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Proving On 2
rekordon.18
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山瀬は大きく深呼吸し、前衛でラケットを構えた。高峰が山瀬の背中を見つめる。観戦席にいる人々は海生代高校のトリックスターと呼ばれる高峰という少年がコートの上で何をしでかしてくれるのかを待ちわびている。
「......。(ときどき思う。ノブノブの背中が大きく見える。あいつは小さいし細身だし力はない...でも、背中を預けられる様な安心感がある...。)」
高峰はサービス前のルーティンを行う五条谷を見た。その後高峰は一度舌をなめずりラケットを構えサーブを待つ。五条谷はトスを上げる。軸脚を曲げながら状態をそらし、後ろ足を軸足へと引き寄せる。力をためるオーソドックスなトロフィーポーズを作る。
「......。(...前衛は相変わらず後ろ...後衛サイドの雁行陣...ノブ対策...いや、これは...五日市と同じ...俺への対策か...。)」
高峰は考えた。頭の中で2パターンの可能性を絞り出す。1つは去年のインターハイ予選、城南台東高校戦で見せた相手のサーブの勢いを殺して、自分のクロス側、ネット前のアレーコートへとボールを落とす奇襲ドロップボール。このパターンは五条谷がサーブを打った勢いに乗せてネット前へと駆け寄られれば意味がなくなる。そして五条谷が打ったボールを山瀬が返球し、五条谷を抜いたとしても後ろにいる稲美にトップスピンロブを打たれれば高峰が後衛側へと走らなければなくなる。そして高峰が緩めのボールを相手のベースラインへと返球させられた後、山瀬の両サイドのアレーコートいっぱいを使ったダウンザライン気味のボールを打ち、後衛に下がった高峰を左右両端へと振り回し、体力を削られてしまう。去年のインターハイ本線で三重県代表五日市工業高校の一志と嬉野にやられた戦法だった。
「.........。(ってなるだろうから、影ッちの言ってた通り...そして...)」
“お前達には才能がある。高峰はコート内の相手をコケにする才能だ。山瀬は、動体視力だな。高峰は壁の前の地面にコートを書いてその中で玉打ちしながら複雑に走り回れ。遊ぶのを忘れるなよ。“
「.....ヒュゥ~(北八代先生...あんたやっぱ最高だよ!)」
高峰はもう一つのパターンを実行することにした。五条谷のサーブが打ち込まれる。コースはフォアハンド側を狙ったスライス回転のサーブ。高峰をコートの外に出し、自分達の攻撃態勢を整える時間を確保する気だろう。高峰は神戸松榮高校ペアの思考を読んでいた。
高峰はフォアハンド側に飛んできたボールを追いかけながら低姿勢でラケット面をコート面と平行に向けながらラケットを引いた。スライス回転の効いたボールは低くバウンドする。高峰がラケットを引く動作を一瞬だけちらりと見た山瀬。彼は自分の場所をボールが通過するだろうとネットの前でしゃがむように姿勢を低くした。
「......。(ノブノブぅ!ナイス読みぃ!)」
高峰はスライス回転のボールに竹下のフォアハンドストロークを模したウインドミルスイングによるフォアハンドを打ち込む。ラケット面は完全に左側を向いており。ボールの右側面を擦り叩いた。山瀬の読み通りボールは彼の立っていた位置を通過し、五条谷のフォアハンド側ネット前50センチ手前のアレーコートへと落ちる。
「なめぇるなぁ!」
五城谷が走ってくる。彼もラケット面をコート面に向けて下から上へとボールを擦り上げようと、ラケットを引きながらネット前へと猛烈な勢いで走ってきた。2回目のバウンドを迎えようとするボールになんとかラケット面を合わせ、救い上げることに成功。しかし目の前にはすでに山瀬が待ち構えていた。山瀬がボールを止めると判断した稲美がスプリットステップを踏んで次の展開を待っていた。
「.....っ!(鉄壁いる!稲美!)」
山瀬が五条谷の打ったボールをバックハンドボレーで稲美のバックハンド側のベースラインへと打ち返す。稲美は待ち構えていたかの様に、ラケットを引いてバックハンドの姿勢をとった。
「......。(この形、作戦通り!鉄壁の守備範囲外!)」
五城谷はフォアハンドを打ち終わると共に、後ろへとバックステップをしながらベースラインへと下がって行く。稲美は両手バックハンドで高峰サイドのアレーコートへのダウンザラインを狙い、真直ぐにボールを打った。ボールはアレーコートの外側のライン上を飛んだ。
「......。(ダウンザライン!鉄壁が邪魔になるからロブでしかクロスへは打てない!五条谷、体勢立て直せ!)」
稲見はこれまでに海生代2人の試合動画を見続け、山瀬の守備範囲がサービスコートの両端までで、それより外のアレーコートへ来るボールは後衛の高峰に任せきりだと分析していた。高峰は影村との練習を思い出す。影村のボール出し練習。アレーコートのボール処理についてだった。高峰は影村から出された課題に言葉を失ったまま変顔をした。
“か、影村ッチ...これ...マジ?”
“あぁ、そうだ。今から右のアレーコートから左のアレーコートへダッシュして、ダウンザラインへ打ち返して、ベースラインに置いたコーンへ当て続けろ。”
“へ...どうして?(チーン)”
“コート全域が守備範囲のつもりでカバーするんだ。走りながら打つんじゃ力が入らねぇ。だからよ...”
高峰はアレーコートへのダウンザラインのボールへと走った。
「......。(フォアサイドのアレーコートへのダウンザライン...コートは時まで走らされて体制の整わない状況...その時はいつも対角線側のロブを打つ...。」
五条谷も稲美も高峰が対角線側への高いロブを打つと予測して行動を起こした。稲見はコートの真中へと戻ろうとスプリットステップを踏んだ。
「......。(って思うじゃん?思ったっしょ?)」
高峰は走りながら姿勢を低くして、ラケット面をコート面に対して垂直になるようラケットを引いた。そしてボールへと近づいて最もボールが打ちやすい位置まで移動を完了した。
“だから...なんだよ影村ッチ”
“あー、佐藤の前でいうのはアレだが...ラケット振ってボールが当たる瞬間に踏ん張った足の方のケツに力を入れろ。”
大きく右足を前へと出す。高峰は右足に全体重をかけて踏ん張り、コート面を若干滑りながらラケットを振った。右足のつま先からねじるように力を解放させ、インパクトの瞬間に右の尻へと力を入れ、腰を据えたように打たれたフォアハンドストローク。ラケット面がボールを捉えると、それはアレーコートのライン上をまっすぐ低い弾道で飛んでいった。
「.....!!(マジかっ!)」
「......!(...くっそ!)」
五城谷と稲美は高峰が打つであろうボールの予測を見誤った。高峰の打ったフォアハンドストロークは、対角線側へ飛んでいかずに、稲見が打ったダウンザラインと同じ軌道で飛んでいくボール。寸分たがわず真直ぐ打ち返されたそれはまるで魔法が跳ね返されたかのようだった。
「......つっ!!」
稲美は踏ん張って元の位置へと戻ったが一歩で遅れたためラケットにボールを当てるので精一杯だった。体が伸びた状態で拾われたボールは、ラケットヘッドに当たり、ふわりと浮き上がる。高峰はネット前に走り、山瀬は高峰のバックハンド側、コートの半分を明け渡すように場所を移動する。五城谷は走り込んでくる高峰を見てその動きに見とれる。ボールが飛んでくるのはおそらく自分がいる場所。稲見は高峰が走ってくる姿を見てラケットを構え、スプリットステップが踏めるよう軽くジャンプする。
「......シュッ!(あぁ、この瞬間...たまらねぇっす!)」
高峰は足を踏ん張るとひざを曲げてまるでバレーボール選手がスパイクを打つ様に高く飛び上がった。そのまま空中姿勢を崩さず弓を引くようにラケットを引き、左手はボールをロックオンするかのように添えられた。ジャンプ後の足首は交差し、一目で高峰が空中姿勢を維持したままで脱力していることを物語っている。
高峰はスマッシュを打つ時の果てしなく短く、そして果てしなく長いラケットを振るまでの停滞時間がこの上なく好きだった。歳を重ねればいつかはできなくなる。今だからこそできるそれは、観戦席にいる全国王者の2人をうならせ、観戦者達を魅了した。
「......フンッ!」
高峰がラケットを振り下ろす。ボールは全身の力が伝達して振られたラケットへと直撃し稲美の足元へと向かっていく。稲美はボールを見ている。高峰の動きにまだ早生らずそのままの位置でボールへ「来い」と言わんばかりにスプリットステップを踏んでバックステップを開始した。稲美は高峰のスマッシュをベースラインよりも後ろへと下がって拾う気だ。
「......クッ!(とるんかぁーい!)」
高峰は着地の姿勢をとった。ボールは稲美の元いた場所でバウンドする。稲美はとっさにボレーの構えでバウンドするボールを捉える。ボールを拾う事に全神経を集中しなんとかラケットが当たった。高峰は着地と同時にバックステップを踏みながら体をフォアハンド側へと向けて反転し、後ろへと走る体勢をとった。
「...!(こちとら全国来とんねん!嘗めてもろたら困るわ!)」
稲美は高峰のジャンピングスマッシュを拾い、山瀬と高峰がいるコートのがら空きになった後衛側へと飛んでいく。五条谷は安堵の表情を浮かべる。稲美は体勢を立て直すべくスプリットステップの要領でその場で軽く飛んだ。ボールは緩やかに飛んでいく。高峰は大股で走りながらボールの落ちる距離、体がボールの下へと入るタイミングを計算した。
「......五条谷!来るぞ!」
「...っち!」
高峰が空中を高く緩く飛んでいるボールの真下あたりへと走ると同時に利き脚である右足を前に出して踏ん張って一気にジャンプしながら体を反転させた。高峰は反転動作を利用しそのままスマッシュの体制へと入る。超・超高等技術。高峰は落ちてくるロブボールの真下でジャンプし、空中で振り返りざまにスマッシュを打つ。ボールは鋭く刺すような速さで五条谷のいる場所へと向かってきた。五条谷は高峰のベースラインからスマッシュされたボールを見極める。
「......(遠くから打っとんねん!普通のストロークと変わらん迄に威力は落ちとるはずや!)」
五城谷はフォアハンドの姿勢をとり、スマッシュされたボールがネットを超え球速を失って普通の強めのストロークと同じ威力になるところをラケットをスイングして捉えた。ボールは真直ぐ飛んで行く。しかしボールが進んだ先に山瀬がいた。
「.........!!!(アカン!おるっ!)」
山瀬はバックハンドのブロックボレーでボールを返す。五条谷の全力の返球は目の前に現れた山瀬という鉄壁にブロックされて捕まった。ボールは山瀬の対角線側、稲美の目の前のサービスコートへと落とされる。稲美は動けなかった。
「0-15!」
「おぉぉぉ!」
「すっげー!」
「なんだ今の!スマッシュ2連だぞ!」
「海生代ヤベー!」
山瀬と高峰は互いに拳を合わせる。両者とも笑顔ではなく、高峰と山瀬それぞれが「それぐらい当然のようにやるだろう?」といった澄ました表情をしている。そんな状況を次世代の1年生ダブルスペア2人が手に汗握って興奮して見ていた。
「ひゃー!先輩達すげぇ!俺もあんな動き出来たらなぁ!なぁ野宮!」
「大島、あれはやばすぎて参考にならねぇよ...!」
「ちょっと大島、野宮、なに言ってるの?あなた達もそれをやるのよ!」
「島上。真面目か。」
「島上。真面目か。」
「あんた達...」
近い将来、海生代高校男子テニス部ダブルス勢である大島と野宮は、この試合における高峰のビデオ映像を昼夜研究して体得したという。山瀬の技術に関しては誰にも真似する事が出来ない天賦の才という事もあり、誰一人そのプレースタイルを再現できる者が表れなかった。
五城谷と稲美。本来であれば釜谷南高校と並ぶダブルストーナメント上位勢に入る強豪校選手達も、海生代高校男子テニス部の黄金期のメンバー達を前に戦々恐々としていた。
「......。(ときどき思う。ノブノブの背中が大きく見える。あいつは小さいし細身だし力はない...でも、背中を預けられる様な安心感がある...。)」
高峰はサービス前のルーティンを行う五条谷を見た。その後高峰は一度舌をなめずりラケットを構えサーブを待つ。五条谷はトスを上げる。軸脚を曲げながら状態をそらし、後ろ足を軸足へと引き寄せる。力をためるオーソドックスなトロフィーポーズを作る。
「......。(...前衛は相変わらず後ろ...後衛サイドの雁行陣...ノブ対策...いや、これは...五日市と同じ...俺への対策か...。)」
高峰は考えた。頭の中で2パターンの可能性を絞り出す。1つは去年のインターハイ予選、城南台東高校戦で見せた相手のサーブの勢いを殺して、自分のクロス側、ネット前のアレーコートへとボールを落とす奇襲ドロップボール。このパターンは五条谷がサーブを打った勢いに乗せてネット前へと駆け寄られれば意味がなくなる。そして五条谷が打ったボールを山瀬が返球し、五条谷を抜いたとしても後ろにいる稲美にトップスピンロブを打たれれば高峰が後衛側へと走らなければなくなる。そして高峰が緩めのボールを相手のベースラインへと返球させられた後、山瀬の両サイドのアレーコートいっぱいを使ったダウンザライン気味のボールを打ち、後衛に下がった高峰を左右両端へと振り回し、体力を削られてしまう。去年のインターハイ本線で三重県代表五日市工業高校の一志と嬉野にやられた戦法だった。
「.........。(ってなるだろうから、影ッちの言ってた通り...そして...)」
“お前達には才能がある。高峰はコート内の相手をコケにする才能だ。山瀬は、動体視力だな。高峰は壁の前の地面にコートを書いてその中で玉打ちしながら複雑に走り回れ。遊ぶのを忘れるなよ。“
「.....ヒュゥ~(北八代先生...あんたやっぱ最高だよ!)」
高峰はもう一つのパターンを実行することにした。五条谷のサーブが打ち込まれる。コースはフォアハンド側を狙ったスライス回転のサーブ。高峰をコートの外に出し、自分達の攻撃態勢を整える時間を確保する気だろう。高峰は神戸松榮高校ペアの思考を読んでいた。
高峰はフォアハンド側に飛んできたボールを追いかけながら低姿勢でラケット面をコート面と平行に向けながらラケットを引いた。スライス回転の効いたボールは低くバウンドする。高峰がラケットを引く動作を一瞬だけちらりと見た山瀬。彼は自分の場所をボールが通過するだろうとネットの前でしゃがむように姿勢を低くした。
「......。(ノブノブぅ!ナイス読みぃ!)」
高峰はスライス回転のボールに竹下のフォアハンドストロークを模したウインドミルスイングによるフォアハンドを打ち込む。ラケット面は完全に左側を向いており。ボールの右側面を擦り叩いた。山瀬の読み通りボールは彼の立っていた位置を通過し、五条谷のフォアハンド側ネット前50センチ手前のアレーコートへと落ちる。
「なめぇるなぁ!」
五城谷が走ってくる。彼もラケット面をコート面に向けて下から上へとボールを擦り上げようと、ラケットを引きながらネット前へと猛烈な勢いで走ってきた。2回目のバウンドを迎えようとするボールになんとかラケット面を合わせ、救い上げることに成功。しかし目の前にはすでに山瀬が待ち構えていた。山瀬がボールを止めると判断した稲美がスプリットステップを踏んで次の展開を待っていた。
「.....っ!(鉄壁いる!稲美!)」
山瀬が五条谷の打ったボールをバックハンドボレーで稲美のバックハンド側のベースラインへと打ち返す。稲美は待ち構えていたかの様に、ラケットを引いてバックハンドの姿勢をとった。
「......。(この形、作戦通り!鉄壁の守備範囲外!)」
五城谷はフォアハンドを打ち終わると共に、後ろへとバックステップをしながらベースラインへと下がって行く。稲美は両手バックハンドで高峰サイドのアレーコートへのダウンザラインを狙い、真直ぐにボールを打った。ボールはアレーコートの外側のライン上を飛んだ。
「......。(ダウンザライン!鉄壁が邪魔になるからロブでしかクロスへは打てない!五条谷、体勢立て直せ!)」
稲見はこれまでに海生代2人の試合動画を見続け、山瀬の守備範囲がサービスコートの両端までで、それより外のアレーコートへ来るボールは後衛の高峰に任せきりだと分析していた。高峰は影村との練習を思い出す。影村のボール出し練習。アレーコートのボール処理についてだった。高峰は影村から出された課題に言葉を失ったまま変顔をした。
“か、影村ッチ...これ...マジ?”
“あぁ、そうだ。今から右のアレーコートから左のアレーコートへダッシュして、ダウンザラインへ打ち返して、ベースラインに置いたコーンへ当て続けろ。”
“へ...どうして?(チーン)”
“コート全域が守備範囲のつもりでカバーするんだ。走りながら打つんじゃ力が入らねぇ。だからよ...”
高峰はアレーコートへのダウンザラインのボールへと走った。
「......。(フォアサイドのアレーコートへのダウンザライン...コートは時まで走らされて体制の整わない状況...その時はいつも対角線側のロブを打つ...。」
五条谷も稲美も高峰が対角線側への高いロブを打つと予測して行動を起こした。稲見はコートの真中へと戻ろうとスプリットステップを踏んだ。
「......。(って思うじゃん?思ったっしょ?)」
高峰は走りながら姿勢を低くして、ラケット面をコート面に対して垂直になるようラケットを引いた。そしてボールへと近づいて最もボールが打ちやすい位置まで移動を完了した。
“だから...なんだよ影村ッチ”
“あー、佐藤の前でいうのはアレだが...ラケット振ってボールが当たる瞬間に踏ん張った足の方のケツに力を入れろ。”
大きく右足を前へと出す。高峰は右足に全体重をかけて踏ん張り、コート面を若干滑りながらラケットを振った。右足のつま先からねじるように力を解放させ、インパクトの瞬間に右の尻へと力を入れ、腰を据えたように打たれたフォアハンドストローク。ラケット面がボールを捉えると、それはアレーコートのライン上をまっすぐ低い弾道で飛んでいった。
「.....!!(マジかっ!)」
「......!(...くっそ!)」
五城谷と稲美は高峰が打つであろうボールの予測を見誤った。高峰の打ったフォアハンドストロークは、対角線側へ飛んでいかずに、稲見が打ったダウンザラインと同じ軌道で飛んでいくボール。寸分たがわず真直ぐ打ち返されたそれはまるで魔法が跳ね返されたかのようだった。
「......つっ!!」
稲美は踏ん張って元の位置へと戻ったが一歩で遅れたためラケットにボールを当てるので精一杯だった。体が伸びた状態で拾われたボールは、ラケットヘッドに当たり、ふわりと浮き上がる。高峰はネット前に走り、山瀬は高峰のバックハンド側、コートの半分を明け渡すように場所を移動する。五城谷は走り込んでくる高峰を見てその動きに見とれる。ボールが飛んでくるのはおそらく自分がいる場所。稲見は高峰が走ってくる姿を見てラケットを構え、スプリットステップが踏めるよう軽くジャンプする。
「......シュッ!(あぁ、この瞬間...たまらねぇっす!)」
高峰は足を踏ん張るとひざを曲げてまるでバレーボール選手がスパイクを打つ様に高く飛び上がった。そのまま空中姿勢を崩さず弓を引くようにラケットを引き、左手はボールをロックオンするかのように添えられた。ジャンプ後の足首は交差し、一目で高峰が空中姿勢を維持したままで脱力していることを物語っている。
高峰はスマッシュを打つ時の果てしなく短く、そして果てしなく長いラケットを振るまでの停滞時間がこの上なく好きだった。歳を重ねればいつかはできなくなる。今だからこそできるそれは、観戦席にいる全国王者の2人をうならせ、観戦者達を魅了した。
「......フンッ!」
高峰がラケットを振り下ろす。ボールは全身の力が伝達して振られたラケットへと直撃し稲美の足元へと向かっていく。稲美はボールを見ている。高峰の動きにまだ早生らずそのままの位置でボールへ「来い」と言わんばかりにスプリットステップを踏んでバックステップを開始した。稲美は高峰のスマッシュをベースラインよりも後ろへと下がって拾う気だ。
「......クッ!(とるんかぁーい!)」
高峰は着地の姿勢をとった。ボールは稲美の元いた場所でバウンドする。稲美はとっさにボレーの構えでバウンドするボールを捉える。ボールを拾う事に全神経を集中しなんとかラケットが当たった。高峰は着地と同時にバックステップを踏みながら体をフォアハンド側へと向けて反転し、後ろへと走る体勢をとった。
「...!(こちとら全国来とんねん!嘗めてもろたら困るわ!)」
稲美は高峰のジャンピングスマッシュを拾い、山瀬と高峰がいるコートのがら空きになった後衛側へと飛んでいく。五条谷は安堵の表情を浮かべる。稲美は体勢を立て直すべくスプリットステップの要領でその場で軽く飛んだ。ボールは緩やかに飛んでいく。高峰は大股で走りながらボールの落ちる距離、体がボールの下へと入るタイミングを計算した。
「......五条谷!来るぞ!」
「...っち!」
高峰が空中を高く緩く飛んでいるボールの真下あたりへと走ると同時に利き脚である右足を前に出して踏ん張って一気にジャンプしながら体を反転させた。高峰は反転動作を利用しそのままスマッシュの体制へと入る。超・超高等技術。高峰は落ちてくるロブボールの真下でジャンプし、空中で振り返りざまにスマッシュを打つ。ボールは鋭く刺すような速さで五条谷のいる場所へと向かってきた。五条谷は高峰のベースラインからスマッシュされたボールを見極める。
「......(遠くから打っとんねん!普通のストロークと変わらん迄に威力は落ちとるはずや!)」
五城谷はフォアハンドの姿勢をとり、スマッシュされたボールがネットを超え球速を失って普通の強めのストロークと同じ威力になるところをラケットをスイングして捉えた。ボールは真直ぐ飛んで行く。しかしボールが進んだ先に山瀬がいた。
「.........!!!(アカン!おるっ!)」
山瀬はバックハンドのブロックボレーでボールを返す。五条谷の全力の返球は目の前に現れた山瀬という鉄壁にブロックされて捕まった。ボールは山瀬の対角線側、稲美の目の前のサービスコートへと落とされる。稲美は動けなかった。
「0-15!」
「おぉぉぉ!」
「すっげー!」
「なんだ今の!スマッシュ2連だぞ!」
「海生代ヤベー!」
山瀬と高峰は互いに拳を合わせる。両者とも笑顔ではなく、高峰と山瀬それぞれが「それぐらい当然のようにやるだろう?」といった澄ました表情をしている。そんな状況を次世代の1年生ダブルスペア2人が手に汗握って興奮して見ていた。
「ひゃー!先輩達すげぇ!俺もあんな動き出来たらなぁ!なぁ野宮!」
「大島、あれはやばすぎて参考にならねぇよ...!」
「ちょっと大島、野宮、なに言ってるの?あなた達もそれをやるのよ!」
「島上。真面目か。」
「島上。真面目か。」
「あんた達...」
近い将来、海生代高校男子テニス部ダブルス勢である大島と野宮は、この試合における高峰のビデオ映像を昼夜研究して体得したという。山瀬の技術に関しては誰にも真似する事が出来ない天賦の才という事もあり、誰一人そのプレースタイルを再現できる者が表れなかった。
五城谷と稲美。本来であれば釜谷南高校と並ぶダブルストーナメント上位勢に入る強豪校選手達も、海生代高校男子テニス部の黄金期のメンバー達を前に戦々恐々としていた。
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テニスのことはあまり詳しくないのですが、読んでいてとても面白かったです。試合運びや登場人物の心情など描写が巧みで、ぐいぐい引き込まれ、気がつけば一気読みしていました。プロローグから影村君の栄光と壮絶な挫折が約束されており、後方ファンクラブ面で最後まで彼を見守る心境です。最新話を拝読しましたが、ついに影村君が日の光の当たる舞台に…!と嬉しかったです。続きが楽しみです!
更新を楽しみに待ってます。刹那のショット、ラリーの重厚さを文字にて表現するのは大変だと思いますが、頑張ってください。また部活と言う仲間達との距離間が主人公に良い影響が出るのを期待しております。