11 / 78
静かな家
木工細工
しおりを挟む
「座っていろと言っただろう」
「すまんすまん、これお前の作品か?すごいな――ってそれ?!」
感心半分、からかい半分で戻ってきたスドゥルに問いかけたが、彼が手にしているトレイを見て言葉を切らずにいられなかった。
「ほら、朝食だ。お前寝ている間も腹がグーグーなって煩かった」
「いやいや、そりゃあ丸一日何も食べてないから腹が減ったのも納得……じゃなくって、このキラキラ黄金に輝くこれは?」
「好きなんだろう?蜂蜜だ。パンにかけて食べると美味しいんだ」
タシュの手よりも大きな壺の中には、なみなみと煌めく蜂蜜が光っている。この量、いくらくらいするものだろうか。
「す、好きなだけ?」
「へンな奴だな。ほら、例を見せてやろう」
分厚く切られた柔らかなパンの上に、木製のスプーンですくった蜂蜜がたらりと垂らされていく。白いパンに黄金の蜂蜜がかかると宝石のように朝日で煌めいている。
それを垂れないように器用に口に運ぶスドゥルを見て、タシュの喉が鳴る。
「これに入れてもいいぞ」
湯気が立つ牛乳にも同じように蜂蜜が垂らされる。そのままスプーンでくるくるとかき回した。
「体の滋養にもなる。ほら、お前の分だ。本当は嫌だが、一緒に朝食を取るようにウユチュ様に言われているから仕方なしだぞ」
渡されたトレイを遠慮がちに受け取る。平均よりかなり裕福な家で育ったという自負があり、欲しいもので手に入らなかったものがほとんど無かったタシュにとっても蜂蜜という高級品は例外だった。
いつか、死ぬまでに好きなだけ食べてみたいと思っていた代物だ。
思わぬご馳走にスプーンを持つ手が震える。蜂蜜をひと掬いし、パンへとたらりと垂らす。細い黄金の糸のようにつつ、と垂れていく粘りのある液体に、早くも口の中がうるおい始める。
我慢できず、蜂蜜を塗ったパンにかぶり付く。ねっとりとした甘さが口の中で広がっていく。砂糖とはまた違う、至高の甘味に、昔アイムが淹れてくれたヤギのホットミルクが思い出される。
「うっま!」
「まあ、そうだろうな」
皿まで舐める憩いで食べ尽くしたタシュからすれば、特に感動する様子もなく淡々と食べ進めるスドゥルに苛立つのも仕方が無い。
「やっぱ、王族にお付きの方は蜂蜜なんて高級品じゃあないんですかねぇ」
「どういう意味だ?」
「蜂蜜なんて高級品をそんなお上品にさあ。俺みたいな一般庶民からすると蜂蜜なんて滋養あるわ薬になるわで夢のような食べ物の代表なんだよ。このパンだって、こんな柔らかいのは生まれて初めて食べたよ」
「人の皿に触れるな。パンにも蜂蜜を入れると柔らかくなるんだ。蜂蜜には保水力があるからな。……そんなに気に入ったならこれもやるから」
皿に載ったふんわり白いパンを指先でつつくと、眉を顰めたスドゥルに皿ごと渡された。難しいことを言っているが目の前のふわふわのパンが思考力を奪う。施しを受けたようで癪ではあるが、美味いものには勝てない。
「ラッキー」
こちらにもとろりと蜂蜜を垂らす。細くなった金色の糸が、この国の髪の色のように、昨日唇を交わしたあの美しい男の髪と同じような――。
「おい、垂れるぞ」
「わっ、もたいない!」
慌ててぱくつく。もぐもぐと頬を膨らませて咀嚼する姿を、スドゥルはまた眉を顰めて見つめた。
「なんだよ、庶民の食べ方が卑しいってか?」
「はあ、全くお前は想像力が逞しいな。お前はたくさんの誤解をしているようだが、説明してやるのも面倒だ。とりあえず腹も膨れて元気になったろう?ウユチュ様に挨拶してこい。ここの主はウユチュ様だ」
「それもそうだな。――あ、昨晩はお前が運んでくれたのか?……ありがとうな」
ウユチュの部屋へと続く扉を開けたスドゥルの横を通り抜けながらの感謝の言葉に、スドゥルはわずかに目を見開いて動きを止めた。
「素直に礼は言えるのか」
「何か言ったか?」
「何でもない、早く行け」
「はいはーい」
ひらひらと手を振るタシュをため息交じりにスドゥルは追いかけた。
「すまんすまん、これお前の作品か?すごいな――ってそれ?!」
感心半分、からかい半分で戻ってきたスドゥルに問いかけたが、彼が手にしているトレイを見て言葉を切らずにいられなかった。
「ほら、朝食だ。お前寝ている間も腹がグーグーなって煩かった」
「いやいや、そりゃあ丸一日何も食べてないから腹が減ったのも納得……じゃなくって、このキラキラ黄金に輝くこれは?」
「好きなんだろう?蜂蜜だ。パンにかけて食べると美味しいんだ」
タシュの手よりも大きな壺の中には、なみなみと煌めく蜂蜜が光っている。この量、いくらくらいするものだろうか。
「す、好きなだけ?」
「へンな奴だな。ほら、例を見せてやろう」
分厚く切られた柔らかなパンの上に、木製のスプーンですくった蜂蜜がたらりと垂らされていく。白いパンに黄金の蜂蜜がかかると宝石のように朝日で煌めいている。
それを垂れないように器用に口に運ぶスドゥルを見て、タシュの喉が鳴る。
「これに入れてもいいぞ」
湯気が立つ牛乳にも同じように蜂蜜が垂らされる。そのままスプーンでくるくるとかき回した。
「体の滋養にもなる。ほら、お前の分だ。本当は嫌だが、一緒に朝食を取るようにウユチュ様に言われているから仕方なしだぞ」
渡されたトレイを遠慮がちに受け取る。平均よりかなり裕福な家で育ったという自負があり、欲しいもので手に入らなかったものがほとんど無かったタシュにとっても蜂蜜という高級品は例外だった。
いつか、死ぬまでに好きなだけ食べてみたいと思っていた代物だ。
思わぬご馳走にスプーンを持つ手が震える。蜂蜜をひと掬いし、パンへとたらりと垂らす。細い黄金の糸のようにつつ、と垂れていく粘りのある液体に、早くも口の中がうるおい始める。
我慢できず、蜂蜜を塗ったパンにかぶり付く。ねっとりとした甘さが口の中で広がっていく。砂糖とはまた違う、至高の甘味に、昔アイムが淹れてくれたヤギのホットミルクが思い出される。
「うっま!」
「まあ、そうだろうな」
皿まで舐める憩いで食べ尽くしたタシュからすれば、特に感動する様子もなく淡々と食べ進めるスドゥルに苛立つのも仕方が無い。
「やっぱ、王族にお付きの方は蜂蜜なんて高級品じゃあないんですかねぇ」
「どういう意味だ?」
「蜂蜜なんて高級品をそんなお上品にさあ。俺みたいな一般庶民からすると蜂蜜なんて滋養あるわ薬になるわで夢のような食べ物の代表なんだよ。このパンだって、こんな柔らかいのは生まれて初めて食べたよ」
「人の皿に触れるな。パンにも蜂蜜を入れると柔らかくなるんだ。蜂蜜には保水力があるからな。……そんなに気に入ったならこれもやるから」
皿に載ったふんわり白いパンを指先でつつくと、眉を顰めたスドゥルに皿ごと渡された。難しいことを言っているが目の前のふわふわのパンが思考力を奪う。施しを受けたようで癪ではあるが、美味いものには勝てない。
「ラッキー」
こちらにもとろりと蜂蜜を垂らす。細くなった金色の糸が、この国の髪の色のように、昨日唇を交わしたあの美しい男の髪と同じような――。
「おい、垂れるぞ」
「わっ、もたいない!」
慌ててぱくつく。もぐもぐと頬を膨らませて咀嚼する姿を、スドゥルはまた眉を顰めて見つめた。
「なんだよ、庶民の食べ方が卑しいってか?」
「はあ、全くお前は想像力が逞しいな。お前はたくさんの誤解をしているようだが、説明してやるのも面倒だ。とりあえず腹も膨れて元気になったろう?ウユチュ様に挨拶してこい。ここの主はウユチュ様だ」
「それもそうだな。――あ、昨晩はお前が運んでくれたのか?……ありがとうな」
ウユチュの部屋へと続く扉を開けたスドゥルの横を通り抜けながらの感謝の言葉に、スドゥルはわずかに目を見開いて動きを止めた。
「素直に礼は言えるのか」
「何か言ったか?」
「何でもない、早く行け」
「はいはーい」
ひらひらと手を振るタシュをため息交じりにスドゥルは追いかけた。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
早く惚れてよ、怖がりナツ
ぱんなこった。
BL
幼少期のトラウマのせいで男性が怖くて苦手な男子高校生1年の那月(なつ)16歳。女友達はいるものの、男子と上手く話す事すらできず、ずっと周りに煙たがられていた。
このままではダメだと、高校でこそ克服しようと思いつつも何度も玉砕してしまう。
そしてある日、そんな那月をからかってきた同級生達に襲われそうになった時、偶然3年生の彩世(いろせ)がやってくる。
一見、真面目で大人しそうな彩世は、那月を助けてくれて…
那月は初めて、男子…それも先輩とまともに言葉を交わす。
ツンデレ溺愛先輩×男が怖い年下後輩
《表紙はフリーイラスト@oekakimikasuke様のものをお借りしました》
スターゴースト異世界庁 〜異世界で半サイボーグのエージェントに転生した少女〜
スパークノークス
ファンタジー
『異世界で半サイボーグのエージェントに転生した少女!』
日本は密かに異世界を発見した。
それはフェニックス帝国と呼ばれる国と接触しました。
転生した英雄の指導のもと、両国は秘密の共同軍事同盟を結ぶことに合意した。
18歳ひかる・レイラニがハワイ旅行から東京に帰国。
彼女がその夜遅くに通りを横断するとき、トラックが彼女を襲い、彼女は死にます。
事故から目を覚ました後、彼女は自分がファンタジーの世界にいることに気づいた。
しかし、彼女はハーフサイボーグのエージェントに変身し、現在はスターゴーストという特殊なイセカイ機関で働いている。
新たなサイボーグ能力を得たレイラニは、二つの世界で次の転生したヒーローになれるのか?
*主に「カクヨム」で連載中
◆◆◆◆
【スターゴースト異世界庁PV】: https://youtu.be/tatZzN6mqLg
【ひかる・レイラニ CV】: 橘田 いずみ (https://hibiki-cast.jp/hibiki_f/kitta_izumi/)
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる