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Proving On 2
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1台のタクシーが新青森県総合運動公園から青森空港へ向かっていた。車両の後部座席にエミールと矢留が座っている。
「君にコンタクトを取って正解だったよ。しかし急にどうしちゃったんだい?テニスをやめるなんて。」
「もともと親とは中学生までの約束でテニスをする話だった。それに僕の実力じゃこの先限界なんだ。」
「へぇ、それはあの男...ミスター笹原も交えての事か?」
「...いいえ...あのおっさんは嫌いだ。」
「HAHAHAHA!そうだね。」
「僕が中学でテニスをやめたいって話をした途端、家族を脅迫したのだから。当たり前だよ。」
「名門校へのスポーツ特待生という無試験入学に学費の免除、さらには名門高校を出たと履歴書に刻まれその後の社会活動において有利になる...違えればその全額が降りかかってくる。」
「全中...それもベスト4まで出場しなければ約束を果たせない...嫌になったんだ。僕は...もうテニスが楽しくなくなった...ラケットすら握ることを嫌悪したんだ...どうして親が勝手に笹原と決めた事に従わなければいけないんだって。どうしてマスコミや、スポーツ用品の宣伝広告塔のような扱いをされなきゃいけないんだって...僕は本を読んで静かに暮らしたいんだ。」
窓から青森市の街並みを眺める矢留。その後ろ姿にどこか重く深い哀愁を感じさせる。エミールはどこか気の毒そうに彼を見つめる。
「...だけど、カイショー・ヨシタカの出現で状況は大きく変わった。だろ?」
「はい。天才と呼ばれていた5人。各々が天才同士にしか負ける事はないといわれていた。でも、そうでない一般のプレーヤーである圧倒的実力者に敗れ去った。これが何を意味するのか。...僕達英才教育で強制的に作られた天才が、本当にやりたかった道を選べるチャンスが訪れたんだ。天才は倒せる...この事実がもっと世間一般、特に...学生達から親世代へ知れ渡れば、僕達は自由になれる。龍谷や竹下だってプレッシャーから解放される。おそらく来年のインターハイ以降、僕以外にも現れるよ。テニスをやめたい人達。」
「だろうね。それにカイセイダイハイスクールの躍進は目を見張るものがある。特にカイショーはすごいよ。あのフォアハンド、あのジャックにも匹敵する威力さ。」
「そうだね。僕は...彼にもっと上のステージへ行ってもらいたい。貴方達のコンタクトを受けたのはそれが目的なんだ。」
「...そうなのかい?」
「はい...吉岡さんに聞いたんだ。このままじゃ...海将が...影村君が潰されちゃう。それを回避するためにもノイエ・ヨーズニーの助力がいるんだ。」
「潰される?ノー!ヨシタカはニッポンテニス界のヒーローになる男だよ?」
「違うんだエミール。ここ日本は事情が違うんだ...笹原は...あいつは影村君を潰す気だ...全県杯の後に選抜されたメンバーに海将がいなかった。露骨すぎる。」
「あれにはノイエも呆れた顔をしていたよ...日本テニス協会連盟に抗議文を送ったようだが取り合ってくれなかったと膨れていたよ。」
エミールはノイエが抗議文章を書いている姿を思い出した。その顔はとても十代の少女とは思えない程の形容し難い形相だった。彼の言葉を聞いた矢留はタクシーの窓越しに街を眺める。そして何か思慮深く考え事をし、ぎらついた目で遠くに見える飛行機を眺めた。
東京都 日本テニス連盟協会 役員会議室
大きなテーブルに数人の老人達が座り、彼らの前に笹原が立っていた。
「では、会議を始めます。議題...5人の天才プロジェクトの進捗具合につきましてご説明いたします...昨今高校テニス界では5人の天才達による激戦が繰り広げられております。インターハイ、そして全県杯では八神君が決勝戦まで勝ち進み、SNSで注目を浴びています。なお、この大会で元福島県代表、現プロジェクトの対象選手である竹下君の所在が確認されました。」
笹原がスクリーンを見ながら話を進める。竹下の名前が出た途端老人達から「おぉ...」という声が上がった。
「竹下君は東北大震災以降その行方が分からないでいました。全中シングルス2位という実力だったため、我々も震災を無事乗り越えたという情報はありましたが、その後の失踪は予想だにしておりませんでした。まさか我々の準備した名門校へと進路を進めず、自らの意志で千葉県にある弱小の高校へ入学していたとは、我々の予想に反した行動をとったようです...そこで彼は元ジュニア日本代表選手団コーチスタッフである田覚氏と再会し、彼の指導の下実力を上げていったようです...」
笹原は眼鏡の位置を直す。プロジェクターから漏れ出る光が反射し独特の不気味さを醸し出していた。
「彼は高校1年生にしてインターハイ杯の県予選を難なくクリアし全国の舞台へ出場、3回戦で優勝した八神君と対戦し敗北しております。尚、この大会で矢留君、水谷君、龍谷君の3名はいずれも一般参加のプレーヤーには負けておりません...“5人の天才を倒せるのは5人の天才だけ”というジンクスを見事に演出することができました...今後もこの5人の活動を支援及び特別合宿を実施し、さらなる能力強化を図る...次のページでは、彼ら5人の更なる能力強化のための合宿についてです。」
そこには天才達各々の戦績御及び今後の特別合宿プランが発表された。一人の役員が笹原へ声を掛けた。
「笹原君へ質問がある。」
「...何でしょう。」
「君の報告では...そう、インターハイでは八神君が優勝したと報告したね。全県杯で八神君は優勝できたのかね?」
「......。」
「インターハイで八神君が優勝した。それまではよい。全県杯の決勝戦はどうかね?」
「...準優勝です。」
笹原の報告に、役員達は沈黙した。数秒間の静寂の中、別の役員が口を開いた。
「“5人の天才を倒せるのは5人の天才だけ”...ジンクスは全県杯の決勝戦で意味が無くなった。八神君は5人の天才の中でも最も強い選手...云わば16歳にして日本最強の選手...そんな彼が圧倒的な強さを持ったプレーヤーに敗れたとネットのニュースで見た。無論、私自身も動画で試合の一部始終を見ていたさ。動画サイトは中々に面白いシステムであったがね。」
「.........。」
「彼は一体何者なのかね?動画サイトで彼は“海将”と呼ばれていたようだが...。」
役員たちはざわついた。しばらくして笹原は1回咳を込むふりをして場を鎮めた。
「えぇ、それは本会議の最後の議題でしたが、先にご報告しましょう...中学テニス界とは違い、高校テニス界は状況が違ってきます。5人の天才プロジェクトはうまく進まないでしょう...えぇ、竹下君と同じ海生代高校の主将である影村義孝君...圧倒的な攻撃力と多彩な高等技量で、元国体選抜選手の八王子殿村学院大学高等部の谷塚君が成しえなかった天才撃破...彼はそれを全県杯の決勝戦でやってのけました...。」
笹原は眼鏡を光らせながら不気味な笑みを見せる。その顔の迫力に一人を除いたその他役員達が押された。
「ですが、2度は無いでしょう。今はインターハイ本線の真っただ中、毎年激戦となるこの大会に同じ選手と当たるのは難しいでしょう。選手間には相性があります。きっと彼も全県杯の様にまぐれで決勝戦へと出てくる事はないでしょう。もし仮に影村君が決勝戦へ出てきて、5人の天才と再びまみえたとして、彼の勝率は限りなくゼロでず。」
不敵な笑みを浮かべる笹原。そんな彼の表情は役員達へ彼が何か次の手を考えてあるという安心感を持たせる。しかし当の本人は違う。彼の内心は焦っていた。プロジェクトチーム総動員で手塩にかけて育て上げた天才達を圧倒的実力差で踏みつぶされるのは全くいい気分ではなかった。
「...えぇ...今年のインターハイは様子見です...ですが来年はどうでしょうかね。えぇ...そうですよ...古今東西スポーツの試合はアクシデントがつきものです...そう、アクシデントが...。」
「......。」
役員の一人が静かに笹原へと強い視線を送る。太った恰幅のいい役員達とは一線を画すすらっとした体格の紳士的な風貌の老人は静かに席を立って会議室の入り口へと向かった。
「黒川君。まだ会議は終わっていませんが?」
「あぁ、すまんな。ちょいと大事な先方から電話だ。」
紳士的な風貌の役員は会議室を出ると携帯電話を取り出しながら廊下を歩く。彼は歩きながら電話を起動し話始めた。
「黒川だ...君が目を付けた選手の存在が役員会議で知れ渡ったぞ...あぁ、そうだ。影村君の事だ。あぁ、事は急を要するであろう...彼に何かあっては、君に顔向けできない...あの男は...笹原はおそらく影村君を消す気だろう。何かあってもいいように、保険はかけておけ。ではまたな。」
電話を終えた役員の黒川之利は静かに携帯端末を閉じて内ポケットへと入れた。
「踏ん張れよ...少年...。」
黒川は会議室へ戻らずそのまま自分のオフィスへと戻っていった。
青森県 新青森総合運動公園
影村は試合を終えて飲み物を買いに場内を歩いていた。駐車場前にある自動販売機で水を買おうとした。後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。静岡県 富士宮恵泉学園男子テニス部マネージャーである桃谷の声だった。彼女は眼鏡を光らせながら、振り返る影村を見上げるように見つめていた。
「海生代高校の影村君ですね...覚えていますか。」
「...あぁ...自転車の女か。」
「...あの時はありがとう。助かったわ...少しいいかしら。」
「...あぁ。」
影村は桃谷と向かい合った。桃谷は眼鏡を曇らせながら質問をした。
「貴方は私が知っているどのプレーヤーよりも強い...5人の天才ですら相手にならなかった...あなたはなぜ中学の時無名だったのかしら。それだけの実力があれば6人目の天才として...」
「...活動の場が、日本である必要があるのかい?」
「...そう...貴方は一体誰の指導を受けてここまでの実力になったのかしら。」
「.........。」
「...ごめんなさい。深く突っ込みすぎたわ。貴方の実力があまりにも突出していたからつい気になって。ここで貴方に聞いたことは黙っておくわ。本当にごめんなさい...。3年生で高校最後のインターハイだったから、わからない事が無いようにしておきたかっただけ。それじゃあ。」
桃谷は影村から放たれる圧に圧倒されながらも平常心を保ち接した。彼女は駐車場のバス乗り場へと足を進めようと影村へと背を向けた。
「...ハリー。」
「......え。」
「...ハリー・グラスマンだ。」
彼女は急いで後ろを振り返る。影村はどこか優しげな表情で彼女を見下ろしていた。彼女の目と影村の目が合う。影村の強く遠くを見るような眼差しに彼女の瞳は揺らぐ。
「...よかったの?教えてしまって。」
「あんたとは...近い将来...またどこかで会えそうだ...そんな予感がした。...それだけだ。」
「......。」
「...じゃあな。」
影村は桃谷に背を向けて歩いて行った。桃谷はハリー・グラスマンの名を頭の記憶へと刻んだ。眼鏡の位置を直した彼女は急ぎ足で部員達と合流するべく足を進めた。影村がベンチへと戻ると、山瀬と高峰の姿が見当たらなかった。コート場を見渡す影村の後ろから竹下が声を掛ける。
「フフ、お帰り。向こうのコートでダブルスの試合が始まるよ。」
「あぁ...。」
影村は水を飲むと、静かに竹下と歩き始めた。
「影村。このインターハイ。絶対取ってくれよ。」
「あぁ。任せろ。」
「そういえば、水谷からメールが来ていたよ。次の連休に愛知県に招待するって。もちろんテニス抜きでね。」
「...そうかい。」
「フフ。」
「あいつら、次はどことだ?」
「神戸松榮とだって。」
「本命は五日市だろうだな。」
「フフ、そうだね。おそらく会うのは決勝戦じゃないかな。」
「代替わりで釜谷南が戦力大幅ダウンからの2回戦敗退だ。」
「フフ、今は五日市の一志嬉野タッグが抜きんでているだろうね。」
「あぁ。」
男子高校生特有の短くも持続する会話。2人はそのまま歩き続け、海生代高校の面々が待つダブルスの試合コートの観戦席へと到着する。コート内では山瀬と高峰が準備運動をしながら相手選手を待っている様子だった。田覚は影村の姿を見ると立ち上がって彼の方へと歩いてきた。
「影村、竹下...その、なんだ。」
「フフ、田覚コーチ。気にしないでください。俺は大丈夫です。」
「そ、そうか影村は...大丈夫そうだな。」
影村は田覚の方を見て頷く。島上の隣に座っている佐藤は顔をハンカチで隠していた。影村は佐藤の方を見ながら竹下の背中を叩いた。竹下はTシャツを着替えると佐藤の隣へと座った。
「隆二...わかってた...わかってる...」
「ありがとう理恵華。もう十分だ。次は負けないから...ぅぉ!?」
「隆二ぃぃぃ!!」
座ったまま佐藤が竹下へ抱き着く竹下は佐藤の方を見て困惑する。周りの部員達もその光景にムフフという笑みを2人へ見せた。竹下は泣いている佐藤の肩に手を添えながらコートの方を見る。
「始まるな。」
「フフ、そうだね...頼む...ダブルス主戦力...!」
コートのベンチでラケットを取り出して相手を待つ山瀬と高峰。白いジャージ姿の高校生2人がコートへと歩いてくる。
「瑛太。この対戦...」
「あぁ、言わんでもわかる。」
「せやな。」
「あの動画を見たなら一度は対戦したいと思わせる2人...」
「山瀬敏孝の弟...鉄壁&トリックスターとの対戦、この試合どんだけ楽しみやったか。」
「練習試合ん時は引退前の3年生達のおかげで、対戦できへんかったしな。」
神戸松榮高校 兵庫県で頭一つ飛びぬけた実力を持つ強豪校。その主戦力である3年生の五条谷健太と稲美瑛太が堂々とコートへと入ってきた。
「あ、対戦相手きたよ高峰。」
「イェーッスゥ☆」
「練習試合では見なかった顔だね。」
「練習試合の時の3年生より強いんじゃね?」
「思うかい?」
「何年一緒にやってきたと思ってんの~ノブノブゥ~☆」
いつもの調子で会話をする様子を見た海生代高校の面々は安堵した。影村はどっしりと観戦席に座って山瀬と高峰の様子を見ていた。
「へぇ...何やあのちっこい方、純粋無垢で可愛いプレーヤーさんだこと。」
「あのオドオドした見た目に騙されたらアカン。あいつらはコートに入ってきよったら怪物になるんや。」
「ほな、行こか...」
「行きまっせ...」
五条谷と稲美はコートへと入りながら相手側の山瀬と高峰の様子を見て驚きのあまり立ち止まる。
先程まであどけない純粋無垢な笑顔を振りまいていた山瀬がコートの上に立つと、まるで機械のように表情が無くなっていた。高峰も少し落ち着いた様子で彼の横へと並んだ。
「僕達は止まれないんだ。」
「イェッスゥ~ノブノブゥ~☆テンションアゲアゲっしょ~」
「...フフ。」
「...フッ。」
2人は冷静になった後に笑みを浮かべながら互いに拳を横に突き出して手合わせた。そしていつものように恥ずかしげもなく声を出して試合前のまじないを口にする。
「Let's get started! Nice, cool and tricky!Yeah!」
歓声が上がる。全国のダブルスプレーヤーが彼らの試合を注目する。周囲を見渡した五条谷と稲美。歓声を上げる他校や一般のファン達の声に触発されたのか、彼ら2人は一緒に「ッシャァ!」と気合を入れながらコートへと入った。
「君にコンタクトを取って正解だったよ。しかし急にどうしちゃったんだい?テニスをやめるなんて。」
「もともと親とは中学生までの約束でテニスをする話だった。それに僕の実力じゃこの先限界なんだ。」
「へぇ、それはあの男...ミスター笹原も交えての事か?」
「...いいえ...あのおっさんは嫌いだ。」
「HAHAHAHA!そうだね。」
「僕が中学でテニスをやめたいって話をした途端、家族を脅迫したのだから。当たり前だよ。」
「名門校へのスポーツ特待生という無試験入学に学費の免除、さらには名門高校を出たと履歴書に刻まれその後の社会活動において有利になる...違えればその全額が降りかかってくる。」
「全中...それもベスト4まで出場しなければ約束を果たせない...嫌になったんだ。僕は...もうテニスが楽しくなくなった...ラケットすら握ることを嫌悪したんだ...どうして親が勝手に笹原と決めた事に従わなければいけないんだって。どうしてマスコミや、スポーツ用品の宣伝広告塔のような扱いをされなきゃいけないんだって...僕は本を読んで静かに暮らしたいんだ。」
窓から青森市の街並みを眺める矢留。その後ろ姿にどこか重く深い哀愁を感じさせる。エミールはどこか気の毒そうに彼を見つめる。
「...だけど、カイショー・ヨシタカの出現で状況は大きく変わった。だろ?」
「はい。天才と呼ばれていた5人。各々が天才同士にしか負ける事はないといわれていた。でも、そうでない一般のプレーヤーである圧倒的実力者に敗れ去った。これが何を意味するのか。...僕達英才教育で強制的に作られた天才が、本当にやりたかった道を選べるチャンスが訪れたんだ。天才は倒せる...この事実がもっと世間一般、特に...学生達から親世代へ知れ渡れば、僕達は自由になれる。龍谷や竹下だってプレッシャーから解放される。おそらく来年のインターハイ以降、僕以外にも現れるよ。テニスをやめたい人達。」
「だろうね。それにカイセイダイハイスクールの躍進は目を見張るものがある。特にカイショーはすごいよ。あのフォアハンド、あのジャックにも匹敵する威力さ。」
「そうだね。僕は...彼にもっと上のステージへ行ってもらいたい。貴方達のコンタクトを受けたのはそれが目的なんだ。」
「...そうなのかい?」
「はい...吉岡さんに聞いたんだ。このままじゃ...海将が...影村君が潰されちゃう。それを回避するためにもノイエ・ヨーズニーの助力がいるんだ。」
「潰される?ノー!ヨシタカはニッポンテニス界のヒーローになる男だよ?」
「違うんだエミール。ここ日本は事情が違うんだ...笹原は...あいつは影村君を潰す気だ...全県杯の後に選抜されたメンバーに海将がいなかった。露骨すぎる。」
「あれにはノイエも呆れた顔をしていたよ...日本テニス協会連盟に抗議文を送ったようだが取り合ってくれなかったと膨れていたよ。」
エミールはノイエが抗議文章を書いている姿を思い出した。その顔はとても十代の少女とは思えない程の形容し難い形相だった。彼の言葉を聞いた矢留はタクシーの窓越しに街を眺める。そして何か思慮深く考え事をし、ぎらついた目で遠くに見える飛行機を眺めた。
東京都 日本テニス連盟協会 役員会議室
大きなテーブルに数人の老人達が座り、彼らの前に笹原が立っていた。
「では、会議を始めます。議題...5人の天才プロジェクトの進捗具合につきましてご説明いたします...昨今高校テニス界では5人の天才達による激戦が繰り広げられております。インターハイ、そして全県杯では八神君が決勝戦まで勝ち進み、SNSで注目を浴びています。なお、この大会で元福島県代表、現プロジェクトの対象選手である竹下君の所在が確認されました。」
笹原がスクリーンを見ながら話を進める。竹下の名前が出た途端老人達から「おぉ...」という声が上がった。
「竹下君は東北大震災以降その行方が分からないでいました。全中シングルス2位という実力だったため、我々も震災を無事乗り越えたという情報はありましたが、その後の失踪は予想だにしておりませんでした。まさか我々の準備した名門校へと進路を進めず、自らの意志で千葉県にある弱小の高校へ入学していたとは、我々の予想に反した行動をとったようです...そこで彼は元ジュニア日本代表選手団コーチスタッフである田覚氏と再会し、彼の指導の下実力を上げていったようです...」
笹原は眼鏡の位置を直す。プロジェクターから漏れ出る光が反射し独特の不気味さを醸し出していた。
「彼は高校1年生にしてインターハイ杯の県予選を難なくクリアし全国の舞台へ出場、3回戦で優勝した八神君と対戦し敗北しております。尚、この大会で矢留君、水谷君、龍谷君の3名はいずれも一般参加のプレーヤーには負けておりません...“5人の天才を倒せるのは5人の天才だけ”というジンクスを見事に演出することができました...今後もこの5人の活動を支援及び特別合宿を実施し、さらなる能力強化を図る...次のページでは、彼ら5人の更なる能力強化のための合宿についてです。」
そこには天才達各々の戦績御及び今後の特別合宿プランが発表された。一人の役員が笹原へ声を掛けた。
「笹原君へ質問がある。」
「...何でしょう。」
「君の報告では...そう、インターハイでは八神君が優勝したと報告したね。全県杯で八神君は優勝できたのかね?」
「......。」
「インターハイで八神君が優勝した。それまではよい。全県杯の決勝戦はどうかね?」
「...準優勝です。」
笹原の報告に、役員達は沈黙した。数秒間の静寂の中、別の役員が口を開いた。
「“5人の天才を倒せるのは5人の天才だけ”...ジンクスは全県杯の決勝戦で意味が無くなった。八神君は5人の天才の中でも最も強い選手...云わば16歳にして日本最強の選手...そんな彼が圧倒的な強さを持ったプレーヤーに敗れたとネットのニュースで見た。無論、私自身も動画で試合の一部始終を見ていたさ。動画サイトは中々に面白いシステムであったがね。」
「.........。」
「彼は一体何者なのかね?動画サイトで彼は“海将”と呼ばれていたようだが...。」
役員たちはざわついた。しばらくして笹原は1回咳を込むふりをして場を鎮めた。
「えぇ、それは本会議の最後の議題でしたが、先にご報告しましょう...中学テニス界とは違い、高校テニス界は状況が違ってきます。5人の天才プロジェクトはうまく進まないでしょう...えぇ、竹下君と同じ海生代高校の主将である影村義孝君...圧倒的な攻撃力と多彩な高等技量で、元国体選抜選手の八王子殿村学院大学高等部の谷塚君が成しえなかった天才撃破...彼はそれを全県杯の決勝戦でやってのけました...。」
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「ですが、2度は無いでしょう。今はインターハイ本線の真っただ中、毎年激戦となるこの大会に同じ選手と当たるのは難しいでしょう。選手間には相性があります。きっと彼も全県杯の様にまぐれで決勝戦へと出てくる事はないでしょう。もし仮に影村君が決勝戦へ出てきて、5人の天才と再びまみえたとして、彼の勝率は限りなくゼロでず。」
不敵な笑みを浮かべる笹原。そんな彼の表情は役員達へ彼が何か次の手を考えてあるという安心感を持たせる。しかし当の本人は違う。彼の内心は焦っていた。プロジェクトチーム総動員で手塩にかけて育て上げた天才達を圧倒的実力差で踏みつぶされるのは全くいい気分ではなかった。
「...えぇ...今年のインターハイは様子見です...ですが来年はどうでしょうかね。えぇ...そうですよ...古今東西スポーツの試合はアクシデントがつきものです...そう、アクシデントが...。」
「......。」
役員の一人が静かに笹原へと強い視線を送る。太った恰幅のいい役員達とは一線を画すすらっとした体格の紳士的な風貌の老人は静かに席を立って会議室の入り口へと向かった。
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「黒川だ...君が目を付けた選手の存在が役員会議で知れ渡ったぞ...あぁ、そうだ。影村君の事だ。あぁ、事は急を要するであろう...彼に何かあっては、君に顔向けできない...あの男は...笹原はおそらく影村君を消す気だろう。何かあってもいいように、保険はかけておけ。ではまたな。」
電話を終えた役員の黒川之利は静かに携帯端末を閉じて内ポケットへと入れた。
「踏ん張れよ...少年...。」
黒川は会議室へ戻らずそのまま自分のオフィスへと戻っていった。
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「海生代高校の影村君ですね...覚えていますか。」
「...あぁ...自転車の女か。」
「...あの時はありがとう。助かったわ...少しいいかしら。」
「...あぁ。」
影村は桃谷と向かい合った。桃谷は眼鏡を曇らせながら質問をした。
「貴方は私が知っているどのプレーヤーよりも強い...5人の天才ですら相手にならなかった...あなたはなぜ中学の時無名だったのかしら。それだけの実力があれば6人目の天才として...」
「...活動の場が、日本である必要があるのかい?」
「...そう...貴方は一体誰の指導を受けてここまでの実力になったのかしら。」
「.........。」
「...ごめんなさい。深く突っ込みすぎたわ。貴方の実力があまりにも突出していたからつい気になって。ここで貴方に聞いたことは黙っておくわ。本当にごめんなさい...。3年生で高校最後のインターハイだったから、わからない事が無いようにしておきたかっただけ。それじゃあ。」
桃谷は影村から放たれる圧に圧倒されながらも平常心を保ち接した。彼女は駐車場のバス乗り場へと足を進めようと影村へと背を向けた。
「...ハリー。」
「......え。」
「...ハリー・グラスマンだ。」
彼女は急いで後ろを振り返る。影村はどこか優しげな表情で彼女を見下ろしていた。彼女の目と影村の目が合う。影村の強く遠くを見るような眼差しに彼女の瞳は揺らぐ。
「...よかったの?教えてしまって。」
「あんたとは...近い将来...またどこかで会えそうだ...そんな予感がした。...それだけだ。」
「......。」
「...じゃあな。」
影村は桃谷に背を向けて歩いて行った。桃谷はハリー・グラスマンの名を頭の記憶へと刻んだ。眼鏡の位置を直した彼女は急ぎ足で部員達と合流するべく足を進めた。影村がベンチへと戻ると、山瀬と高峰の姿が見当たらなかった。コート場を見渡す影村の後ろから竹下が声を掛ける。
「フフ、お帰り。向こうのコートでダブルスの試合が始まるよ。」
「あぁ...。」
影村は水を飲むと、静かに竹下と歩き始めた。
「影村。このインターハイ。絶対取ってくれよ。」
「あぁ。任せろ。」
「そういえば、水谷からメールが来ていたよ。次の連休に愛知県に招待するって。もちろんテニス抜きでね。」
「...そうかい。」
「フフ。」
「あいつら、次はどことだ?」
「神戸松榮とだって。」
「本命は五日市だろうだな。」
「フフ、そうだね。おそらく会うのは決勝戦じゃないかな。」
「代替わりで釜谷南が戦力大幅ダウンからの2回戦敗退だ。」
「フフ、今は五日市の一志嬉野タッグが抜きんでているだろうね。」
「あぁ。」
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「フフ、田覚コーチ。気にしないでください。俺は大丈夫です。」
「そ、そうか影村は...大丈夫そうだな。」
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「隆二...わかってた...わかってる...」
「ありがとう理恵華。もう十分だ。次は負けないから...ぅぉ!?」
「隆二ぃぃぃ!!」
座ったまま佐藤が竹下へ抱き着く竹下は佐藤の方を見て困惑する。周りの部員達もその光景にムフフという笑みを2人へ見せた。竹下は泣いている佐藤の肩に手を添えながらコートの方を見る。
「始まるな。」
「フフ、そうだね...頼む...ダブルス主戦力...!」
コートのベンチでラケットを取り出して相手を待つ山瀬と高峰。白いジャージ姿の高校生2人がコートへと歩いてくる。
「瑛太。この対戦...」
「あぁ、言わんでもわかる。」
「せやな。」
「あの動画を見たなら一度は対戦したいと思わせる2人...」
「山瀬敏孝の弟...鉄壁&トリックスターとの対戦、この試合どんだけ楽しみやったか。」
「練習試合ん時は引退前の3年生達のおかげで、対戦できへんかったしな。」
神戸松榮高校 兵庫県で頭一つ飛びぬけた実力を持つ強豪校。その主戦力である3年生の五条谷健太と稲美瑛太が堂々とコートへと入ってきた。
「あ、対戦相手きたよ高峰。」
「イェーッスゥ☆」
「練習試合では見なかった顔だね。」
「練習試合の時の3年生より強いんじゃね?」
「思うかい?」
「何年一緒にやってきたと思ってんの~ノブノブゥ~☆」
いつもの調子で会話をする様子を見た海生代高校の面々は安堵した。影村はどっしりと観戦席に座って山瀬と高峰の様子を見ていた。
「へぇ...何やあのちっこい方、純粋無垢で可愛いプレーヤーさんだこと。」
「あのオドオドした見た目に騙されたらアカン。あいつらはコートに入ってきよったら怪物になるんや。」
「ほな、行こか...」
「行きまっせ...」
五条谷と稲美はコートへと入りながら相手側の山瀬と高峰の様子を見て驚きのあまり立ち止まる。
先程まであどけない純粋無垢な笑顔を振りまいていた山瀬がコートの上に立つと、まるで機械のように表情が無くなっていた。高峰も少し落ち着いた様子で彼の横へと並んだ。
「僕達は止まれないんだ。」
「イェッスゥ~ノブノブゥ~☆テンションアゲアゲっしょ~」
「...フフ。」
「...フッ。」
2人は冷静になった後に笑みを浮かべながら互いに拳を横に突き出して手合わせた。そしていつものように恥ずかしげもなく声を出して試合前のまじないを口にする。
「Let's get started! Nice, cool and tricky!Yeah!」
歓声が上がる。全国のダブルスプレーヤーが彼らの試合を注目する。周囲を見渡した五条谷と稲美。歓声を上げる他校や一般のファン達の声に触発されたのか、彼ら2人は一緒に「ッシャァ!」と気合を入れながらコートへと入った。
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2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
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小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。
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