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Proving On 2

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 竹下の手には未だ電撃を帯びたかの様な感覚が残っていた。影村のサーブを返してはいないものの、それに触っただけで観客席はもう大興奮だった。

 「15-0!」

 「隆二ー!!」
 「竹下君、影村君のサーブに触ったよぉ!」
 「ウェーイ!天才~フゥゥゥ~!」
 「ウェーイ!天才~フゥゥゥ~!」
 「チャラ先達チャラいっす...。」

 先ほどまで冷静に試合が始まるのを見ていた海生代高校の面々が大腕を上げて竹下へ称賛を送る姿を見た他の観戦者達は事の大きさを改めて認識する。

 「さぁ...ふるいに引っかかったぞ...どうする海将。」

 八神は竹下にサーブを拾われた後の流れに内心心が躍っていた。

 「.....。(そうか、影村との練習が...染み込んでいるのか。身体に...。)」

 影村は自分のサーブを拾われるもいたって冷静だった。マックスの速度ではないにしろ230キロ台のスピードが出ている。しかし彼にとってビッグサーブはただの戦術の一つでしかない。

 竹下はラケットを構える。影村がベースライン付近に来ると観戦者達は静まった。第2回目のサーブは何を打つか。もう誰にも予測できなかった。

 「.....!?(笑ってる...影村が試合中に...。)」


 影村がラケットでボールを突きながら空を見上げている。これから観戦者達に何か予想だにしない事を起こすのだと容易に予想させる。影村は天を見上げ誇らしく微笑する。自身の舞台のステージに手を掛ける者が出現した事に歓喜し笑みを浮かべた。

 「八神先輩...竹下があのサーブに触りましたよ!」
 「まだだ...」
 「...え?」
 「これからだ...これからなんだ...さぁどうする海将...」
 「.........。(手が震えてる...あの天才八神と呼ばれた選手の手が震えている。)」

 八神は好奇心から引き起こされるアドレナリンを抑えきれない様子で試合を見ていた。自分達の憧れた存在が目を輝かせながらそれ以上に強い存在の試合を見ている。目の前にいる八神という圧倒的な強さをも上回る海将を前に八神の後輩達は言葉を失った。

影村はボールを左手に取るとそれをワンバウンドさせて軽く腰を曲げ、左足のつま先を立ててラケットを構える。竹下はラケットを構えて慎重に影村のサーブを分析する。

 「............。(ルーティン...同じ...サーブを打つ位置...足の位置...構え...同じ...姿勢...同じ...目線...立ち位置...同じ...だめだ...読めない...!!)」

 影村のラケットが振り下ろされる。ラケットのスイートスポットがボールの表面を削り取らんほどの音を発した。速度は180後半から190キロ台に落とされていたが、絶妙なコントロールによって、撃たれたボールが竹下のいるコートのフォアハンドサイドへと着地しバウンドした後、彼の眼前を横切った。竹下はボールにかかった回転量に背筋をぞっとさせた。ボールがまるで自分の意志を持って急角度に曲がって行き、その後コートの上を滑るように低空を進み、そしてコート外へ出て行った。


 「......!!!(今のは...スライスなのか...!?)」

 常識ではありえない回転量をボールへ伝えられる。この数秒で影村のスイングスピードの異常性を即座に理解した。


 「30-0!」


 「......。」


  竹下が影村のサーブを受けたのも束の間、影村の角度の付いたスライス回転のかかったサーブが竹下のサービスコート内へと直撃し、まるで彼の前を横切るように通過していった。影村がサーブの威力を抑えてコントロールへと舵を切ったのだ。ただでさえトッププロも舌を巻くであろう影村の驚異的なスイングスピード。それがラケットのボールを叩く事から回転を掛ける事にシフトされたため、スライスサーブがまるでサーブを待ち受けるプレーヤーを横切るような角度で進んでゆきコートから逃げていく。

 「なんだ今の...スライスかよ...(同情するぜ竹下...)」
 「......ハハッ!さすが海将!ハッハッハ!」
 「八神先輩...か、海将...あれが海将...(八神先輩が笑ってしまうほどに強い...なて選手なんだあいつは。)」
 「すっげぇ...俺もあんなサーブ間近で受けてみたいっす!」

 スライス回転のボールが作り出した軌跡を見た八神は、影村の驚異的なスイングスピードの凄まじさを理解した。それが自分達のテニス人生の中で積み上げられた経験からくるであろう、「こういうボールが飛んでゆくだろう」という感覚的な常識に亀裂を生じさせた。


 「......。(...これが世界に通用するだろう影村のサーブ。これが俺と世界との距離...。)」


 竹下はコートのフォアサイドへと移動してラケットを構える。影村は無表情でラケットでボールを突きながら次のサービス位置へと移動する。そして配置についたと同時にラケットでついたボールを左手でキャッチする。軽くラケットを構える。強豪校の選手達、監督達は影村のサービスフォームへとつながる何気ないルーティンがすべて同じであることが原因で彼の撃つサーブの分析ができずにいた。名だたる歴代チャンピオン。こちらの世界では元世界ランク1位のロジャー・フェデラーや同じくピート・サンプラスがこれに該当する。驚異的な肩の可動域は最早ピート・サンプラスのようであった。

 「...影村ッチ。次はどんなサーブを打つんだ...」
 「...僕達じゃ絶対読めないよ。」
 「あぁ、何たって俺達が2対1のフルコートで試合して ラヴ ゲームで惨敗するんだから。」
 「高峰先輩、それマジすか?(マジか、チャラ先がチャラくなくなっただと.....。)」

 標準的な学生の口調になっている高峰を見て吉野は心の中で驚いた。吉野は高峰達から佐藤の座っている方へと目を向ける。島上の隣で、まるで祈るように手を合わせながら試合を見守る彼女の姿に、彼女がどれだけ竹下の事を想っているのかがわかる。

 「隆二...。」

 佐藤は竹下が試合前に手を震わせていた状況を思い出す。竹下と長い時間一緒にいる彼女だからわかることがある。竹下はテニスの試合や練習ではさわやかな笑顔を振りまいているが、その実内心ではかなり真剣に物事を考えている。彼の頭の中は影村の分析で精いっぱいだった。どこに打たれるかわからない。どのような回転の球を打ち込んでくるのか、そして撃ち込まれた球がどのような挙動を起こすのか。それは影村の対角線にいる彼、そしてその試合を見ている彼らも予測できなかった。

 「影村...お前一体...。(あぁ、違いない。こいつは5人の天才なんて生易しい“もの”じゃねぇ...こいつは...影村は...どうしてこんな “本物” が無名なんだ...)」

 田覚はぼそりと独り言を吐いた。影村本人は最後まで自分についての一切を語らなかった。影村がウィングシューターズという世界トップジュニア勢、世界ランク中位番台のプロプレーヤーですらも恐れる程のレベルにあるサークルにいた事。それを知っている竹下も彼の秘密を一切誰にも話さなかった。

 「......。(......あれだけの実力を持っている選手が無名...あれは“本物”じゃないか。連盟協会の連中が5人の天才を推し切る理由はなんだ...興行収益なら間に合ってるはずだ...間違っている...引き込む必要がある。彼をこちら側へ引っ張る必要が。)」

 観客席に昨晩現地入りしたエミールの姿があった。去年の全県杯ぶりに観客席から直に影村の試合を目の当たりにし、心の中で日本テニス連盟協会のやり方を批判した。


 影村の打ち込んだセンターへのフラットサーブが竹下の隣を通過した。竹下は動けず目でボールを追うしかなかった。彼のラケットを持つ手が震えていた。

 「.........。(こんなにも...こんなにも距離があるのか...差があるのか...俺と影村あいつとの間には...こんなにも距離が...!)」

 影村のサーブが全く読めず、そして読めたとしてもボールが拾えない。速度だけじゃない。威力はもとより、サーブを打つ刹那の一瞬の間に竹下こちら側の挙動を見極める観察力と予測する力。そしてその刹那から読み取った状況に対して最善の手を導き出し、コンマ数秒の中でそれを実行、その一瞬をコントロールできる能力。これだけでも影村が世界クラスの実力であることは明白であった。

 「40-0!!」

 「隆二...。」

 影村のサーブを前に全く動けない竹下を見て、佐藤は彼の名前を呼んでぐっと手を固めるだけしかできない。5人の天才で最も強いといわれる八神も手に汗を握り、影村が次にどのような行動に出るのかを感情を抑えつつ、そしてそれの相手をする竹下に羨望の眼差しを向ける。

 「ゲーム影村!竹下トゥサーブ!」

 1ゲーム目が終わる。竹下は影村からボールを受け取る。竹下はおおきく深呼吸しながらラケットでボールを突いてベースラインへと移動してゆく。八神は竹下の体を見てある変化に気が付く。

 「...竹下あいつ...去年のインターハイから格段に実力を挙げたな。」
 「...あぁ、線は細いままだが身体つきがちげぇ...なんたって肩の張り具合が、なんつーかがっちりしてるよな。」
 「大方海将の事だ。あいつのフィジカル面を指摘して、さらに栄養管理も徹底させてるんだろう。」
 「マジかよ...トレーナー業もできんのかよ海将。」
 「あくまで予想だ。」

 八神が冷静に真剣な表情で同級生と話している姿を見ている他の強豪校達。彼らは影村と竹下の試合を見て畏怖と称賛を送るも、内心は自分達の弱さに下唇を噛んで悔しがっていた。

 「......フゥ。」

 竹下は大きく深呼吸をした。影村の立ち位置から、彼がコートの外側へと逃げていくボールを警戒するようフォアハンド側を狭くとっているように見える。外へと逃げるボールを打てば叩き返すといわんばかりの顔つきをしている。しかしそれはブラフの可能性もある。影村の身体能力は常軌を逸している。バックハンド側へとサーブを打ち込む。竹下の猛烈な縦回転のトプスピンがかかったサーブはバックハンド側へ打ち込めば相手の体勢を崩すことができる。通常のプレーヤーでは...。

 「......。(...ベースラインの内側へと入り込んでボールを迎え撃つ...影村の異常な動体視力からくるライジングカウンターが飛んでくれば、次の行動が追い付かない...だがここは!)」


 竹下はトスを上げた。右足が半歩前に出され、体はベースラインに対して斜めを向き。そのまま体を逸らせ右足に体重を乗せる。軽く左足を蹴り上げて右足より少し前を通過させると、その勢いで飛び上がった。彼は空中でラケットを振り上げる。振り子の要領で左脚が戻され、その反動を利用させ空中で足を入れ替える。着地の際に左、右と地面に足を付いた。非凡なフォームから繰り出される猛烈なトップスピン回転がかけられたサーブ。


 当時の竹下にしか扱えないレアなフォーム。足の反動を利用し、サーブが打たれた後も決してベースラインの内側へと体が飛び出ないように考えられたそれは、サーブを打った後の着地後にその場でスプリットステップを踏んで次の対応に移れることを前提としていた。後にこれが世界で通用しない事を理解し、安定したコンパクトなサービスフォームへと改定されることになる。


 彼の打ち込んだキックサーブは、影村のバックハンド側でバウンドし一気に上昇する。ボールはコート面から170センチ付近まで上昇した。高回転によって飛び出したそれはそのまま影村のラケットのスイートスポットへと直撃した。


 「......!?(....ノーモーション...片手!?)」


 ノーモーションからの片手バックハンドスイングに虚を突かれた竹下。竹下は影村のラケットが振り抜かれた時点でスプリットステップを踏む状況となった。影村から帰ってきたボールは竹下がサーブを打った位置から遠く離れた位置のベースラインぎりぎりを狙ってバウンドした。

 「......!!!(だめだ間に合わない!)」

 影村がリターンしたボールは、竹下に拾われることなくバウンド後にコートを走りぬいた。彼のリターンエースが決まった。

 「0-15!」

 天才竹下自慢の重たく跳ねるスピンサーブがものの見事に打ち返されてしまったことにショックを受けた。影村の圧倒的な動体視力と筋力の前では、自分の放つ相手の体勢を崩すためのサーブという鉾が一切通用しない。彼は空を見上げて大きく息を吸いそしてため息をつくように息を吐いた。
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