13 / 15
憤る腹心
しおりを挟む
美しい天蓋のかかる大きな寝台の上。
儀式の最中に倒れたララァルは半日経った今も尚、深い眠りについている。
仕事の合間に度々様子を見に来るカイエンに、ララァルの傍に控えた女性が我慢しきれず声をかけた。
「カイエン様。この一時間の内、あなた様がこちらにいらっしゃるのはこれで七度目でございます。ララァル様がお気付きになりましたらすぐにお知らせいたしますと、何度も申し上げたとは思いますが、そろそろお仕事に集中なさってはいかがですか?」
「それはそうだが······」
「あなた様がおられたとして、ララァル様はお目覚めになりません。執務室からこちらまでの往復移動を思いますれば、後ろに控えてらっしゃるジョッシュ様の疲労もいかほどかと······」
カイエンは言われて後ろを振り返り、息を切らしたジョッシュの肩に手を置いた。
「おまえ、鍛え直した方が良いな」
「······」
ハハハと豪快に笑うカイエンに、ジョッシュは必死で自身の怒りを抑えつけようとわなわな震える。
「ん?どうしたジョッシュ。汗で身体でも冷やしたか?」
「ふぅ~~~ぅ」
眉間に深い皺を作ったジョッシュが必死で溜まったストレスを長い息と共に吐き出して、ゆっくり口を開いた。
「ララァル様が倒れられて正確には六時間と二十三分、その間あなた様が転移魔法にてこちらと執務室を移動した回数、往路、復路合わせて四十三回。ご自身の足での走行による移動は四十九回。しめて九十二回全てを、全力疾走で、追いかけざるを得ない私にかけるお言葉、それでお間違いないでしょうか?」
「なんだ、そんなものか。合わせて十キロメートルと少し走った程度。それで息を切らしていて俺の護衛が務まるのか?」
「はあ!?こちとらあなた様みたいな化け物じみた魔力持ちじゃないんですよ!!勿論転移魔法も使えませんし、あなた様を追いかけるには全力疾走する他ないんです!!しかも!!脚力強化魔法もかけてますよね!?何ですか!?嫌がらせですか!?こっちもなけなしの魔法使って脚力上げたいところですけどね、カイエン様みたいに無尽蔵じゃないんですよ!!魔力!!切れるんです!!普通は!!」
言いたいことを言い切ったらしいジョッシュは、仕える立場にありながらもカイエンを睨みつけた。
そんなジョッシュをララァルの傍に居た女性が諌める。
「ジョッシュ様。不敬でございますよ?······ララァル様がお休みなのですから、お静かに願います」
瞬時にジョッシュは表情を引き締めララァルの眠るベッドへ視線を移し、まだ眠りから覚めていない様子に安堵した。
「いや、あの、ロゼニア?勿論ラァラの眠りを邪魔することは許されないよ?でもこの場合ジョッシュの不敬は俺に対してで──」
「カイエン様も。これ以上この場で騒がれるのはご遠慮くださいますよう」
「いや、だから、騒いでたのはジョッシュだし、俺は──」
「どうぞ、お仕事にお戻りくださいませ」
ロゼニアと呼ばれた女性は有無を言わさぬ声でカイエンに告げ、氷のように冷たい笑顔を浮かべる。
カイエンとジョッシュは何も言えずにその場を去るしか出来なかった。
その後おとなしく仕事に取り組んだカイエンが再びララァルの元を訪れたのは、まだ夜の明けぬ頃。
カイエンがベッドに近付けば、ロゼニアが気遣った声をかける。
「カイエン様も少しはお休みになってください」
「それはおまえもだろう」
そう返されたロゼニアの表情は柔らかい。
「わたくしはこうしてララァル様のお側近く控えているだけで、癒されておりますので」
「そうか。ならば俺もその恩恵に与るとするか。ジョッシュは一度休め。遅くまで悪かったな」
「いえ。ララァル様の今後が憂いなきものにすることこそが臣下の務め。お目覚めになったララァル様のお耳に余計なものが入らぬよう、私もこちらに控えさせていただきます」
「おまえなぁ······。俺が王だってこと忘れてないか?」
「勿論存じております。カイエン様はイリブィーデの太陽でありますれば。そしてその太陽がお守りする、イリブィーデの大地たるララァル様を私がお守りするのも必然でございます」
「······。まあ、良い。また騒いで追い出されてはかなわん」
「御英断かと」
そしてそこからしばらく、穏やかな時間が流れていった。
儀式の最中に倒れたララァルは半日経った今も尚、深い眠りについている。
仕事の合間に度々様子を見に来るカイエンに、ララァルの傍に控えた女性が我慢しきれず声をかけた。
「カイエン様。この一時間の内、あなた様がこちらにいらっしゃるのはこれで七度目でございます。ララァル様がお気付きになりましたらすぐにお知らせいたしますと、何度も申し上げたとは思いますが、そろそろお仕事に集中なさってはいかがですか?」
「それはそうだが······」
「あなた様がおられたとして、ララァル様はお目覚めになりません。執務室からこちらまでの往復移動を思いますれば、後ろに控えてらっしゃるジョッシュ様の疲労もいかほどかと······」
カイエンは言われて後ろを振り返り、息を切らしたジョッシュの肩に手を置いた。
「おまえ、鍛え直した方が良いな」
「······」
ハハハと豪快に笑うカイエンに、ジョッシュは必死で自身の怒りを抑えつけようとわなわな震える。
「ん?どうしたジョッシュ。汗で身体でも冷やしたか?」
「ふぅ~~~ぅ」
眉間に深い皺を作ったジョッシュが必死で溜まったストレスを長い息と共に吐き出して、ゆっくり口を開いた。
「ララァル様が倒れられて正確には六時間と二十三分、その間あなた様が転移魔法にてこちらと執務室を移動した回数、往路、復路合わせて四十三回。ご自身の足での走行による移動は四十九回。しめて九十二回全てを、全力疾走で、追いかけざるを得ない私にかけるお言葉、それでお間違いないでしょうか?」
「なんだ、そんなものか。合わせて十キロメートルと少し走った程度。それで息を切らしていて俺の護衛が務まるのか?」
「はあ!?こちとらあなた様みたいな化け物じみた魔力持ちじゃないんですよ!!勿論転移魔法も使えませんし、あなた様を追いかけるには全力疾走する他ないんです!!しかも!!脚力強化魔法もかけてますよね!?何ですか!?嫌がらせですか!?こっちもなけなしの魔法使って脚力上げたいところですけどね、カイエン様みたいに無尽蔵じゃないんですよ!!魔力!!切れるんです!!普通は!!」
言いたいことを言い切ったらしいジョッシュは、仕える立場にありながらもカイエンを睨みつけた。
そんなジョッシュをララァルの傍に居た女性が諌める。
「ジョッシュ様。不敬でございますよ?······ララァル様がお休みなのですから、お静かに願います」
瞬時にジョッシュは表情を引き締めララァルの眠るベッドへ視線を移し、まだ眠りから覚めていない様子に安堵した。
「いや、あの、ロゼニア?勿論ラァラの眠りを邪魔することは許されないよ?でもこの場合ジョッシュの不敬は俺に対してで──」
「カイエン様も。これ以上この場で騒がれるのはご遠慮くださいますよう」
「いや、だから、騒いでたのはジョッシュだし、俺は──」
「どうぞ、お仕事にお戻りくださいませ」
ロゼニアと呼ばれた女性は有無を言わさぬ声でカイエンに告げ、氷のように冷たい笑顔を浮かべる。
カイエンとジョッシュは何も言えずにその場を去るしか出来なかった。
その後おとなしく仕事に取り組んだカイエンが再びララァルの元を訪れたのは、まだ夜の明けぬ頃。
カイエンがベッドに近付けば、ロゼニアが気遣った声をかける。
「カイエン様も少しはお休みになってください」
「それはおまえもだろう」
そう返されたロゼニアの表情は柔らかい。
「わたくしはこうしてララァル様のお側近く控えているだけで、癒されておりますので」
「そうか。ならば俺もその恩恵に与るとするか。ジョッシュは一度休め。遅くまで悪かったな」
「いえ。ララァル様の今後が憂いなきものにすることこそが臣下の務め。お目覚めになったララァル様のお耳に余計なものが入らぬよう、私もこちらに控えさせていただきます」
「おまえなぁ······。俺が王だってこと忘れてないか?」
「勿論存じております。カイエン様はイリブィーデの太陽でありますれば。そしてその太陽がお守りする、イリブィーデの大地たるララァル様を私がお守りするのも必然でございます」
「······。まあ、良い。また騒いで追い出されてはかなわん」
「御英断かと」
そしてそこからしばらく、穏やかな時間が流れていった。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


だいたい全部、聖女のせい。
荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」
異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。
いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。
すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。
これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。


番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。

【完結】たぶん私本物の聖女じゃないと思うので王子もこの座もお任せしますね聖女様!
貝瀬汀
恋愛
ここ最近。教会に毎日のようにやってくる公爵令嬢に、いちゃもんをつけられて参っている聖女、フレイ・シャハレル。ついに彼女の我慢は限界に達し、それならばと一計を案じる……。ショートショート。※題名を少し変更いたしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる