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Proving On 2
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影村が竹下と試合をしているその裏で、大物2人が熱戦を繰り広げた。歓声と応援が入交りコートの周囲を沸かせる。ネット越しに九州代表枠の森羅鈴仙高校の龍谷と、東京都代表枠の八王子殿村学院大学高等部の谷塚が向かい合う。
「谷塚君ー!」
「キャー!谷塚君!頑張って!」
「龍谷!いったれぇ!」
「龍谷ー!ファイッ!」
「オー!」
「ファイッ!」
「オー!」
5人の天才と1人の鬼才。
谷塚は物静かにどこか大人びた雰囲気を醸し出している。彼の優しくもミステリアスな笑みに魅力を感じるファンも多い。龍谷が彼を見て、妹が見ている少女漫画のイケメンキャラクターがそのまま現実にでも現れたのではないのかと錯覚するほどだった。
2人はそれぞれ静かに試合を行うコートへと歩いて行く。森羅鈴仙高校の面々らが龍谷へと声を掛ける。
「龍谷!勝つ事しか許さんけぇのぉ!」
「おう!任しとき!」
「宰ちゃんが勝ったら、海将ちゃんと練習試合できるよう理事長に言わんといけんね。」
「......。(香織...ええ女じゃけぇ...ワシのやりたい事わかっちょる。)」
森羅鈴仙高校の応援に対し、龍谷は拳を掲げて答える。その姿を見た谷塚も黄色い声援の中、大きく息を吸って大きく背伸びをする。水谷は2人の試合を見ようと埋まっているベンチを探す。
「水谷君か!こっちじゃ!こっちじゃ!はよう!」
「すごか、天才水谷君じゃ!ははっ!サインもらわんとのぉ!」
「なんかスポーティでええ男やねぇ。」
「......え?」
「何を呆けとるんじゃ、こっち来て座ればよか!」
水谷のために森羅鈴仙高校のメンバー達が席を確保していた。水谷は周囲にお礼を言いながら静かに座った。
「相手は元だが国体出場経験場ある選手...天才ん龍谷でも苦戦はするやろう。」
「俺達が天才と呼ばれていたように、殿村の谷塚は鬼才と呼ばれてます。」
「鬼才?」
「はい。おそらく龍谷とラリーになったらわかるかと。」
水谷の言葉に森羅鈴仙高校のメンバー達が不安な表情になった。コートの上では両者がネット越しに向かい合っていた。
「君が龍谷君か。」
「おう。八神と竹下から元国体選手で、あん2人に迫る勢いじゃと聞いとる。」
「ハハッ。5人の天才がそう言ったのかい?それは光栄だね。いい試合ができそうだ。」
「ワシは...あんたを倒す、ついでに八神も倒す。そんで決勝ば行くけん負けられん。決勝で海将が待っとるんじゃ。」
「海将...そういえば全県杯のシングルス優勝者だね。練習試合では当たらなかったから、対戦してみたいよ。」
谷塚は八王子殿村学院大学高等部が座っているベンチを見る。彼の幼馴染であり親友の吉木友康を始め後輩達が静かに見下ろしている。谷塚は吉木ににっこりと優しく微笑んで小さく手を振ると、長い髪をヘアゴムで後ろに纏めた。
「...それじゃあ始めよう。」
「......!」
「天才と鬼才...!」
高校2年生で国体出場の実績を持つ谷塚。前年度インターハイでは八神、練習試合では竹下に敗れてはいるが、彼らも気を抜けばすぐ様食われるほどの才能を持ったプレーヤー。突拍子もない戦術を展開し、全ての動作が繋がっているかのように止まることなく、まるでコート上で滑るように動き、多種多様な球種と緩急の付いたラリーを展開する事から鬼才と呼ばれている。彼には八神や水谷と同じくその自負があった。
「.......ッ。(鬼才...雰囲気ん変わりすぎや。何じゃこん圧は...これが鬼才...国体出場選手の...)」
優男の顔から獲物を狙う冷酷な動物と言えよう顔へと変貌した谷塚を見て、龍谷はその圧に押された。彼の急激な表情の変わり様。ぐっと龍谷を見つめる猛禽類のように大きく開いた目から覗かせる鋭い瞳、谷塚のどこかまとわりつく殺気染みた雰囲気。そこから放たれる圧に龍谷の左脚が無意識に一歩後ろへ動こうとした。
“Komm stärker werden.”
龍谷の脳裏で影村が去年のインターハイで呟くように言った言葉が過ぎる。彼の後退ろうとする左脚が止まった。谷塚の圧に押されて少々引き攣り気味になていた龍谷の顔が精悍な普段の表情へと戻る。
「......。(威圧を耐えた...八神、そして竹下でも一歩引いたのに...この試合どうなるんだろう。)」
吉木は龍谷が彼の圧に耐えた事に驚いた。前年度のインターハイで八神は谷塚との試合前に同じ状況となったが後退りした。八神だけではない。谷塚と戦ってきたプレーヤーの殆どがこの状況で後ろへと下がっている。
「.........。(海将...影村の...あいつの圧はこれの比じゃなか。」
「...ほう。」
「...鬼才の角折ったる...覚悟せえ。」
「......。」
「審判、何呆けとる、コイントスじゃ!」
まるで圧を押し返す様に谷塚へ顔を向けた龍谷はそのまま審判へと声を掛けた。谷塚のサーブからゲームが始まる。2人はベースラインの後ろへと下がった。龍谷はその場で軽く数回ジャンしコンディションを確認数する。谷塚はラケットでボールを突きながら龍谷の方を見て審判コールを待った。
「ベストオブ 8ゲームズプロセット 谷塚 ファーストサーブ レディ ...ナウ」
「......ンドレェッ!(こいつっ!)」
龍谷はとっさにスプリットステップを踏んで前へと飛び出した。周囲の観戦者達も意表を突かれたと言葉が出なかった。
谷塚は審判コールの「サーブ」の段階で体の重心を後ろへとずらし、「レディ」で膝を曲げ、 「ナウ」に合わせトスを即座に挙げるとともに曲げた膝を一気に伸ばして飛び上がりながら体をひねった後、空中でラケットを振り上げ、龍谷のサービスコートの真ん中、センターへとボールを打ち込んだ。
龍谷は谷塚のサーブをバックハンドで受けるも、体が伸び切っておりボールの勢いが弱くふわりと浮いた。そしてそれを見てネット前に走り込んできた谷塚が浮いたボールをボレーで処理した。
「15-0!」
「キャー!谷塚君!」
「なんじゃ今んは!反則ではかなとか!」
「審判コールどないしとんじゃけ!コラァ!」
ファーストゲームのファーストポイントは谷塚の不意打ちからのボレーによって決まった。龍谷はボールを谷塚のいるコートへと送った。
「......(審判の反則コールが無か...いいや、あん顔は迷っちょる顔だ。打ち返してしまったけん...チッ、ルールの穴をつきよったわ...鬼才...面白か...面白か相手に追うてしまったけん、沸りよるわ。)」
龍谷は相手の不意打ちによって放たれた判定ギリギリのサーブを打ち返してしまったため、審判が迷ってコールをしなかったと考えた。
「.....。(今の不意打ちを拾う程の反応速度。さすが天才と言ったところか。)」
谷塚は次のサーブを打つべくベースラインの後ろへ立った。龍谷もベースラインの後ろでラケットを構える。谷塚はトスを上げるコンマ数秒前にひざを曲げる。トスが上がると同時に膝の曲げと体のひねりが完了している程に洗練されたクイックモーション。伸び上がると共にラケットが振り上げられた。
「......ッチ!(クイックサーバーかこいつぁ!)」
龍谷はバックハンド側に打たれたファーストサーブを打ち返すが、またしても谷塚のボレーでポイントを失った。
「30-0!」
谷塚はラケットでボールを突きながら淡々と次のサーブ位置へと向かっていた。ベースラインの後ろでラケットのガットの目を整える龍谷。
「......。」
「......。(天才龍谷...パワーとショットのスピードは同じ天才の水谷と全国1位・2位を争う。今のバックハンド...態勢を崩したからあの勢いでとどまっているが...。)」
龍谷は谷塚のクイックサーブからのボレーに苦しみ谷塚がファーストゲームを先取した。龍谷はボールを貰うとベースラインの後ろへと下がる。谷塚は龍谷のサーブを警戒してベースラインの1メートルほど後ろへと下がった。
「......。(練習試合で見た海将とまではいかないだろうが、龍谷も高校生にして200キロを超えてくるビッグサーバー...警戒は怠らない。)」
龍谷がトスを上げて足を引く寄せた。
「......ッ。(あぁ...何だ...)」
谷塚は龍谷のサービスフォームを見て固まった。龍谷のフォームは相手に対して正面を向いて足を引き寄せてボールを叩きこむスタイル。体格が大きいせいか、相手選手から見た龍谷のそれはまるで大きな巨人が大きな槍を投げつける様に壮大に見えた。
「......。(デカい...来る!ファースト!)」
龍谷がラケットを振り上げる。ラケットにボールが当たる瞬間の乾いた打音と共にもうボールは谷塚のコートのさーびコート内へと入っていた。谷塚は直線的なフォームから繰り出されたサーブに飛びつきラケットを当てた。プロネーション動作の効いたボールはとても重く、もしフレームに当たればはじかれるほどに強烈だった。
「......ッ!(重いっ!)」
谷塚は自分のラケットが押し返されるほどの力を感じた。ボールの威力に谷塚が降ったバックハンドスイングが押された。ボールはそのまま宙を舞うと、これ見よがしに龍谷が「仕返しだ」とネット前へと走ってきた。
「どっせぇぇぇぃ!」
龍谷が飛び上がりスマッシュを決める。強烈な打撃音とともにコート面へと着弾したボールは高くバウンドし、谷塚の頭上を飛んでいき壁に当たった。
「15-0!」
「......。(さっきのお返しか...。)」
スマッシュを決め狂気のように笑みを作る龍谷に、同じく仕返しをしてくれた嬉しさから狂気のような笑みを作った谷塚。観戦者達は今2人の間に起きた心理的攻防を想像できない。
「やっちゃん...。」
吉木は谷塚の愛称を呼ぶ。谷塚の幼馴染のである彼は誰よりも近くで谷塚を見てきた。普段の部活動ではひょうひょうを練習をする姿でいるが、その裏で血の滲むような努力を行っていることも知っていた。
“ヨッシー、俺が嫌いな言葉は?”
“天才、才能、天性の力その他もろもろだろ?”
“天才や才能なんてそれだけでずるいからな。俺はそんな傲慢稚気な奴らを倒してやりたい”
吉木の頭の中で、幼少期の谷塚との会話が響いた。八神に負け、竹下に負けた。おそらく谷塚は天才相手にもう負けられない。負けたくないという気持ちがあるのだろう。吉木は隣に座っているテニス部の主将である岩田裕彦の方を見た。彼は試合を見て静かに震えていた。
「......。(あぁ、海将との練習試合を思い出しているな。トラウマになっちゃってるよ。)」
吉木は練習試合の日、影村と岩田の試合を見てその圧倒的強さに衝撃を受けた。平然と230キロを超えてくるサーブを打ち、トリックプレー、多彩な球種、相手を翻弄するラリー展開そのどれもが当時の日本のプレーヤーが持ちえないものだった。
「ゲーム 龍谷!1-1!」
審判がコールし、ゲームカウントが1-1となった。谷塚は龍谷に対し「やりやがったな」とでも言いたげな表情を向けた。
「っしゃぁぁぁぁ!!!!」
谷塚を挑発するように大きくガッツポーズを決める龍谷。谷塚が初手1ポイント目の不意打ちサーブ、クイックサーブからのサーブアンドボレーで1ゲームを先取、続く2ゲーム目の龍谷の高威力のスカッドサーブからのサーブアンドボレーのお返し。
「ハハッ、ふっるい骨董品のような戦略で...何をやってんだろうな俺達は...。」
谷塚と龍谷どちらもサーブアンドボレーで攻めている。一昔前の古い戦略なのは両者共に承知の上でプレーしている。吉木から見た2人のプレーは、まるで負けず嫌いの子供同士が、初対面から互いにマウントを取ろうと意地で張り合っているかのように見えた。
「谷塚君ー!」
「キャー!谷塚君!頑張って!」
「龍谷!いったれぇ!」
「龍谷ー!ファイッ!」
「オー!」
「ファイッ!」
「オー!」
5人の天才と1人の鬼才。
谷塚は物静かにどこか大人びた雰囲気を醸し出している。彼の優しくもミステリアスな笑みに魅力を感じるファンも多い。龍谷が彼を見て、妹が見ている少女漫画のイケメンキャラクターがそのまま現実にでも現れたのではないのかと錯覚するほどだった。
2人はそれぞれ静かに試合を行うコートへと歩いて行く。森羅鈴仙高校の面々らが龍谷へと声を掛ける。
「龍谷!勝つ事しか許さんけぇのぉ!」
「おう!任しとき!」
「宰ちゃんが勝ったら、海将ちゃんと練習試合できるよう理事長に言わんといけんね。」
「......。(香織...ええ女じゃけぇ...ワシのやりたい事わかっちょる。)」
森羅鈴仙高校の応援に対し、龍谷は拳を掲げて答える。その姿を見た谷塚も黄色い声援の中、大きく息を吸って大きく背伸びをする。水谷は2人の試合を見ようと埋まっているベンチを探す。
「水谷君か!こっちじゃ!こっちじゃ!はよう!」
「すごか、天才水谷君じゃ!ははっ!サインもらわんとのぉ!」
「なんかスポーティでええ男やねぇ。」
「......え?」
「何を呆けとるんじゃ、こっち来て座ればよか!」
水谷のために森羅鈴仙高校のメンバー達が席を確保していた。水谷は周囲にお礼を言いながら静かに座った。
「相手は元だが国体出場経験場ある選手...天才ん龍谷でも苦戦はするやろう。」
「俺達が天才と呼ばれていたように、殿村の谷塚は鬼才と呼ばれてます。」
「鬼才?」
「はい。おそらく龍谷とラリーになったらわかるかと。」
水谷の言葉に森羅鈴仙高校のメンバー達が不安な表情になった。コートの上では両者がネット越しに向かい合っていた。
「君が龍谷君か。」
「おう。八神と竹下から元国体選手で、あん2人に迫る勢いじゃと聞いとる。」
「ハハッ。5人の天才がそう言ったのかい?それは光栄だね。いい試合ができそうだ。」
「ワシは...あんたを倒す、ついでに八神も倒す。そんで決勝ば行くけん負けられん。決勝で海将が待っとるんじゃ。」
「海将...そういえば全県杯のシングルス優勝者だね。練習試合では当たらなかったから、対戦してみたいよ。」
谷塚は八王子殿村学院大学高等部が座っているベンチを見る。彼の幼馴染であり親友の吉木友康を始め後輩達が静かに見下ろしている。谷塚は吉木ににっこりと優しく微笑んで小さく手を振ると、長い髪をヘアゴムで後ろに纏めた。
「...それじゃあ始めよう。」
「......!」
「天才と鬼才...!」
高校2年生で国体出場の実績を持つ谷塚。前年度インターハイでは八神、練習試合では竹下に敗れてはいるが、彼らも気を抜けばすぐ様食われるほどの才能を持ったプレーヤー。突拍子もない戦術を展開し、全ての動作が繋がっているかのように止まることなく、まるでコート上で滑るように動き、多種多様な球種と緩急の付いたラリーを展開する事から鬼才と呼ばれている。彼には八神や水谷と同じくその自負があった。
「.......ッ。(鬼才...雰囲気ん変わりすぎや。何じゃこん圧は...これが鬼才...国体出場選手の...)」
優男の顔から獲物を狙う冷酷な動物と言えよう顔へと変貌した谷塚を見て、龍谷はその圧に押された。彼の急激な表情の変わり様。ぐっと龍谷を見つめる猛禽類のように大きく開いた目から覗かせる鋭い瞳、谷塚のどこかまとわりつく殺気染みた雰囲気。そこから放たれる圧に龍谷の左脚が無意識に一歩後ろへ動こうとした。
“Komm stärker werden.”
龍谷の脳裏で影村が去年のインターハイで呟くように言った言葉が過ぎる。彼の後退ろうとする左脚が止まった。谷塚の圧に押されて少々引き攣り気味になていた龍谷の顔が精悍な普段の表情へと戻る。
「......。(威圧を耐えた...八神、そして竹下でも一歩引いたのに...この試合どうなるんだろう。)」
吉木は龍谷が彼の圧に耐えた事に驚いた。前年度のインターハイで八神は谷塚との試合前に同じ状況となったが後退りした。八神だけではない。谷塚と戦ってきたプレーヤーの殆どがこの状況で後ろへと下がっている。
「.........。(海将...影村の...あいつの圧はこれの比じゃなか。」
「...ほう。」
「...鬼才の角折ったる...覚悟せえ。」
「......。」
「審判、何呆けとる、コイントスじゃ!」
まるで圧を押し返す様に谷塚へ顔を向けた龍谷はそのまま審判へと声を掛けた。谷塚のサーブからゲームが始まる。2人はベースラインの後ろへと下がった。龍谷はその場で軽く数回ジャンしコンディションを確認数する。谷塚はラケットでボールを突きながら龍谷の方を見て審判コールを待った。
「ベストオブ 8ゲームズプロセット 谷塚 ファーストサーブ レディ ...ナウ」
「......ンドレェッ!(こいつっ!)」
龍谷はとっさにスプリットステップを踏んで前へと飛び出した。周囲の観戦者達も意表を突かれたと言葉が出なかった。
谷塚は審判コールの「サーブ」の段階で体の重心を後ろへとずらし、「レディ」で膝を曲げ、 「ナウ」に合わせトスを即座に挙げるとともに曲げた膝を一気に伸ばして飛び上がりながら体をひねった後、空中でラケットを振り上げ、龍谷のサービスコートの真ん中、センターへとボールを打ち込んだ。
龍谷は谷塚のサーブをバックハンドで受けるも、体が伸び切っておりボールの勢いが弱くふわりと浮いた。そしてそれを見てネット前に走り込んできた谷塚が浮いたボールをボレーで処理した。
「15-0!」
「キャー!谷塚君!」
「なんじゃ今んは!反則ではかなとか!」
「審判コールどないしとんじゃけ!コラァ!」
ファーストゲームのファーストポイントは谷塚の不意打ちからのボレーによって決まった。龍谷はボールを谷塚のいるコートへと送った。
「......(審判の反則コールが無か...いいや、あん顔は迷っちょる顔だ。打ち返してしまったけん...チッ、ルールの穴をつきよったわ...鬼才...面白か...面白か相手に追うてしまったけん、沸りよるわ。)」
龍谷は相手の不意打ちによって放たれた判定ギリギリのサーブを打ち返してしまったため、審判が迷ってコールをしなかったと考えた。
「.....。(今の不意打ちを拾う程の反応速度。さすが天才と言ったところか。)」
谷塚は次のサーブを打つべくベースラインの後ろへ立った。龍谷もベースラインの後ろでラケットを構える。谷塚はトスを上げるコンマ数秒前にひざを曲げる。トスが上がると同時に膝の曲げと体のひねりが完了している程に洗練されたクイックモーション。伸び上がると共にラケットが振り上げられた。
「......ッチ!(クイックサーバーかこいつぁ!)」
龍谷はバックハンド側に打たれたファーストサーブを打ち返すが、またしても谷塚のボレーでポイントを失った。
「30-0!」
谷塚はラケットでボールを突きながら淡々と次のサーブ位置へと向かっていた。ベースラインの後ろでラケットのガットの目を整える龍谷。
「......。」
「......。(天才龍谷...パワーとショットのスピードは同じ天才の水谷と全国1位・2位を争う。今のバックハンド...態勢を崩したからあの勢いでとどまっているが...。)」
龍谷は谷塚のクイックサーブからのボレーに苦しみ谷塚がファーストゲームを先取した。龍谷はボールを貰うとベースラインの後ろへと下がる。谷塚は龍谷のサーブを警戒してベースラインの1メートルほど後ろへと下がった。
「......。(練習試合で見た海将とまではいかないだろうが、龍谷も高校生にして200キロを超えてくるビッグサーバー...警戒は怠らない。)」
龍谷がトスを上げて足を引く寄せた。
「......ッ。(あぁ...何だ...)」
谷塚は龍谷のサービスフォームを見て固まった。龍谷のフォームは相手に対して正面を向いて足を引き寄せてボールを叩きこむスタイル。体格が大きいせいか、相手選手から見た龍谷のそれはまるで大きな巨人が大きな槍を投げつける様に壮大に見えた。
「......。(デカい...来る!ファースト!)」
龍谷がラケットを振り上げる。ラケットにボールが当たる瞬間の乾いた打音と共にもうボールは谷塚のコートのさーびコート内へと入っていた。谷塚は直線的なフォームから繰り出されたサーブに飛びつきラケットを当てた。プロネーション動作の効いたボールはとても重く、もしフレームに当たればはじかれるほどに強烈だった。
「......ッ!(重いっ!)」
谷塚は自分のラケットが押し返されるほどの力を感じた。ボールの威力に谷塚が降ったバックハンドスイングが押された。ボールはそのまま宙を舞うと、これ見よがしに龍谷が「仕返しだ」とネット前へと走ってきた。
「どっせぇぇぇぃ!」
龍谷が飛び上がりスマッシュを決める。強烈な打撃音とともにコート面へと着弾したボールは高くバウンドし、谷塚の頭上を飛んでいき壁に当たった。
「15-0!」
「......。(さっきのお返しか...。)」
スマッシュを決め狂気のように笑みを作る龍谷に、同じく仕返しをしてくれた嬉しさから狂気のような笑みを作った谷塚。観戦者達は今2人の間に起きた心理的攻防を想像できない。
「やっちゃん...。」
吉木は谷塚の愛称を呼ぶ。谷塚の幼馴染のである彼は誰よりも近くで谷塚を見てきた。普段の部活動ではひょうひょうを練習をする姿でいるが、その裏で血の滲むような努力を行っていることも知っていた。
“ヨッシー、俺が嫌いな言葉は?”
“天才、才能、天性の力その他もろもろだろ?”
“天才や才能なんてそれだけでずるいからな。俺はそんな傲慢稚気な奴らを倒してやりたい”
吉木の頭の中で、幼少期の谷塚との会話が響いた。八神に負け、竹下に負けた。おそらく谷塚は天才相手にもう負けられない。負けたくないという気持ちがあるのだろう。吉木は隣に座っているテニス部の主将である岩田裕彦の方を見た。彼は試合を見て静かに震えていた。
「......。(あぁ、海将との練習試合を思い出しているな。トラウマになっちゃってるよ。)」
吉木は練習試合の日、影村と岩田の試合を見てその圧倒的強さに衝撃を受けた。平然と230キロを超えてくるサーブを打ち、トリックプレー、多彩な球種、相手を翻弄するラリー展開そのどれもが当時の日本のプレーヤーが持ちえないものだった。
「ゲーム 龍谷!1-1!」
審判がコールし、ゲームカウントが1-1となった。谷塚は龍谷に対し「やりやがったな」とでも言いたげな表情を向けた。
「っしゃぁぁぁぁ!!!!」
谷塚を挑発するように大きくガッツポーズを決める龍谷。谷塚が初手1ポイント目の不意打ちサーブ、クイックサーブからのサーブアンドボレーで1ゲームを先取、続く2ゲーム目の龍谷の高威力のスカッドサーブからのサーブアンドボレーのお返し。
「ハハッ、ふっるい骨董品のような戦略で...何をやってんだろうな俺達は...。」
谷塚と龍谷どちらもサーブアンドボレーで攻めている。一昔前の古い戦略なのは両者共に承知の上でプレーしている。吉木から見た2人のプレーは、まるで負けず嫌いの子供同士が、初対面から互いにマウントを取ろうと意地で張り合っているかのように見えた。
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