水族館回廊―関西弁男子の会話―

タコとキス

「タコやん！あ、タイもおる！」
「あれはイシダイで、あっちはマダイやって。タイ言うても種類あんねんなぁ」
　この水槽は日本に近い海を模しているらしい。聞き覚えのある魚の名前が多数書いてある。
「ほんまやなぁ。タイにヒラメって竜宮城やん……って、おいあれってもしかして……？」
　湊が岩陰を指さし、肩を叩いてきた。刺された方向を見てみると、そこには立派な伊勢海老の姿があった。
「うわ！伊勢海老やん！高級なやつ！……なぁひとつ言うてええ？」
「ええよ」
　流し目をした湊が、ニヤリと口角を上げたのが見える。
「後で寿司食わん？」
「オレも同じこと思てた」
「やんなぁ！」
　タコにタイにヒラメ、そして伊勢海老。男子高校生の食欲を舐められては困る。さっきから腹が減って仕方がない。
「伊鳴はなんの魚好き？」
「えーっとなぁ、寿司やったら最初はヒラメとかタイかなぁ。ほんでマグロにサーモン！湊は？」
「せやなぁ……ここにはおらんけど、キスかなぁ」
「キス？！」
　突然の単語に思わず聞き返すと、湊はバカにしたように笑った。
　キスなんて、湊はもう済ましているんだろうか。あれだけモテるのだからもっと凄いこともしていそうな気がする。
　そういう話を、湊は俺にはしてくれない。南にはたまにしてるっぽいのに。
「発音ちゃうわ、キスやのうて鱚や。鱚の天ぷら美味ない？」
「あ……！あーっ！そっちね！上手いよなぁ天ぷら！」
　胸をなでおろした俺を、湊が何か言いたそうに見つめている。何となく嫌な予感がした。
「なぁ、伊鳴のファーストキスてさ」
　嫌な予感的中や。
「あ！つぎいこーつぎ！歩いて腹減らしてどっちかようさん食えるか勝負せな！」
　やや強引な俺を追いかけてきた湊は、先程とは少し違う表情をしていた。どうやら難はのがれたらしい。俺たちは笑いながら、好きな魚料理を言い合いながら再び館内を巡る。