上げて落として落として上げて、愛されるべき聖女は憎まれて尚聖女だった

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死を思い出す聖女

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「さっぱりしたようだな。そこへ座れ」

湯浴みを終えたメラルゥルが、カイエンの待つテラスにやって来た。

メラルゥルは小さく「はい」と応えつつもどこに座るべきか一瞬悩んだあと、床に座る。

カイエンはそんなメラルゥルの『当たり前』に胸が痛んだ。

それはメラルゥルをこの場に案内してきた女性も、給仕のために控えている女性も、そして護衛のための従者も、カイエンの腹心ジョッシュも、皆が一様に視線を下げて何かに耐える様な表情を浮かべていることから、同じ気持ちであることが窺える。

カイエンはメラルゥルのこれまでの環境を作り出したミラージュ王国への、王への怒りを、メラルゥルに気付かれないようにゆっくり息を吐くことで抑え、メラルゥルに優しく言った。

「床ではない。そこのソファだ。自分で座れないなら俺が抱えて座らせようか?」

「······」

メラルゥルが応えられないであろう言葉をかけるべきではない。
そう考え直してすぐにカイエンは続ける。

「聖女よ。ソファに座ってくれ」

「······はい」

メラルゥルがゆっくり立ち上がり、ソファへ座るとカイエンが軽く片手を上げる。
それを合図に、給仕の女性がメラルゥルの前に置かれたティーカップに湯気のたつ紅い飲み物を注ぐ。

「聖女は酷く疲れている。甘くしてやってくれ」

「かしこまりました」

そう言って女性は蜂蜜とミルクをたっぷり入れて、最後に焦茶色の四角い物が刺さった銀の棒をカップに浸した。

「聖女様、こちらはチョコレートと申します。チョコレートは熱に溶けますので、混ぜてお飲みください」

「······はい···」

メラルゥルがゆっくり棒を混ぜれば、すぐに飲み物はチョコレート色に染まっていく。
カップから抜いた棒にチョコレートがついていないことを確認して、メラルゥルはそれを一口飲んだ。

そして、つい先日城で飲んだホットショコラを思い出してメラルゥルは複雑な気持ちになった。

幸せなど感じたことのない生。
それを初めて味わった城内での数日間。
そして、最後と思われた食事に仕込まれた悪意。

食べた直後に全身の血が凍ったのではないかと思われる程に、身体の内側が痛みを伴う冷たさで悲鳴をあげた。

凍える血液は脳を侵食し、頭蓋骨が頭皮を破って内から破裂しそうなほどの痛みをもたらし、その痛みから呼吸も出来なくなった。

メラルゥルに出来ることは何もなく、ただ勝手に痙攣する全身が床を打つ度、涙と唾液で周囲を濡らすのみ。

どんな躾にも耐えてきたメラルゥルが最後に言葉にならない声を漏らした瞬間、全身の骨が皮を突き破ったような衝撃に襲われ、そのまま意識を失った。

死んだはずだった。

あれほどの痛みを人が耐えられるはずもなく、メラルゥルにも毒を盛られたのだろうことは想像が出来る。

それなのに何故か生きて、手厚いもてなしを受けている。

また、この後にあんな死が待っているかもしれない。
だとしてもメラルゥルにはもとより拒否権はない。

だから、と言うわけでもないが、悪意ないカイエンたちに囲まれた今の環境にかつてない幸せを覚え、何をされようが受け入れようと、メラルゥルは無意識に思っていた。

「旨いだろう?」

「はい」

「次はこれだ。これを飲め」

甲斐甲斐しく世話をするカイエンが、メラルゥルにかける言葉は全てが『はい』と言えるもの。

その調子でお願いしますよ

と、暗に含んだ視線を送るジョッシュにカイエンは「うるさい黙れ」と口に出してしまい、ジョッシュを含むその場にいた従者たちは皆小さなため息をこぼした。
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