上げて落として落として上げて、愛されるべき聖女は憎まれて尚聖女だった

文字の大きさ
上 下
9 / 15

名を変える聖女

しおりを挟む
メラルゥルとカイエンは儀式の為、各々純白の衣装に着替える。
肌着も着けず、直接肌に触れるそれは艶やかな光沢を放つ布で作られた貫頭衣。

カイエンに少し遅れて儀式の行われる室内へ案内されたメラルゥルが目にしたのは、床を細長くくり貫いた穴に満つ、紫がかった青い水。

その先には聖餐台のようなものがあり、その上に銀色に輝くゴブレットが2つと、小さくてわかりにくいが何かの葉に乗せられた木の実、その中央には大きな水晶の様な物があった。

「怖いことはない。ただ······。今からおまえの過去を断ち切るためにおまえの名前を変える。おまえのこれまでの名を捨てることにはなるが······。自分の名の持つ意味は知っているな?」

「······はい······」

「忌まわしい名であることはわかるな?」

「······はい······」

「償う罪などおまえにないことはどうだ?」

「······はい······」

「では、生まれ変わることに否やはないな?」

カイエンの言葉に、メラルゥルは「はい」と答える。
そのたった二文字の言葉には、かつてない力が込められている。

カイエンはほっとしたように小さく笑うとメラルゥルの手をひき、穴に向かうスロープをくだった。

緩やかな傾斜がなくなれば、水はメラルゥルの胸の辺りにまであった。

湯よりはぬるく、水よりはあたたかい、さらりとしたその美しい色合いの水からは花のような香りが微かに香った。

「水に潜った経験はないかもしれんが、目を閉じていればすぐに終わる。目を閉じ、そのまま頭まで潜るぞ」

「······はい······」

メラルゥルは言われるがまま、きつく目を閉じ膝を曲げる。

繋がれたままのカイエンの手だけを便りに頭まで水の中に沈めば、どこか懐かしいような、不思議な音がきこえてきて自身の心音と重なる。

僅かにあった恐怖心が消え、そっと目を開ければ水中に揺らぐカイエンの顔が近くにあった。

目が合ったカイエンはふ、と微笑むと、繋いだ手を引いて水中から顔を出す。

そしてメラルゥルの手を引いたまま、奥にある聖餐台に向かって続くスロープをのぼりだした。

水からあがり、全身濡れたままにカイエンは台にあったゴブレットを手にする。

中には血のように赤い液体がゴブレットの半分ほどの高さまで入っている。

カイエンはそれを数口飲むと、中身が4分の1ほどの高さに減ったゴブレットをメラルゥルに渡した。

「全部飲むんだ」

「はい」

これもメラルゥルが初めて飲む液体。

野菜のような、果物のような、香草のような、そのどれでもないような、不思議な香り。

メラルゥルが残りを全て飲み込んだのを見て、カイエンはゆっくり口を開いた。

「これよりそなたはララァルと名を変え、イリブィーデの王たる余、カイエン・コア・ジュダイとのえにしを結ぶ。過去を捨て、今を生きよ」

「······はい······」

この時より、“死ぬ気で償え”と付けられたメラルゥルという忌まわしき名を捨て、“愛に満ちる”との意味を持つ新しい名の聖女ララァルが生まれた。

おそらくその名を頭の中で繰り返すララァルを優しくみつめた後カイエンは、台に置かれた木の実を摘み、指先でそれを潰した。

潰れた木の実から数滴落ちる液体を残ったもう1つのゴブレットに注ぐ。

潰れた木の実の殻を直接口に放り込み飲み込んだあと、そのゴブレットの中身も先程と同程度の量飲み、残りをララァルに渡す。

「今度は少しだけピリッとするぞ。痛くはないはずだが、熱い物や辛い物を食べた時と同じようにヒリつくかもしれん」

ララァルに熱い物や辛い物を食べた記憶はなく想像の粋を出ないが、熱湯を浴びせられて身体に大火傷を負ったことのあるララァルにとって、何の問題も感じられなかった。

躊躇うことなく受け取ったゴブレットをあおれば、確かに舌先がピリピリする。

そして、それと同時に急激な眠気に襲われたかと思えば、立っていられなくなったララァルを抱きとめたカイエンに抱き上げられ、優しく口付けられた。

それが夢か現か判断はつかぬままに、ララァルはカイエンの腕の中で深い眠りに落ちた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

元上司に捕獲されました!

世羅
恋愛
気づいたら捕獲されてました。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

なにをおっしゃいますやら

基本二度寝
恋愛
本日、五年通った学び舎を卒業する。 エリクシア侯爵令嬢は、己をエスコートする男を見上げた。 微笑んで見せれば、男は目線を逸らす。 エブリシアは苦笑した。 今日までなのだから。 今日、エブリシアは婚約解消する事が決まっているのだから。

【完結】たぶん私本物の聖女じゃないと思うので王子もこの座もお任せしますね聖女様!

貝瀬汀
恋愛
ここ最近。教会に毎日のようにやってくる公爵令嬢に、いちゃもんをつけられて参っている聖女、フレイ・シャハレル。ついに彼女の我慢は限界に達し、それならばと一計を案じる……。ショートショート。※題名を少し変更いたしました。

処理中です...