囚われの聖女〜ヒーローは女子高生〜

磯辺

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希望への歩み4

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彼は返事を急かさない。
だからと言って、返事をしなくていいわけではない。18になる彼はこの国を背負う王太子で、婚姻も世継ぎを作る事も義務付けられていた。
いくら償いだからと言って、いつまでも待たせるわけにはいかないのだ。

私は自分に期限をつけていた。
一年。
一年の間に彼に少しでも不審を抱けば、あの時以上に好きになることがなければ断ると決めていた。
逆を言えば、不審を抱かなければ、好きになってしまえば、その手を取ろうと決めていた。

自分に定めた期限まで一月を切ってしまい、逃げていた気持ちと向き合わなければならなかった。
けれどその前にと、私は自室でマーガレットと向き合っていた。

「マーガレット、相談があるの」
「殿下の事でしょうか」
私は思わず苦笑した。マーガレットと頑張る事を決めてから、彼女の有能ぶりに拍車がかかっていた。
大抵の事は言わなくても伝わってしまうのだ。アレを、と言えば望んだものがやってくる。

「そうよ。さんざん保留にしてた例の件。そろそろ期限なの」
「期限?」
「一年後に返事をしようと思っていたの。いつまでも縛れる事じゃないでしょう?」
なるほど、と答えたマーガレットは片眉を上げる。
「別にいいのでは?さんざん待たせて、婚期を逃してしまえばいいのです」
首を傾げてつらっと言うマーガレットに私は思わず吹き出した。マーガレットは私以外には基本的に辛辣だ。彼女の過去を考えれば仕方ないかもしれないが。

「もう、マーガレットったら。それじゃあ相談にならないじゃない」
「サクラ様が相手に気を使う必要はないと言いたかっただけです」
「相変わらず徹底してるのね。それで本題なんだけど、例えば私が王妃になったら貴方は嫌かしら?」

私が真剣に問いかけると、マーガレットはキョトンと目を見張った。
「嫌、とは?」
「貴方は王族…というか特権階級が嫌いでしょう?私がそこに仲間入りしたら、貴方も侍女として今よりも多く関わる事になるじゃない。それは嫌じゃない?」
マーガレットは驚きに目を瞬かせている。そんな事を聞かれるとは思っても見なかったらしい。

「確かに嫌いですが、正直今とあまり変わらないかと思います。ですから問題はありません。それに貧乏とはいえ、私自身特権階級にいましたから」
「そう。それならそこは考えずに悩めるわね」
マーガレットの気持ちを無視して話を進めるつもりは無かった。私は彼女に支えられていたから、意見を優先するのは当たり前だ。
彼女がこの事に重きを置いていない事に、内心ホッとしながら笑う。

「お気持ちは決まっていると思ってました」
ポツリとマーガレットが呟いた。
「マーガレットに相談もしないで大事な事は決めないわ。貴方は私の友人で、姉のような存在だもの」
私の言葉にマーガレットは眩しいように目を眇めた。
「サクラ様は、その御心のままに進んで下さい。サクラ様には国母たる資格がございます」
「そんな資格はないわ。それに覚悟も。正直、聖女以外の大きな要素は欲しくないの」
「サクラ様なら大丈夫です。優しいだけではなく、強くあらせられる」

マーガレットの言いように呆気に取られて私は口を膨らませた。
「マーガレットは、やっぱり姉って感じだわ。身内の欲目って私の国の言葉にあるけど、まさにそれ。大袈裟よ」
「大袈裟ではありません。事実です。現に街の皆さんは心から貴方を慕っております」
笑顔でそこは譲らないと圧迫をかけてくるマーガレットに苦笑しながら、私は視線を窓の外に投げた。
「でもまだ迷っているの。私は心の何処かで故郷に帰れると希望を持ってる。そんな気持ちで簡単に約束はできない」

静かな沈黙が落ちた。マーガレットの顔を強くて見る事ができない。
この一年弱、この世界や国に馴染めるよう頑張ってきた。けれどいつも心の一部は日本にあって、狂おしいほどに帰りたいと望む。
――もし、もし何かのきっかけで帰れる事になったら。私はどちらを選ぶのだろうか。
一年前なら迷わず帰還を望んだけれど、マクシミリアンの手をとれば責任が生まれる。
被害者でいた頃には戻れないのだ。

「それほどまでに、あの方をお慕いしておられるのですね」
沈黙を破るようにマーガレットは口を開いた。
「え?」
「サクラ様がどれだけ故郷に帰りたいのかを私は知っています。その気持ちを天秤にかけられるほどに、殿下を思っておられるのですね」
マーガレットの言葉に私は息を呑んだ。ジワジワと恥ずかしくなり、顔が赤くなっていくのが分かる。

「怒らないの?」
「怒る?どうしてですか」
「だって…」
「サクラ様」
言い淀む私に、マーガレットは静かな声音で呼びかけた。
「故郷に帰りたいと望むことを、どうして責められましょう。私だって、もしもう一度父と暮らせたなら、この生活を投げ出すかもしれません。その時サクラ様は怒りますか?」
「そんなわけないじゃない!」

今は亡きマーガレットの父。正義感が強く、同時に脆かった。だが完璧な人間でなくともマーガレットには最高の父親だった。
「そうです。想像して思うことは自由なのです。迷いのない人間など殆どいません。サクラ様はそんな事を気にせずに、御心のままに動いでもいいのです」
「あ……」
口を開きかけて、涙が溢れた。自分でもこの涙が何なのかよく分からなかった。

心のままに彼の腕の中に飛び込んでも良いのだろうか。
この国のために歩んでいいのだろうか。

遠い日本にいる家族を、裏切る事になってもいいのだろうか。

私の帰りを待つ彼らを知りながら、もう帰る事を望まない選択肢。
マクシミリアンの手を取るというのは、そういう事だ。
でも帰れなかったら。二度と戻れなかったら。きっとマクシミリアンの手を取らなかった事を死ぬほど後悔するのだ。

嗚咽を堪えて泣く私をマーガレットが優しく抱きしめた。
「マーガレット、私、怖いわ」
「大丈夫です。何があっても、私はお側におります。サクラ様がどんな選択をしても、世界中で私だけは貴方の味方です。ーー恐らくは、故郷のご家族もそうでしょう。家族とはそういうものです」

悲しくて、愛しくて、苦しくて涙が止まらない。
身を裂くような感情は不幸だからではない。
それがたまらなくて、やりきれない。

でも感情は何よりも正直で。溢れる想いが止まらなかった。

彼に会いたい。会って言うのだ。

貴方の側に、いたいのだと。
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