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Proving On 2

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 山瀬・高峰ペアがネット越しに五条谷・稲美ペアと向かい合う。

 「......。(噂通りや...まるで山森ペアの山瀬敏孝...いや、その山瀬敏孝より不気味や。)」
 「......。(あかん。稲美が固まっとる。)」

 五条谷は稲美の背中を叩く。稲美は我に返り五条谷の方を見た。

 「...のまれとんで稲美。いつも通りやるんや。」
 「すまん五条谷...(毎度どこから出てきよるねんその胆力は。相手は海生代やで...いや、ほんま羨ましいで。)」

 稲美は深呼吸しつつ五条谷の胆力の大きさを尊敬した。両ペアはコイントスの後直ぐにサービスライン付近で話し合いを始める。

 「...五条谷。まず鉄壁を避けよう。ダブル後衛で高い球を上げつつコート両サイドどちらかへ隙間を作る。」
 「...わかった。」

 2人はまずダブルス最大の障壁となる山瀬を敬遠しつつスキを突く作戦を立てた。高峰は聞く耳を立ててはにやりとほくそ笑んだ。

 「高峰イヤー、ウェーイ...」
 「...高峰。どうしたの?」
 「イヤー?俺を狙う作戦立ててるっぽくね?☆」
 「インターハイでやられた戦法だね。でも僕達は...」
 「あぁ、そうっすねぇ~☆(あのインターハイから影ッチの地獄ですら生ぬるく思える練習を耐え抜いたんだし、行けるっしょ。つーかあれで小学生レベルの練習とかどんだけだし...)」
 「高峰チャラーい。」
 「無表情でいつものそれ言うのなんか怖い。」

 両ペアがそれぞれ配置についた。五条谷・稲美ペアはべースラインの後ろへ下がりダブル後衛の雁行陣をとった。五条谷が周囲の観戦席を見渡す。

 「......。(まるで、演劇の開演を待ってるかのような視線を送っとる。こいつら...待ってるんや...高峰と山瀬という俳優アクターが何かやってくれるんちゃうかと...)」

 「ザ ベストオブ 8ゲームスプロセット 山瀬 トゥ サーブ!」

 山瀬が後衛の状態で試合が始まる。山瀬はボールをラケットで突きながら稲美の方を見る。

 「...。(僕は...僕はサーブが弱い...フィジカルはない...ストローク戦じゃ打ち負けるだろう...でも、去年のインターハイで誓ったんだ。もう負けない...僕と高峰はもっと上へと行くんだ。いつかは...いいや、それはまだ早い。)」

 山瀬は自分が目指す高みの先に兄である敏孝とその相方である森野の後ろ姿を見た。しかし今の自身の実力では彼らに遠く及ばないことを知っている。

 影村はサーブの構えに入ろうとしている山瀬を見て、インターハイのすぐ後の練習後に彼と交わした言葉を思い出す。

 “影村君、僕は強くないんだ。僕は...まだ強くないんだ...僕は未完成だ...体も小さいし細身だ...そして何より、体の成長が止まっちゃったんだ...悔しいんだ...でもどうしようもない...”

 影村は無言のまま、彼の前で悔しそうにネットの白帯を握り震えている山瀬を見て言った。

 “元ダブルス世界ランク33位。ビセンテ・ロレンス...1996年だ”

 “......え?”

 “...家に帰ったら調べてみな。じゃあな。”

 “影村君、僕の知らないプレーヤーをいっぱい知ってるんだね。”

 “...今のお前にぴったりの先生だろうさ。歴史に埋もれた選手達だ...徹底的に研究しな。”

 山瀬はトスを上げる。ボールがふわりと宙を突き上げるように高く前へと上がる。上げたトスがちょうどいい打点の位置に来るまでのゆっくりと流れるそのコンマ数秒という一瞬の中、動画の中ので男がインタビューで語った言葉が脳裏に流れる。


 “Just leaving the insensitivities players behind.鈍感な連中を置いて行ってるだけだ。


 他県の選手らは彼のサービスフォームの変化に驚いた。それを遠めに見ていた三重県代表選手である一志と嬉野は、背中に電撃ともつかない彼らが持つ感性による刺激が走った。

 「...ハハッ。(あいつ...!!)」

 一志は好奇心旺盛な目で山瀬のサービスフォームをまじまじと見ていた。その顔は笑顔がにじみ出ており、まさに才ある少年の狂気じみたそれだった。


 「......。(僕は弱い...未完成だ...いいや...未完成だけど...だからこそ...ライトニングファルコン...ビセンテさん...その技術お借りします...そしてその先へ...)」


 山瀬はトスを上げると、まるで八王子殿村の谷塚のサービスフォームのように、トスと同時に足を屈伸させる。しかし谷塚のそれとは違い、真上に高く飛ぶのではなく、まるでコートの中へと飛び出すように前へと飛び上がった。そしてジャンプの勢いにラケットスイングを乗せボールを打ち放つ。ボールは以前のインターハイよりも早くキレのあるスライス回転がかかっていた。実際の速度は150キロ程度と女子選手並みのスピードだが、スライス回転によりボールにキレがあるため、レシーブ側にいる稲美から見たボールの体感速度は速くなる。

 「......!(...こいつ!)」

 「...!(スライス!...ってもう...いる...前衛に...)」


 稲美が自分のフォアハンド側へと飛んできた山瀬のスライスサーブを取ろうとした時点で、山瀬がもうコート中央のネット前にいた。山瀬はクイックモーションを取り入れたサービスフォームに前へのジャンプによる推進力を取り入れたことで、サーブからネットダッシュまでの時間を一気に短縮し、コート中央ネット手前80センチほどの位置に陣取るこができた。

 「......なっ!」

 稲見はボールを打ち返すも、すぐ目の前に陣取った山瀬に超至近距離からのブロックボレーでそれを阻まれる。返球されるタイミングが早すぎるため、五条谷のフォローが間に合わなかった。


 「15-0!」

 「ぉぉぉお!」
 「え、いつの間に前に!?」
 「サーブ打ち終わってからのネット前!」

 観戦者達は山瀬が何をしたのかわからなかった。観戦者達から見たそれは、山瀬が打ったスライスサーブを目で追いかけ、稲見が体勢を崩された状態でそれを返球したが、同時に山瀬がボールを打ち落としていたという状況だった。

 「...ウェーイ。(ノブノブキレッキレェ~ィ)」

 「.....。」

 山瀬と高峰は拳を合わせた。竹下は満面の笑みで山瀬のサーブを称賛するように拍手し、影村も静かに拍手を送る。

 「...すごい。」

 佐藤は思わず言葉を漏らす。前へと飛び出す様なサーブを打ち、返球されたボールをそのままボレーで沈める。影村が山瀬へと教えた歴代の王者ではない、歴史の中に埋れていった選手。1位しか見ていない勝者を夢見る少年達とは違い、山瀬は自分のプレースタイルにマッチする手本となる選手を模倣するも、それに超反応至近距離ボレーという自信が元々持ち合わせていた技を組込み、自らのオリジナルへと昇華させた。


 「......。(僕は弱い...今まで高峰に頼りっぱなしだった...高峰がセットして、僕が決めるスタイル...ワンパターンでは限界が来る...それだけじゃダメなんだ。僕が...僕は僕できることがなければ、高峰に負担をかけるだけなんだ。)」


 自分は決して強くない。自分は完成していない。今の自分に合ったものは何か、持ちえる体格を駆使して何ができるのか。影村が参考にするよう言われた選手を見た山瀬は、今まで知らなかった技術のその先を手にした。

 「クゥ~...グレートっしょ。(ノブノブ、どこまでも俺を楽しませてくれるなぁ...)」

 山瀬の新たな武器。前へと飛び出すサーブの勢いを利用し、コートサービスライン手前まで着地。その後一気にネット前へと距離を詰めた。

 それはまさに電光石火の如く相手の意表を突く隼の様な俊敏さを活かしたプレースタイルから“Lightning falcon稲妻の隼”と呼ばれた身長168センチの小柄なプロテニスプレーヤー。1990年代のダブルスを席巻したスペインの英雄ビセンテ・ロレンズのそれだった。

 「......ふぅ。(山瀬...鉄壁...去年の練習試合の途距離もさらに進化しとるやないかい...)」

 稲見と五条谷は互いに今起きた現状を理解できず顔を合わせている。

 「Es ist so großartig.グレートだ......HaHa。」

 影村は山瀬の変化に歓喜した。田覚は自分が昔見たであろう世代のサービスフォームに興奮した。

 「ハハ、ビセンテ...だと。ハハ、あいつ。山瀬...ハハハ!」
 「田覚コーチ、ビセンテって?」
 「あぁ、そうだな野宮と大島。お前達の世代じゃわからねぇな。」
 「....詳しく知りたいなぁ大島。」
 「おう、野宮が知らねぇプレーヤー...すげぇな。」

 山瀬が2ポイント目を迎え、サーブの構えに入ったところで、田覚は静かに語り始める。

 「ビセンテ。ちょうど180センチの身長と鍛え抜かれたパワーを持つ事が当たり前になった頃のテニス界...その時代、小柄なアジア人達に希望を抱かせた...スペイン出身のダブルス選手。ビセンテ・ロレンス...身長168センチと小柄な代わりに、高い身体能力とバネを持っていたんだ。サーブを打った後、まるで迅雷のように一瞬でネット前にいる、そして小柄で細身な見た目から小型の猛禽類...隼のように俊敏だったから、ライトニングファルコンって異名を持ってた選手だ。」

 田覚がビセンテの事を解説する。大島と野宮は山瀬がやった技に感動の表情を浮かべる。

 「......あぁ、鉄壁山瀬さん。」
 「やっぱよかったぜ...俺この学校に来てよかったぜ。」
 「そうだな。中学の頃練習そっちのけで金稼ぎに出てたし...なんか報われた感があるな。」

 「...。(だから今年の1年はでここまで強かったのか。影村め...つーかあのサイトの文言そのまま信じて実行するとか...1年共相当なクレイジーだな)」

 田覚は2人の言葉に呆れていたが、影村がそうだったように賞金を稼ぐために試合に出る選手ほど、相手にする選手のレベルが段違いである。そのため彼等は公式戦よりも多く大人達との試合を経験している。負けて勝ってを繰り返す。中学生達が部活でラケットを振る時間を全て社会人相手の実戦に費やした海生代高校1年生達。その実績は、2年の公式戦本戦出場、3年最後の全中本選進出1回などと偏っている。

 しかし驚くべきは影村達の世代の卒業後、海生代高校のインターネットサイトの募集文言が消えるまでの4世代は全国常連校だったことだろう。

 「ゲーム 山瀬・高峰ペア! 五城谷 トゥ サーブ!」

 「海生代...すげぇ...」
 「...1ゲーム目、鉄壁...山瀬だけで終わらせたぞ。」
 「あの子、試合前と全然違う...なんか...機械みたい。」

 山瀬のサーブからの超近距離ボレーに観戦者達はどよめき、神戸松榮高校の2人は混乱していた。五条谷はいまだかつて直面した事が無い事態に呆然とコート面を見て立ち尽くしている。

 「...何が起こった。(あかん...この1ゲーム目は...あかん...あの五条谷まで呆けとる...)」

 稲美は五条谷の精神状態を見て焦っている。たった1ゲーム。その最初の1ゲーム目で感じたプレッシャー、相手の出方、戦術、技量でこちら側の選手の精神状態が変わる。彼等が目の当たりにした海生代高校トリックスターと鉄壁はまさに絶望終点そのものだった。
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