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哀しみの檻6
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その日、体調を崩したからとマクシミリアンとの夕食を断った。見舞いに来た彼を「寝ておりますから」とマーガレットに断ってもらう。
マーガレットは噂については知っていたようだった。ただ彼女も夕食時の私達を見ていたから、ただの噂と判断して私の耳に入れないようにしていたらしい。
今日の出来事をマーガレットに話すと、誤解かもしれないから話し合われては、と勧められたがとてもじゃないが無理だった。
今の私は冷静じゃない。冷静でないまま話しても言葉は耳に入らない。
何より、誤解ではないのだから。
その日から私は徹底してマクシミリアンとマリアベラを避けた。公務の際には顔を合わせたが、彼らの目を見る事は出来なかった。
夕食時には用事を入れたり疲れを理由に断りを入れ、マリアベラからのお茶の誘いは公務で忙しいからとマーガレットを介して返事を出す。
彼らも流石におかしいと気付いたが、とにかく話をする隙を作らせなかった。
その間にも、街へ視察に行っていたマクシミリアンとマリアベラの噂は国内外に広がっていく。
案内なのだからマクシミリアンにもマリアベラにも後ろ暗いところはない。それでも彼らが想い合っている様は、見る人が見ればわかってしまうだろう。
加えてマリアベラは噂以上の美姫である。横に立つマクシミリアンはとても自然で、お似合いの二人だ。人々の好奇心を煽るのにはちょうど良かったに違いない。
しかしグレイヒ国民だれもが疑問を抱く。では聖女はどうなるのだろう、と。さすがに私だって彼らが自分を好いてくれているのを知っていた。
そうなると今度はマリアベラが悪女だと噂された。美貌で王子を誑かし、自国の権力で聖女を追い落とそうとしていると。
これは決して間違った噂ではない。実際にフィリップ国王はそのつもりである。
しかしマリアベラを知る私は違うと知っていた。
だけど大丈夫、なんでもない、と言うにはあまりにも説得力がない。
街ではマリアベラが悪者だが、彼らの思いを知った今、私は自分こそが邪魔であり悪者なのではとすら思ってしまう。
思い合う二人を私の存在が引き裂くのだ。
「マーガレット、私はどうするのが正しいのかしら」
疲れたように私は呟いた。以前はあった激情も、疲れ果てて萎んでいくだけだ。
本当に、どうしたらよいのか分からなかった。
側室になれば事態はおさまるだろう。だけど自分が心を保ってやっていけるのか自信が無かった。
マーガレットは最初こそ私の勘違いなのでは言っていたが、実際に彼らを見て勘違いではないと分かったようだった。
私の問いかけにマーガレットは眉を下げた。
「私にも分かりません。私もその、そういった経験がほとんど無く…」
「そうよね…」
「でもこのままでは、サクラ様が壊れてしまうのではと心配です。私は何があってもサクラ様の味方である事は変わりません。以前に私が言った事をご決断されても、どこまでも付いて行きます」
――一緒に逃げましょう。
そう言われたのが酷く昔に思えた。彼女は今も変わらずに、同じように言ってくれるのだ。
それが嬉しくて思わず微笑む。
「そうね。それもありかもしれない」
この国は私を逃がさないと分かっているのに、今度は夢に縋るように空想する。
お金は貰ったから、二人でなら生きていけるだろう。聖女の立場を捨てて旅に出るのもいいかもしれない。
「貴方となら、どこでもきっと楽しいわね」
「はい」
実現しない未来を夢見て笑い合う。
夢見て、疲れて。
私は瞼を閉じた。
彼らを避けるようになってから2か月が過ぎた。それでも王宮にいる時マクシミリアンは毎日私を待っていた。
話を、しなければならない。
「マーガレット、今日は彼と食事を取るわ。人払いをさせてほしいの」
「かしこまりました」
マーガレットは完璧な礼をして部屋から退出した。逃げましょうと言った背中を目で追って、小さく呟く。
「逃げられたら、いいのに」
捕まる未来しか浮かばない。
けれど逃げたかった。
彼と向き合うのが怖かった。
愛されていなかったと、突きつけられるのが、怖かった
マーガレットは噂については知っていたようだった。ただ彼女も夕食時の私達を見ていたから、ただの噂と判断して私の耳に入れないようにしていたらしい。
今日の出来事をマーガレットに話すと、誤解かもしれないから話し合われては、と勧められたがとてもじゃないが無理だった。
今の私は冷静じゃない。冷静でないまま話しても言葉は耳に入らない。
何より、誤解ではないのだから。
その日から私は徹底してマクシミリアンとマリアベラを避けた。公務の際には顔を合わせたが、彼らの目を見る事は出来なかった。
夕食時には用事を入れたり疲れを理由に断りを入れ、マリアベラからのお茶の誘いは公務で忙しいからとマーガレットを介して返事を出す。
彼らも流石におかしいと気付いたが、とにかく話をする隙を作らせなかった。
その間にも、街へ視察に行っていたマクシミリアンとマリアベラの噂は国内外に広がっていく。
案内なのだからマクシミリアンにもマリアベラにも後ろ暗いところはない。それでも彼らが想い合っている様は、見る人が見ればわかってしまうだろう。
加えてマリアベラは噂以上の美姫である。横に立つマクシミリアンはとても自然で、お似合いの二人だ。人々の好奇心を煽るのにはちょうど良かったに違いない。
しかしグレイヒ国民だれもが疑問を抱く。では聖女はどうなるのだろう、と。さすがに私だって彼らが自分を好いてくれているのを知っていた。
そうなると今度はマリアベラが悪女だと噂された。美貌で王子を誑かし、自国の権力で聖女を追い落とそうとしていると。
これは決して間違った噂ではない。実際にフィリップ国王はそのつもりである。
しかしマリアベラを知る私は違うと知っていた。
だけど大丈夫、なんでもない、と言うにはあまりにも説得力がない。
街ではマリアベラが悪者だが、彼らの思いを知った今、私は自分こそが邪魔であり悪者なのではとすら思ってしまう。
思い合う二人を私の存在が引き裂くのだ。
「マーガレット、私はどうするのが正しいのかしら」
疲れたように私は呟いた。以前はあった激情も、疲れ果てて萎んでいくだけだ。
本当に、どうしたらよいのか分からなかった。
側室になれば事態はおさまるだろう。だけど自分が心を保ってやっていけるのか自信が無かった。
マーガレットは最初こそ私の勘違いなのでは言っていたが、実際に彼らを見て勘違いではないと分かったようだった。
私の問いかけにマーガレットは眉を下げた。
「私にも分かりません。私もその、そういった経験がほとんど無く…」
「そうよね…」
「でもこのままでは、サクラ様が壊れてしまうのではと心配です。私は何があってもサクラ様の味方である事は変わりません。以前に私が言った事をご決断されても、どこまでも付いて行きます」
――一緒に逃げましょう。
そう言われたのが酷く昔に思えた。彼女は今も変わらずに、同じように言ってくれるのだ。
それが嬉しくて思わず微笑む。
「そうね。それもありかもしれない」
この国は私を逃がさないと分かっているのに、今度は夢に縋るように空想する。
お金は貰ったから、二人でなら生きていけるだろう。聖女の立場を捨てて旅に出るのもいいかもしれない。
「貴方となら、どこでもきっと楽しいわね」
「はい」
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夢見て、疲れて。
私は瞼を閉じた。
彼らを避けるようになってから2か月が過ぎた。それでも王宮にいる時マクシミリアンは毎日私を待っていた。
話を、しなければならない。
「マーガレット、今日は彼と食事を取るわ。人払いをさせてほしいの」
「かしこまりました」
マーガレットは完璧な礼をして部屋から退出した。逃げましょうと言った背中を目で追って、小さく呟く。
「逃げられたら、いいのに」
捕まる未来しか浮かばない。
けれど逃げたかった。
彼と向き合うのが怖かった。
愛されていなかったと、突きつけられるのが、怖かった
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