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居間に公爵令嬢がいます
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拝啓、お母さん。超絶美少女の公爵令嬢がいま、居間にいます。
こんな事を突然言われても意味が分からないかもしれませんが、私にも分かりません。ただ、目の前に信じられない光景が広がっている事だけは確かです。
「あなた何者なんですの? わたくしを殺しにきた死神? それにしては随分と間抜けな顔をしてるのね」
ああ、神さま。目の前にいる金髪美少女の毒舌はとっても最高ですが、私はどうしたらいいのでしょうか。
――――
そもそもの発端は一冊の本だった。
私はそこそこ稼ぎのいいフリーランスのデザイナーで、今は亡き祖父母の一軒家をリノベーションして相続し、呑気に一人暮らしをしていた。元々結婚願望の無かった私は安定した収入とお気に入りの我が家を手に入れて、友人達とたまに遊びつつ結構楽しくお一人の人生を謳歌している。
そんな私の楽しみは、新刊の本を買い漁ることと、古本から掘り出し物を見つけてることだ。
この時代、新刊はネット検索でいくらでも発掘できるが、年代物の本は廃盤になってたり話題にすら登ってない場合もある。ならばこの足で直接探し回った方が早い。それにやはり本屋で面白い本に出会えた瞬間というものは、何ものにも代え難い喜びがある。
その日も隣町で古書市があるというので喜び勇んで買い物に出かけた。成果は8冊。なかなかであった。
帰ったらコーヒーとチョコレート片手に熟読してやろうとスキップ寸前のテンションだったのがだいたい5時間くらい前。
一番に読み始めたその本は、最初からちょっと奇妙な感覚を覚えていた本だ。
重厚感のある本革の装丁には金の箔押しで『最強令嬢リリー・ルーチェのうんざりする日々』と書かれていた。挿し絵付きの本は今流行りの悪役令嬢ものにも見えたが、それにしては年代物に見える。紙も不思議な材質で、手に馴染むのにさらりとしているし、不思議な光沢を帯びていた。まるで一つの工芸品のようなその本に、私の心はすっかり奪われてしまった。
『それが気になるのかい?』
尋ねてきたのは出品者のおばあさんだった。一見すると普通のおばあさんに見えるのだが、片目が美しい宝石のような義眼だった。
おばあさんが出品していたのは全部で30冊ほどだったのだが、そのどれもがかなりの状態のいい年代物の古書に見えた。
古書巡りをしていると、たまに、ごくたまにだが不思議な空気を感じる瞬間がある。うまく言葉では説明できないが、そこにいるだけで肌がピリピリとしたりぞわぞわしたりワクワクしたり、とにかく第六感のようなものが刺激される瞬間だ。おばあさんやその本たちはそれらの感覚を総動員したような、不可思議な雰囲気を纏っていた。
そんなおばあさんに話しかけられた私はほとんど無意識に「気になります。いくらですか?」と尋ねた。
『一万だよ。言っとくが、この値段でそれはかなりの掘り出し物さね。なかなかない体験ができるかもしれないねえ』
そんな風に怪しいおばあさんが言うものだから、私は迷わず「最強令嬢リリー・ルーチェのうんざりする日々」を買ってしまったのだった。
その後も無事気になる本を発掘した私は、戦利品の本を抱えつつお菓子と夕飯の買い出しをした。帰宅早々夕飯の下ごしらえを終わらせササッとシャワーも済ませて私はさっそくその本を読みだした。
内容はやはりよくある「理不尽な目にあう公爵令嬢の奮闘記」だった。
幼くして実の母親を亡くし、そっけない父親が一年も満たないうちに継母と一つ下の腹違いの妹を連れてくる。
父である公爵はリリーには厳しく異母妹には甘く、使用人達もそれに習ったようにリリーを軽んじた。
さらにそれと並行してリリーは王太子の婚約者に選定されるが、この王子は何故かリリーを蛇蝎の如く嫌って距離を置き、代わりに異母妹と仲良くしていた。
子供の頃から年齢にそぐわないほど大人びていたリリーには気の合う友人はいない。かろうじている友人と言う名のとりまき達は、言葉の端々で王子に相手にされないリリーを笑っていた。
そしてやはりというかなんというか、リリーが16歳の時、王子主催のパーティーで王太子並びに異母妹の暗殺未遂の罪を着せられて投獄されてしまう。もちろん冤罪だが、誰も話は聞かないし婚約もその場で破棄されてしまった。
よくある話ではあるが理不尽すぎる物語なので、子供は守られるべき精神の私としてはストレスの溜まる話に思えた。しかしなかなかどうして面白い。
不遇な環境で育った割に、リリーはやばいくらい能力もメンタルもチートだった。努力家であることは間違いないのだが、内心では周囲のことを「家畜の皆様」と読んでいた。
学べば全てを吸収できるポテンシャルに加えて身体能力も高く、一国を難なく滅ぼせる魔力を保有し、しかもその世界に存在する全属性の魔法をリリーは操ることができた。
リリーは幼い頃からその類稀なる能力を大人達からひた隠しにしていたが、それはリリーの母親がそう言い残していたからだ。利用する事はあってもされてはダメよと死の瞬間まで彼女は言っていた。それと同時に幼いリリーに様々な教育を施した。優秀すぎるリリーはそれら全てを吸収し、彼女が亡くなる頃にはとんでもないチート幼女と化していたのだ。
だからどれだけ周囲の人間がリリーを虐げようとも、リリーにしてみればメェメェブーブーモーモーと鳴く家畜でしかなかった。
だが家畜だからと放置しすぎたからなのか、味方がいなさすぎたからなのか、リリーはあっさりと冤罪を突きつけられて投獄された。
だがさすがリリーである。彼女は取り押さえられた時のかすり傷を自力で治し、綺麗とは言い難いベッドを魔法で清潔にして「とりあえず寝ようかしら」と寝始めた。冤罪も婚約破棄もリリーの心にはミジンコほどのダメージも与えなかったのだ。
とまあ、強靭メンタルと能力を持つリリーではあるが、周囲の理不尽さに私は結構、いやかなりイライラしていた。
どんなにチートでもメンタルが強くても子供に対して周囲の大人が酷すぎる。王太子も異母妹もクソではあるが、それを許容したのは大人達だ。
「あー腹立つ!」
あまりにイライラしすぎて私はキッチンへ向かった。硬い煎餅でもバリバリ食べないとやってられなかったのだ。それがちょうど2分ほど前のこと。
そしてお茶を用意して煎餅袋を持った現在の私は、ぽかんと口を開けて先ほどまで自分が座っていたソファーを見つめているわけで。
「あなた何者なんですの? わたくしを殺しにきた死神? それにしては随分と間抜けな顔をしてるのね」
あれ? 幻覚かな?? 居間に金髪碧眼で白人の超絶美少女がいるような気がする???しかも本の挿絵のリリーに似てる気がする????
「ちょっと、人の話を聞いているの? それとも言葉が分からない?」
「わかりますが……ええと……ここは私の家なんですけど、貴女様はどなたで……」
「わたくしはリリアンヌ・フォンテーヌ・フランチェスカ・ルーチェと申します。わたくし先ほどまで牢屋の中に居たのですが、寝て起きたらここにいましたの。貴女がわたくしを運んだのではないの?」
なんてこったやっぱりリリーだ。リリー様だ。彼女の母親以外は彼女をリリアンヌって言ってたから間違いない。
……え?リリー様??ええ? ??なんで????
「運んでないですね……え……? どういうこと?」
「知りませんわ。そもそもなんですの、この場所は。見たことないものばかりだわ」
ふう、と頬に手を当ててため息を零したリリー様の麗しさに私は手を合わせて拝みそうになった。とんでもない美少女ってため息一つにも破壊力あるんだな。訳は分からないけど、こんな美少女を生で見れたのは幸せな事かもしれない。
「えーと…リリー様、お腹空いてませんか。なんかよく分からないのでご飯食べましょう、ご飯」
「まあ、お食事をいただけるの?嬉しいわ。わたくし、今日なにも食べてなくって」
そうでしょうとも。朝は公爵家がバタバタしてて食べれず、その後のパーティーでも早々の断罪で食べれず、そのまま牢屋直行で食事を与えられずだったもの。そりゃお腹も空くよ。ひどい話だ。
「食べましょう食べましょう。大したものは出せませんが」
「お腹が満たせるならなんでもいいわ。今日は疲れてしまったもの」
「心中お察しします」
私は下ごしらえをしていた鍋に火をかけた。2日分と思って準備してたから2人で食べても充分間に合うだろう。味付けは市販の塩レモンスープの素を使うからそこまで変にはならない筈だ。
「できた」
下ごしらえをしてたお陰で殆どお待たせする事なく鍋は完成した。偉いよ私、素晴らしい。
「リリー様、準備できたのでこちらの椅子にどうぞ」
私は居間のソファでぼうっとこちらを見ていたリリー様を呼んだ。リリー様は促されるままに椅子に座って「ありがとう」とはにかむ。なんてこった可愛い。
内心興奮しながら出来立ての鍋をテーブルの真ん中に置き、具を取り分けてリリー様に渡す。
「さ、どうぞお食べください。おかわりは沢山あるのでいくらでもどうぞ」
「ありがとう。遠慮なく頂くわ」
言うが早くリリー様は出来立ての鍋を食べ始めた。
「とてもおいしいです」
「よかった」
お世辞でなく美味しそうに食べたリリー様に私はホッとした。美少女にまずいものを食べさせるわけにはいかないからほんとによかった。ありがとう市販の鍋スープ。公爵令嬢が認めたスープですってPOPを作ってプレゼントしようかな。
食事の邪魔はしたくなかった私は返事もそこそこに黙々と食事を進めた。するとあっという間に鍋が空になり、リリー様はちょっとだけ悲しそうな顔をした。物足りなかったのだろう。リリー様はこのほっそい見た目にそぐわず結構な大食漢なのだ。
「リリー様、まだ食べれそうならこの汁に米を入れて雑炊を作ろうかと思うのですが…」
「コメとゾウスイが何かはわかりませんが食べます」
早い。すごく早い返事だ。心なしか目もギラギラしている。だが美少女だ。
「ん、これもとても上品な味で美味しいです」
塩レモンの卵雑炊を幸せそうに食べる金髪碧眼の美少女ってなんだろう。バグかな。神さまが見せた夢かな?
「美味しいですよね。あ、リリー様、お風呂?湯浴み?しますか?」
「まあ、いいんですか?何から何まで申し訳ないわ。でもありがとう」
リリー様のこういう貰えるものはとりあえず貰っておけという精神、私は好きです。変に遠慮されるよりずっといい。
私はリリー様にお風呂の説明をして、僭越ながら私の部屋着を託した。厳選したがたぶんあまり似合わないと思う。顔の作りが違うから仕方ないのだ。
「それにしてもとんでもないことになったな~」
どうしてこうなったのかは分からない。分からないが、まだ16歳の少女を追い出すなんて大人としてできるわけがない。
だってたぶんリリー様、異世界来ちゃってるよね。逆異世界転移だよね。私が行くんじゃないんだね。いやまあ、あんなクソみたいな世界には死んでも行きたくないけども。私は大人が大人の役割をしないで子供に理不尽を強いるのは絶対許さん派なのだ。
「ふう、さっぱりしました」
「ヒイッ湯上り美少女!可愛いすぎる…」
悶々と考えていると頬をほんのり染めた美少女が現れた。やばい可愛い。
その破壊力に思わず声に出してしまったが、さすがリリー様。「まあ、ありがとうございます」と余裕の笑みを浮かべられた。
「髪は…ああ、魔法で乾かしたんですね」
「ええ」
「じゃあリリー様、アイス食べましょう、アイス」
ならばと私は身を乗り出した。
リリー様は今日一日大変だったから少しでも労わりたい。私は秘蔵のハーゲンのやつを冷凍庫から取り出した。やはり異世界でもスイーツの概念は共通なのかもしれない。リリー様はたいそうハーゲンのやつを気に入られた。ありがとうハーゲンのやつ。お高いだけある。
「とっても美味しかった」
「じゃあまた食べましょうね」
「ええ……ふあ」
2人でまったりしているとリリー様がくあ、と欠伸を噛み殺した。おいおい美少女は欠伸まで可愛いってのか。最高です。
「眠そうですね。今日はもう寝ましょうか。リリー様、疲れてるでしょう?」
私がそう提案すると、目をとろとろとさせたリリー様が不満そうに唇を尖らせた。
「いやです」
「え?」
「寝ません。だって、目が覚めたら貴女がいないかもしれないもの。そんなのいや。寝ません」
「グッ…!」
頭をいやいやと振るリリー様はアルマゲドン級にお可愛らしかった。
いけない。この数時間で私の心はすっかりリリー様に魅了され爺やになってしまった。リリー様のお世話をしたくてしょうがない。こんな可愛い生き物を前に、あの世界のやつらは何してたんだ。おかしいんじゃないのか。
「じゃあ手を繋いで寝ましょうか。そしたら間違って向こうに戻ってもきっと私も一緒に行けますよ」
「本当!? ……でもダメよ、貴女を巻き込めない」
リリー様はいい性格をされてるけど、お人好しであらせられる。そんなの気にしなくてもいいのに。爺やはそこも好きですよ。
「その時は逃げましょう。リリー様ならあれくらいの牢屋なんてすぐ突破できますよね。壁ぶっ壊して逃げましょう。ついでに来るやつ全員ぶっ飛ばしましょう」
「まあ、物騒ねえ」
でも悪くないかも、と、リリー様は笑った。努力家のリリー様は全属性全ての腕も超一流なのである。
爺やはリリー様が思う存分力を振るようサポートいたしますぞ。ご安心ください、介錯は私が務めますからね。金の玉を思いきり潰します。
「じゃあ寝ましょうか」
そんなこんなで私とリリー様はお手手を繋いで同じベットに横になった。
「ふふ。誰かと一緒に寝るなんて、母さま以来だわ。というか貴女、こんな状態なのにどうして私をすんなり受け入れてるの?説明してないのにわたくしの事情知っているみたいだし」
「不思議な出来事は大体が突然起きたりするものですからね。あるがままを受け入れるのが一番手っ取り早いんです。それにリリー様かわいいし。知ってますか?かわいいは正義なんですよ。あとリリー様も大概です。同性とはいえ見知らぬ人間と手を繋いで寝たらダメですよ。危ないですからね。私は例外ですが」
「ふふ…わたくしにそんなこと言うの貴女くらいだわ。ねえ、あのね。わたくしこう見えて混乱しているのよ?でも貴女、驚くくらい害意がないんだもの。だから気が抜けちゃったの。それに貴女の名前を聞くのもすっかり忘れていたわ。教えてくれる?」
澄んだ海のような美しい瞳が私に問いかけてきて、そういえば名乗ってないことを思い出した。なんたる不敬。爺や失格である。
「私は桜野都って言います。こっちでは家名がサクラノ、名前がミヤコになります。貴女でもミヤコでも爺やでも、呼びやすいので呼んでください」
「ふふ、もう。爺やってなによ。男でも爺やって年齢でもないでしょうに。ーーじゃあミヤコ、おやすみなさい」
「おやすみなさい、リリー様」
鈴の音のような笑い声をあげてリリー様は目を瞑った。私はその可愛さにひとしきり悶え苦しみながら、すうすうと寝息を立てるリリー様を追うように眠りについたのであった。
こんな事を突然言われても意味が分からないかもしれませんが、私にも分かりません。ただ、目の前に信じられない光景が広がっている事だけは確かです。
「あなた何者なんですの? わたくしを殺しにきた死神? それにしては随分と間抜けな顔をしてるのね」
ああ、神さま。目の前にいる金髪美少女の毒舌はとっても最高ですが、私はどうしたらいいのでしょうか。
――――
そもそもの発端は一冊の本だった。
私はそこそこ稼ぎのいいフリーランスのデザイナーで、今は亡き祖父母の一軒家をリノベーションして相続し、呑気に一人暮らしをしていた。元々結婚願望の無かった私は安定した収入とお気に入りの我が家を手に入れて、友人達とたまに遊びつつ結構楽しくお一人の人生を謳歌している。
そんな私の楽しみは、新刊の本を買い漁ることと、古本から掘り出し物を見つけてることだ。
この時代、新刊はネット検索でいくらでも発掘できるが、年代物の本は廃盤になってたり話題にすら登ってない場合もある。ならばこの足で直接探し回った方が早い。それにやはり本屋で面白い本に出会えた瞬間というものは、何ものにも代え難い喜びがある。
その日も隣町で古書市があるというので喜び勇んで買い物に出かけた。成果は8冊。なかなかであった。
帰ったらコーヒーとチョコレート片手に熟読してやろうとスキップ寸前のテンションだったのがだいたい5時間くらい前。
一番に読み始めたその本は、最初からちょっと奇妙な感覚を覚えていた本だ。
重厚感のある本革の装丁には金の箔押しで『最強令嬢リリー・ルーチェのうんざりする日々』と書かれていた。挿し絵付きの本は今流行りの悪役令嬢ものにも見えたが、それにしては年代物に見える。紙も不思議な材質で、手に馴染むのにさらりとしているし、不思議な光沢を帯びていた。まるで一つの工芸品のようなその本に、私の心はすっかり奪われてしまった。
『それが気になるのかい?』
尋ねてきたのは出品者のおばあさんだった。一見すると普通のおばあさんに見えるのだが、片目が美しい宝石のような義眼だった。
おばあさんが出品していたのは全部で30冊ほどだったのだが、そのどれもがかなりの状態のいい年代物の古書に見えた。
古書巡りをしていると、たまに、ごくたまにだが不思議な空気を感じる瞬間がある。うまく言葉では説明できないが、そこにいるだけで肌がピリピリとしたりぞわぞわしたりワクワクしたり、とにかく第六感のようなものが刺激される瞬間だ。おばあさんやその本たちはそれらの感覚を総動員したような、不可思議な雰囲気を纏っていた。
そんなおばあさんに話しかけられた私はほとんど無意識に「気になります。いくらですか?」と尋ねた。
『一万だよ。言っとくが、この値段でそれはかなりの掘り出し物さね。なかなかない体験ができるかもしれないねえ』
そんな風に怪しいおばあさんが言うものだから、私は迷わず「最強令嬢リリー・ルーチェのうんざりする日々」を買ってしまったのだった。
その後も無事気になる本を発掘した私は、戦利品の本を抱えつつお菓子と夕飯の買い出しをした。帰宅早々夕飯の下ごしらえを終わらせササッとシャワーも済ませて私はさっそくその本を読みだした。
内容はやはりよくある「理不尽な目にあう公爵令嬢の奮闘記」だった。
幼くして実の母親を亡くし、そっけない父親が一年も満たないうちに継母と一つ下の腹違いの妹を連れてくる。
父である公爵はリリーには厳しく異母妹には甘く、使用人達もそれに習ったようにリリーを軽んじた。
さらにそれと並行してリリーは王太子の婚約者に選定されるが、この王子は何故かリリーを蛇蝎の如く嫌って距離を置き、代わりに異母妹と仲良くしていた。
子供の頃から年齢にそぐわないほど大人びていたリリーには気の合う友人はいない。かろうじている友人と言う名のとりまき達は、言葉の端々で王子に相手にされないリリーを笑っていた。
そしてやはりというかなんというか、リリーが16歳の時、王子主催のパーティーで王太子並びに異母妹の暗殺未遂の罪を着せられて投獄されてしまう。もちろん冤罪だが、誰も話は聞かないし婚約もその場で破棄されてしまった。
よくある話ではあるが理不尽すぎる物語なので、子供は守られるべき精神の私としてはストレスの溜まる話に思えた。しかしなかなかどうして面白い。
不遇な環境で育った割に、リリーはやばいくらい能力もメンタルもチートだった。努力家であることは間違いないのだが、内心では周囲のことを「家畜の皆様」と読んでいた。
学べば全てを吸収できるポテンシャルに加えて身体能力も高く、一国を難なく滅ぼせる魔力を保有し、しかもその世界に存在する全属性の魔法をリリーは操ることができた。
リリーは幼い頃からその類稀なる能力を大人達からひた隠しにしていたが、それはリリーの母親がそう言い残していたからだ。利用する事はあってもされてはダメよと死の瞬間まで彼女は言っていた。それと同時に幼いリリーに様々な教育を施した。優秀すぎるリリーはそれら全てを吸収し、彼女が亡くなる頃にはとんでもないチート幼女と化していたのだ。
だからどれだけ周囲の人間がリリーを虐げようとも、リリーにしてみればメェメェブーブーモーモーと鳴く家畜でしかなかった。
だが家畜だからと放置しすぎたからなのか、味方がいなさすぎたからなのか、リリーはあっさりと冤罪を突きつけられて投獄された。
だがさすがリリーである。彼女は取り押さえられた時のかすり傷を自力で治し、綺麗とは言い難いベッドを魔法で清潔にして「とりあえず寝ようかしら」と寝始めた。冤罪も婚約破棄もリリーの心にはミジンコほどのダメージも与えなかったのだ。
とまあ、強靭メンタルと能力を持つリリーではあるが、周囲の理不尽さに私は結構、いやかなりイライラしていた。
どんなにチートでもメンタルが強くても子供に対して周囲の大人が酷すぎる。王太子も異母妹もクソではあるが、それを許容したのは大人達だ。
「あー腹立つ!」
あまりにイライラしすぎて私はキッチンへ向かった。硬い煎餅でもバリバリ食べないとやってられなかったのだ。それがちょうど2分ほど前のこと。
そしてお茶を用意して煎餅袋を持った現在の私は、ぽかんと口を開けて先ほどまで自分が座っていたソファーを見つめているわけで。
「あなた何者なんですの? わたくしを殺しにきた死神? それにしては随分と間抜けな顔をしてるのね」
あれ? 幻覚かな?? 居間に金髪碧眼で白人の超絶美少女がいるような気がする???しかも本の挿絵のリリーに似てる気がする????
「ちょっと、人の話を聞いているの? それとも言葉が分からない?」
「わかりますが……ええと……ここは私の家なんですけど、貴女様はどなたで……」
「わたくしはリリアンヌ・フォンテーヌ・フランチェスカ・ルーチェと申します。わたくし先ほどまで牢屋の中に居たのですが、寝て起きたらここにいましたの。貴女がわたくしを運んだのではないの?」
なんてこったやっぱりリリーだ。リリー様だ。彼女の母親以外は彼女をリリアンヌって言ってたから間違いない。
……え?リリー様??ええ? ??なんで????
「運んでないですね……え……? どういうこと?」
「知りませんわ。そもそもなんですの、この場所は。見たことないものばかりだわ」
ふう、と頬に手を当ててため息を零したリリー様の麗しさに私は手を合わせて拝みそうになった。とんでもない美少女ってため息一つにも破壊力あるんだな。訳は分からないけど、こんな美少女を生で見れたのは幸せな事かもしれない。
「えーと…リリー様、お腹空いてませんか。なんかよく分からないのでご飯食べましょう、ご飯」
「まあ、お食事をいただけるの?嬉しいわ。わたくし、今日なにも食べてなくって」
そうでしょうとも。朝は公爵家がバタバタしてて食べれず、その後のパーティーでも早々の断罪で食べれず、そのまま牢屋直行で食事を与えられずだったもの。そりゃお腹も空くよ。ひどい話だ。
「食べましょう食べましょう。大したものは出せませんが」
「お腹が満たせるならなんでもいいわ。今日は疲れてしまったもの」
「心中お察しします」
私は下ごしらえをしていた鍋に火をかけた。2日分と思って準備してたから2人で食べても充分間に合うだろう。味付けは市販の塩レモンスープの素を使うからそこまで変にはならない筈だ。
「できた」
下ごしらえをしてたお陰で殆どお待たせする事なく鍋は完成した。偉いよ私、素晴らしい。
「リリー様、準備できたのでこちらの椅子にどうぞ」
私は居間のソファでぼうっとこちらを見ていたリリー様を呼んだ。リリー様は促されるままに椅子に座って「ありがとう」とはにかむ。なんてこった可愛い。
内心興奮しながら出来立ての鍋をテーブルの真ん中に置き、具を取り分けてリリー様に渡す。
「さ、どうぞお食べください。おかわりは沢山あるのでいくらでもどうぞ」
「ありがとう。遠慮なく頂くわ」
言うが早くリリー様は出来立ての鍋を食べ始めた。
「とてもおいしいです」
「よかった」
お世辞でなく美味しそうに食べたリリー様に私はホッとした。美少女にまずいものを食べさせるわけにはいかないからほんとによかった。ありがとう市販の鍋スープ。公爵令嬢が認めたスープですってPOPを作ってプレゼントしようかな。
食事の邪魔はしたくなかった私は返事もそこそこに黙々と食事を進めた。するとあっという間に鍋が空になり、リリー様はちょっとだけ悲しそうな顔をした。物足りなかったのだろう。リリー様はこのほっそい見た目にそぐわず結構な大食漢なのだ。
「リリー様、まだ食べれそうならこの汁に米を入れて雑炊を作ろうかと思うのですが…」
「コメとゾウスイが何かはわかりませんが食べます」
早い。すごく早い返事だ。心なしか目もギラギラしている。だが美少女だ。
「ん、これもとても上品な味で美味しいです」
塩レモンの卵雑炊を幸せそうに食べる金髪碧眼の美少女ってなんだろう。バグかな。神さまが見せた夢かな?
「美味しいですよね。あ、リリー様、お風呂?湯浴み?しますか?」
「まあ、いいんですか?何から何まで申し訳ないわ。でもありがとう」
リリー様のこういう貰えるものはとりあえず貰っておけという精神、私は好きです。変に遠慮されるよりずっといい。
私はリリー様にお風呂の説明をして、僭越ながら私の部屋着を託した。厳選したがたぶんあまり似合わないと思う。顔の作りが違うから仕方ないのだ。
「それにしてもとんでもないことになったな~」
どうしてこうなったのかは分からない。分からないが、まだ16歳の少女を追い出すなんて大人としてできるわけがない。
だってたぶんリリー様、異世界来ちゃってるよね。逆異世界転移だよね。私が行くんじゃないんだね。いやまあ、あんなクソみたいな世界には死んでも行きたくないけども。私は大人が大人の役割をしないで子供に理不尽を強いるのは絶対許さん派なのだ。
「ふう、さっぱりしました」
「ヒイッ湯上り美少女!可愛いすぎる…」
悶々と考えていると頬をほんのり染めた美少女が現れた。やばい可愛い。
その破壊力に思わず声に出してしまったが、さすがリリー様。「まあ、ありがとうございます」と余裕の笑みを浮かべられた。
「髪は…ああ、魔法で乾かしたんですね」
「ええ」
「じゃあリリー様、アイス食べましょう、アイス」
ならばと私は身を乗り出した。
リリー様は今日一日大変だったから少しでも労わりたい。私は秘蔵のハーゲンのやつを冷凍庫から取り出した。やはり異世界でもスイーツの概念は共通なのかもしれない。リリー様はたいそうハーゲンのやつを気に入られた。ありがとうハーゲンのやつ。お高いだけある。
「とっても美味しかった」
「じゃあまた食べましょうね」
「ええ……ふあ」
2人でまったりしているとリリー様がくあ、と欠伸を噛み殺した。おいおい美少女は欠伸まで可愛いってのか。最高です。
「眠そうですね。今日はもう寝ましょうか。リリー様、疲れてるでしょう?」
私がそう提案すると、目をとろとろとさせたリリー様が不満そうに唇を尖らせた。
「いやです」
「え?」
「寝ません。だって、目が覚めたら貴女がいないかもしれないもの。そんなのいや。寝ません」
「グッ…!」
頭をいやいやと振るリリー様はアルマゲドン級にお可愛らしかった。
いけない。この数時間で私の心はすっかりリリー様に魅了され爺やになってしまった。リリー様のお世話をしたくてしょうがない。こんな可愛い生き物を前に、あの世界のやつらは何してたんだ。おかしいんじゃないのか。
「じゃあ手を繋いで寝ましょうか。そしたら間違って向こうに戻ってもきっと私も一緒に行けますよ」
「本当!? ……でもダメよ、貴女を巻き込めない」
リリー様はいい性格をされてるけど、お人好しであらせられる。そんなの気にしなくてもいいのに。爺やはそこも好きですよ。
「その時は逃げましょう。リリー様ならあれくらいの牢屋なんてすぐ突破できますよね。壁ぶっ壊して逃げましょう。ついでに来るやつ全員ぶっ飛ばしましょう」
「まあ、物騒ねえ」
でも悪くないかも、と、リリー様は笑った。努力家のリリー様は全属性全ての腕も超一流なのである。
爺やはリリー様が思う存分力を振るようサポートいたしますぞ。ご安心ください、介錯は私が務めますからね。金の玉を思いきり潰します。
「じゃあ寝ましょうか」
そんなこんなで私とリリー様はお手手を繋いで同じベットに横になった。
「ふふ。誰かと一緒に寝るなんて、母さま以来だわ。というか貴女、こんな状態なのにどうして私をすんなり受け入れてるの?説明してないのにわたくしの事情知っているみたいだし」
「不思議な出来事は大体が突然起きたりするものですからね。あるがままを受け入れるのが一番手っ取り早いんです。それにリリー様かわいいし。知ってますか?かわいいは正義なんですよ。あとリリー様も大概です。同性とはいえ見知らぬ人間と手を繋いで寝たらダメですよ。危ないですからね。私は例外ですが」
「ふふ…わたくしにそんなこと言うの貴女くらいだわ。ねえ、あのね。わたくしこう見えて混乱しているのよ?でも貴女、驚くくらい害意がないんだもの。だから気が抜けちゃったの。それに貴女の名前を聞くのもすっかり忘れていたわ。教えてくれる?」
澄んだ海のような美しい瞳が私に問いかけてきて、そういえば名乗ってないことを思い出した。なんたる不敬。爺や失格である。
「私は桜野都って言います。こっちでは家名がサクラノ、名前がミヤコになります。貴女でもミヤコでも爺やでも、呼びやすいので呼んでください」
「ふふ、もう。爺やってなによ。男でも爺やって年齢でもないでしょうに。ーーじゃあミヤコ、おやすみなさい」
「おやすみなさい、リリー様」
鈴の音のような笑い声をあげてリリー様は目を瞑った。私はその可愛さにひとしきり悶え苦しみながら、すうすうと寝息を立てるリリー様を追うように眠りについたのであった。
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(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
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