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ラスール邸での生活
働くか、働かまいか
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「アディ、それ食べていいのー?!」
「僕も僕もー!」
呆然としたまま玄関を開けたアデリアを迎えたのは、妹のリズと弟のテディだ。リズが繕いものをしたあまりで作ったテディベアを抱えながら、テディは嬉しそうにお菓子へと手を伸ばした。
「あ、うん。いいよー」
「やったあ!」
二人は喜んで、お菓子を頬張る。
「美味しい!こんな綺麗で美味しいお菓子初めて!」
「おいしいー!」
「ふふ、二人共こぼしちゃってるわよ?」
二人の頬についたお菓子の欠片を取ってやりながら、アデリアは嬉しかった。アデリアだって、家族には笑っていて欲しいのだ。ただ、自分が楽をしたいという気持ちが優先される時が多いだけの話。
「――えっと、で、さっきの話の続きしても良いか?」
三人のやり取りを微笑ましく見守っていたザックスが、すまなさそうに会話に入って来た。
帰り道、アデリアはスチュアートへの不満を言うばかりで肝心な話を全くしていなかったからだ。
「ああそうだった。それがね、ザックス。私ラスール伯爵のメイド試験、受かっちゃったのよ」
「はあ!?」
「え?!」
「――え?!」
「……!ど、どういうことなのアディ?!ラスール伯爵って」
ザックスが素っ頓狂な声を上げる。続いてリズが驚いた声をあげ、それを真似しようとテディが声を上げた。
最後にアデリアを追求する言葉を上げたのは――。
「母さん?!聞いてたの!?」
「ちょっと、どういう事なのアデリア!?ラスール伯爵って何!?」
丁度ドアを開けた母が、もっていた籠を落としてアデリアの肩を揺すった。
「え?えっと、だからラスール伯爵邸のメイド試験にザックスが連れてってくれて、そしたらどうしてか受かっちゃったの」
「アデリア!あんたって子は――!子は!!!」
「か、母さん?!」
母は、アデリアを抱きしめた。
「いつまでも働きもせず、どうするのか心配していたのよ。それが、就職先を見つけるなんて。しかもお屋敷メイドなんてお仕事!」
「え?アディ、ラスール伯爵のメイドするの?!すごい!」
「――すごい!」
喜ぶ母の目には涙が滲んでいる。
ラスール伯爵と言えば、リズのような子供にとってはおとぎ話でしか聞かない名だ。その伯爵家で姉が働くとなれば驚くと同時に尊敬の念が生まれている。
テディはリズの真似っこをして、褒めてくれている。
「ザックスもありがとう。ただの悪ガキじゃないとは思っていたけど、感謝しかないわ」
「ザックス兄ちゃんすごい!」
「――すごい!」
三人のピュアな瞳を向けられ、ザックスは怯んだ。
「え?あ、うん。あの……えーっと……ちょ、ちょっといいかアディ!」
「うん!三人ともちょっと待っててね!」
二人は肩を組み、部屋の隅でこそこそと会話を始めた。
「どういう事だよアディ、受かったって?」
「あれ?さっき私言わなかった?」
「聞いてない聞いてない!」
「とにかく受かっちゃったのよ!あ、明日これにサインして持ってこいって……」
アデリアが取り出した書類の給金の欄を見て、ザックスは絶句した。
「……ここ見ろ」
「ん?……ナニコレ、ゼロが……いっぱい?」
「なあ、面接に出した書類あるだろ?」
「う、うん」
「あれはお前の身上書だ。ただ、オレががでたらめに書いた」
「え?!」
「だから、それをばらせばいつでも仕事が辞められると思うんだ」
「……と、言う事は……?」
「やれるだけ、やって金稼ぐのも悪くないと思わないか?」
「――なるほど」
ふと振り返り三人を見た。嬉しそうにお菓子を頬張り、笑顔だ。こんな幸せそうな空気を崩すことが出来るだろうか。働くのを辞めると言うよりも、流れに沿って一旦働いた方が楽ではないのだろうか。
「めんどくさくなったら辞めればいいんだよね」
「ああ。いつでもオレが連れ出してやる」
アデリアは、ラスール邸で働く事を決意したのだった。
「僕も僕もー!」
呆然としたまま玄関を開けたアデリアを迎えたのは、妹のリズと弟のテディだ。リズが繕いものをしたあまりで作ったテディベアを抱えながら、テディは嬉しそうにお菓子へと手を伸ばした。
「あ、うん。いいよー」
「やったあ!」
二人は喜んで、お菓子を頬張る。
「美味しい!こんな綺麗で美味しいお菓子初めて!」
「おいしいー!」
「ふふ、二人共こぼしちゃってるわよ?」
二人の頬についたお菓子の欠片を取ってやりながら、アデリアは嬉しかった。アデリアだって、家族には笑っていて欲しいのだ。ただ、自分が楽をしたいという気持ちが優先される時が多いだけの話。
「――えっと、で、さっきの話の続きしても良いか?」
三人のやり取りを微笑ましく見守っていたザックスが、すまなさそうに会話に入って来た。
帰り道、アデリアはスチュアートへの不満を言うばかりで肝心な話を全くしていなかったからだ。
「ああそうだった。それがね、ザックス。私ラスール伯爵のメイド試験、受かっちゃったのよ」
「はあ!?」
「え?!」
「――え?!」
「……!ど、どういうことなのアディ?!ラスール伯爵って」
ザックスが素っ頓狂な声を上げる。続いてリズが驚いた声をあげ、それを真似しようとテディが声を上げた。
最後にアデリアを追求する言葉を上げたのは――。
「母さん?!聞いてたの!?」
「ちょっと、どういう事なのアデリア!?ラスール伯爵って何!?」
丁度ドアを開けた母が、もっていた籠を落としてアデリアの肩を揺すった。
「え?えっと、だからラスール伯爵邸のメイド試験にザックスが連れてってくれて、そしたらどうしてか受かっちゃったの」
「アデリア!あんたって子は――!子は!!!」
「か、母さん?!」
母は、アデリアを抱きしめた。
「いつまでも働きもせず、どうするのか心配していたのよ。それが、就職先を見つけるなんて。しかもお屋敷メイドなんてお仕事!」
「え?アディ、ラスール伯爵のメイドするの?!すごい!」
「――すごい!」
喜ぶ母の目には涙が滲んでいる。
ラスール伯爵と言えば、リズのような子供にとってはおとぎ話でしか聞かない名だ。その伯爵家で姉が働くとなれば驚くと同時に尊敬の念が生まれている。
テディはリズの真似っこをして、褒めてくれている。
「ザックスもありがとう。ただの悪ガキじゃないとは思っていたけど、感謝しかないわ」
「ザックス兄ちゃんすごい!」
「――すごい!」
三人のピュアな瞳を向けられ、ザックスは怯んだ。
「え?あ、うん。あの……えーっと……ちょ、ちょっといいかアディ!」
「うん!三人ともちょっと待っててね!」
二人は肩を組み、部屋の隅でこそこそと会話を始めた。
「どういう事だよアディ、受かったって?」
「あれ?さっき私言わなかった?」
「聞いてない聞いてない!」
「とにかく受かっちゃったのよ!あ、明日これにサインして持ってこいって……」
アデリアが取り出した書類の給金の欄を見て、ザックスは絶句した。
「……ここ見ろ」
「ん?……ナニコレ、ゼロが……いっぱい?」
「なあ、面接に出した書類あるだろ?」
「う、うん」
「あれはお前の身上書だ。ただ、オレががでたらめに書いた」
「え?!」
「だから、それをばらせばいつでも仕事が辞められると思うんだ」
「……と、言う事は……?」
「やれるだけ、やって金稼ぐのも悪くないと思わないか?」
「――なるほど」
ふと振り返り三人を見た。嬉しそうにお菓子を頬張り、笑顔だ。こんな幸せそうな空気を崩すことが出来るだろうか。働くのを辞めると言うよりも、流れに沿って一旦働いた方が楽ではないのだろうか。
「めんどくさくなったら辞めればいいんだよね」
「ああ。いつでもオレが連れ出してやる」
アデリアは、ラスール邸で働く事を決意したのだった。
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