上げて落として落として上げて、愛されるべき聖女は憎まれて尚聖女だった

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拾われた聖女

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ところで、ここミラージュ王国の西側には広大な砂漠が広がっている。

そしてその砂漠には古来より多くの魔物が存在し、その狂暴さと獰猛さはミラージュ王国のみならず近隣諸国もの多くの人心を恐怖に陥れていた。

──が、それも遠い過去のこと。

今は文献にその名を残すのみとなった古の大魔法使いキネルサフが、対魔物用の巨大な結界を、砂漠を包み込む様に張ったことで以後、魔物の被害は無くなった。

そんな砂漠に捨てられたメラルゥルの遺体は、魔物にとってかっこうの餌となる。

そして今、メラルゥルの元に身の丈5メートルほどの魔物が、そのご馳走を食べようとやって来ていた。

地を這う、蜥蜴のような見た目。
背の骨板も大きく、先端は刃先のように尖っている。
硬質な肌の色は景色に溶け込む砂色。
物言わぬ無機質な赤い瞳に、鋭い牙。

たらりと垂れた涎を合図にしたかのように、大きく口を開けた魔物がメラルゥルに襲いかかったまさにその時、オレンジの光がその後頭部を貫いた。

光の筋に見えたそれは火が着いた矢であったらしく、その魔物の頭部を激しく燃やしている。

「おっと、それ以上は燃えてくれるなよ」

矢を放った男は背負っていた大振りの剣を抜くと、その魔物の首を一太刀で身体から落とし、遅れてやって来た仲間に声をかけた。

「爪と牙は高値が付く。くれぐれも傷つけないようにな」

「おお。これは珍しい。メラデュンじゃないですか······って!ああっ!!頭燃やして!!何より貴重な目が燃えてしまってる!!あなた様ともあろうお方が何なさってるんですか!!!」

「いや、まあ、手段を選ぶ暇がなかったんだ。許せ」

許すも何も···と、言いかけた仲間──もとい従者の男は倒れているメラルゥルに気付き、得心したとばかりにすぐさま他の男たちに声をかけた。

「おまえたちは素材を集め次第帰還せよ。私はカイエン様と先に城に戻る」

「御意!」

即座に男たちが魔物の解体を始めたところで、カイエンと呼ばれた男はメラルゥルに近づき抱き上げる。

「カイエン様、私がお連れいたします」

咄嗟に従者が言うと、カイエンは

「いや、俺が運ぶ」

とだけ言ってメラルゥルを抱えたまま、ラクダに跨がった。

死んだはずのメラルゥルの意識が戻ったのはそれから半刻もしない、まだラクダで駆けるカイエンの腕の中であった。

「······気付いたか」

自分の置かれている状況を理解出来ないメラルゥルに対し、カイエンは端的に告げる。

「砂漠で魔物に喰われる寸前だったおまえを俺が救った。今は俺の城に向かっている。もうそろそろ──あ、見えたぞ。あれだ」

メラルゥルが前方に視線を向ければ、遠目にも緑生い茂る中に建つ、美しい宮殿が見えた。

「気に入ったか?ここはイリブィーデ······ミラージュ王国の西に位置する砂漠の中心より僅か西にあるオアシスだ」

「カイエン様。あまり詳しくは──」

突然自身を抱く男とは違う男の声がかかって、メラルゥルは今度はそちらへ視線を向けると、カイエンがその男の言葉を遮った。

「場所がわかったところでどうせ誰もここに来ることは出来ん。······勿論、出ることもな」

「それはそうですが······。でも、素性がわからない人間に──」

「俺が良いと言っている。ジョッシュ。おまえは先に城へ戻り、これを手厚くもてなす準備を整えるよう伝えろ」

「······御意に······」

ジョッシュと呼ばれた従者は自身が操るラクダの速度を上げ、砂埃をたてながらぐんぐん小さくなっていった。

「俺たちはのんびり行くとしよう。近くに見えるが、この速さで行けば1時間くらい······その頃には準備も整うだろうからな。どうだ?喉は渇いてないか?」

言われてメラルゥルは喉の渇きに気付く。
それでもそれを伝えることは出来ない。

例え許された『はい』の言葉であっても、それが自身の望みを伝えることであるなら、メラルゥルにとっては折檻の理由を渡すのと同じことである。

物言わぬメラルゥルにカイエンは「ふ」とほんの少しだけ口角を上げ、動物の胃袋で作った水筒を渡す。

「飲め」

命令されたことでようやくメラルゥルはそれを、その言葉を口に出来るのだ。

「はい」

ラクダに揺られながら水筒をあおれば、口の端を白い液体が伝う。

「ん?ああ、まだ分離してねえか。それはヤギの乳だ。焦らずゆっくり飲め」

カイエンはやはり優しく笑んだままに親指の腹でメラルゥルの口から零れたミルクを拭い、それをペロリと舐めた。

メラルゥルにとってヤギであろうが牛であろうが、ミルクを飲むのも初めてのこと。
喉の渇きも相まって、濃くて優しい不思議な飲み物を夢中で飲んだ。
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