上げて落として落として上げて、愛されるべき聖女は憎まれて尚聖女だった

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憤る腹心

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美しい天蓋のかかる大きな寝台の上。
儀式の最中に倒れたララァルは半日経った今も尚、深い眠りについている。

仕事の合間に度々様子を見に来るカイエンに、ララァルの傍に控えた女性が我慢しきれず声をかけた。

「カイエン様。この一時間の内、あなた様がこちらにいらっしゃるのはこれで七度目でございます。ララァル様がお気付きになりましたらすぐにお知らせいたしますと、何度も申し上げたとは思いますが、そろそろお仕事に集中なさってはいかがですか?」

「それはそうだが······」

「あなた様がおられたとして、ララァル様はお目覚めになりません。執務室からこちらまでの往復移動を思いますれば、後ろに控えてらっしゃるジョッシュ様の疲労もいかほどかと······」

カイエンは言われて後ろを振り返り、息を切らしたジョッシュの肩に手を置いた。

「おまえ、鍛え直した方が良いな」

「······」

ハハハと豪快に笑うカイエンに、ジョッシュは必死で自身の怒りを抑えつけようとわなわな震える。

「ん?どうしたジョッシュ。汗で身体でも冷やしたか?」

「ふぅ~~~ぅ」

眉間に深い皺を作ったジョッシュが必死で溜まったストレスを長い息と共に吐き出して、ゆっくり口を開いた。

「ララァル様が倒れられて正確には六時間と二十三分、その間あなた様が転移魔法にてこちらと執務室を移動した回数、往路、復路合わせて四十三回。ご自身の足での走行による移動は四十九回。しめて九十二回全てを、全力疾走で、追いかけざるを得ない私にかけるお言葉、それでお間違いないでしょうか?」

「なんだ、そんなものか。合わせて十キロメートルと少し走った程度。それで息を切らしていて俺の護衛が務まるのか?」

「はあ!?こちとらあなた様みたいな化け物じみた魔力持ちじゃないんですよ!!勿論転移魔法も使えませんし、あなた様を追いかけるには全力疾走する他ないんです!!しかも!!脚力強化魔法もかけてますよね!?何ですか!?嫌がらせですか!?こっちもなけなしの魔法使って脚力上げたいところですけどね、カイエン様みたいに無尽蔵じゃないんですよ!!魔力!!切れるんです!!普通は!!」

言いたいことを言い切ったらしいジョッシュは、仕える立場にありながらもカイエンを睨みつけた。

そんなジョッシュをララァルの傍に居た女性が諌める。

「ジョッシュ様。不敬でございますよ?······ララァル様がお休みなのですから、お静かに願います」

瞬時にジョッシュは表情を引き締めララァルの眠るベッドへ視線を移し、まだ眠りから覚めていない様子に安堵した。

「いや、あの、ロゼニア?勿論ラァラの眠りを邪魔することは許されないよ?でもこの場合ジョッシュの不敬は俺に対してで──」

「カイエン様も。これ以上この場で騒がれるのはご遠慮くださいますよう」

「いや、だから、騒いでたのはジョッシュだし、俺は──」

「どうぞ、お仕事にお戻りくださいませ」

ロゼニアと呼ばれた女性は有無を言わさぬ声でカイエンに告げ、氷のように冷たい笑顔を浮かべる。

カイエンとジョッシュは何も言えずにその場を去るしか出来なかった。

その後おとなしく仕事に取り組んだカイエンが再びララァルの元を訪れたのは、まだ夜の明けぬ頃。

カイエンがベッドに近付けば、ロゼニアが気遣った声をかける。

「カイエン様も少しはお休みになってください」

「それはおまえもだろう」

そう返されたロゼニアの表情は柔らかい。

「わたくしはこうしてララァル様のお側近く控えているだけで、癒されておりますので」

「そうか。ならば俺もその恩恵に与るとするか。ジョッシュは一度休め。遅くまで悪かったな」

「いえ。ララァル様の今後が憂いなきものにすることこそが臣下の務め。お目覚めになったララァル様のお耳に余計なものが入らぬよう、私もこちらに控えさせていただきます」

「おまえなぁ······。俺が王だってこと忘れてないか?」

「勿論存じております。カイエン様はイリブィーデの太陽でありますれば。そしてその太陽がお守りする、イリブィーデの大地たるララァル様を私がお守りするのも必然でございます」

「······。まあ、良い。また騒いで追い出されてはかなわん」

「御英断かと」

そしてそこからしばらく、穏やかな時間が流れていった。       
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