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ジンベエザメ

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 館内の薄暗い照明のせいで、いつもは考えないようにしている事がふつふつと浮かび上がってくる。
 初めて席替えで隣の席になった湊は、女子や先生から「こぐまちゃん」と呼ばれ可愛がられていた。そう言われた本人は照れたように俯いて、はにかんでいた。もしかしたら本当はそう呼ばれるのが嫌なのかと心配した時もあったけど、直接聞いたことは無い。
 俺自身も可愛い「こぐまちゃん」だと思っていた湊にカッコ良さを感じたのも同じ時期だった。
 理科室での実験中に、アルコールランプからカーテンに火が着いた。火災報知器が反応し、クラスメイト達が戸惑っている時、湊だけが冷静だった。
 おろおろしていた先生に避難するよう呼びかけ、クラス全員を落ち着けて校庭へと誘導してくれた。
 あの時は俺より小さかった「こぐまちゃん」の背中が、なんだか大きく見えた。
「どしたん?」
「え?何が?」
「なんかさっきから静かやん」
「魚見に来てるねんし、そんな……うわっでか!」
 目の前に現れたのは悠々と泳ぐジンベイザメだ。
「ほんまや、でか!」
「学校で来た時もデカいと思ったけど、今見てもデカいなぁ……」
 ぽかんと口を開け、上を見上げる。ジンベイザメの腹側が良く見えた。
「あ、赤ちゃんおるわ」
「……ちゃうって、あれコバンザメ。湊、中学ん時と同じこと言うてるで」
「ほんまにぃ?忘れてもーたわ」
 ジンベイザメに2匹のコバンザメがくっついている。その姿は、昔見たものと変わらない圧倒的な質量があった。悠々と泳ぐ姿からは神々しささえ感じられて、2人は口を開けしばらく見ていた。
 やがて、何度も似たルートを同じ速度でくるくると泳ぎ続けている姿に疑問を抱き始める。
「こいつ、ずーっとコレでええんかなぁ」
 俺が声に出した疑問に、湊が目だけで続きを促した。
「確かにデカい水槽やけど、海より狭いやん」
「せやけど、ここは友達いっぱいおるやん」
 今度は俺が視線で続きを求めると、湊ははにかむ。
「水族館は魚の学校やねん。ほんでひとつの水槽はクラスメイトや。海も広くて楽しいやろけど、水槽の中は人間が守ってくれるやん、先生みたいに」
 夢物語のような話に、近くにいた大学生カップルの視線を感じる。途端、恥ずかしくなった俺は湊の肩を抱いて端へと移動した。
「なんやその絵本みたいな話!」
「え?伊鳴がジンベイザメと来年受験のオレらを重ねてるから励ましたろおもてん」
「重ねてへんわ!」
「そうなん?なんかさっきからずっとおセンチやで?」
「気のせいや!」
「ちょ、先行くなって……!」
 湊の舌打ちを聞きながら、俺は早足で館内を移動し始めた。人が増えてきた為か、湊はなかなか追いついてこない。
 受験だからじゃない。久しぶりに湊と2人になったから、何を話せばいいか分からないだけだ。
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