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Proving On 2

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 影村達の1回戦が終わり、次の試合までの空き時間。佐藤は竹下と会場内の公園にいた。公私共に2人でいる時間。美男美女は仲睦まじそうに公園のベンチでゆっくりと話していた。

 「隆二。次の試合相手、静岡県代表の矢留君だね。」
 「フフ、そうだね。」
 「同じ5人の天才...負けられないね。勝てそう?」

 「フフ...相手が誰だろうと、コートの上じゃ関係なくなる。中学まで無名で実力のないプレーヤーでも、高校生になった途端に力をつけてくる選手だっている。運動音痴がいきなりスポーツ万能になったりすることだってある。芽が出なくても長年積上げてきたものが開花する時だってある。だから気は抜かない。」

 「隆二...。」

 「矢留は...親の意向で嫌々テニスをやっていたんだ。最初は楽しかったのかもしれない。でも本当の矢留は文学少年なんだよ。彼は、高校卒業と同時に5人の天才を降りる気でいる。」

 「...そう...なの?」

 「あぁ、本人が言っていたさ。高校生になってから思うことがある。5人の天才...本当は5人全員がそれぞれ才能を持ている訳ではないんじゃないかって。」

 「そ、そんなことない!5人の天才は私達学生テニス界の憧れで、日本テニス界の氷河期に刺す太陽の光だって言われてたじゃない...隆二は絶対に才能を持ってる...私、応援してるもん。」

 「次、矢留に勝った時...その先にいるのは...。」

 「海将...影村君...。」

 竹下はベンチから立ち上がって3歩前へと出て佐藤に背中を見せた。竹下の背中、海生代のジャージに描かれた波を象った紋様に「海.」の文字。佐藤は竹下の背中の大きさが増していることに気が付く。

 「フフ、理恵華。俺は俺達はこれからなんだ...海生代高校男子テニス部には影村がいる。でも、それだけじゃダメなんだ。」

 「隆二...」

 「強烈に輝く1番手だけじゃ、物足りないだろ?影村がいる。そして2番手の俺がいる。ダブルスには高峰もいるし山瀬だっている。選手層が厚くなければ、今後の海生代高校の男子テニス部のその先が思いやられる。恐らく、もしこの世界に影村が存在してなかったら、あの忌々しい震災の後、俺はラケットを放り投げて、千葉で普通の学生に戻っていたのかもしれない。」

 「...。」

 竹下はベンチに座っている佐藤の方へと振り返る。たった1年という短期間で、竹下が一段と大きく佐藤の目に映る程に成長を遂げた。佐藤は影村の事を竹下が勝ち上がっていくための障害と捉えていた。しかし竹下本人はそうは思っていなかった。

 彼は影村をテニス人生の障害や敵とは捉えておらず、むしろいつかは勝利をもぎ取るべく挑むべき目標としていた。そしてその先には、全国を戦い続ける海生代高校男子テニス部という組織を作りたい狙いがあった。竹下は佐藤が思っていた程に只己の勝利に固執していたわけではなかった。

 「理恵華。」
 「え、ええあ!何?」

 「...フフ、これからもこの部活を頼む。君は影村が苦手なのかもしれないけど、彼は話せばわかる男だ。それに、影村に1ポイント...いや、1ゲームも取れない様じゃ、俺はその先にある広大な世界の舞台には立てないし資格なんてないんだ...氷河期と呼ばれている今の日本テニス界に必要なのは、世界に駆け出せる圧倒的な戦力の拡大。影村の後ろに5人の天才が続き、その後ろに俺達の後輩が続かないといけない。」

 「隆二...。」

 「フフ...俺達はこれからなんだ。誰が何言おうとも、たとえ大人達が邪魔しようとも...俺達は勝者である事...それを証明し続けなければならない。」

 竹下は佐藤に爽やかな笑みを見せる。透明な風が彼の髪を揺らす。その姿に佐藤は彼に何かしらの神秘的な魅力を感じた。5人の天才は総じて容姿端麗だった。しかし影村には華が無かった。ただ寡黙に試合に臨み、テニス以外での彼は物静かで何を考えているかわからない。そんな彼が醸し出す協調性のなさそうな雰囲気に、佐藤は一定の嫌悪感を覚えていたのかもしれない。

 「...ねぇ、あの子が竹下君!?」
 「え...うそぉ!?あ、本当だ!」
 「雑誌で見るよりもカッコいい。」
 「ねぇ、マネージャーの子かな?顔ちっさ、芸能人!?」
 「もう美男美女ね。」

 後ろを通る他校の女子の声が聞こえると、佐藤は照れたのか縮こまってしまった。声が通り過ぎた後、竹下が佐藤の方へと戻ろうとした時だった。

 「ねぇねぇ君、めっちゃ可愛いじゃん!」
 「俺達と遊ばない?」

 「ちょっと、何ですか?」
 「理恵華!」

 「うーわヤッベ、マジ可愛い。」
 「ねぇ、いいだろ?」
 「ちょっとだけだってぇ。」
 「どこ高?海生代かぁ...」

 「おい、やめろ!」
 「あぁ?なんだ?テメェ。」
 「お坊ちゃまは引っ込んでろよぉ?なぁ、邪魔すんじゃねぇよ。ボコるぞテメェ。」
 「海生代なんて聞いたこともねぇ学校だよなぁ。1没のザッコだろ。」

 他校のガラの悪そうな高校生の集団のが佐藤に声をかけた。嫌がる佐藤の手を掴んだ時、竹下は咄嗟に彼女の名前を呼んで前に出るも、ガラの悪い男7人がいる集団の前では、狼の群れに吠える1匹のチワワぐらいの印象でしかなかった。

 「ね、ねぇ...あれ。」
 「うわぁ...あれって開会式の日に別の高校の女子にも同じことしてたよね。」
 「あの鞄...毎度インターハイで注意受けるガラ悪い学校。」
 「うーわ、スポーツ脳筋だけで中身空っぽで有名なアホ学校じゃん。マジでキモイ。」
 「1人で7人囲ってる、あの男の子、襟掴まれてる...」

 後ろの方で別の集団の女子達が固まってヒソヒソと話している。竹下は佐藤の方へ向かおうとしたが、胸元を別の男子につかまれているため、それ以上前に行けなかった。

 「おい!やめろ!」
 「るっせぇな!テメェ来んなって!」

 竹下の胸元を掴んだ男が彼を突き飛ばした。竹下は下唇を噛み、自分の非力さを思い知った。しかしそれでも佐藤を助けたい一心で彼は前に出る。周りはその状況を見るだけの集団。一人の女子がどこかへ走っていった。竹下は佐藤の為に前に出続け、まったく怖気づいていない姿を見せ続けた。

 「おい、手を放せ。」
 「るっせぇっつってんだろ!テメェ!」
 「...ッグ!」

 竹下が男に突き飛ばされて地面に尻餅をついた。その姿を見た残りの6人が竹下の事を笑った。佐藤はその状況を見て手を掴んでいる男の方を涙を浮かべて睨み付ける。

 「放して!いや!」
 「いいじゃん、どうせあんまり有名じゃないんだろ?1回戦で負けてるんだからさ、俺達と遊ぼうぜ?」
 「いやぁ!やめて!!」

 男が無理矢理佐藤の手を引っ張り彼女をベンチから立たせる。佐藤は必死に抵抗をつづけた。竹下が立ち上がって彼らを睨み付けるも、普段の爽やかさが邪魔して威力が無かった。

 「はっはっは!ザッコ!」
 「ハッハッハッハッハ!」

 7人いる集団の内、一番後ろにいた男が背後からの圧倒を感じる。周囲で状況を見ているしかなかった非力な女子の集団も、助けに行きたいが男7人相手に何もできそうにない男達も、その巨大な存在を見て足を震わせる。顔はこわばり、後ずさりする人間もいた。


 「うちの部に雑魚はいねぇよ。」


 低くドスの利いた声。それを耳にした最後尾の男が振り返った。そこには竹下と同じジャージを着た黒い集団が立っていた。先頭にいる194センチの影村を筆頭に、その後ろを180センチ台中盤の選手達が固まって並んでいた。高峰、吉野、鼎、大島、野宮が続いた。主力メンバー全員が影村式トレーニングメニューのお陰でがっしりとした体格な上に、彼らの着ている黒いジャージが迫力を引き立てた。

 「あぁ?...何だぁテ...メェら...は...?」
 「な、なんだテメェら!」
 「おめぇ、こいつらの仲間か?」
 「邪魔すんなって、この子お前らと一緒に居たく―――」

 「...HA?」

 「...は、は、HAじゃねぇよデカブツやんのかテメェ!」

 「どこの動物園から来やがった?Ah?」

 影村が首を斜め気味に傾けて、まるで相手を小馬鹿にする様に集団を上から見下ろす。影村は集団の中にこちらを見て笑っている男を見かけた。影村は両手をポケットに手を突っ込んだ。

 「影...村...?それに...」

 竹下はその場に立ち尽くす。影村の身体を間近で見た最後尾の男は足が竦んでしまった。分厚い胸元、太く締まりすぎた腕の筋肉、一目でわかる日本人離れした異常な筋肉量。そんな存在を前にして威嚇はするが、その内心はどこか恐れをなしていた。佐藤はその隙を見て掴まれた手を振り解き、竹下の方へと走っていった。そしてそのまま泣きながら竹下に抱き着いた。

 「な...なんだよ。」

 「やんのかつったな。何人潰せばいい?どいつが頭だ。出てこい。」

 「て、テメェ生意気だな!あぁ!?」

 「...チワワが粋がってんじゃねぇよ。」

 「あ?でけぇ図体で調子乗ってんじゃねぇぞ。」

 「ケツからゴミ箱に入れてやろうか?Ah?」

 ガラの悪い7人を前に全く動揺することも無く引かない海生代高校男子テニス部の面々。そんな集団にゆっくりと更なる集団が歩いてきた。海生代高校と同じく体格の大きな男達が、ガラの悪い7人を海生代高校の面々と挟む状態で立った。

 「海将ではなかかぁ、勝ち進んどるようじゃ。嬉しか嬉しか。ハハッ!」

 「龍谷か。」

 「あぁ?...おどれら...ワシらのダチ公になんばしよっと?」

 「龍谷....。」

 いきなり7人の前に現れた体格の大きな選手が5人。龍谷達九州男児の集団に、竹下は驚きの表情を見せる。佐藤も影村達海生代高校の集団と龍谷達新羅鈴仙が集団で向かい合った状況を見て、その圧倒的な迫力に言葉を失う。

 「なんじゃこんチンピラにもならん雑兵は。」
 「...あぁ?舐めてんのかテ――」

 「おい。九州男児共ばなめてっと、そんまま漁港ば沈められっと?今は後ろんこいつらワシの指示で堪えとるが、血気盛んじゃけえたがば外れっと何しよるかわからんぞ。」

 龍谷の後ろにいるガタイのいい部員達が1歩前に出てガラの悪そうな笑顔の面構えで7人を見ている。集団の1人が後ずさりを始める。

 「お、おい...これやべ――」

 「やるかやらんかぁ!早よう決めぇ!」

 「なんだテメェ!調子乗りやがって!」

 「しゃあしい!何ば言いよるときさん!ぶっくらさるっぞ!ォラァ!」

 龍谷と影村の圧倒的な迫力に押される7人。後ろで見ていた者達はまるでやくざが何人もいるような状況に見えてしまったようで別の意味で足が震えていた。この状況を見た影村が追い打ちをかける様に、飄々と自然な流れで7人に言った。

 「おい、兄ちゃん。津軽湾ってのは、夏でも冷たい海なんだってな。本当かどうか兄ちゃん達で試してみねぇか?」

 「な、何言ってん―――」

 「おう!ええのぉ!ワシらでこん連中の身ぐるみばぜーんぶ剥がしたるけえ、亀の甲羅みたいに縛って...津軽海峡ば放り投げたる!おどれら!出ませい!」

 「おうっ!」

 海生代高校の1年生と新羅鈴仙高校の1年生が前に出ると、その大迫力に7人の男達は固まると血相を変え「うわぁ!」や「ヒィィー!」といった悲鳴ともつかない声を上げて全力で走り去っていった。佐藤は竹下から離れようとしなかった。竹下は佐藤を抱きしめて頭を撫でて落ち着かせようとしていた。

 「怖かったよぉ隆二ぃ!!」

 「わかった。もう今は大丈夫だから、な?影村、お前達...それに龍谷...ありがとう。助かったよ。」

 「ハッ!お前んとこの1年生の真面目なマネージャーば走ってきよったけぇ、泣いて助けば求めよった。大事にならんでよかったわ。それに海将、こんつまらん事で手ば出しよってテニス界から退場ばしよったらシバいたると?」

 「....HA。」

 海生代高校と新羅鈴仙高校両集団の間に少しばかりの沈黙が訪れる。しかし両者の緊張感が解けたのか、影村が鼻で笑い始め、龍谷が肩を揺らし始めると、その後ろにもどんどん波及していきついには大笑いへと発展していった。

 「...フッ。HAHAHAHA!」
 「ガハッハッハッハッハ!昨日ホテルで仁侠ば見とったけえ、そんまんまセリフば使うたったわ!」
 「ハッハッハッハ!」
 「フフ、フフフフ...」
 「おう、海将、竹下ぁ!ワシらは行く。準決でどっちが上がってくるか楽しみじゃ。」

 「ありがとう龍谷。」
 「あぁ。」

 龍谷と影村達両者の威圧的な演技力が功を奏し、危機は回避できた。事態が収拾したと判断した龍谷はそのまま集団を引き連れてコートの方へと戻って行った。

 「な、何あの集団...マジ怖い。」
 「背高いし、ガタイいいし、威圧感半端ない。」
 「私、途中からどっちが悪役なのかわからなくなったわ。」

 一部始終を後ろで見ていた人々が黒い集団を見て見ぬふりしてそそくさと立ち去っていく中、助けを呼びに行った島上が走ってきた。

 「り、理恵華せ、先輩...ハァハァ...龍谷さん...ハァハァ...主将、大丈夫ですか...!」
 「唯香ちゃん!」
 「ちょ、理恵華先輩、ま、まだ試合あるんですよ!そ、そそそれに!ほ、ほらぁ!理恵華先輩すっごく美人だし!こういうことだってこれから起きますよ!私達にお任せください!」

 佐藤は島上に走って彼女を抱きしめた。そして泣きながら彼女にお礼の言葉を掛けた。島上は佐藤の手が震えているのに気が付き彼女を安心させようと必死だった。

 「あ、島上がてんぱってる。」
 「一大事件だ。」
 「あのド真面目で平常心の島上が」
 「珍事だ。学会に報告しよう。」
 
 「あんた達ぃ...この後民宿に着いたら覚えてなさい。」

 「ハッハッハッハ!」

 しばらく経ち、トーナメント表前

 影村と竹下の2人は赤く塗られたトーナメント表の線を追う2人。八神、矢留、龍谷、水谷と残りの天才と呼ばれるプレーヤー達も勝ち進んでいる事を確認する。影村はこのトーナメント構成に違和感を感じていた。影村は去年のインターハイのトーナメント構成を思い出す。

 「......。(去年より出場選手枠がすくねぇ。シードもある。去年はそれが無かった。予選にもシードはねぇ。)」

 「どうしたんだ?影村。」
 「いいや、やっぱ残ってるな、あの4人。」
 「フフ、フフフ。」
 「...そうだな。」
 「影村。4回戦、俺が勝てば君と当るね。」
 「あぁ。まずは矢留とだな。」

 2人は互いにゆっくりと向かい合った。竹下の爽やかさ溢れる表情と影村の精悍な表情が互いを睨み合う。そして互いに口角を上げて薄っすらと笑う。

 「負けないよ。」
 「...フッ。」

 影村は竹下に背を向けた。そしてどこか低く優しくドスの利いた声で、竹下の挑戦を受ける様に慣れ親しんだ言語でそれを言った。


 「...Her damit.かかってこい


 影村はそのまま海生代高校の面々が待つ観客席のベンチへと歩いて行く。影村の背中を見送る竹下の表情が変わった。目をぐんと開き、全身を駆け抜ける歓喜と武者震いに身を焼かれるように腰を低く落とし、右手で顔の半分を隠す。竹下は影村という超ド級の挑戦相手に挑める事を今一度運命に感謝したかった。
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