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可哀そうなトゥフタ

タシュ走る

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「よし、行くか」
 パン、と膝を打つと勢いをつけてタシュは立ち上がると部屋の中を見渡した。小さな部屋の中には棚がいくつか置かれており、そこには畳まれた布が置かれている。色を見るに、エベツが普段着ているものの代えだろう。
 城に来た時に強く言われたルールがいくつかあった。そのうちの一つが、一人で宮を歩きまわらない事だ。
 外の者であるタシュに対し、悪感情を抱く女官は少ないように感じられたが、余計なトラブルを避けるための事だろうが、多少の違反は目をつぶってくれるだろう。
 多分。
 それでも少しでも目立たないようにしようと、心の中でエベツに謝りながらも布を手に取った。顔を覆う薄布も一緒に置かれていた。
 しばらくそれを見つめると、覚悟を決めて袖を通し始める。
「こんなもんかな」
 さすがにエベツよりもタシュの方がガタイは良いが、この布の服はサイズ調整がしやすくて助かった。しっかりした生地は腕の逞しさも、首の力強さも隠してくれる。薄布は顔をほぼ隠す事が可能だ。つまるところ女官のふりをしてトゥフタの所へ戻ろうというのが彼の魂胆だ。
 扉を薄く開け、左右に人がいない事を確認する。監視も特にいないようだし、この辺りは女官の住居エリアらしく、足音もしなかった。
「待ってろよ、トゥフタ」
 自分が行ったからと何か策があるわけではなかったが、エベツに連れられてきた道を逆に辿るタシュの足は、知らず知らず早足になっていった。

 宮の中は思った以上に手薄だったのは助かった。
 いくつかの角を曲がった時、前からくる女官の一人がタシュを見て足を止めた。彼女が驚いて目を見開いた様子から、バレたと瞬時に悟った。タシュはすぐさま彼女の手を引いて、壁に押し付けた。
「――?!あ、あなたは王の――っ?!」
「しー!トゥフタの部屋に行かなきゃなんだよね」
「――手を離して頂けますか」
「ご、ごめんつい!痛くなかった?」
 慌てて押し付けてしまっていた手を離すと、すぐさま気遣った。
「はい……あの、今は女王がいらっしゃっているはずです」
「そう聞いている」
「……女王がいらっしゃるとき、部屋の周辺は人払いがされております。エベツ様だけが扉の前にいらっしゃるはずです」
「あ、ありがとう?どうして教えてくれるの?」
「……この宮で働く者は皆、トゥフタ様を愛していますから。あなたの話はエベツ様から伺っております」
「ええ、俺の悪口?」
「ふふ、いいえ。褒めてらっしゃいました。お気をつけて」
「ありがとう。君、笑った方が可愛いよ!」
「まあ」
 目を見開いて手で口を覆う仕草はウユチュを思い出させた。そういえば、彼女とスドゥルはどうしているのだろう。
 ウユチュ邸で過ごした日々が数週間前の事なのに、随分と昔に感じると思いながら、タシュはトゥフタの所へと走った。
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