」
 ふと持ち場に戻った板前を見ると確かに頬が赤い、いや気のせいだろう。
「そんなことないです」
「神奈川では若いキャストが増えたけどお客さんたちも若い子だけじゃなくて君みたいな熟した美しい女性を求めている人も少なからずいるんだよ」
「……少ないですけどね」
「体も綺麗だし声も色っぽい。パフォーマンスも素人さが抜けてなくてなおさら」
 こんな素敵な料亭で声の音量は抑えても話すような内容じゃない。

 それに私のパフォーマンスや身体は画面で事務長は見ているから知っているのだ。恥ずかしい、と言ったらキリがないが。

 出された刺身を口に運び、次々と運ばれる料理を口に入れる。見た目も味も美味しい。ビールに合う、これがそうなのか。

 気づいたら二杯目を例の板前に注いでもらっていた。
 顔は恥ずかしくて見れない。化粧もそこまで直さなかったし。

 にしても本当に雨がひどい。

 その時だった。
「おい、ちょっとさぁー」
 隣の隣の席から男の声が聞こえた。

 大きくはないが威圧があり、ネチネチと文句を連ねてる。

 私は心拍数が増した。

 ずっと続くその声に私の体は震えた。

 そして外の雨の音。


 別の客が誤って勢いよく開けてしまったドアの音の大きさ。


「……ああああああっ!!!」
「橘さん?! ちょっと!」
 私は訳がわからず外に出た。雨が降る中。
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