上げて落として落として上げて、愛されるべき聖女は憎まれて尚聖女だった

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眠る王太子

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ところ変わってミラージュ王国の王太子宮内にある一室には、未だ目覚めぬ王太子エクゼオの姿があった。
聖女の癒しにより病は消えたものの、これまでの疲労ゆえか、はたまた他の理由があるのか、眠りは深い。

ベッドの傍らに置かれた椅子に座り、エクゼオの様子を見守り続けた女性にも疲労の色がうかがえる。
寝不足から目の下には濃い隈が出来、輝いていた肌艶は影を潜めてしまっていた。

医師から病は癒えたと診断されて既に二日。

一向に目覚める気配のないエクゼオに、胸を痛めるその女性の名はブリアンヌ。
バッカス公爵家の娘であり、エクゼオの婚約者でもある。

エクゼオが病に倒れてからこれまで王太子宮内にとどまり、エクゼオに対して献身的な世話を買って出ていた。

二人の婚約が結ばれたのはエクゼオ五歳、ブリアンヌ八歳の時であった。

幼いブリアンヌは三歳年下の人形のように愛らしいエクゼオに、幼いながらに恋心を抱く。
それから彼女の恋心は年齢と共に育ち続け、恋情はいつしか愛情に変わっていった。

政略で結ばれたはずの婚約者に抱いた愛は年々深く、重くなり、エクゼオの成人の儀を迎えると共に結ばれる婚姻を、逸る気持ちを必死で抑えて待っていた。

あと、三年。
あと三年で愛するエクゼオと結ばれる。

そんな矢先にエクゼオが病に倒れた。
どんな名医も治すこと叶わぬ難病。

ブリアンヌは絶望した。
愛して止まない気高き王太子エクゼオを癒せるのは、最早この世でたった一人、薄汚い聖女のみ。

エクゼオの身体に卑しい聖女が触れるなど到底許せることではなかったが、国王陛下ならびに王妃殿下の命とあらば従うしかない。

一度目の癒しの際、エクゼオと聖女を残して部屋を出るよう言われていたブリアンヌは、扉の前で食事も摂らずに聖女が出てくるのを待ち続けた。

10時間は経ったであろうか。

様子を見に来た国王があまりの長さと静けさを訝しみ、ドアを開ければ聖女はまさに死の寸前であった。

「何をしておる!!早く侍医を呼べ!!!本当に聖女を死に追いやってなんとするか!!エクゼオを完全に治すまで殺してはならん!!」

国王の叫び声に、ブリアンヌと共に控えていた侍女が慌てて走り出す。

開け放たれた扉の前に立ちすくむブリアンヌは、国王の腕の中に倒れこむ聖女をただ見ていた。

意識のない聖女を騎士に託した国王が、そんなブリアンヌの元へやって来る。

「例え聖女の命と引き換えにエクゼオの病が癒えたとして、自分のせいで聖女が死んだなどという塵を付ける必要はない。我々にとって吹けば飛ぶ塵であっても、エクゼオがそれをどう取るか······。万が一にも一生消えない痕になってはならんのだ」

言われてブリアンヌは戦慄した。

エクゼオにそんな痕が残ってはならない。
聖女メラルゥルのおかげで自分は生きているのだと、生涯に渡ってエクゼオがそんなことを思うなど、そんな可能性がほんの少しでもあってはならない。
エクゼオの思考の中に穢らわしい聖女の存在など、僅かばかりもあってはならない。

待ち続けている間、このまま聖女は死ねば良いと

たとえ指先1本だとしてもエクゼオに触れる卑しい女など、ましてやそれが忌み嫌われる聖女ならば尚更、この世に残る価値はないと

そう思ってしまった自分を、浅はかだったとブリアンヌは悔いた。

二度目の癒しはブリアンヌも同席する中、ほんの数秒で終わった。

聖女はすぐに部屋を辞し、代わりにやって来た医師によってエクゼオの病は消えたと表された。

これで憂いはなくなった。
忌々しい聖女も処された。

エクゼオ様、早くお目覚めになってくださいまし。
あなたのその美しい瞳をお見せになって。

ブリアンヌはエクゼオの手に自分の手を重ね、そっと握りしめた。

あなたは、わたくしの、わたくしだけの······

そしてもう片方の手でエクゼオの瞼にかかる伸びた前髪をそっとわければ、髪と同じ錫色の睫がゆるゆると動いた。
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