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Proving On 2

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 睨み合う様に互いを見つめる龍谷と八神。両者の銀光鋭い目はゆらゆらと太陽の光を薄らと反射して、もはや猛獣のそれだと言わんばかりに互いを狙う。昨年のインターハイ以来の対戦カード。準決勝からは普通の公式戦2セットマッチとなるため、白熱するであろうと観客席の空気は最高潮となった。

 「コイントスです。表が龍谷選手、裏が八神選手です。」
 「おぅ...。」
 「...。」
 「裏...八神選手です。」
 「コートは今のまま、レシーブで頼む。」

 八神が言うと、審判は龍谷へボールを手渡した。龍谷は観客席の方を見た後に空を見た。マネージャーの伊草を始め森羅鈴仙高校の他、海生代高校の1年生達の姿もあった。

 「......。(いつものブロックリターンとカウンター...クロスへの深い返球...何も変わりなか...)」
 「.....。(さぁて、楽しみだな。龍谷。)」

 龍谷と八神。力と技のぶつかり合い。竹下はまるで矢留の様に銀光鋭い目をぎらつかせながらじっと2人を見て佇む。

 「隆二、どうしたの?」
 「フフ...龍谷と八神、去年のインターハイ本戦ぶりの対戦だ。(違和感を感じる...龍谷の表情がまるで...いや、気のせいか。)」

竹下は龍谷の変わり様に驚く。八神は龍谷のサーブを待っていた。龍谷がゆったりとラケットでボールを突いている。獲物を狙う猛獣の様に圧が強かった。

 「...フゥ。」
 「ザ ベスト オブ 2セットマッチ 龍谷 サービス レディ ナウ... 」

 龍谷がトスを上げる。その顔は純粋無垢な少年の顔を内包した凛々しくも逞しい男の顔だった。龍谷のトスで上げられたボールが一気に彼のサービスを打つ打点へと達し、空中で停止するまでのわずかではあるが長い時間、オープンスタンスからの独特なフォームで身体が引き寄せられ力がため込まれる。

 「シィィィ...」

 八神は龍谷のラケットが振り上げられ最高到達点に達するまでのわずかな時間、まるでスーパーコンピュータの様に自身の脳をフル稼働させる。ただ己の中で培われた経験、過去の龍谷の行動パターンによる情報を本能的な反射にのせ、その一瞬の時間を濃縮させ、スプリットステップからの行動動作へとシフトする。

 龍谷のラケットが振り上げられた。八神のスプリットステップが終わる。龍谷の振り上げられたラケットの面が返されてボールの側面を叩く。ラケットのスイートスポットがボールへと当たる瞬間まで、八神は瞬き一つせず目を開けたまま状況を見て自身のフォアハンド側へと一気に飛び出す。左脚、右脚の順で動作し、同時にラケットを伸ばす。龍谷の爆発力のあるサーブが放たれ、ボールはコンマ数秒の世界でラケットから八神の立っているコートのサービスラインへと着地する。

 「......キッ!(いつものようにブロックリターンで返し、逆を突いて振り回す!あいつがいつも苦手とするスタイルだ!)」

 八神が歯を食いしばり龍谷のサーブをブロックリターンする。龍谷がサーブの勢いを利用してフォアハンド側にラケットを引きながらネット前へと移動する。八神のラケットがフォアハンドのボレーのような要領でボールを捉える。

 「.........!(ボール...スイートスポット...捕らえ......!?)」

 ほんの一瞬、八神のラケットのスイートスポットがボールを捉えた時の重さ。ほんの一瞬の中で八神は自身がラケットでとらえたボールは砲丸玉だった。

 「...ッ!!」

 八神の顔が引きつった。去年のインターハイの時とは全く違う龍谷のボール。八神が知っている今までの龍谷が力任せに打った速いだけのサーブ。今日この時、この瞬間にラケットで受けたそれは今までの何段階も飛び越えた先に到達した龍谷の集大成。速度は今までと同じ200キロ前後のフラットサーブ、しかし八神はそれを受けて異変に気が付く。

 「....!!!!!」

 ラケットがボールに押し負ける。ボールは緩やかに龍谷のフォアハンドサイドへと飛んでゆく。八神はその緩やかな放物線を目で追うしかできない。サーブの勢いを身体に乗せながら龍谷がネット前へと走ってくる。彼は飛び上がり、緩やかに上がったボールをスマッシュで叩き落とした。ボールは八神のいるコート、サービスラインのバックハンドサイドでバウンドし、その後1.8メートル程度上に吹き飛んでそのまま走り去っていった。

 「龍...谷...?」

 八神は何かがプツリと切れたように放心状態になった。今までに龍谷が何度同じサーブを打とうが何度もブロックボレーで彼の体勢を崩し、走り出したところで逆サイドを突いて翻弄してきた。しかし高校生となり、自分の体の成長が止まるか否かのこの年代。その成長伸び代の差で全てが逆転する。八神は試合開始のたった1ポイントの展開でそれを悟った。八神が見た龍谷は今まで自分が知っている彼ではなく、銀光鋭い凛々しい大人のプレーヤーだった。

 「15-0!」

 龍谷は何も言わず拳を握って顔の前で小さくガッツポーズした。八神の脳内は混乱していた。予測以上の出来事に目は泳ぎ、心臓の鼓動は高鳴った。

 “...だぁれがパワーゴリラじゃワレェ!”

 八神の記憶の中からガキ大将の様な少年の姿が表れる。5人の天才プロジェクトに選抜された頃の八神の記憶。出会って初めてすぐに彼らはマウントの取り合いから喧嘩を起こしていた。しかし龍谷は八神には勝てなかった。決して勝てなかった。

 “パワーゴリラ風情が俺に勝てると思ってるのか?”

 “く、くっそぉ!もう一回!もう一回じゃ!” 

 “何度やっても同じだ、ほーれ6-0!”

 “おんどれぇぇ!” 


 小学3年生で初めて出会った時も、4年生、5年生。6年生、中学1年生、2年生、3年生、高校1年生のインターハイまで。龍谷は八神に負け続けた。

 八神はふと中学校2年生の時、八神が一度だけ龍谷のサーブを取れなかった時を思い出す。当時中学生の度を越した170キロ台後半から180キロ台前半のファーストサーブによる龍谷のサービスエース。八神はその時のみ一瞬だけゾッとした。それは今現在龍谷が八神に見せた顔だった。

 「ゲーム龍谷! 1-0! 八神 トゥ サーブ!」

 「......。(お前は中学で矢留、水谷に勝った。そして俺と同じく同列だった竹下にも勝った。)」

 「......。」

 「......。(その目、その目だ...中学の時、この俺の背筋を凍らせた一瞬だけ銀色に映るその目が...今度は常時俺を狙っている!)」

 龍谷は静かに八神のサーブを待っている。八神がトスを上げる。コーチの池田は静かに八神と龍谷の試合を見ている。

 「......。(龍谷君のパワーが上がっている...1年間濃厚なトレーニングと練習をしてきたのね...いったい誰が彼をここまで...)」

 池内の脳裏に影村の姿が浮かぶ。鹿子テニスフェス、全県杯決勝戦。どちらも圧倒的実力差で八神を下している。そして鹿子テニスフェスで敗北した後の八神の練習の入れ込みようから察するに、龍谷も非公式戦ながらどこかで影村と試合をやったことがあるのだと予想した。

 トスが上がり、八神得意のキックサーブが放たれる。龍谷がスプリットステップを踏んだ。ボールはバウンド後大きくバウンドしながら急角度に右方向へとそれて行く。まるでラケットから逃げるようにボールが龍谷のラケットの軌道から逸れて行く。

 「......ック!」

 龍谷の顔がゆがむ。龍谷は小学生の頃からこのキックサーブに煮え湯を飲まされている。彼が中学生となり、体の急成長と爆発的な筋肉の発達を迎えるまでは、5人の天才の中で八神のサーブが最もポイントを取る確率が高かった。逃げてゆくボールに龍谷のラケットヘッドが当たる。龍谷は体が突っ張った状態となり動きが硬直し、次の動作が遅れた。ボールは宙へと上がり、八神がスマッシュを決めた。

 「15-0!」

 「キャー!八神くーん!」
 「八神君かっこいいー!」
 「すごーい!かっこいい!」
 「キャー!こっち向いてー!」

 黄色い声援が飛び交う状況に海生代高校の面々はまるで何かを悟った僧侶の様に達観し、無表情で八神のサーブについて静かに議論を始めた。

 「鼎、俺はあのキックサーブを縦回転の比率を上げて打てるようになりたい。」
 「おそらくボールをインパクトするラケット面がネックなんじゃないかな?手首のスナップも強烈だ。」

 「どうだろうか、大島、あのセミクローズからの足の引き付け動作...ラケットを振り上げる動作までにどうやって伝導されているんだろうか。お前あれと似た様なフォームだよな。」

 「あぁ、あれは足を引き寄せつつ体の下半身の重心を崩して不安定にすると力が出るんだ。よく見ると伸びあがる直前、尻が相手コートの方へとむいて突き出ているんだ。吉野、次のサーブ動作よく見てみ。」

 「わかった。これをもっとコンパクト動作で片づけたいんだよなぁ。」

 「だったらもう引き寄せやめて足を...」

 彼等の姿はまるで研究員のようで、次期主将の吉野が主導する形を執って島上がノートに議事録として纏めていた。池内は驚いた。海生代高校の面々だけで議論がなされ、スーパープレーや周りの歓声にも全く動じない。試合を見て議論する彼等は真剣そのものであり、もはや横槍や女子学生特有の男子に対する中傷の言葉を入れる隙も無かった。周囲の女子高生達は海生代高校の男子テニス部がどれだけガチな組織なのかと理解に苦しんだ。

 「......フッ。(このサーブだけは苦手だったよな。)」

 「......ッチィ!(おんどれぇ...これが苦手やってわかっとるけん、あいつ打ってきよったっちゃ...いいや慌てるな...思い出せ...このために練習してきたんやけん、ここで取り乱しゃあなんもかんも終わりじゃ。)」

 龍谷が八神のトスを凝視する。八神のラケットが振り上げられる。ラケットが振り上げられてからボールに当たるまでのわずかな時間に龍谷が本能に身を任せて飛び出した。

 「......!(けんど、やるしかなか!筋肉は嘘つけん!あいつのフルスイングじゃけえ!見とれ八神...こいつぁ...見たことないやろ...!)」

 八神はボールがバウンドして逸れていくであろう軌道上に飛び出しながら、ラケットを立てたフォアハンドのテイクバックを構築し、それと同時に一歩を踏み出しながら腰をひねりフォアハンドストロークを打つ体勢を完成させた。八神の打ったキックサーブが、龍谷のいるコートのサービスライン内側に着地して飛び跳ねようとしていた。そしてそれは龍谷が豪快にスイングしたラケットに捉えられた。

 「......!?(....まさか...水谷の!?)」
 「...キッ!ェアァッ!(水谷の...バスターじゃコラァァァァ!)」

 今まで自分が何百回と打ってきたサーブ。絶対の自信があるキックサーブ。5人の天才、海外遠征で出会った猛者達を沈めた絶対的な自身。そして龍谷が長年にわたり苦しめられたサーブ。そのサーブが龍谷に打ち砕かれる。

 龍谷が打ち返した出鱈目級のコンパクトなフォアハンドの強打。そのコート面と平行にスイングされる様はまさしく水谷のそれだった。ボールはドンッ!という強打音と共に、八神のいない反対サイドのベースラインへと猛進し、バウンドした後そのまま走り去っていった。

 「15-15!」

 「.....。(おい...お前にも来たのか...さらなる成長段階片道切符が...!」

 八神は苦痛な表情を浮かべながら龍谷を睨む。龍谷も静かに八神を睨む。インターハイ準決勝第2ゲーム。両者拮抗する姿に観客席は沸き立った。龍谷の銀光鋭い眼光が揺れ動く。八神はボールを受け取ると顔つきが変わった。彼の表情からは「お前なんかに負けてたまるか」という感情がにじみ出ており、明らかに負けず嫌いが見て取れる。

 「......。(八神...うれしか...そんな顔してくれよる...とうとう扱いが海将や竹下と並んだちゅう事か...あれは強者に対して出す顔や...。)」

 「龍谷...。(負けるわけがない...俺はこいつなんかに負けるわけがない!)」

 「...。(しかしなんでじゃ...恐れがなか...怖くもなか...相手はあの八神やけん...やけんど何も感じなか...ただ、コートでボールが打ちてぇ...ラケットぶん回したか...!)」

 全中決勝戦の時に八神が竹下へと向けた顔。ぎらついた銀光鋭い目を静かに見せた顔。今度は自分にそれが向けられている事を心の中で歓喜した龍谷の顔。少年の面影は鳴りを潜め、平静で凛とした、銀光鋭い精悍な大人のスポーツマン顔へと変わっていた。 
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