星野さんは死ぬ前にデリヘルを呼ぶことにしました。

花田トギ

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星になりたい男

星野さんはアヤさんに会えない。

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 それから三日が過ぎた。いつもなら、遅くとも翌日には折り返しがあるはずだが、折り返しがない。それどころか、何度か電話を掛けても、ずっと留守電にしかならなかった。
 何かあったに違いないが、連絡がつかない事には何もできない。電話が繋がらないと二人を繋ぐものは何もない。
「ホントにそうか……?何か見逃して無いか?」
 慧斗は必死に思い出す。初めてアヤに会った時の事、付き合っているはいるのかと聞いたら意味深に笑って「恋人はいない」と答えた事。最初に電話した時は焦っていて可愛らしかったけれど、実際に会うと落ち着いていた事。最近は時々慧斗に対して敬語を使わない時も増えてきた事。挿れてほしそうに腰をくねらせてくる事――。
「違う違う、そうじゃないそうじゃない」
 アヤとしばらく会ってないのである。そりゃあ溜まってる。鬱憤は車いすバスケで発散しているとはいえ、やはり性欲は別だ。
 誰だって良いわけじゃない。アヤを抱きたくてしょうがない。若手イケメン選手としてたまにメディアに取り上げられるようになった慧斗に、言い寄ってくる女性は多かった。しかし、その誰もを抱きたいとは思えなかった。
「あ……そうだ!」
 思い出したのは坂下の存在だ。今アヤと慧斗を繋げられるとしたら、彼しかいない。
 時計を見ると夜の八時。風俗店で働く坂下は忙しい時間帯だろうか。アヤから坂下の事は少し聞いていた。男性キャストが働く風俗店の黒服をしている坂下は、黒服の中では地位が上の方。お店ではキャストに悪さをしたりする客を窘めたり、キャストの愚痴を聞いたりと接客中心の業務についていて、優しく丁寧な物腰から、常連にもキャストにも人気が高いらしい。
 アヤが在籍していた期間は短かったが、坂下とは気が合い、もしもの時は有料でトラブル対応してくれるよう約束していた。だから、鹿深の件では坂下も同行したと言っていた。
 そもそもとして、どうしてアヤが風俗業についているのかすら慧斗は知らない。
 もし、これでアヤに会えなくなったらどうすれば良いんだろう。
 あの綺麗な顔を二度と見られなくなるかもしれない。そんな考えが頭を過るたび、絶望感に襲われる。
 このままじゃ、不安に押しつぶされそうだ。それを脱却する手段は今は一つしか思いつかなかった。
 慧斗は坂下が電話に出てくれるように願いを込めて、発信ボタンを押した。
『はい、お久しぶりです』
「あ、お久しぶりです星野です」
『分かってます。えっと多分アヤの事ですよね?』
「そうです?!何か知っているんですか?」
『まあまあ落ち着いてください。簡潔に端的な説明か、私の解説付きのながーい説明か、どっちが良いですか?』
「な、長い方で!」
『申し訳ありません。実は私仕事中でして。簡潔な方で良いですか?』
「も、もちろんです。お仕事中にすみません」
 じゃあどうして聞いたのかとツッコミたい心をぐっと堪えた。
『実はこっちからも連絡取れなくて。他に連絡取り合ってた子にも聞いてみたんですよ』
「は、はい!」
 期待が持てる言い回しに、声が弾む。
『まあ誰も連絡つかないみたいで。簡潔に言うとアヤがどこにいつかについては何も情報無いです』
「そんなぁ……」
 焦らされた割になにも収穫が無い言葉に、がっくりと肩を落とす。
『どうして消えたかの理由は分かったんです。アヤの大事な人が亡くなったからだと思います。んで、ここからは私の予想なんですが……。多分、星野さんの近くに現れると思うんですよね』
「亡くなったって?誰が……?」
 人が死ぬ。その冷たさを持った響きに、自然と眉に皺が寄った。
『ん-と、あの二人の関係を表すのって難しいし、勝手に話すと後が怖いからその辺は本人に聞いて下さい。だから、ここからはお願いなんですが、星野さん、アヤの事探してやってくれませんか?』
「お、俺がですか?」
『アヤから星野さんの話、結構聞いてて。だから分かるんですけど、アイツ星野さんの事気に入ってる筈なんですよね。頼る人ってなると、今は星野さんが一位なんじゃないかな』
「そ、そうなんですか?!」
 単純に嬉しい。ただ、どうしても一つだけ慧斗には坂下に聞きたいことがあった。
「あの、一つ良いですか?」
『一つなら良いですよ』
「坂下さんとアヤさんの関係って………?」
『ああ、やっぱり気になります?いつ聞かれるかなって思ってたんですよね。実は昔付き合ってました……』
「ええ!?」
 悲痛な慧斗の声に、坂下が吹き出した。
『リアクション良すぎます。最後まで聞いてください。昔付き合ってた、とかなら面白いんですが、本当にただの友人です。ただ、アヤから聞いてませんか?仕事の厄介事を有料で依頼されたりしてるんで……一応雇い主とバイトの関係でもある感じです。星野さんが心配するような関係じゃないですよ』
「そうなんですね、わかりました。すみません、お仕事中に」
『そうなんです。だから、アヤの事は星野さんに頼みます。それが一番良いと思うから。じゃあ、ホントに怒られるんで、仕事に戻りますね。――あ、うちの店もご利用お待ちしてますからね、星野さん羽振り良くなってきたってしっかり聞いてますから』
「そ、それはその……」
 ごにょごにょと言葉を濁した慧斗に、電話の向こうから微かな笑い声が聞こえ、電話が切られた。
 ずっと懸念していた、坂下とアヤの関係が分かり少しスッキリはしたが、肝心のアヤの場所が分からない。
 アヤと会っていたのは、基本的にこの部屋の中のみだから、思い出の場所なんて無いし、アヤの良きそな場所に目星なんてつかない。
 腕を組み、首を捻る。なんとなく考えが纏まるポーズを取ってみたが、そうしたところで答えが出るはずもない。
 当てがあるわけではないが、何かせずにはいられない慧斗は、とりあえずと出掛ける支度を始めた。
 窓の外を見ると星も月も見えない。分厚い雲に覆われているのだろうと思うと、心までどんよりとしてくる。天気予報は時々雨だったはずだ。
「アヤさん、濡れてないといいけど」
 エントランスまで降りた慧斗は、外出用の車いすを操作して、マンションの外に出てみたものの、右へ進むのか左へ進むのかすら迷ってしまう。
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