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Proving On 2

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 インターハイ初日の3回戦、影村がコートへと入る数十分前。影村の対戦相手である長野県代表選手はベンチに座って集中していた。しかしそれを見かねた彼の幼馴染であるマネージャーが彼の肩を掴んで励ましていた。

 「何、ビクビクしてるのよ!」
 「あ、あぁ...次の試合のこと考えてて。」
 「もう、洋ちゃんはいっつもそれなんだから!」
 「萌香...頼む。今回ばかりはマジで集中させてくれ。」
 「もぉ、全国大会に来たからって天才?と当るわけじゃないんだからぁ!洋ちゃんなら絶対勝てるよ!」
 「次の相手は5人の天才が霞んじまうぐらいにやばい奴なんだ...頼む。」
 「ちょ、それどういう...」

 長野県代表選手の澤野洋一さわのよういちに声をかけて励まそうとする女子マネージャーの咲野永佳さきのえいか。そんな彼女の肩を後ろから軽く叩いた部員。彼女は放っておいてくれと言いたげな表情で部員の方を振り向くも、部員は目を瞑りながら静かにゆっくりと左右に首を振った。

 「咲野。そっとしてやってくれ。」
 「だけど!」
 「頼む、こっちへ来てくれ。おい、金澤。お前も頼む。」
 「わかりました。」
 
 咲野は男子部員の清水海斗しみずかいとともう一人の女子マネージャーである金澤梨々花かなざわりりかは、清水の方を見てコクリと頷く。

 澤野は観客席に座ってゆっくりと精神統一をしている。咲野を観客席の外れに連れていく。咲野はどこか不安げな表情で2人の方を見る。

 「咲野先輩。次の相手は文字通り“絶望”そのものなの。」
 「またぁ、梨々花ちゃんまでそんな冗談言ってぇ。ヘヘヘ」
 「.........。」

 咲野は2人の反応を見て笑顔を取り下げる。清水は咲野の手が震えているのを見る。

 「咲野、マネージャーとして入部してからまだ2か月と経ってないから教える。今年の俺達の夏はここまでだ。わかってくれ。」

 「ちょ、何を言ってるの?今まで私達、一杯頑張ってきたじゃん。長野県でも敵無しって...ねぇ、みんな表情が暗いわ。どうしたのよ...。」

 「咲野先輩...なんていうのか...今日の朝、澤野主将が言ってたでしょう?」
 「確か黒地に海って描いてあるジャージ着た人達を見て...絶望が...なんとかって...。」
 「あぁ、そうだ。まさにその絶望と対決しないといけないんだ。」
 「で、でも大丈夫だよ!全国って5人の天才と当らなきゃいいんでしょう?」

 咲野の自分の不安を誤魔化そうとするような姿を見た清水と金澤は顔を合わせ、再び咲野へと顔を向ける。

 「...千葉県、海生代高校 海将...影村選手。」
 「聞いたことが無いわ。」
 「だろうな。去年の草動見てないとこんなものだろうからな。」

 「身長194センチ、ファーストサーブの速度は日本人選手歴代最速の240キロ台、パワーは5人の天才の一人、水谷選手と同格かそれ以上、そして...。」

 「な、何を言ってるの...?」

 「全県杯の1回戦から決勝戦まで...全ての試合で1ポイントも落としたことが無いのよ。そしてその海生代高校には天才の一人である竹下選手、ダブルスでは鉄壁とトリックスターと呼ばれ、全県杯のダブルス準決勝まで進んだ選手達、そしてその後ろには月に2・3回は草トーナメントで優勝賞金、準優勝賞金を取れる程の実力を持った1年生達が続いています。それが千葉県代表の海生代高校。」

 「だからあいつは“絶望が来た”と言ったんだ。学生相手だけでなく大人の上級クラスの選手達、それも大型賞金の草トーナメントにも出ているんだ。セミプロ級やプロのコーチだって参加する大会にも出場して優勝できるほどだ。」

 「うそ...それじゃあ...洋ちゃんは最初から...せっかくここまで来たのに...プロになるんだって...夢見て来たのに...そんなのあんまりよ!」

 咲野は顔を隠してショックを受けた様子だった。彼女の声を聴いた澤野は「やっぱりか」といった表情を浮かべ立ち上がる。コートに入った澤野は影村とネットに向かい合う。咲野はフェンスにしがみつくように彼らの試合を見守る。

 「よろしくお願いします。」
 「あぁ...。」

 影村と澤野は向かい合う。審判が彼らの様子を見ると、コイントスを始めた。咲野、清水、金澤は試合を見守る。

 「洋ちゃん!がんばって―――!」

 咲野は常に全力で練習に励んできた。来る日も来る日もボールを打ち、トレーニングに勤しんだ澤野の背中を幼馴染として遠くから見て来た。そんな彼の姿を思い出すと澤野へとエールを送る。

 「ザ ベストオブ マッチ 影村 トゥ サーブ 」

 影村は審判からもらったボール2球の内1球をポケットへ入れ、もう1球をラケットで突きながらベースラインの真中付近であるサービス位置へと移動する。

 「.......フゥ。(落ち着け俺...。)」

 「...洋ちゃん。」

 集中する澤野。そんな彼の後姿を見ている咲野。清水と金澤は観客席に座り、動画で見た影村の強さを間近に見れる喜びと、自分達の費やした青春の夏を確実に破壊されるという諦めの入り混じった表情を浮かべる。影村のサーブ前のルーティンが終わり、ラケットで突いたボールを左手に持ち替え、1バウンドだけ手でそれを突き小さく構えに入る。

 「......来る。(トスが上がる...クローズスタンス...屈む、腕...振り上げ...何だよこれ...は...!?)」

 レシーブの構えを取る澤野の横をボールが通過していく。観客席から見たコート内。けたたましい打音と共にボールがもう澤野のサービスコート上でバウンドしていた。咲野は開いた口が塞がらず、目は驚きに見開き、まだ見ぬ高校生クラスのその先、遥か向こうの世界に大きなショックを受けた。


 「15-0...30-0...40-0...ゲーム影村! 澤野 トゥ サーブ!」


 ゲームは進んでいく。影村のえげつないを通り越した一方的な試合展開。澤野のファーストサーブを至近距離から打ち返してのリターンエース。ライジングショットによるタイミングの速いストローク戦。影村がベースラインで打っているのに対し澤野がベースラインの1.5m後ろまで下がらされている。股抜きショット、股抜きボレー、背面ショットによリターンエース、背面スマッシュ、ベースラインから相手側のサイドラインネット際へのアングルショット。そのどれもが影村が力を制限した中で打ったものだった。

 「...カハァ...ハァ...ハァ...。(あぁ...ちくしょう...バケモンだ...あいつは...バケモンだ...。)」

 影村のサーブが対戦相手である澤野のサービスコートへと着弾し試合が終了する。澤野は影村のサーブが何処へ撃たれるのか、どのような球種が来るのかさえ予測がつかず、自分が予測した場所と全く逆の方へと迫ってくるボールに、自身が疑心暗鬼となり一切体を動かすことができなかった。

 「すっげぇ...」
 「誰も止められねぇな。海将すげぇ...」
 「ハハッ!噂通りだ...やべぇ。」
 「天才に、海将、トリックスターに鉄壁...その後の1年生連中も草トーで優勝、準優勝できるほどの実践型の実力派ぞろい...。」
 「海生代...いきなり上がって来たよな。」
 「海将君ー!かっこいいー!」
 「すっごい!めっちゃ強いじゃん!」
 「海生代やっば!サーブはっや!」

 観戦席では影村のファンになった男女達が盛り上がっていた。そんな彼らを冷ややかな目で見ている者達がいる。本来ならば、全国の舞台で活躍するであろう強豪校の関係者達だった。影村と5人の天才さえ現れなければ優勝争いを狙える程に技量を持っていた彼ら。毎日の血のにじむ努力の末にこのステージまで上がって来たのである。しかし、そんな彼らも影村を始め、竹下、高峰、山瀬、そしてその後に続く「海.」の文字に絶望の表情を向ける。

 「...あぁ、最悪だ。」
 「相手選手...長野県の諏訪樺澤高校の主将だって。」
 「海将...5人の天才...あいつ等がいる限り俺達は...」
 「しかし一体どうやったらあんなレベルに立てるんだ。」
 「去年の全県杯準決勝の動きが普段使いっていうなら...俺達相手だともう舐めプじゃん。」
 「つーかさ...あいつ最初に230キロ越えのサーブ打つじゃん...もしだけどよ。」
 「あぁ、もしあいつが本気で動いたら...考えただけで悍ましいわ。」


 「もう天才だろうが誰だっていい...海将あいつを止めてくれ...。」


 頭を抱えて席に座る強豪校の面々。全国レベルのステージには進める。しかし、そんな彼らも影村から1ポイントも奪えないほどに果てしなく遠い距離がある。

 同じサーブまでのルーティン、同じ位置、同じスタンス、同じ体勢、同じトス、同じ運動連鎖。小さなテイクバック、大きな一歩、最大のインパクト。全てが最小限で最大の威力を発揮する。それが終止相手プレーヤーを襲う。


 「 ゲームセット マッチ ウォン バイ 影村! 8-0!」

 「......。(負けた...何もできなかった...させてもらえなかった。まるで迫ってくるような圧だった...。)」

 影村はネット前で涙を流して放心状態で立っている澤野をそっとしておく形でベンチへと戻り、ただ寡黙に荷物を片付ける。そしてコートのベースライン上で一礼するとコートから出て行った。澤野もコートから出てくる。
 
 「洋ちゃーん!!」
 「永佳...」

 咲野の声がする。咲野は澤野へ抱き着いた。澤野は放心状態だった。あっという間に試合が終わった。影村から1ポイントも取れずに全てが終わる。

 「よく頑張った...!よく頑張ったから...来年またこの舞台に来よう...ねっ。」

 「.........ック...ッ...。」

 澤野は大粒の涙を流し、その場に立ち尽くす。清水と金澤もその他の部員も静かに二人を見守った。しかしすぐ後ろから大きな威圧感が近づいてくるのを感じる。影村だった。

 「...ぁ...ぁぁ。(こ、こいつが海将...でけぇ...威圧感パネェ...つーかなんだその体格...もう外人の軍隊じゃねぇか。)」

 「....ぁ.....ぁぁ。(せ、先輩から聞いてたけど...噂以上に大きくて強そう...そしてこの動けない圧は何...。)」

 部員達が影村が澤野と咲野の方へと歩いていくのを見る。澤野は目の前に影村が現れたのを見ると、涙を忘れて硬直した。咲野は抱き着いたまま圧に耐えていた。

 「......。」
 「......?」

 影村は無言で澤野の前に立つ。咲野はハンカチで涙を拭きながらゆっくりとその場から後退りする。影村と澤野が向かい合う。澤野は腫れぼったい目で影村を見上げた。身長170センチ後半の澤野は、影村の大きさから圧を感じる。

 「......。」
 「...な、なんすか。」

 影村は手を差し出した。先ほどコートで握手をしたのだが、澤野が呆然と立っていたため落ち着いてからにしようとしたようだ。

 「...え?」
 「......。」
 「ほら、洋ちゃん、握手よ。ずっとネット前で立ったままだったじゃない。」
 「あ、あぁぁ...ごめんなさい!すいません!」

 澤野から見た影村は精悍な男らしい顔立ちだった。口角を上げて握手をする影村。澤野の表情が緩くなったところで手を離した。澤野は握手の時に握った掌に違和感を感じる。彼が掌を見ると、そこには1枚の4つ折りにされた小さなメモ用紙が握られていた。

 「.....これ、メモ紙?」
 「.....じゃあな。」

 長野県代表選手団の前に大きな背中の上で靡く「海.」の文字。その迫力たるや、無意識に周りの学生達の注目を集める。落ちかけの太陽を前に、逆光気味に映った海生代男子高校の面々達の背中を見送る。澤野と咲野はメモ用紙を広げる。

 ・ストロークの際、無意識に後ろへ下がっている。この場合、球足が伸びるフラットショットが有効。
 ・バックハンドのパンチが弱い。体幹部のトレーニング必須。
 ・左腕の筋力も併せて行う。
 ・あまり足が動いていない。常時動きのある練習が必須。
 ・スプリットステップのタイミングが遅い。要練習。

 「......洋ちゃん。これ、コーチに言われてたやつだよね。」
 「...そうだな。」
 「海将...意外といい人なのかもね。」
 「はぁ...あの1試合でこうも分析されるとは...ぱねぇな海将。」
 「フフ。ハハハ。」
 「フッ...ハッハッハッハッハッハ!」
 「やっぱいい人なんだ...」
 「来年礼を言おう...またこのステージに上がるよ。」

 澤野と咲野は清水らと合流すると、そのまま影村からもらったメモ用紙を見て「あの海将からアドバイスをもらった」などと談笑しながら駐車場へと向かって行った。


 影村の初日が終わった。影村達が試合を終えた後、龍谷は水谷と2人で新青森県総合運動公園敷地内にあるさくら広場の小川付近で向かい合っていた。

 「...そりゃあ本気で言いよるんか?」
 「あぁ、俺のフォアハンドの技術をお前にやる。」
 「お前何考えよる!」
 「俺はお前に全てを託すことにした。龍谷。次の八神との試合で完成さりゃぁいい。」

 龍谷はかっとなって水谷の襟をつかむも、水谷が真っすぐ龍谷の目を見ている。龍谷は大きく息を吐き襟をつかんだ手を放す。

 「...何か事情があるのか。」
 「あぁ...俺は高校でテニスを引退する。」
 「な、な、何ば言いよる!!」

 「俺は、全県杯のシングルス...あの試合に敗れた後に悟った。世界は遠い。ましてやあのバケモノ4人に比べれば、この国で天才ともてはやされて、ぬくぬく過ごして成長のチャンスほっぽらかしとった奴等が敵うはずもねぇよ。」

 「確かに、俺達は海外じゃ、あん4人おって手も足も出ん。海将あいつに挑んだ時んみたいかそれ以上よ。」

 「あぁ、俺は全中でお前に負けた後、でぇら悔しかったから無意識にラケットを叩きつけて折っちまった。」
 「......。」

 「その時折れたラケットを見て思ったんだ。俺は勝負の世界には向いていないのではないかってな。元々そういう性格だったしよ。誇れるのは腕っぷしだ。だがそれもこれから先、俺達が大人になって海外へ出れば200キロ越えのサーブだろうが、パワー系ストロークだろうが全部標準装備の世界。俺の今持っている才能、そしてフィジカルにも限界は来る。」

 「...水谷。」

 「龍谷。お前は違う。俺と違ってお前は試合中にいろいろな情報を頭の中で構築してゲームメイクができる。サーブも強い、パワーも俺と同じかそれ以上だ。」

 水谷は拳を差し出す。龍谷は水谷の顔を見た。龍谷は彼の覚悟を決めている表情を見て黙って拳を合わせる。そして、その翌日、ダブルスの試合会場の脇にある壁打ちコートで練習する約束を取り付ける。龍谷が3年生の主将に事情を説明すると快くOKの返事をもらった。5人の天才の内、竹下と龍谷。その二人が急成長を始めようとしていた。
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