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名を変える聖女
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メラルゥルとカイエンは儀式の為、各々純白の衣装に着替える。
肌着も着けず、直接肌に触れるそれは艶やかな光沢を放つ布で作られた貫頭衣。
カイエンに少し遅れて儀式の行われる室内へ案内されたメラルゥルが目にしたのは、床を細長くくり貫いた穴に満つ、紫がかった青い水。
その先には聖餐台のようなものがあり、その上に銀色に輝くゴブレットが2つと、小さくてわかりにくいが何かの葉に乗せられた木の実、その中央には大きな水晶の様な物があった。
「怖いことはない。ただ······。今からおまえの過去を断ち切るためにおまえの名前を変える。おまえのこれまでの名を捨てることにはなるが······。自分の名の持つ意味は知っているな?」
「······はい······」
「忌まわしい名であることはわかるな?」
「······はい······」
「償う罪などおまえにないことはどうだ?」
「······はい······」
「では、生まれ変わることに否やはないな?」
カイエンの言葉に、メラルゥルは「はい」と答える。
そのたった二文字の言葉には、かつてない力が込められている。
カイエンはほっとしたように小さく笑うとメラルゥルの手をひき、穴に向かうスロープをくだった。
緩やかな傾斜がなくなれば、水はメラルゥルの胸の辺りにまであった。
湯よりはぬるく、水よりはあたたかい、さらりとしたその美しい色合いの水からは花のような香りが微かに香った。
「水に潜った経験はないかもしれんが、目を閉じていればすぐに終わる。目を閉じ、そのまま頭まで潜るぞ」
「······はい······」
メラルゥルは言われるがまま、きつく目を閉じ膝を曲げる。
繋がれたままのカイエンの手だけを便りに頭まで水の中に沈めば、どこか懐かしいような、不思議な音がきこえてきて自身の心音と重なる。
僅かにあった恐怖心が消え、そっと目を開ければ水中に揺らぐカイエンの顔が近くにあった。
目が合ったカイエンはふ、と微笑むと、繋いだ手を引いて水中から顔を出す。
そしてメラルゥルの手を引いたまま、奥にある聖餐台に向かって続くスロープをのぼりだした。
水からあがり、全身濡れたままにカイエンは台にあったゴブレットを手にする。
中には血のように赤い液体がゴブレットの半分ほどの高さまで入っている。
カイエンはそれを数口飲むと、中身が4分の1ほどの高さに減ったゴブレットをメラルゥルに渡した。
「全部飲むんだ」
「はい」
これもメラルゥルが初めて飲む液体。
野菜のような、果物のような、香草のような、そのどれでもないような、不思議な香り。
メラルゥルが残りを全て飲み込んだのを見て、カイエンはゆっくり口を開いた。
「これよりそなたはララァルと名を変え、イリブィーデの王たる余、カイエン・コア・ジュダイとの縁を結ぶ。過去を捨て、今を生きよ」
「······はい······」
この時より、“死ぬ気で償え”と付けられたメラルゥルという忌まわしき名を捨て、“愛に満ちる”との意味を持つ新しい名の聖女ララァルが生まれた。
おそらくその名を頭の中で繰り返すララァルを優しくみつめた後カイエンは、台に置かれた木の実を摘み、指先でそれを潰した。
潰れた木の実から数滴落ちる液体を残ったもう1つのゴブレットに注ぐ。
潰れた木の実の殻を直接口に放り込み飲み込んだあと、そのゴブレットの中身も先程と同程度の量飲み、残りをララァルに渡す。
「今度は少しだけピリッとするぞ。痛くはないはずだが、熱い物や辛い物を食べた時と同じようにヒリつくかもしれん」
ララァルに熱い物や辛い物を食べた記憶はなく想像の粋を出ないが、熱湯を浴びせられて身体に大火傷を負ったことのあるララァルにとって、何の問題も感じられなかった。
躊躇うことなく受け取ったゴブレットをあおれば、確かに舌先がピリピリする。
そして、それと同時に急激な眠気に襲われたかと思えば、立っていられなくなったララァルを抱きとめたカイエンに抱き上げられ、優しく口付けられた。
それが夢か現か判断はつかぬままに、ララァルはカイエンの腕の中で深い眠りに落ちた。
肌着も着けず、直接肌に触れるそれは艶やかな光沢を放つ布で作られた貫頭衣。
カイエンに少し遅れて儀式の行われる室内へ案内されたメラルゥルが目にしたのは、床を細長くくり貫いた穴に満つ、紫がかった青い水。
その先には聖餐台のようなものがあり、その上に銀色に輝くゴブレットが2つと、小さくてわかりにくいが何かの葉に乗せられた木の実、その中央には大きな水晶の様な物があった。
「怖いことはない。ただ······。今からおまえの過去を断ち切るためにおまえの名前を変える。おまえのこれまでの名を捨てることにはなるが······。自分の名の持つ意味は知っているな?」
「······はい······」
「忌まわしい名であることはわかるな?」
「······はい······」
「償う罪などおまえにないことはどうだ?」
「······はい······」
「では、生まれ変わることに否やはないな?」
カイエンの言葉に、メラルゥルは「はい」と答える。
そのたった二文字の言葉には、かつてない力が込められている。
カイエンはほっとしたように小さく笑うとメラルゥルの手をひき、穴に向かうスロープをくだった。
緩やかな傾斜がなくなれば、水はメラルゥルの胸の辺りにまであった。
湯よりはぬるく、水よりはあたたかい、さらりとしたその美しい色合いの水からは花のような香りが微かに香った。
「水に潜った経験はないかもしれんが、目を閉じていればすぐに終わる。目を閉じ、そのまま頭まで潜るぞ」
「······はい······」
メラルゥルは言われるがまま、きつく目を閉じ膝を曲げる。
繋がれたままのカイエンの手だけを便りに頭まで水の中に沈めば、どこか懐かしいような、不思議な音がきこえてきて自身の心音と重なる。
僅かにあった恐怖心が消え、そっと目を開ければ水中に揺らぐカイエンの顔が近くにあった。
目が合ったカイエンはふ、と微笑むと、繋いだ手を引いて水中から顔を出す。
そしてメラルゥルの手を引いたまま、奥にある聖餐台に向かって続くスロープをのぼりだした。
水からあがり、全身濡れたままにカイエンは台にあったゴブレットを手にする。
中には血のように赤い液体がゴブレットの半分ほどの高さまで入っている。
カイエンはそれを数口飲むと、中身が4分の1ほどの高さに減ったゴブレットをメラルゥルに渡した。
「全部飲むんだ」
「はい」
これもメラルゥルが初めて飲む液体。
野菜のような、果物のような、香草のような、そのどれでもないような、不思議な香り。
メラルゥルが残りを全て飲み込んだのを見て、カイエンはゆっくり口を開いた。
「これよりそなたはララァルと名を変え、イリブィーデの王たる余、カイエン・コア・ジュダイとの縁を結ぶ。過去を捨て、今を生きよ」
「······はい······」
この時より、“死ぬ気で償え”と付けられたメラルゥルという忌まわしき名を捨て、“愛に満ちる”との意味を持つ新しい名の聖女ララァルが生まれた。
おそらくその名を頭の中で繰り返すララァルを優しくみつめた後カイエンは、台に置かれた木の実を摘み、指先でそれを潰した。
潰れた木の実から数滴落ちる液体を残ったもう1つのゴブレットに注ぐ。
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「今度は少しだけピリッとするぞ。痛くはないはずだが、熱い物や辛い物を食べた時と同じようにヒリつくかもしれん」
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躊躇うことなく受け取ったゴブレットをあおれば、確かに舌先がピリピリする。
そして、それと同時に急激な眠気に襲われたかと思えば、立っていられなくなったララァルを抱きとめたカイエンに抱き上げられ、優しく口付けられた。
それが夢か現か判断はつかぬままに、ララァルはカイエンの腕の中で深い眠りに落ちた。
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