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Proving On 2

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 影村のリターンエースに竹下は動揺した。

 「......。(俺のサーブを...ベースライン内で...)」

 今まで対戦してきた選手達は、彼の打ち込む猛烈なトップスピンサーブを危惧し、ベースラインの後ろへと下がり、ボールが跳ね上がってから落ちてくるのを待つ事が殆どだった。

 しかし、影村は違う。5人の天才達でもベースラインの後ろに下がって待つそれを、ベースラインよりも前に入り、全くひるむ事なく淡々とボールの跳ねあがってくる高さとその速さ、そして軌道を読み、完成された片手バックハンドのフォームからリターンを打ち込んできた。

 「...マジかよ。」
 「ね、ねぇ...今の何がすごいの?確かにリターンエースだけど...」

 影村と3回戦で当たり敗北した長野県代表選手の澤野洋一さわのよういちと女子マネージャーの咲野永佳さきのえいかが彼らの試合を見ている。

 「永佳、サーブって普通あの線の後ろで待つよな?」
 「......前。」
 「あぁ、しかも相手はトップスピンを武器にしている天才竹下だ。あんな回転がかかって一気に跳ね上がってくるボールをベースラインの内側...しかも至近距離でとらえた。」
 「...海将...彼一体何なの?」
 「俺だって知りたい。なんであんな怪物が表に出てこなかったのか。」
 「んー...海外にでもいたんじゃないかな?」
 「...納得。永佳鋭いな。」
 「わからないけどね。エヘッ」
 
 咲野は後頭部に右手を回し、目を瞑って舌を出すという愛嬌のある仕草と表情を沢野へと向けるも、彼が流れるように咲野から顔を逸らしたためむくりと膨れた。

 竹下は精神を集中させるようにラケットでボールを突きながら次のサーブ位置へと向かった。ベースラインの後ろに立った彼は影村の動きを観察する。ラケットのグリップを回しながらボールを待つ影村を見て、彼が何を考えているのか、次はどちらへ動くのかを予測しようと試みる。

 「フゥー...。(読めない...右足を前にしてクローズ気味の構え...フォアにもバックにも飛び出せるように重心を移動しながら構えている...厄介だ。影村の脚力なら逆を突いたとしても追いつかれる。)」

 竹下はトスを上げてサーブを打ち出した。影村をコートの外へと追いやる為に狙いは彼のバックハンド側とした。影村は竹下の次の手を呼んでいたかのように、バックハンド側へと飛び出しながら、先ほどと同じく片手バックハンドの構えをとった。

 ボールが遠くへ流れていくことを考えればリーチのながい片手バックハンドが必然だった。竹下の狙い通りなら、影村の打ち放ったバックハンドは自分がサーブを打った位置の近くへとボールが返される。しかし影村片手のバックハンドは何かが違った。

 「.........!(スイングのタイミングが遅い...ストレート!...わざと!)」

 サーブを打ち終え着地した竹下は直ぐに動いた。彼は影村はわざとラケットをスイングするタイミングを遅らせ、ボールをストレートへと打つように仕向けるだろうと読んだ。

 「......グッ!」

 竹下は走りこんで何とかラケットにボールを当てた。ボールは緩やかな放物線を描き打ちあがる。彼が足を踏ん張って態勢を立て直そうとするも打ちあがったボールを目掛けて影村が助走をつけていた。大股で3歩進み、3歩目で一気に飛び上がった。会場にいた人間達が、影村のまるでバスケット選手のような跳躍力に目を奪われる。

 「......!!(高い!!)」

 竹下も彼の身体能力の高さに顔は爽やかな笑みを浮かべながらも内心驚いた。影村はそのままスマッシュを打ち込んだ。
ボールは大きく跳ね上がり、観客席前のフェンスへ当たり落ちて行った。

 「0-30!」
 
 「.........。」

 竹下は影村の跳躍力に目を奪われ呆然と立ち尽くした。全てが大きく高い。動きも早い、技術も力も抑えているのにまるで届かない。竹下は内心焦っていた。影村のポリシーを尊重して、普段練習でポイントゲームや試合をすることは全くない状況。実際に試合をしたのは今回が初めてで、影村が持っている技量のすべてを知っている訳ではない。

 「海将やべぇ...」
 「竹下君頑張ってぇー!」
 「竹下君ー!」
 「海将!ナイススマッシュ!」

 コートを2メートル程度高い位置から見下ろす観戦席から2人へ声がかけられる。

 「......。(俺のサーブが通用しない...トップスピンも...慣れている...影村はあのウィングシューターズのメンバー...俺と同じプレーヤーとの対戦は経験済みだろう...ましてや世界クラスの選手達とヒッティングパートナーまでやっているんだ...知ってて当然だ。)」

 表情を曇らせる竹下に対し、一切表情を変えない影村。そしてその状況を観客席から不安そうに見つめる佐藤。今の影村には、仲間との日々の練習での思い出や、自分にだけ話してくれた竹下のバックボーンストーリー、そしてそれらからくるであろう同情の念や遠慮や配慮と言った類のものは何一切なかった。

 「......。(ただ淡々と相手からポイントとゲームを...セットを取る...それをまるで機械のようにやってしまう...怖いな...あぁ、怖ぇ...俺は、全県杯であの目を向けられていたことに今でも体を震わせてしまう!)」

 八神は自身の全県杯での試合を思い出し、影村と向き合った時に感じた視線の強さを思い出して手を震わせていた。


 影村の眼光はまるで獣だった。それは世間一般でいうスポーツ漫画にある運動能力が上がることや集中力が上がる、ワイルドな動きで相手を威嚇するといった生易しいものではない。

 只々超高性能な身体能力とキレのある判断能力、そして世界で活躍しているであろうプロ選手らにも引けを取らないほどに積重ねられた、日本人高校生プレーヤーからすると無慈悲な程に豊富な実践経験を持ち、徹底的に感情を押し殺す。最早サイボーグと揶揄してもいい程だ。
 
 「0-40!」

 「はぁ...はぁ...はぁ...。(どんなに走っても...どんなに回転を掛けて押しても淡々と返してくる...それだけじゃない...あのタイミングに早いストローク...厄介だ。ペースを乱される...いや...こじ開けられる...)」

 竹下はラケットでボールを突きながらサーブを待ち受ける影村を観察した。無駄のない、いつでもスプリットステップを踏める体勢の彼を見て、サーブをどこへ打ち込むのかを決めあぐねていた。竹下は影村の体の重心が少々フォアハンド気味に寄っている事に気が付く。


 「......。(重心...フォア!...今!バックハンド側...!)」


 竹下のスピンサーブが影村のバックハンド側へと打ち込まれた。影村は待ち構えていたかの様に飛び出し、片手バックハンドで、竹下がサーブを打った位置の足元へと鋭いフラットショットを返す。

 「.........クッ!(足元!...向こう...空いている!いける!)」


 竹下の足元へ球足が速く低バウンドのフラットショット。これによって竹下はラケットのスイングを詰まらせた。竹下はフォアハンドストロークのラケットのフォロースルーと一緒に無理やり体を半回転させた。全身を使って無理やり影村のいる反対側へとボールを打ち込んだのだ。

 「.........ッ!(いや!まだ!まだだ!これがあいつの読み通りなら!)」

 竹下が自分のいない場所へとボールを打つだろうと予測した影村。彼はまるで猫のように低姿勢大股で、それでいてしなやかな体使いで走り込んでボールへと追いついた。

 そして走り込んだ勢いを殺すように右足を踏ん張り、フォアハンドのスイングでボールをとらえた。そしてラケットをフォアハンドのスイングを振った勢いに身を預け、そのまま身体を半回転させる。影村は見事に切り返したショットを竹下のいない対角線側クロス側へと打ち込んだ。

 「...ぉぉぉお!(影村ぁ!)」

 竹下は何とかボールへ追いつき走り込みながら彼のいない方へと真直ぐボールを打ち込む。しかし影村は竹下が走りながらの苦しい体勢の中、真直ぐダウンザラインを狙ってくるだろうと想定していた。

 影村は体を切り返した後に直ぐ走った。竹下が走り込みながら苦しい体勢でフォアハンドのスイングを行おうとした時点で、影村はもうコートの真ん中まで到達していた。

 「....なっ!(もうその位置に!?)」


 影村のしなやかな体使いを見た竹下と観戦者達。まるで虎のような猫科の大型哺乳類の背筋を彷彿とさせる体の動きに目を奪われた。影村はラケットを振り上げながらあっという間にボールに追いつくと、竹下が苦しい体勢で打ったあまり勢いのないフォアハンドストロークのボールと、それを打つことになるであろう位置を見定めた。

 「......!!!」

 観戦者達は影村の行動に目を奪われる。なんと彼は竹下に背を向けるよう反対向きに体を半回転させたと同時に足を踏ん張ってコート面を滑りながら振り上げたラケットをそのまま振り下ろした。

 背中を竹下の方へと向けた状態でラケットを真下へと振り下ろし、後ろ向きに振ったラケットのスイートスポットでボールをとらえ、その後は手首を返すようにラケットを振り終えた。彼は体を左側へと切り返すように反転させながら右腕を脱力させてラケットのフォロースルーを背中の左側へと流した。

 「......。(影村...今何を...。)」


 ボールは竹下のいないバックハンド側のネット付近へ向かっていった。竹下はフォアハンドを打った勢いを殺すのに手一杯だった。彼は動作を行った後の体の膠着でコートのサービスライン上に落ちたボールを拾いに行くことができなかった。ゆっくりと流れる時間の中、ボールは1度バウンドし、そして2度目のバウンドを迎える。

 「ゲーム影村!」

 「うわぁぁぁぁ!なんっだ今の!!!!!」
 「やべぇ!海将やべぇぇぇ!」

 影村のスーパープレーに観戦席が沸き上がった。八神は冷や汗と鳥肌が止まらなかった。静岡県代表マネージャーの桃谷、そして矢留は唖然とした表情で影村の姿を見た。

 「...コ、コートの端まで走って体を半回転させながら対角線側クロス側へのフォアハンドの切り返し...そこからさらに走り込んで、バックハンドでボールを取りに行くんじゃなく...」

 「えぇ、体を反対側に流してその勢いに乗せてラケットを振り下ろして背面ショット...桃谷先輩。」

 「えぇ...何から何まで動きが完璧よ。一体...どれだけやり込んでるのよ...テニスこの競技を...。」

 矢留は手の震えが収まらず、桃谷も震える手で眼鏡を掛けなおした。

 「What the Fu〇kなんてことだ...!」

 エミールは目を見開いて影村の魅せたプレーに感激した。彼が咄嗟に出た言葉が物語るように。この試合後、彼はノイエに影村を国籍を変えさせてでも必ずアメリカ代表陣営に引き込むべきだと、彼女が呆れてしまうほどに電話で熱弁したという。

 “おい、ヨシタカ...楽しいか?あぁん?楽しいのか?もっと楽しめよ!観客を沸かせろよ!”

 影村は昔出場したフランスで行われていた草トーナメントでの試合中にアンディから言われた言葉を思い出す。彼はラケットを振り終わった低い体勢で頭を下げていた。

 「フゥー...Diddy see that... Andy見たかアンディ....HA.」

 影村は低い声での小さな笑いと共に、そのままの体勢で拳を握った左手を高く挙げた。選手ではない観戦者からは拍手と歓声が上がり、試合を詳しく見て分析していた強豪校の選手達は、影村の度肝を抜いたプレーに言葉を奪われた。
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