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哀しみの檻5
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マクシミリアンの変化に気付いたのは、マリアベラがグレイヒに来て一ヶ月を過ぎてからだった。
我ながら気付くのが遅かったように思う。なぜならその時まで、彼が私に向ける優しい笑顔が自分と同一のものだと勘違いしていたからだ。
王妃教育の傍ら、私も何度かマリアベラとお茶会をしていたが、その場にマクシミリアンは居らず、また、マクシミリアンがマリアベラを案内している時も私は立ち会ってはいなかった。
私もマクシミリアンも多忙だったからだ。
離宮で生活をしていると、プライベートとして彼と会えるのは大抵が食事を共にする夜になる。昼間にお互いに顔を合わせることはあるが、大抵は会議か授業だった。
だから離宮で用意された食事を取りながら、今日一日の報告をするのが日課だった。その時にもちろんマリアベラの話も出ていた。
その大抵は褒め言葉だ。これはもちろん私も含んだものだ。
マリアベラは、思慮深く教養も広く、淑女として必要な立ち振る舞いも完璧だった。しかし驕ることなく笠に着ることもない。思いやり溢れる素晴らしい女性だった。
異世界からの召喚に対する謝罪や、浄化に対する感謝の気持ちをごく自然に伝えるマリアベラに純粋な好意を抱いた私は、彼女にお願いして友人として接してもらうことにした。彼女が快く快諾したことで、たくさんの話をする事ができた。
政治的知識も幅広かったため、教えを請うたり、オレリアンの国家システムから特産品、秘密の裏話も聞かせてもらった。
真面目なだけではなくユーモアのある彼女との会話は楽しかった。
マリアベラは日本の話も聞きたがり、他愛ない話に驚いたり笑ったりしてくれた。翳りなく家族の話が出来たことで、どこか私は救われていた。
そんな話をすれば、マクシミリアンも喜んだ。彼もまた、マリアベラの造詣の深さに感嘆し、彼女の王族としての考え方を尊敬した。
年下の異国の少女に私達は時を重ねるごとに惹かれていった。
こんなにも自分が惹かれた女性だったのに、マクシミリアンの心が動いていた事に気づかなかった私は愚かだった。
それを見たのは偶然だった。
花の咲き乱れた王宮の庭園で二人が談笑していた。少し離れた場所に二人の侍従が控えている。
私は大好きな二人を見つけて駆け寄ろうとし、止まった。いや、動けなくなった、と言った方がいいだろう。柱に手をついて、物陰から彼らを伺う。
マクシミリアンの顔には、見た事もない色が浮かんでいた。
眩しくて、焦がれるような狂おしいほどの恋慕。
何故かそんな言葉が脳裏を過る。
マリアベラの顔はこちらからは見えない。今見えるのはマクシミリアンの表情だけだ。
愛しい人を見つめる時に、彼はこんな顔を浮かべるのだ。
指先が震える。
そして私は唐突に理解した。
彼がもう一度私に求婚してくれた時に僅かに抱いた違和感。直ぐに霧散して忘れていた。
けれど彼が私を見る顔には覚えがあった。
それは、両親や弟が私を見る時。マーガレットが私を見る時。
無条件な愛情。慈しみ尊重し、守りたい思い、見守る優しさ。
私にも覚えがある感情だ。私だって彼らに同様の愛情を持っていた。
けれどマクシミリアンには、もっと違う感情を抱いていた。
好きだった。愛していた。狂おしいほどに。
思っていた。彼もまた、同じように思ってくれていると。
そう、願っていた。
打ちのめされたように目が眩んだ。地に足がついているような気がしない。
姿勢を変えたマリアベラの顔が見えて、私は今度こそ足の力が抜けた。崩れ落ちないように柱に縋り付くが、手も震えてそれが叶わない。
焦がれるような恋慕。隠そうとしているが、磨きのかかった彼女の美しさがそれを邪魔していた。
他の誰かと相対した時よりも遥かに彼女は美しかった。花が咲いたように、彼女は笑っていた。親しみだけではない。思いを乗せた笑顔には、心を奪うだけの力があった。
考えがまとまらない。柱の陰で膝をついていると後ろから人の気配がした。
「サクラ様?大丈夫ですか」
聞きなれた声。許せない時期もあったが、今はいい友人として接している人物、オリヴァーの声だ。
咄嗟に声が出ずに振り返った私の顔は蒼白だったのだろう。駆け寄った彼は私の背を支えた。
「顔色が真っ青だ。いったいどうし――」
私の見ていた先を見て、オリヴァーの言葉が途切れた。ゴクリと息を呑んだのが聞こえる。
彼はもう気付いていたのだ。
「いつからなの」
我ながらか細い弱々しい声だった。オリヴァーは視線を彷徨わせて私を見やる。
「最近なんとなく、違和感は感じていた。俺はそういうのには疎いから、あまり気にしていなかった。だが、彼らは君が思うような関係じゃない。誓ってもいい」
私は頭を振った。生真面目な彼らが無為に私を裏切るような真似をするわけはない。そんな事は知っている。
「分かってるわ。でも、それがどうしたというの?」
もうあれは、互いの想いを自覚している。私が見てもそうなのだから、側から見た人達も気付くだろう。
恋は人を綺麗にすると聞いた。それが真実なのだと思い知った。
相対する二人はどうしようもなく美しかった。
私がいさえしなければ、なんの障害もなく手を取って歩んでいけただろう。しかしその障害さえも彼らを眩しくみせるのだ。
足元が崩れ落ちた気がした。
マクシミリアンの支えになる事を土壌に頑張っていた私の大地は無くなってしまった。
自ら選んだ道の先が唐突に無くなって、暗闇に放り込まれる。
耐えられなくてオリヴァーの支えで離宮に戻ったが、道中の記憶が飛んだように無い。
とにかく1人になりたかった。
我ながら気付くのが遅かったように思う。なぜならその時まで、彼が私に向ける優しい笑顔が自分と同一のものだと勘違いしていたからだ。
王妃教育の傍ら、私も何度かマリアベラとお茶会をしていたが、その場にマクシミリアンは居らず、また、マクシミリアンがマリアベラを案内している時も私は立ち会ってはいなかった。
私もマクシミリアンも多忙だったからだ。
離宮で生活をしていると、プライベートとして彼と会えるのは大抵が食事を共にする夜になる。昼間にお互いに顔を合わせることはあるが、大抵は会議か授業だった。
だから離宮で用意された食事を取りながら、今日一日の報告をするのが日課だった。その時にもちろんマリアベラの話も出ていた。
その大抵は褒め言葉だ。これはもちろん私も含んだものだ。
マリアベラは、思慮深く教養も広く、淑女として必要な立ち振る舞いも完璧だった。しかし驕ることなく笠に着ることもない。思いやり溢れる素晴らしい女性だった。
異世界からの召喚に対する謝罪や、浄化に対する感謝の気持ちをごく自然に伝えるマリアベラに純粋な好意を抱いた私は、彼女にお願いして友人として接してもらうことにした。彼女が快く快諾したことで、たくさんの話をする事ができた。
政治的知識も幅広かったため、教えを請うたり、オレリアンの国家システムから特産品、秘密の裏話も聞かせてもらった。
真面目なだけではなくユーモアのある彼女との会話は楽しかった。
マリアベラは日本の話も聞きたがり、他愛ない話に驚いたり笑ったりしてくれた。翳りなく家族の話が出来たことで、どこか私は救われていた。
そんな話をすれば、マクシミリアンも喜んだ。彼もまた、マリアベラの造詣の深さに感嘆し、彼女の王族としての考え方を尊敬した。
年下の異国の少女に私達は時を重ねるごとに惹かれていった。
こんなにも自分が惹かれた女性だったのに、マクシミリアンの心が動いていた事に気づかなかった私は愚かだった。
それを見たのは偶然だった。
花の咲き乱れた王宮の庭園で二人が談笑していた。少し離れた場所に二人の侍従が控えている。
私は大好きな二人を見つけて駆け寄ろうとし、止まった。いや、動けなくなった、と言った方がいいだろう。柱に手をついて、物陰から彼らを伺う。
マクシミリアンの顔には、見た事もない色が浮かんでいた。
眩しくて、焦がれるような狂おしいほどの恋慕。
何故かそんな言葉が脳裏を過る。
マリアベラの顔はこちらからは見えない。今見えるのはマクシミリアンの表情だけだ。
愛しい人を見つめる時に、彼はこんな顔を浮かべるのだ。
指先が震える。
そして私は唐突に理解した。
彼がもう一度私に求婚してくれた時に僅かに抱いた違和感。直ぐに霧散して忘れていた。
けれど彼が私を見る顔には覚えがあった。
それは、両親や弟が私を見る時。マーガレットが私を見る時。
無条件な愛情。慈しみ尊重し、守りたい思い、見守る優しさ。
私にも覚えがある感情だ。私だって彼らに同様の愛情を持っていた。
けれどマクシミリアンには、もっと違う感情を抱いていた。
好きだった。愛していた。狂おしいほどに。
思っていた。彼もまた、同じように思ってくれていると。
そう、願っていた。
打ちのめされたように目が眩んだ。地に足がついているような気がしない。
姿勢を変えたマリアベラの顔が見えて、私は今度こそ足の力が抜けた。崩れ落ちないように柱に縋り付くが、手も震えてそれが叶わない。
焦がれるような恋慕。隠そうとしているが、磨きのかかった彼女の美しさがそれを邪魔していた。
他の誰かと相対した時よりも遥かに彼女は美しかった。花が咲いたように、彼女は笑っていた。親しみだけではない。思いを乗せた笑顔には、心を奪うだけの力があった。
考えがまとまらない。柱の陰で膝をついていると後ろから人の気配がした。
「サクラ様?大丈夫ですか」
聞きなれた声。許せない時期もあったが、今はいい友人として接している人物、オリヴァーの声だ。
咄嗟に声が出ずに振り返った私の顔は蒼白だったのだろう。駆け寄った彼は私の背を支えた。
「顔色が真っ青だ。いったいどうし――」
私の見ていた先を見て、オリヴァーの言葉が途切れた。ゴクリと息を呑んだのが聞こえる。
彼はもう気付いていたのだ。
「いつからなの」
我ながらか細い弱々しい声だった。オリヴァーは視線を彷徨わせて私を見やる。
「最近なんとなく、違和感は感じていた。俺はそういうのには疎いから、あまり気にしていなかった。だが、彼らは君が思うような関係じゃない。誓ってもいい」
私は頭を振った。生真面目な彼らが無為に私を裏切るような真似をするわけはない。そんな事は知っている。
「分かってるわ。でも、それがどうしたというの?」
もうあれは、互いの想いを自覚している。私が見てもそうなのだから、側から見た人達も気付くだろう。
恋は人を綺麗にすると聞いた。それが真実なのだと思い知った。
相対する二人はどうしようもなく美しかった。
私がいさえしなければ、なんの障害もなく手を取って歩んでいけただろう。しかしその障害さえも彼らを眩しくみせるのだ。
足元が崩れ落ちた気がした。
マクシミリアンの支えになる事を土壌に頑張っていた私の大地は無くなってしまった。
自ら選んだ道の先が唐突に無くなって、暗闇に放り込まれる。
耐えられなくてオリヴァーの支えで離宮に戻ったが、道中の記憶が飛んだように無い。
とにかく1人になりたかった。
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