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静かな家
女官
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周囲の空気がスドゥルとタシュへの好意的なものから、ビリビリとしたものへと変わったのだ。
ため息として吐かれるはずだった酸素は、二人の目の前に突然現れた人物の名を呼ぶために使う事となった。
「エベツ、こんな所で何を?」
「なぜスドゥルが不埒者と一緒にいるんです?」
武装した長身の衛兵を連れたのは、一目で上等だと分かる白い布で体を覆った女性だった。エベツと呼ばれたその人の声は、確かに聞いたことがある。
それにしても彼女も美しい。出会う人の顔面偏差値が高すぎて、若干見慣れてきた気もする。
「迷い人を案内しているだけだが」
「外部からの不審者にお優しいのはウユチュ様仕込みですか?ウユチュ様以外と和やかに話すなんて珍しいですね。申し訳ありませんが、命によりその男こちらに引き渡してください」
「ふむ。命か。しかし、ただの旅人なら捕らえる必要はないだろう?何故とらえる?」
「その者、王の湯浴みを覗き見たのだ」
「は?」
今までで一番低いスドゥルの声がタシュに刺さる。振り向いたスドゥルの顔が恐ろしくて、申し訳なさそうに事実だと耳打ちした。
「お前……!そんな重大なことをどうして黙っていた?!」
「衛兵に追われたって言っただろ?!」
「追われる理由を言ってないだろう!不敬にも程がある!」
「ごめんってば!」
「ごほん!」
うちわもめする二人をエベツの咳払いが止めた。
「申し訳なかった。ならば従おう」
「え!?従っちゃうの?!」
「話が早くて助かります」
「だが少しだけ待ってくれ」
素っ頓狂な声をあげたタシュを目で制し、エベツが了解の意を頭を下げる事で表したのを見て、スドゥルはタシュの耳元へ唇を近づけた。
「どうする?彼女に付いて行くか、ここから逃げるかならばどちらが良い?」
「え?俺が選べるの?」
「この国の事はだいたい伝わっただろう。私の役目は終わりだ」
「一緒に逃げてくれないのかよ。冷たいな」
「ちなみにお前が逃げるを選べば俺もお前を捕らえる側に回る。もちろんだがウユチュ様のところに逃げ込めんからな」
「それはかなり冷たい」
この場から逃げた所でいったいどこに逃げろというのか。エベツの後ろの衛兵も女人とはいえ鍛えられており、何より武器も持っている。それに武人とはいえ、女性に手をあげるのは憚られた。
「ウユチュ様の為になるならばお前に何と言われようが痛くもかゆくないからな」
それでは二択を提示されたようで実質一択ではないか。
「あっちに付いて行くよ」
諦めたようにそう言うしか無かった。
「良い判断だ。最後に教えておくが、あのエベツはトゥフタ王付きの女官だ。トゥフタ王は女王を愛していないし、孤独な方だ」
「それが冥途の土産?」
「そう取ってくれてかまわん。ほら、そろそろエベツの眼光が鋭くなってきた」
ちらりと見遣ると美しい顔に睨まれると背筋が凍るような感覚になる。
「わ、分かった。とりあえずウユチュ様によろしくな。――スドゥルもありがとな」
「――っああ、こちらこそ感謝する。安心しろ、多分悪いようにはならない」
近づいてきた衛兵達に両手に枷をつけられ、タシュは城へと連行されていった。
暴れる様子もない様子にスドゥルは胸を撫で下ろす。
エベツが来たという事は王からの命のはず。王は非情では無いから何も犯さなければ悪いようにもなるまい。
「感謝するぞ、タシュ」
初めて呼んだ友の名を嬉しそうに噛み締めると、遠くなっていくタシュへ背を向けた。今からスドゥルも様々な準備をしなくてはならないのだ。走り出しそうな気持ちを押し殺し、いつも通りを振る舞いながらウユチュの待つ家へと帰っていったのだった。
ため息として吐かれるはずだった酸素は、二人の目の前に突然現れた人物の名を呼ぶために使う事となった。
「エベツ、こんな所で何を?」
「なぜスドゥルが不埒者と一緒にいるんです?」
武装した長身の衛兵を連れたのは、一目で上等だと分かる白い布で体を覆った女性だった。エベツと呼ばれたその人の声は、確かに聞いたことがある。
それにしても彼女も美しい。出会う人の顔面偏差値が高すぎて、若干見慣れてきた気もする。
「迷い人を案内しているだけだが」
「外部からの不審者にお優しいのはウユチュ様仕込みですか?ウユチュ様以外と和やかに話すなんて珍しいですね。申し訳ありませんが、命によりその男こちらに引き渡してください」
「ふむ。命か。しかし、ただの旅人なら捕らえる必要はないだろう?何故とらえる?」
「その者、王の湯浴みを覗き見たのだ」
「は?」
今までで一番低いスドゥルの声がタシュに刺さる。振り向いたスドゥルの顔が恐ろしくて、申し訳なさそうに事実だと耳打ちした。
「お前……!そんな重大なことをどうして黙っていた?!」
「衛兵に追われたって言っただろ?!」
「追われる理由を言ってないだろう!不敬にも程がある!」
「ごめんってば!」
「ごほん!」
うちわもめする二人をエベツの咳払いが止めた。
「申し訳なかった。ならば従おう」
「え!?従っちゃうの?!」
「話が早くて助かります」
「だが少しだけ待ってくれ」
素っ頓狂な声をあげたタシュを目で制し、エベツが了解の意を頭を下げる事で表したのを見て、スドゥルはタシュの耳元へ唇を近づけた。
「どうする?彼女に付いて行くか、ここから逃げるかならばどちらが良い?」
「え?俺が選べるの?」
「この国の事はだいたい伝わっただろう。私の役目は終わりだ」
「一緒に逃げてくれないのかよ。冷たいな」
「ちなみにお前が逃げるを選べば俺もお前を捕らえる側に回る。もちろんだがウユチュ様のところに逃げ込めんからな」
「それはかなり冷たい」
この場から逃げた所でいったいどこに逃げろというのか。エベツの後ろの衛兵も女人とはいえ鍛えられており、何より武器も持っている。それに武人とはいえ、女性に手をあげるのは憚られた。
「ウユチュ様の為になるならばお前に何と言われようが痛くもかゆくないからな」
それでは二択を提示されたようで実質一択ではないか。
「あっちに付いて行くよ」
諦めたようにそう言うしか無かった。
「良い判断だ。最後に教えておくが、あのエベツはトゥフタ王付きの女官だ。トゥフタ王は女王を愛していないし、孤独な方だ」
「それが冥途の土産?」
「そう取ってくれてかまわん。ほら、そろそろエベツの眼光が鋭くなってきた」
ちらりと見遣ると美しい顔に睨まれると背筋が凍るような感覚になる。
「わ、分かった。とりあえずウユチュ様によろしくな。――スドゥルもありがとな」
「――っああ、こちらこそ感謝する。安心しろ、多分悪いようにはならない」
近づいてきた衛兵達に両手に枷をつけられ、タシュは城へと連行されていった。
暴れる様子もない様子にスドゥルは胸を撫で下ろす。
エベツが来たという事は王からの命のはず。王は非情では無いから何も犯さなければ悪いようにもなるまい。
「感謝するぞ、タシュ」
初めて呼んだ友の名を嬉しそうに噛み締めると、遠くなっていくタシュへ背を向けた。今からスドゥルも様々な準備をしなくてはならないのだ。走り出しそうな気持ちを押し殺し、いつも通りを振る舞いながらウユチュの待つ家へと帰っていったのだった。
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