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会話を許される聖女
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それから3日間、メラルゥルは手厚い看護を受けた。
一日三食届けられる食事──それは昏睡状態により点滴のみで生きながらえてきたメラルゥルの胃腸を考えた、スープだけであったとしても生まれて初めてのことであった。
清潔な環境──それは日々取り替えられるベッドのシーツに始まり、体力が衰えてしまったメラルゥルの身体を、暖かくも柔らかい布で毎日清めてくれた。
そして更に驚くべきは自分に対する癒しの力の使用。
無理のない程度であれば自分自身に力を使い、1日でも早く万全の体調にするよう指示されたメラルゥルは、それによってすっかり元の······それ以上の状態になることができた。
そして医師と話してから4日目の朝、柔らかな白いパンに野菜がたっぷりのスープ、そして甘い飲み物ホットショコラ、と生まれて始めての豪華な食事を摂ったメラルゥルは人生で二度目の湯浴みを経験し、身嗜みを整えられた。
そして侍女に連れて行かれたのは謁見の間。
何の事前説明もなかった為、その場に不安気に立ち尽くすメラルゥルを注意すべく騎士が口を開きかけた時、現れた男性がそれを手で制した。
その後に続いて入ってきた女性は王太子殿下の傍にいた壮年の女性だ。
男女はメラルゥルの正面にある五段程上がった場所に据えられた椅子にゆったり座ると
「聖女にも椅子を」
と、控えていた侍女に指示した。
「わたしはこの国の王、クオン・ゼンファルクフト・ミラージュ。そしてこれは妃のミネアだ」
メラルゥルが座ると男性がそう言った。
目の前に座する男女が国王陛下と王妃殿下であることに、メラルゥルは瞠目する。
そして慌てて再び立ち上がって頭を深く下げると、よい、との声が聞こえてきた。
「楽にせよ。死にかけた聖女を立たせたままにはしておけん。その後体調はどうだ──ああ、聖女は服従か謝罪しか出来ぬのだったな。言葉がわかるのであれば今この時だけは自由に話せ──これは命令だ」
「······仰せの···ままに。·········おか···げさまで···聖女の力は······完全に···元に戻りました。今回······自ら···に···癒しの力を使わ···せていただきましたこと······感謝と······謝罪を申し上げます」
これ程までに長く話した記憶はない。
メラルゥルはつっかえながらも必死で話した。
「ま···まこと······に···ありがとう···ございま···した。そして······申し訳ございません···でした」
そう言ってメラルゥルはもう一度だけ頭を深く下げた後、大仕事を終えたように椅子に座った。
「ならば聖女よ、再度我が息子に癒しの力を使うことは出来るか?」
「は、はい。勿論でございます」
即答するメラルゥルに少しだけ考える国王に向かって王妃が発言の許可を求めた。
「陛下、発言の御許可をいただけますか?」
「ああ」
「聖女メラルゥル、此度の働きは見事でありました。ただあなたの命懸けの力を以てしても、王太子の病は完治には至りませんでした。ですが症状はやわらぎ、意識も回復して食事も摂れるようになっています。王太子の命の危険が差し迫っていない今こそ、あなたも身の危険が及ばない範囲で王太子を完治させることは出来ますか?」
「はい。······勿論······で···ございます」
国王は、先の返事に比べて歯切れが悪くなったメラルゥルに疑問を抱いた。
癒しの力を使うことは出来るが、完治は出来るかどうかわからない──ということであろうか
そんな疑問は国王だけでなく王妃も抱いていた。
そんな二人の様子を見て、メラルゥルははっきりと告げた。
「王太子殿下の病······すぐにでも···完全に消し去ってご覧にいれます。」
そう、メラルゥルは思い出したのだ。
前回王太子に癒しの力を使って意識を失う前に伝わってきていた感覚から、王太子の病はほぼ治っていた。
あのまま自分の命と引き換えてさえいれば王太子の病は完治していたであろうことも。
それが意識を失う直前、部屋に入ってきた人物によって王太子の手から自身の手を離されてしまったのだ。
それにより自分は死ねなかった。
そして王太子も、完治したとは言えなかった。
ただ、次はほんの数分──いや、数十秒で完治させることが出来る。
そうすればまた、教会でボロ雑巾のような扱いを受ける日々に逆戻りだ。
こんなことならあの時死にたかった。
王太子は助かり、メラルゥルは死ねる。
生きたい者は生き、死にたい者は死ぬ。
そんな単純で命懸けの望みは儚く散り、メラルゥルは絶望をひた隠してもう一度だけ告げた。
「今、すぐにでも」
メラルゥルが前回と同じ部屋に案内されると、おそらく前回と同じであろう若い女性がベッド脇に控えていた。
前回は美しいドレスに圧倒されてろくに顔を見てなかったが、とても美しい顔立ちをしている。
国王は引き続き謁見の間にて政務を執り行うということで、侍女と護衛の騎士数名、そして王妃とメラルゥルが室内に入ってきたことで、女性も立ち上がった。
「王妃殿下。エクゼオ様はいましがたお休みになられました」
「そう。では······今回は本当に人払いはいいのね?」
女性の言葉を受けて王妃がメラルゥルに視線を向けると、メラルゥルは静かに頷いた。
女性がその場から動こうとしなかったのでベッドを回り込み、前回とは逆の手を握って膝立ちになる。
瞳を閉じてほんの数秒力を注げば、あっという間に王太子の身体から病の気配は消え去った。
メラルゥルは一つ小さく息を吐くと、王太子の手を離して立ち上がった。
不思議そうにみつめてくる王妃たちの視線を受けてゆっくり頭を下げると、静かに部屋を出る。
今回も室内では言葉を発することを禁じられていた為、部屋の外に控えていた騎士に
「王太子殿下の病······完治···いたしまし···た······と王妃殿下···にお伝えくだ···さい」
とだけ言って、メラルゥルはそのまま部屋の外で待機することにした。
少しすると医師をはじめ色んな人が入れ替わり立ち替わり王太子の元を訪れ、メラルゥルの存在は忘れ去られたのかと思い始めた頃、ようやく一番馴染みのある侍女がメラルゥルを、ここ数日看護を受けていたいつもの部屋へと案内した。
「すぐに昼食をお持ちします。その後国王陛下との謁見がございますので、しばらくごゆるりとおくつろぎください」
侍女の言葉にメラルゥルは、これが最後のまともな食事になるのかと、また食うや食わずの生活になるのかと、胸が苦しくなった。
そして同日
聖女メラルゥルの遺体は人知れずミラージュ王国西に位置する広大な砂漠に捨てられた。
聖女メラルゥルの訃報は、メラルゥルが砂漠に捨てられた翌日になって国民の知るところとなった。
メラルゥルは命懸けで王太子を救った結果、王族に恩を売ったとばかりに先代聖女ペリアエマの如く傲慢になった為、毒により処刑されたと。
そんな触れがあり、それならそうと公開処刑にするべきだったと騒ぐ国民も少なからずいたが、メラルゥルに病や怪我を癒してもらった者も多かった為、毒による静かな死は多くの者に受け入れられた。
一日三食届けられる食事──それは昏睡状態により点滴のみで生きながらえてきたメラルゥルの胃腸を考えた、スープだけであったとしても生まれて初めてのことであった。
清潔な環境──それは日々取り替えられるベッドのシーツに始まり、体力が衰えてしまったメラルゥルの身体を、暖かくも柔らかい布で毎日清めてくれた。
そして更に驚くべきは自分に対する癒しの力の使用。
無理のない程度であれば自分自身に力を使い、1日でも早く万全の体調にするよう指示されたメラルゥルは、それによってすっかり元の······それ以上の状態になることができた。
そして医師と話してから4日目の朝、柔らかな白いパンに野菜がたっぷりのスープ、そして甘い飲み物ホットショコラ、と生まれて始めての豪華な食事を摂ったメラルゥルは人生で二度目の湯浴みを経験し、身嗜みを整えられた。
そして侍女に連れて行かれたのは謁見の間。
何の事前説明もなかった為、その場に不安気に立ち尽くすメラルゥルを注意すべく騎士が口を開きかけた時、現れた男性がそれを手で制した。
その後に続いて入ってきた女性は王太子殿下の傍にいた壮年の女性だ。
男女はメラルゥルの正面にある五段程上がった場所に据えられた椅子にゆったり座ると
「聖女にも椅子を」
と、控えていた侍女に指示した。
「わたしはこの国の王、クオン・ゼンファルクフト・ミラージュ。そしてこれは妃のミネアだ」
メラルゥルが座ると男性がそう言った。
目の前に座する男女が国王陛下と王妃殿下であることに、メラルゥルは瞠目する。
そして慌てて再び立ち上がって頭を深く下げると、よい、との声が聞こえてきた。
「楽にせよ。死にかけた聖女を立たせたままにはしておけん。その後体調はどうだ──ああ、聖女は服従か謝罪しか出来ぬのだったな。言葉がわかるのであれば今この時だけは自由に話せ──これは命令だ」
「······仰せの···ままに。·········おか···げさまで···聖女の力は······完全に···元に戻りました。今回······自ら···に···癒しの力を使わ···せていただきましたこと······感謝と······謝罪を申し上げます」
これ程までに長く話した記憶はない。
メラルゥルはつっかえながらも必死で話した。
「ま···まこと······に···ありがとう···ございま···した。そして······申し訳ございません···でした」
そう言ってメラルゥルはもう一度だけ頭を深く下げた後、大仕事を終えたように椅子に座った。
「ならば聖女よ、再度我が息子に癒しの力を使うことは出来るか?」
「は、はい。勿論でございます」
即答するメラルゥルに少しだけ考える国王に向かって王妃が発言の許可を求めた。
「陛下、発言の御許可をいただけますか?」
「ああ」
「聖女メラルゥル、此度の働きは見事でありました。ただあなたの命懸けの力を以てしても、王太子の病は完治には至りませんでした。ですが症状はやわらぎ、意識も回復して食事も摂れるようになっています。王太子の命の危険が差し迫っていない今こそ、あなたも身の危険が及ばない範囲で王太子を完治させることは出来ますか?」
「はい。······勿論······で···ございます」
国王は、先の返事に比べて歯切れが悪くなったメラルゥルに疑問を抱いた。
癒しの力を使うことは出来るが、完治は出来るかどうかわからない──ということであろうか
そんな疑問は国王だけでなく王妃も抱いていた。
そんな二人の様子を見て、メラルゥルははっきりと告げた。
「王太子殿下の病······すぐにでも···完全に消し去ってご覧にいれます。」
そう、メラルゥルは思い出したのだ。
前回王太子に癒しの力を使って意識を失う前に伝わってきていた感覚から、王太子の病はほぼ治っていた。
あのまま自分の命と引き換えてさえいれば王太子の病は完治していたであろうことも。
それが意識を失う直前、部屋に入ってきた人物によって王太子の手から自身の手を離されてしまったのだ。
それにより自分は死ねなかった。
そして王太子も、完治したとは言えなかった。
ただ、次はほんの数分──いや、数十秒で完治させることが出来る。
そうすればまた、教会でボロ雑巾のような扱いを受ける日々に逆戻りだ。
こんなことならあの時死にたかった。
王太子は助かり、メラルゥルは死ねる。
生きたい者は生き、死にたい者は死ぬ。
そんな単純で命懸けの望みは儚く散り、メラルゥルは絶望をひた隠してもう一度だけ告げた。
「今、すぐにでも」
メラルゥルが前回と同じ部屋に案内されると、おそらく前回と同じであろう若い女性がベッド脇に控えていた。
前回は美しいドレスに圧倒されてろくに顔を見てなかったが、とても美しい顔立ちをしている。
国王は引き続き謁見の間にて政務を執り行うということで、侍女と護衛の騎士数名、そして王妃とメラルゥルが室内に入ってきたことで、女性も立ち上がった。
「王妃殿下。エクゼオ様はいましがたお休みになられました」
「そう。では······今回は本当に人払いはいいのね?」
女性の言葉を受けて王妃がメラルゥルに視線を向けると、メラルゥルは静かに頷いた。
女性がその場から動こうとしなかったのでベッドを回り込み、前回とは逆の手を握って膝立ちになる。
瞳を閉じてほんの数秒力を注げば、あっという間に王太子の身体から病の気配は消え去った。
メラルゥルは一つ小さく息を吐くと、王太子の手を離して立ち上がった。
不思議そうにみつめてくる王妃たちの視線を受けてゆっくり頭を下げると、静かに部屋を出る。
今回も室内では言葉を発することを禁じられていた為、部屋の外に控えていた騎士に
「王太子殿下の病······完治···いたしまし···た······と王妃殿下···にお伝えくだ···さい」
とだけ言って、メラルゥルはそのまま部屋の外で待機することにした。
少しすると医師をはじめ色んな人が入れ替わり立ち替わり王太子の元を訪れ、メラルゥルの存在は忘れ去られたのかと思い始めた頃、ようやく一番馴染みのある侍女がメラルゥルを、ここ数日看護を受けていたいつもの部屋へと案内した。
「すぐに昼食をお持ちします。その後国王陛下との謁見がございますので、しばらくごゆるりとおくつろぎください」
侍女の言葉にメラルゥルは、これが最後のまともな食事になるのかと、また食うや食わずの生活になるのかと、胸が苦しくなった。
そして同日
聖女メラルゥルの遺体は人知れずミラージュ王国西に位置する広大な砂漠に捨てられた。
聖女メラルゥルの訃報は、メラルゥルが砂漠に捨てられた翌日になって国民の知るところとなった。
メラルゥルは命懸けで王太子を救った結果、王族に恩を売ったとばかりに先代聖女ペリアエマの如く傲慢になった為、毒により処刑されたと。
そんな触れがあり、それならそうと公開処刑にするべきだったと騒ぐ国民も少なからずいたが、メラルゥルに病や怪我を癒してもらった者も多かった為、毒による静かな死は多くの者に受け入れられた。
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