最高で最強なふたり

麻木香豆

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美佳子と虹雨

美佳子と虹雨 1

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 都内某所のアパート。夜は9時ごろ。とある若い男が何かに気づいた。何かいい匂い。だが匂いが強くなるにつれて不安になる。

「……火事?!」

 1ldkの間取り、部屋からリビングを抜けて台所に向かう。

「よっす」
 と、台所にいたのは見知らぬ金髪の20代くらいの小柄な女性であった。季節外れのタンクトップに半ズボン姿にそれよりも先に女のファッションもメイクも時代ハズレである。一周回って流行っているとはいうものの。ネイルは派手である。

「よっす、やない! 火事かと思ったやないか」
 火事ではないとはわかってほっとするものの、男は怒ってる。女はお構いなしに何かを煮込んでいた。良い匂いはそこからか、と男は納得する。

 お腹の中からグウウウウと音を鳴らした。晩御飯は18時に食べたものの、それから数時間後にお腹が鳴るのはこの美味しい匂いのせいなんだろうか。

「もうすぐできるから食べる? お腹鳴ってるし。あっくんはね、仕事終わって帰ったらすぐ食べたいって言うから。卵もたくさんあるし、まだ帰ってこないからお兄さん先に食べる?」
 と、その女はニコッとしている。そんな笑顔に男は頷くしかなかった。
「は、はぁ……じゃあいただきます」
「そろそろ卵入れるから待ってて」
 女は卵3個を器用に割って菜箸でかき混ぜる。ぐつぐつ煮込んだフライパンの中にそれを満遍なく入れて蓋をすぐ閉め、数秒数えて火を消した。

「あまり火を通さんのやな」
 男はそう言う。
「火が通ってる方が好き?」
「普通そうやろ」
「じゃあそうしとくね」
 と女が火をつけようとしたが男は首を横に振った。
「きにせんでええ」
 と男が言うと女は笑った。
「さっきから思ってたけどあなたは東京の人じゃないね、喋り方」
「……悪いか、直すつもりはない。上京して数年……たまに地元に戻るし、こっちにはそう友達おらん」
「私も友達そんなに居ないから。昔からの友達くらいかな。あなたも⚪︎ixiやったら? あ、私ね美佳子。あなたの方が年上かしらら。呼び捨てでいいよ」
「⚪︎ixi……聞いたことはあるけど……●witterや●nstagramで精一杯や。それもろくにやっとらんけどな。……美佳子……さんて呼ぶわ。俺はコウ。好きに呼んで。美佳子さんは結構陽キャに見えて陰キャなんやね」
「んーよくわからないけど……見た目でよく判断される。お前みたいな派手なギャルは料理なんて上手くできるわけないって。どう思う? コウ君」
 美佳子の方はコウ君と君付けにしたようだ。
「すっごい偏見やな」
「でしょ?」
 と美佳子はどんぶりを出して炊飯器の中のご飯を豪快によそってフライパンで煮たものを乗っけてドーンとコウの前に出した。
「そのギャップで驚かれるんだ。はい……かさ増し親子丼! 出来上がりー」
「うまそーな親子丼、ってカサ増し……?」
 不思議に思いながらもコウの目はキラキラ輝いた。今まで火がしっかり通った親子丼しか食べたことがなく、半熟の親子丼のキラキラしたテカリに涎が出そうになる。だがカサ増し? とコウは丼を持ってぐるりと見る。

「見た目はシンプルに。中はどっしり。どうだっ!」
「これはこれは。いただきます!!」
 コウはこぼれないようにダイニングテーブルまで持って行った。あまりお腹が減ってるわけでもないがこの匂いと見た目と重みでもう食べない理由はなかった。
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