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1night--メンエス

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「おえええええええ――――っ」

「わー!!!!」

 嘔吐してしまった佐々木に、声の主は慌てながらも手を離さないでいてくれた。

「だ、大丈夫?!ちょっと待ってて……!」

「――おえっ、おええっ」

 情けないやら苦しいやらで、涙が滲んでくる。ぼろぼろと目から流れでた液体は、鼻水やよだれと混ざり合い、真っ黒なアスファルトに染みていく。

 得意ではないアルコールをこんなに飲んだのは、彼女に振られた原因を先輩に揶揄われたせいだった。多分、マフラーもさっきの飲み屋に忘れてきたのだろうと、急速に酔いが醒めた頭で、そう推理した。

「はい、お水どうぞ」

「ず、ずみまぜんっ」

「ははっ、鼻水も出てる。酷い顔ーほら、このティッシュ使って」

「ううっ……優しさが染みる……」

 手渡されたペットペットボトルを受け取り口をゆすぎ、側溝に吐き出した。口内の気持ち悪さが薄れて助かった。冷えた温度に、ぐらぐらしていた頭がハッキリしてくる。

 酒妬けしたような掠れた優しい声に、吐き気だけで無い涙が滲んだ。受け取ったポケットティッシュで鼻をかみながら、裏側に差し込まれている広告が目に入った。

「安心、ぽっきり、無料案内所……」

 つい、書いてある文字を口に出して読み上げる。

「ん?オニーサンそっちはまだ元気?懐かしのショーパブから癒しのメンエス、麗しのロシアンパブ、あとはそうだなぁ……がっつりこっち系もあるよ」

 逆光の中、茶色くて丸いサングラスの奥で、チェシャ猫のように意味深な笑みを浮かべたその子は、佐々木の太ももから中心部にかけてを人差し指で指さした。

「こ、こっち系……?」

「そそ。まあフーゾクならなんでもって事。……行った事ある?」

「っないです!」

「……まさか童貞?」

「ち、違います!今まで二人付き合った事あります!」

「ふふ、だよねーオニーサンちゃんとしてたらカッコよさそうだし。今はちょっとくたくた?だけど」

 オーバーサイズのスカジャンが案内所のピンクネオンに照らされてるせいで、胸元にあしらわれた虎の刺繍が、がファンシーなキャラクターに見えなくもない。最近の若い子にもスカジャンなんて流行っているのか、と感心しながら佐々木は大事なことに気が付いた。

 猫のように目を細めて笑う目の前の可愛い人物の首や腕が、女性にしてはしっかりした作りであることに。

 

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