上 下
18 / 25

スマホと私

しおりを挟む

 バイト先で、スマホを落とした。ハードケースを外したばかりの、質素なスマホを。

「また~。そんな女の子らしい声あげて」

 思わず声を上げた私に、先輩は笑いながらスマホを拾ってくれた。

「はい。運命の瞬間ね」

 なんて、言いながら。私は頷き、受けとる。だけど私はどこかで確信していた。画面にヒビは入っていないだろうと。だけどーー

「良かったわね」

 先輩がのぞき込む。やっぱり、スマホの見た目に異常はない。

「はい。良かったです」

 私は先輩に微笑んだ。

「先輩、これから休憩ですよね」
「そう、まだ休憩。これから長いわー」

 返す言葉もなく空笑いで相槌を打つと、そそくさと帰り支度を始めた。場違いな黒い通勤バックを持つと、外へ急ぐ。ドアノブに手をかけて、慌てて振りむく。

「お先に失礼します」
「お疲れ様~」

 微笑みあって、事務所の扉をしめた。
 工場地帯を抜けて、駅に一つしかない改札を通る。ホームは身震いするほど寒かった。なのに次の電車が来るまで、10分は待たなければならない。こんな時は、いつもスマホで時間を潰す。連絡する相手もいなくなってしまったから、今は適当にネット記事を読んでやり過ごしていた。
 スマホは今まで何度となく、この手から滑り落ちていった。その度、緊張しながら拾い上げている。それでもケースの端が少し欠るくらいで、画面にヒビが入ったことは1度だってなかった。
 今回だってそう。
 画面に異常はない。だけど、いくら押してもホームボタンが反応しない。
 ため息がこぼれた。
 私と一緒。
 見た目にはなんの変化もない。だけど心はボロボロで、今にも泣き出してしまいそうだった。

しおりを挟む

処理中です...