雨嫌いな私が雨を好きになるまで

麻木香豆

文字の大きさ
上 下
4 / 17

第三話

しおりを挟む
 今思えばあの頃の私はうぶだった。今ではもう見慣れたもので品評会なんぞする余裕はあるがもちろん見たくない。

 中にはそんなことをせずただただたわいもなく世間話や話を聞いてほしいという男性もいてそれは楽しかったし女子校育ちで元彼数人と夫以外の男を知らなかった私にはいろんな男の人が世にいるのかという社会勉強にもなった。

 最初は肌を露出するだけでも抵抗があったのに今はもう一糸纏わぬ姿を見せるのが当たり前だしどうってことはない。

 じゃないと私、私たちは生きていけなかったから。


 最初はほんのお小遣い稼ぎ、で数時間だけ仕事して……次第にがっつり稼ぐようになるのだが理由はあった。


 それは夫が原因である。


 もともと大学を卒業して地元のOLをしながら劇団に入っていた。そこの先輩である橘綾人からの熱烈な愛を受け結婚。
 しかし綾人からは劇団も仕事もやめて専業主婦になってくれと言われた。
 当時親の過保護に悩んでいた私はとにかく親から逃げたいという気持ちがあった。だから綾人との求婚にオッケーをしてしまった。でも仕事も……夢見てた舞台女優の道も閉ざされたら……。

「僕が稼ぐから働かなくていいんだよ。だからサポートしてほしい。劇団だって子供が産まれて大きくなってからでも入れる。ほら、〇〇さんだってそうじゃないか」
 と具体的に先輩劇団員の名前をすうめいあげられそうね、と。

 子供もすぐ授かった。名前は綾人がつけた。由来はわからない。私は決める権利がなかった。子の名前だけではない。

 とにかく綾人、夫の後ろをついていく、そんな感じである。

 私は今は家事と育児、綾人のサポートをするのが1番、と言い聞かせていた。

 劇団は綾人は続けており、仕事の合間に練習も重ね家に不在にしている時も多かった。私はその間も1人で育児。実家を逃げるように結婚したし、綾人の親は遠いため誰も頼れない。

 何本も主演を地方の舞台で演じており、私は子供が小さいうちは個室から彼の舞台を見ていて羨ましく感じたが、あの〇〇さんも舞台に立っていたからいつかああいうふうに立てる、そう信じながら赤ん坊の藍里を抱いていた。

 他の劇団員の仲間たちに藍里を見せにいき、夫婦仲睦まじくみんなの前で立つ。すると〇〇さんが私を舞台の袖に連れていく。綾人はステージ上で仲間たちと談笑している。


 〇〇さんはステージから離れると顔が変わった。藍里を撫でる。

「さくらちゃん……本当は役者辞めたくなかったんでしょう」
「はい……」
 わたしは舞台から聞こえる綾人の声にびくりとしながらうなずく。

「でも〇〇さんのように育児が落ち着いてから……」
 と言うと彼女はキッ! とした顔をした。こんな顔は舞台でしかみたことがなかった。

「育児はいつまでも終わらない。私は50になる。息子は25、娘は22。いまだに結婚もせず息子はニート、娘は家出……って私は5年前に家を出たから知りませんけど」
 家出……?!

「私ももっと舞台がしたかったけど夫から結婚の際に家に入れと言われて辞めました。そこからは奴隷のように姑からこき使われ育児だけでなく夫の世話も……もう自分は無い。生活費もろくに入れない夫。姑が死んだ時に子供たちと離婚届置いて家出して離婚成立。こうして戻ってきた。私にはもう舞台しかない……貯金を切り崩してパートをしながらやってるの。ああ、あの20代という若い時代を、あの30代という美しい時代を、あの40代という穏やかな時代を全て食い尽くされた。後悔しかない……」
 流石舞台女優と言わんばかりのセリフの速さ。あっという間なのに悲壮感、強さがずっしりのしかかる。

 〇〇さんは涙を浮かべていたが拭い
「まぁそういう人生を経験して役に活かすのもいいかもしれないけどね。どのステージで輝くかはあなた次第よ」
 と言い去った。

 でもその後〇〇さんの名前は世に出ることはなかった。

 綾人は私を家に縛り付け自分は仕事と劇団を続けて……

 私は彼からもらう少ない生活費でやりくりをせねばならなかった。

 もちろんその生活費では足りず貯金から切り崩していた。足りない。足りない。

 私は娘がもらったお祝い金まで手を出してしまった。

 ああ、足りない。

 特売の肉や野菜を買っているのに。
 育ち盛りの娘、大食いの夫……私は朝食を抜いても間に合わない。

 今は私と高校生の思春期はいつあったかわからない娘と慎ましやかに、でも彼女の将来を考えて貯金をしたい。

 だから生活を守るために……私は身体を曝け出すのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

山蛭様といっしょ。

ちづ
キャラ文芸
ダーク和風ファンタジー異類婚姻譚です。 和風吸血鬼(ヒル)と虐げられた村娘の話。短編ですので、もしよかったら。 不気味な恋を目指しております。 気持ちは少女漫画ですが、 残酷描写、ヒル等の虫の描写がありますので、苦手な方又は15歳未満の方はご注意ください。 表紙はかんたん表紙メーカーさんで作らせて頂きました。https://sscard.monokakitools.net/covermaker.html

少年、その愛 〜愛する男に斬られるのもまた甘美か?〜

西浦夕緋
キャラ文芸
【和風BL】15歳の少年篤弘はある日、夏朗と名乗る17歳の少年と出会う。 彼は篤弘の初恋の少女が入信を望み続けた宗教団体・李凰国(りおうこく)の男だった。 亡くなった少女の想いを受け継ぎ篤弘は李凰国に入信するが、そこは想像を絶する世界である。 罪人の公開処刑、抗争する新興宗教団体に属する少女の殺害、 そして十数年前に親元から拉致され李凰国に迎え入れられた少年少女達の運命。 「愛する男に斬られるのもまた甘美か?」 李凰国に正義は存在しない。それでも彼は李凰国を愛した。 「おまえの愛の中に散りゆくことができるのを嬉しく思う。」 李凰国に生きる少年少女達の魂、信念、孤独、そして愛を描く。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

CODE:HEXA

青出 風太
キャラ文芸
舞台は近未来の日本。 AI技術の発展によってAIを搭載したロボットの社会進出が進む中、発展の陰に隠された事故は多くの孤児を生んでいた。 孤児である主人公の吹雪六花はAIの暴走を阻止する組織の一員として暗躍する。 ※「小説家になろう」「カクヨム」の方にも投稿しています。 ※毎週金曜日の投稿を予定しています。変更の可能性があります。

皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜

菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。 まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。 なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに! この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。

よんよんまる

如月芳美
キャラ文芸
東のプリンス・大路詩音。西のウルフ・大神響。 音楽界に燦然と輝く若きピアニストと作曲家。 見た目爽やか王子様(実は負けず嫌い)と、 クールなヴィジュアルの一匹狼(実は超弱気)、 イメージ正反対(中身も正反対)の二人で構成するユニット『よんよんまる』。 だが、これからという時に、二人の前にある男が現われる。 お互いやっと見つけた『欠けたピース』を手放さなければならないのか。 ※作中に登場する団体、ホール、店、コンペなどは、全て架空のものです。 ※音楽モノではありますが、音楽はただのスパイスでしかないので音楽知らない人でも大丈夫です! (医者でもないのに医療モノのドラマを見て理解するのと同じ感覚です)

京都かくりよあやかし書房

西門 檀
キャラ文芸
迷い込んだ世界は、かつて現世の世界にあったという。 時が止まった明治の世界。 そこには、あやかしたちの営みが栄えていた。 人間の世界からこちらへと来てしまった、春しおりはあやかし書房でお世話になる。 イケメン店主と双子のおきつね書店員、ふしぎな町で出会うあやかしたちとのハートフルなお話。 ※2025年1月1日より本編start! だいたい毎日更新の予定です。

処理中です...