上げて落として落として上げて、愛されるべき聖女は憎まれて尚聖女だった

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命をかける聖女

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「今から王太子殿下のもとへ参りますが、注意点が3つあります」

メラルゥルの支度が整った際、侍女から注意事項を告げられた。

「1つ、殿下のおわす室内にある物以外には手を触れないこと。2つ、例え殿下に声をかけられたとしても殿下のおわす室内では決して声を出さないこと。3つ、命に代えても殿下の病を完治させること。以上です。わかりましたか?」

本来王太子殿下からのお言葉に返事をしないなど、不敬の罪で処刑されてもおかしくないことではあるが、メラルゥルにそんな知識はなく、もとよりメラルゥルに許された言葉は服従、もしくは謝罪のみ。

「はい」

と小さく返したメラルゥルに侍女は念のためもう一度だけ先程の注意事項を告げると、彼女を王太子が休まれている部屋へ案内した。

中へ入ると、王太子殿下の私室にしては絵画の一枚すら飾られていないシンプルな部屋の真ん中に、大きなベッドが鎮座し、そのすぐ脇に美しいドレスを纏った年若い女性とその母親程の年齢の女性が座っている。

入り口脇でメラルゥルを待たせると、侍女は壮年の女性の元へ歩みより何かを耳打った。

すると女性二人は立ち上がり、そのまま真っ直ぐメラルゥルの方へ──と言うよりは入り口へと向かった。

すれ違い様に壮年の女性が一言だけ

「身命惜しまず尽くしなさい」

と告げた言葉にメラルゥルは声を出さずに静かに頭を垂れた。

女性たちが出て行き、室内には侍女とメラルゥル、そして天蓋に遮られて見えはしないがベッドにいるであろう王太子殿下のみとなった。

そしてすぐに侍女も

「何かあればテーブル上のベルを鳴らしなさい。わかりましたね」

そう告げて出て行った。

聖女の力を使うにあたって、第三者の目があったとしても何の支障もないので、本来であれば無人になる必要はない。

ただ、聖女とその力を受ける者の二人きりになれば癒しの力が増し、その精度が上がるのも周知の事実であった。

怪我や病で患者の命が尽きようとしているならば、二人きりにするべきだとの配慮がなされることは多い。

それだけ王太子殿下が危険な状態にあるのだと、メラルゥルは大きく息を吸い込んだ。

ゆっくりベッド脇に進み、先程まで女性が座っていた椅子をどけると天蓋の中に入って床に膝立ちになる。

ベッドには確かに男性が眠っていた。

倒れて何日くらいなのか、頬が痩けてはいるものの美しい顔立ちをしている。

布団を少しだけめくって男性の左手を両手で握ると、直に感じる重い病。

メラルゥルに医学の心得も知識もないが、患者の重篤さは手を触れればすぐに感じることが出来る。

メラルゥルは、これは確かに私の命と引き換えでなければ治せないかもしれないと、チラリと頭の隅で思った後、瞳を閉じて癒しに集中した。





メラルゥルが王太子殿下の治療を始めて10時間経った。

日々朝から晩まで人を癒し続けてきたメラルゥルにとって、それくらいの時間誰かを癒すのは特別なことでも何でもなかった──が、今日のメラルゥルには違っていた。

骨折の患者の骨を治すのと、腕が失くなってしまった患者の腕を復元させるのとではメラルゥルの負担は全く違う。

後者のそれは長時間全力を以てあたり、その人一人を癒すと、その日は勿論そこから数日、聖力が枯渇してしまうこともある。

そんな全力を出し続けての10時間。

最早メラルゥルは身命惜しまずの言葉通り、自らの命を燃やして尚王太子殿下に向き合い続けていた。

そしてその命さえも尽きかける寸前、閉ざされていたドアが突然開いた。

だがメラルゥルは、集中していた為か、振り返る力すら無くなっていた為か、ひたすら王太子殿下の手を握っていた。

ドアを開けた人物は大股でメラルゥルの元へと歩み寄ると、何かを大声で叫び始めた。

朦朧としているメラルゥルには何を言っているのか理解は出来ない。

ただ、これでようやく死ねるのかと、そんな安堵の気持ちを最後にメラルゥルは意識を失った。





メラルゥルが目を覚ましたのは、あれから一週間経ってのことだった。

今まで暮らしてきた教会であてがわれていた部屋とは違い、質素ではあるが清潔な部屋。

すきま風も入ってこず、自分がベッドで寝ていたことにも驚いた。

今までは、不潔でボロボロの、部屋とは言えない様な場所に、敷布団もなく、床で毛布一枚にくるまって眠っていたのだ。
それが、大きくはないがきちんと足を伸ばせるベッド、清潔な布団、枕まである。

メラルゥルは、自分は死んでここは天国なのかと納得して再び目を閉じた。

次にメラルゥルが目を覚ましたのはそれから半日経った頃だった。

ゆっくり辺りを見るも人の気配はなく、ベッド脇の小さなテーブルに水差しがあることに気付くと、急に喉が渇いてきた。

上半身を起こそうとするが力が入らずうまく起き上がれない。

仕方なく寝たままではあるが水差しに手を伸ばしたところで、距離感がつかめなかった為に無情にも床に落としてしまった。

ガチャンと音を立てたことで、見ずとも割ってしまったのだとわかって青ざめる。

さすがにここが天国ではなく、死んでいなかったのだと気付いたメラルゥルが、この後に待つ折檻に身体を小さくしていると、ドアをノックする音が聞こえてきた。
返事をして良いのかどうか悩む間もなくドアが開き、外から見たことのある侍女が入ってくる。

「すぐに医師が参ります。それまでもうしばらくお待ちください」

侍女はそう言うと、手際よく割れた水差しを片付けて新しい物を持ってくるよう別の侍女に言い付ける。

言葉通りすぐやって来た医師の診察を受け、メラルゥルは少しだけ現状を理解した。

王太子殿下への癒しから一週間経っていること。

死ぬ寸前ではあったが、聖女の力が働いたのかギリギリで生きながらえたこと。

そして

「聖女様の力は我々に計ることは出来ません。失ってしまったのか、そうではないのか、お教えいただけますかな?」

老齢の医師は抑揚のない声でメラルゥルに問いかける。

そんな風に自分に何かを問われることがなかったメラルゥルは、答えに詰まった。

聖女の癒しの力はこんこんと湧き出る清水の様なもの。

全てを掬い使い尽くしたとしても時間が経てば再び満ちる。

それは多分誰もが知るところだ。

だが、命を燃やしたメラルゥルの聖力が真に枯渇したかそうでないかはメラルゥル本人にしかわからない。

実際、今の現状としてメラルゥルの力は半分以上戻っているが、それを告げればまたあの教会での地獄の日々が待っているのだ。

それに、どのみちメラルゥルには言葉を発することを許されていない。

俯き黙るメラルゥルに、医師は更に告げる。

「そう言えば聖女様は自らの意思で話すことを禁じられているとか。では単刀直入にいきますかの。今、力はあるかないか。あるならば首を縦に。ないならば首を横に振ってくだされ。······念のために言っておきますが、嘘はつかない方が御身のためですぞ」

医師の静かで強い声に、メラルゥルは観念して首を縦に振った。
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